この恋はテイクアウトで #1
シリーズ執筆の息抜きとして書いたものに加筆しました。
一行しかイラストの要素が入っていないという最悪な仕様となりましたがご容赦ください<(_ _)>
さくっと楽しんでいただければ幸いです!
ちなみに、#1とありますが続ける気は毛頭ございません(^-^;
あとがきにキャラ紹介と、この作品の秘密を載せますので、あとがきまでご覧頂けたら嬉しいです!
えーっと……。立ち飲み屋で思いのほか話が弾んでー……、ああ……。そのまま家飲み誘って泥酔してー……、それでベッド連れ込んだのか……。
俺の左隣には、奇跡と呼べるくらい綺麗な女の子が眠っていた。
「やらかした……」
俺は彼女が起きないよう小さく呟いた。そもそも家で飲み始めてから記憶がほぼない。一回りは年下だろう彼女の肌はすべすべしていてニキビ一つない。
「んー……ぉはよ。ゆうべたのしかったね」
彼女は寝ぼけた声で言いながら、俺の腹に腕を回した。
「おはよう……」
「あは、きょとんとしてる。かわいいね」
俺を見上げた彼女の大きい目が、甘く微笑った。この時、俺は彼女に「かわいい」というからかいなのか褒め言葉なのか判別がつかない言葉を、昨晩アルコールと共に摂取していたことだけは思い出した。
「聡ー。気絶してる? うりゃうりゃ」
混乱して固まった俺の頬を、袖余りなスウェットから覗く細い指がつつく。俺の頬をつついたりつまんだりする彼女の楽しそうな顔が、それこそ可愛く見えた。
うん、まあとりあえず今はいっか。
彼女を家に連れてからの空白の数時間も、名前を知られて呼び捨てされている引っかかりも、とりあえず置いておく。正解か分からないけど、戸惑いを残したまま彼女の頭を撫でる。傷みを知らない黒髪を指で梳いてやると、彼女は気持ちよさそうに目を瞑った。
彼女の腹の虫がきゅるきゅる鳴いたので、朝食を出してやろうかと思うが、独り暮らしする三十過ぎた男の冷蔵庫なんて碌なものは入っていない。ミネラルウォーターと酒を冷やすためだけに使っているようなものだった。
仕事へ行く準備を考えると、コンビニへ走る時間も調理する時間もない。結局コンビニで買って袋ごと冷蔵庫に入れていたチルドコーヒーと水切りヨーグルト、それから最後の一枚だった食パンを焼いて、それに実家から押しつけられたピーナッツバターを塗って彼女に出した。
「いただきまーす!」
小さな口でトーストを齧る彼女はニコニコ笑っていた。嫌いではないようなので良しとする。
シャワーと身支度を済ませて居室に戻ると、トーストを食べ終えた彼女がヨーグルトをプラスチック製のデザートスプーンで混ぜながらスマートフォンを見ていた。
「じゃあ、俺は仕事行くから」
「うん、行ってらっしゃーい」
彼女から立ち上がる様子も感じない。まだここにいる気なんだろう。
「…鍵、ポスト入れとくから。閉めたらまたポスト入れといて」
俺はスマホに視線を向けている彼女にそう言って家を出た。
清々しい青空の上で、太陽が冷やかすように、電線から俺を覗いていた。
ここ最近は特別な展示会もないため、トラブルがなければ早く帰れる。ただ、今日はいつもの業務に加えて社会科見学に来た小学生のガイドを担当したため、疲労感が大きい。さっさとシャワーを浴びて寝たい。そう思って、リュックからアパートの鍵を探る。
「あれ? ……あ、そうか」
今朝、俺が思いがけず“お持ち帰り”した彼女に、ポストに入れておくように頼んだことを思い出した。ポストを開けると、そこにはお気に入りのキーリングをつけた鍵が入っていた。
時計は二十時三十六分を指している。彼女はもう帰っているだろう。普段通りに玄関で靴を脱ごうとしたところで、自分のものより一回り小さいパンプスを見つけた。
「え……?」
靴を揃えることも忘れてドタバタと部屋に入った。
「なんでまだ居んの!?」
「あ、おかえりー。お腹減ったでしょ? たった今出来たからねー」
もうとっくに帰っていると思っていた彼女に、強い声で聞いたが、彼女はそれに答えず料理を盛り付けていた。
キッチンを占領していた彼女は当然のように「着替えちゃえば?」と言った。一口しかないIHコンロの側には、俺の家には無かったはずの調味料が並んでいる。調理スペースには味噌汁が入った小鍋が鍋敷きに座っているし、コンロに乗ったフライパンから甘辛い匂いが漂う。
「サバの醤油煮嫌い?」
「いや、好きだけどそれよりさ、」
「あ! そうだチューしてないよ! ただいまとおかえりの!」
彼女はエプロンを着けたまま俺に抱き着いて、端正な顔を近づけてきたが、俺は彼女の話が飛び過ぎて混乱している。え、なんで俺は昨日の今日知り合ったこの子にキスするの? 昨日の俺マジでなんかやった?
