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6・怪我を治しました

「これから……ミシャの町まで行くのですよね。着いたらすぐに宿を取りましょう。小さな町ですから、ホテルがいっぱいになってしまうかもしれません」


「あー、大丈夫大丈夫! ホテルにはちゃんと泊まれるから!」


 王宮を逃げ出した時点ではまだ夕暮れだったけれど、辺りはすっかり暗くなっていた。サクラは楽観視しているが、大切な客人である聖女様を野宿させるわけには行かない、とケイトは気を引き締める。


 ――と、次の瞬間、馬のいななきと共に馬車が急に停まった。もちろん、馬車に座っていたケイトとサクラもがくん、とバランスを崩して前のめりになる。


 ケイトは、サクラが転ばないように支えようとしたが、気が付くと反対に支えられていた。片手で。ついでに、サクラは無理な姿勢にもかかわらずトランクケースが落ちないように押さえてくれていた。


「ご……ごめんなさい。サクラ様、ありがとうございます」


「いーえ! 何かあったのかな? ちょっと見てこようか」


 しゅるっ、と一瞬で体勢を立て直したサクラは、ケイトが止める隙もなく馬車の扉を開けて外を覗く。


「あ!」


 そして、ケイトの方を振り向いた。


「大変、交通事故よ、事故!!」


「えっ!?」


 ケイトが驚いて身を乗り出すと、森林の中を進む道のわきには怪我をした商人らしき男性が横たわっている。もう暗くなっていてよく見えないけれど、商人らしいと思ったのは周辺に積み荷の残骸らしきものが転がっていたからだ。


 辻馬車の御者は、横たわる男性に声をかけている。


「どうしたんですか!?」


 大きな声で問いかけるサクラに、商人らしき男性は答えた。


「さっき……ドラゴンのようなものに襲われてしまってねえ……幸い命は助かったんだが……馬と積み荷を取られちまっ……た」


「……!」


 ドラゴン、という言葉に、ケイトは恐ろしさで喉がひゅっとなる。


「え! ケイト、そんなのエルネシア王国にいるの?」


「……ええ。稀に出没することがありますわ。ここは危険です」


 ケイトはすぐさま目立つミルクブルーの髪を隠すようにストールを頭から被り直して言った。


「御者さん、ミシャの町はもうすぐですよね? この方も一緒にのせて差し上げてください。そして、すぐに出発を。手当は中で私がいたします」


「承知しました、お客さん」


「ありがたい。王都に戻るところだったんだが……ミシャの町に行けば馬車も手配できるし、ポーションも……、助かる」


 ホッとした表情を見せる商人を、サクラと御者は軽々と馬車に担ぎ込んだ。


 そして、慌ただしく馬車は出発したのだった。



「傷を見せてください」


「いや……。ポーションを持っていたんだが……さっき全部どこかに……クソッ」


 傷口を見せることを頑なに拒む商人に、ケイトとサクラは困っていた。


 ケイトには癒しの魔法が使える。それは聖女として生まれた者しか使えないもので、ケイトはいざというときのために使い方の訓練を受けていた。


 ただ単純に癒しの魔法と言っても、浅い傷を塞ぐものから体力を回復させる類のものまでいろいろな種類がある。


 その全ては、たまに誕生する聖女のために王宮で大切に引き継がれているものだった。


「傷を見せてください」


「いや……こんなひどい傷、お嬢さんたち……には……見せられない……よ」


 苦しそうにしながらも、ケイトの言葉を彼は固辞する。


 さっきまで薄暗かったためよく見えなかったが、馬車の中で灯りに照らされた彼の腹部には赤いものが滲んでいた。


(きっと、ドラゴンに噛まれたのだわ。それなら、きっとあの魔法。そして、傷は浅くはないからできるだけたくさんの魔力を注いだ方がいい)


「見せてくださらないなら、勝手に服を失礼してもよろしいですね」


「いや……それは……」


 商人の言葉はだんだん弱々しくなっていた。ケイトが何をしようとしているのかを知り、しびれを切らしたサクラが言う。


「もういいわ! ほら、ケイト様、やっちゃおう! 失礼しまーす! これでも私、今日一度死んでるのよ。この世界に来られたからこんなに幸せだけど、そうじゃなかったらあのトラックのこと一生忘れないと思う! まぁ一生は終わったけどね!」


 いつの間にか、サクラの手によって傷口はみえている。言葉の勢いはよかったものの、サクラは目をきゅっとつぶって顔を逸らし、彼の服を押さえる手は少し震えていた。


(聖女サクラ様……)


 ケイトも、実際にここまで重症の怪我人に癒しの魔法を使ったことはない。一通り呪文は学んではいるけれど、ケイトにも少し不安はあった。


(だけど、異世界から来たばかりで不安なはずの聖女サクラ様が頑張っているのに、私が怖気づくわけにはいかないわ!)


「……今から、私がすることを絶対に誰にも言わないでくださいね。どうか、お願いします」


「……」


 癒しの魔法を使えるのは、聖女だけだ。ケイトは聖女の証として広く認知されている薄い水色の髪をストールで隠してはいるけれど、ポーションを使わずに傷を治したと分かったら、すぐに噂が広がりギルバートに自分の居場所が知られてしまうのは一目瞭然だった。


 商人は、目を瞑ったまま答えない。


 それを承諾と受け取ったケイトは、呪文を唱えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ読み始めですが、サクラの気持ち、わかります。 推しは尊い! [気になる点] タイトルですが、怪我は「治す」だったと思います。変換ミスではないでしょうか?お時間のある時にご確認ください。…
[良い点] サクラとケイトの対局にある性格なのに、一緒に行動できるお互いの譲り合い所、性格の尊重がなんだか素敵♪ 『力と声の大きさ』て事実としても、巨人か?そんな言い草ヒドイ〜(笑) きっとキューピ…
[一言] ギルバートの宝石は足がつくからな!(笑)
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