8・おばあちゃんとクライヴとの出会い
「あれっ。この台車、めっちゃ軽い! うちの店にあるやつと全然押し心地が違う!! なんで?」
「ああ、それは軽くなる魔法をかけてあるからね」
「なにその便利な魔法!」
「割と一般的な魔法のはずだけど……変わった子だねえ」
並んで歩くサクラとエリノアに、ケイトは一歩下がって続いていた。エリノアは、さっきのホテルに納品に来たところだったらしい。
空になった台車にケイトのトランクケースをのせて、サクラは嬉々として歩く。
「それにしても、ラッキーだね、ケイ! こんないい人に声をかけてもらえるなんて」
「ええ。……本当に、ありがとうございます」
エリノアの家に泊めてもらえることになった瞬間、サクラはケイトのことを『ケイト様』から『ケイ』へと呼び名を変えた。それは身分を知られないために重要なことだと、言われなくてもすぐに分かる。
(聖女サクラ様は本当に聡明なお方だわ。そのうえ誰にでもお優しくていらっしゃる。ギルバート様とお似合いだわ。絶対に、無事に王宮にお帰ししないと)
ケイトは、決意を新たにする。
ホテルから夜道を五分ほど歩いて、到着したのはレンガ造りの大きな家の前だった。
屋根は真ん中を頂点にした三角形で、大きな煙突が突き出ている。暗くてはっきりとは見えないけれど、一階のドアはガラス張りのようだった。
(ここって……家というよりは)
思い至ったケイトよりも早く、サクラが反応する。
「あ!! なに!? おばあちゃんのお店って、パン屋さんだったのね!! すっごくかわいい!! 異世界のパン屋……好み……!!」
サクラのテンション高い声が、夜の町に響く。
エリノアに案内されて店の中に入ると、そこにはケイトやサクラよりも少し下に見える年頃の少年がいた。
「ばあちゃん、もう夜なんだから家にいろよ! 配達は俺が行くっつっただろ……ってあれ」
パンを焼く石窯を掃除していたようで、顔や体のあちこちには煤がついている。
暗くなってからいきなりやってきたケイトとサクラを驚いたように見る彼は、この世界では珍しい赤みが濃いブロンドに、通った鼻筋、セピア色の瞳をしていた。
汚れていても、整った外見をしていることは一目でわかる。
「どういうこと……! 薄汚れてるけど、すっごいイケメン! これだけのイケメンがモブって線は絶対にない! てことは隠しキャラ! ケイト×ギルバートのシナリオをクリアしてない私は知らないやつ! てことは彼シナリオのヒロインが近くにいるはず!! ヒロイン!! どこ!!……」
サクラの様子がたまにおかしくなることに慣れてきたケイトは、サクラのことは気にせず少年に向かって頭を下げる。
「一晩お世話になる、ケイと申します。こちらで叫んでいる可愛らしい女性は、サクラです。この町のホテルが満室で困っていたところを、エリノアさんに助けていただきました」
「ああ、そうだったんだ」
怪訝そうな顔をしていた少年は、やっと表情を緩め人懐っこい笑顔を向けてきた。
「俺はクライヴ・スクライン。ばあちゃんの孫で、ここに二人で暮らしながらパン屋をやってるんだ」
「じゃあ、まずみんなでご飯にでもしようかねえ」
「あ、おばーちゃん! 私手伝うよ!」
サクラの快活な声が、一日の営業を終えてピカピカに磨かれた店内に響いたのだった。