というか違う。このままだと本当にキスされる。「ちょっと待って!」と彼女の身体を引き離すと、今朝にも見た甘い瞳が俺を見つめる。
「なに? 恥ずかしいの?」
「違うよ! なんでメシ作ったりとかキスとか……そんな俺の恋人みたいなことするんだよ!?」
「あ、合鍵もつくったよ」
「はっ!?」
彼女は俺の身体に回した腕を離して、自分のバッグからキーケースを取り出した。キーケースの一番右側についていた鍵は、確かにこの部屋の鍵だった。
キーケースをバッグにしまいながら彼女は「覚えてないね」とクスクス笑っている。
「聡が言ったのに」
「……俺が?」
彼女は頷いてスマートフォンのアプリを起動させた。彼女が動画を再生させると、ディスプレイに映っていたのは俺だった。
『聡かわいいな~。三十六に見えないよ~。抱きたいもん!』
『ん~? 俺なんか死んでくだけだよ? モテないしー、美術館の学芸員なんて出会いないからねー』
『そんなこと言わないでよ~、もう~』
画面の中では、アルコールで赤くなった俺の頬を華奢な手が撫でている。
スマートフォンから『じゃあさ』と彼女の柔らかいソプラノが聞こえた。
『あたしの彼氏になれば?』
彼女の突拍子もない提案に、俺は――――
『そうだな~……。なっちゃおうかな、結安の彼氏に!』
『うん、なっちゃえなっちゃえ!』
俺はとっくに崩れ落ちていた。顔どころか耳まで熱い。彼女――結安はそんな俺をよそにうっとりと動画を見返している。
「待ってくれ! 俺そんなこと言ってたの!?」
「もうかわいかったよ~。顔がとろんとしてたもん」
『結安は綺麗だな~。女優さんみたいだな~』
もうやめてくれ昨日の俺。
「いや、もうそれ止めてよ!」
「まだあるよ! 見る?」
「いやいやいや勘弁して!!! うわあああ消して! 消してもう!!!」
いちゃつく画面の向こう側にいる二人は、色々なものが押し寄せてパニックになる俺のプライドを容赦なく削っていく。
彼女からスマートフォンを奪おうとしても、胸元に持っているから迂闊に手を伸ばせない。
「なんでー? かわいいじゃん!」
「やだやだやだ! 全部消してよ!」
料理が冷めたことに彼女が気づくまで、この攻防は続いた。
こうして俺は、思いがけず持ち帰った、奇跡というような美しい彼女に、振り回されていくことになるのである。
お付き合いいただきありがとうございました!
キャラクター紹介
・秦野聡…36歳。美術館の学芸員。厳格な祖父の元で育ち、恋愛経験はめっちゃ少ない。趣味は日本画鑑賞と居酒屋巡り。来館したご婦人方やお嬢さん方は聡に恋をして帰るので「モテない」は大嘘。恋愛経験が少ない&女性に免疫がほとんどないため結安のスキンシップにわたわたする。二歳下の美人妹がいる。
・赤羽結安…21歳。大学生。偏差値も学費もピカイチで高い女子大に通う超お嬢。趣味は料理と証明(数学)。裕福で品格のある家庭だが、自由な両親の元で育ったため、大学の同期の中では恋愛経験豊富。芸能スカウトは十回以上経験。聡は彼女をお持ち帰りしてしまったと思っているが、「家に行きたい」とせがんだのも、ベッドに連れて一緒に入って寝たのもコイツ。六歳上のイケメン兄がいる。
ここからは本作の秘密
信じられないかとは思いますが、本作のヒーローと「スパイシー・モクテル」シリーズのヒーローは、キャラづくりでイメージした方が同一人物なんです。
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