30・クライヴが活躍しました
このエルネシア王国に騎士団が存在するのは、国防のためだけではなく魔物などから人々を守るためでもある。
その魔物の中でも特に面倒とされているのがドラゴンだ。ケイトとサクラがこの町にくる道中で出会った商人も、ドラゴンに襲われて深い傷を負っていた。
報酬を支払って雇う数人の護衛程度では歯が立たないほどに、ドラゴンの討伐は面倒なのだ。
状況を把握したギルバートが鋭い声でジョシュアに指示を送る。
「至急王都に連絡を。ミシャの町にドラゴンが出たと。私はケイトを追う。このままでは彼女が危ない」
「殿下、勝手な行動は慎んでください。この場は私の指示に従っていただきます」
自分の指示はあっさりと却下され、至極真っ当な返答が側近から戻ってきたことにギルバートが唇を噛んだとき。
「ねえ! ケイトのブレスレット! 忘れてる!」
甲高い声を上げて、ベーカリー・スクラインからサクラが飛び出してきた。少し離れた広場の中央にいたドラゴンは不快そうにこちらを見る。
「サクラ嬢、声を! ドラゴンは女性の甲高い声に反応して攻撃的になります!」
「えっ? もう遅いよ? なにこれドラゴン!? 剣と魔法のファンタジー世界やば! 私また死ぬ!?」
自分に向かってくるドラゴンにサクラが叫んだ瞬間。
「おじさん、その剣貸して」
ジョシュアの横を、素早い影が一瞬で通り過ぎた。第二王子の近衛騎士として務めているはずのジョシュアの手からは剣が消えている。
数回の瞬きの後、サクラを突き飛ばしてドラゴンの顔面に切りかかったのはクライヴだった。
「えっうそなにこれかっこよすぎるんだけど!」
危機一髪、クライヴに庇われて地面に転がったサクラの呟きは、クライヴどころか誰にも聞こえない。
クライヴはドラゴンを挑発するように顔の周辺を飛びまわり、自分を襲うドラゴンの爪をいとも簡単にかわしているように見える。サクラを守るための最初の一撃を除いて、無駄に傷つけることはしていない。
ただ、ドラゴンの目だけを狙っていた。まるでそこが弱点だと知っているみたいに。
「ギルバート殿下、彼を援護する許可を」
「あの動きを見ろ。騎士団で訓練された騎士でもそう太刀打ちはできまい。邪魔になるだけだ。それよりも、町の人々の避難を」
「ですがしかし……」
そこでクライヴが何かを唱えた。
その瞬間、強烈な冷気がミシャの町を包む。ピシピシと大きな音を立ててドラゴンが凍っていく。
広場の中央に突如現れた、ドラゴンの氷漬けモニュメント。その額部分にクライヴは勢いをつけて飛び上がると、目の部分に剣を突き立てた。
「!」
すると、見守っている人々の驚きとともにドラゴンは粉々に砕け、塵となって消えた。
一瞬のことだった。
「……見事だ」
ギルバートの呟きが広場に響く。
「サクラ、怪我はないか?」
「えっうん、もちろん。……って、クライヴ、その腕!」
サクラはクライヴの腕を見て真っ青になった。彼の右腕の一部が凍って赤黒く腫れあがっているのだ。
「久しぶりに魔力を上限値まで使ったら加減を間違ったみてーだな。恥ずかしいから見んじゃねー」
「いた……っ」
いつもの調子でクライヴは凍っていない方の腕を使いサクラの額にデコピンをくらわすと、ジョシュアに剣を差し出した。
「おじさん、ごめんなさい。勝手に剣を持って行ったりして」
「……見事だった。すぐに手当てを」
「あー……おじさん、でもこの怪我はちょっと……」
「その怪我は上級ポーションでは治せませんわ」
呆気にとられたままなんとか側仕えの者たちに指示を送るジョシュアの言葉が、遮られる。
凛とした眼差しをたたえて現れたのは、さっき泣きながら逃げ出したはずのケイトだった。
「ケイト! 無事だったか」
安堵の笑みを見せるギルバートに、ケイトは聖女然として微笑んだ。
「私が手当てをいたします。クライヴが楽になるよう、すぐに店内へ」
「ケイ……? どういうことだよ?」
「大丈夫です。クライヴがまた好きなだけパンが捏ねられるように、綺麗に治しますから」