9・みんなで食事にします
一通りの挨拶と自己紹介を終えた四人は、夕食の支度に取り掛かる。
調理はサクラとクライヴが担当した。二人ともとても手際がよく、ケイトが食卓を拭いて、食器を並べ飲み物を準備する間にぱぱっと出来上がってしまった。
しかも、まるで昔からの友人同士のように会話も弾んでいる。
「ねえ、クライヴ。このお鍋の形、おもしろいね」
「んあ? どこがだよ。どこにでもあるふつーの丸い鍋だろ」
「えー! 私の家では違うよ? お鍋の底って普通平らじゃない?」
「おまえ……! 口じゃなくて手を動かせよ手を! 焦げるだろ! もういい、貸せ」
刻んた野菜やお肉をたっぷりのバターで炒めるサクラの後ろで、クライヴは炙ったチーズをスライスしたバゲットにのせていく。
おいしそうな匂いの中に漂う、楽しげな会話。上品な侯爵家で育ち、料理はシェフがするものだったケイトには憧れの光景である。
将来、ギルバートと結婚するはずのサクラがほかの男性と親しくしているところを見るのは申し訳なかったけれど、二人が姉弟のように仲良しなのをケイトは咎める気になれない。
(さっき会ったばかりなのにもうこんなに仲良くなってしまったのね。誰にでも好かれる聖女サクラ様ってやっぱりすごいわ)
そうして出来上がったメニューは、シチューとボウルいっぱいのサラダ、チーズをのせて焼いたバゲットだった。テーブルの真ん中に大鍋がどんと置いてあって、それを銘々の皿に取り分けて食べるスタイルである。
「こんなに賑やかな食卓は久しぶりだねえ。今夜はケイとサクラを拾ってきてよかったよ」
ニコニコとパンをほおばりながらエリノアが言う。
『賑やか』というのは、さっきからサクラがクライヴにマシンガントークを仕掛けていることだった。
「ねえねえ! クライヴに好きな子はいないの? 幼なじみの女の子とか、憧れの女子とか、そういうの、いない?」
「いねーよ」
「えー! だって十六歳でしょう? 私とケイより二つ年下かぁ……じゃあヒロインもそれぐらいの子なのかな! どう、その辺!」
「十六歳で好きなやつがいるとか誰が決めたんだよ。会ったばかりでこんな話するなんて、サクラはすげえ変わってんな」
「ええ。誰だって、推しを目の前にしたら豹変するでしょう? 私、クライヴのことも応援したいと思ってる!」
「何の応援だよ……」
会話がエスカレートしてきたので、ケイトは話の向きを変える。
「それにしても、とても……おいしいですわ。特に、このバゲットが」
「だろう。このバゲットの生地はね、ぜんぶうちのクライヴが作っているんだよ」
ケイトの感想に、エリノアは丸顔をくしゃっと綻ばせる。
「魔法を使ってこねやすくはしているけど、俺一人じゃあまりたくさんのパンは焼けない。だから、うちの店は早くに売り切れちゃうんだよな。もっと人手があればなー」
照れているのか、ぶっきらぼうに話すクライヴに、サクラがぴくっ、と反応した。
「え? この店、人手が足りないの? じゃあ私お手伝いするよ? 私の家もパン屋で、ちっちゃい頃から手伝って来たんだ!」
「……そうね。私たち、明日からはホテルに滞在する予定なんですが、しばらくはこのミシャの町にいるつもりなんです。何かお手伝いできることがあれば」
「できんのかよ。サクラはともかく、ケイは見たところいいとこのお嬢様だろう。家に帰れば、シェフが作った料理を侍女が運んでくれる生活をしてんだろう?」
クライヴはそう言いながらケイトの手を見る。確かに、傷一つないすべすべの手である。これまでに苦労をしてこなかったことが一目瞭然で、ケイトは恥ずかしくなった。
「……私の家はただの商家よ。だから、もちろん厨房に入ることだってあるわ」
クライヴの言葉遣いは乱暴だけれど、そこに悪意がないことが分かるので別に悪い気はしなかった。もし弟がいたらこんな感じなのかもしれない。
そして、家が商人、というのはある意味本当のことでもあった。アンダーソン侯爵家は領地でさまざまな事業を展開していて、どれも成功を収めているのだ。
「そうよ! ケイが作るお菓子は絶品なんだから! ねえ!」
「……そこまでは……」
サクラがまたケイトが話していないことを言うけれど、彼女には特別な未来を見る力があるのだと納得しているケイトは、もう気にはならない。
「へえ。じゃあ明日は楽しみだな」
意外、という風にケイトへ視線を向けるクライヴに、サクラは言う。
「ていうか、このパン本当においしいよね!? 普通のバゲットなのに、噛みしめると小麦の味がして外側はカリカリ中はしっとり……ていうかじゅわっとする! 私、固いパンはドイツ系のいろんな穀物の味がするやつが好きなはずなんだけど、これ負けてない! シンプルな味なのにめっちゃおいしい! おかわり!」
サクラは初めて『ハピエン』以外の話でテンションが上がっている。彼女は本当にパンが好きなのだろう。その可愛らしさに、ケイトはくすっと笑った。
そして、目の前に座るクライヴも自分が焼いたパンを褒め殺されて無言になっている。この二人はきっといいコンビになりそうだ。
「とにかく、パン屋の朝は早いのよ! ケイ、明日に備えて早く寝なきゃ! 私、異世界のパン屋がめっちゃ楽しみ!」
ということで、二人は急いで食事を済ませると片づけをし、二階の客間を借りて休むことにしたのだった。