29・ケイトの本音とさらなる誤解
「……ないわ!」
その頃、ケイトは自室をひっくり返して真っ青になっていた。
あの大切なブレスレットがないのだ。部屋中、どこをひっくり返しても見つからない。
「どうしよう。あれがないと……私……」
じんわりと目に滲む涙を、ケイトは慌ててごしごしと擦る。泣いている場合ではなかった。
もしかしたら、チェストに引き出しではなくてトランクケースに入れたままだったのかもしれない。昨夜も寝る前に眺めたからそんなはずはないのだけれど、ケイトは一縷の望みにかけてクローゼットをひっくり返してみる。
「やっぱり……ないわ……」
「ケイー? モルダー様が待ってるよー! ていうかエミリーがめっちゃ攻めてる! 悪役系美少女の本気! 面白いから見においでよー!」
階下からはサクラのふざけた声が聞こえる。ケイトはギルバートのことをかれこれ三十分以上も待たせてしまっていた。
これ以上待たせることはできない、そう思ったケイトは、泣きたいのを堪えて階段を下りる。重い足取りで向かった店の外に、ギルバートの姿が見えた。
「モルダー様……」
やっとのことで話しかけると、ケイトの様子に気が付いたらしいギルバートがサッと顔色を変えた。
「ケイ嬢……どうかなさいましたか」
「あの……、私、あなたとは結婚できません! ごめんなさい! 想ってもらう資格もありません!」
「一体どういうことですか。私がモルダーだからでしょうか。でしたら……」
設定を貫こうとするギルバートの言葉を、ケイトは遮った。
「いいえ! モルダー様でもギルバート様でも、私はあなたをお慕いしております。心変わりをしたことなんて一度もありませんし、ずっと大好きです。でも、私はとても大切なものをなくしてしまいました。一度……あなたのもとから逃げ出したのに……あれがなくては……どうやって私の気持ちを証明したらいいでしょうか」
「落ち着いてください、ケイト」
「嫌です、落ち着けません! だって、私は、誤解する側の気持ちをよく知っているんです。あんなに寂しい思いを、ギルバート様にさせたくないんです。一抹の不安でさえも、残したくありません!」
「それは……本当に申し訳なかった」
「謝らないでください! たまに、少しだけ笑顔を見せてくださるときとか……それはそれでとても幸せだったんです!! 否定しないでください!」
「す、すまない」
「私……失礼いたします!!」
「あっ……ケイト!」
ギルバートから次に投げかけられる言葉が怖かったケイトは、ベーカリー・スクラインを飛び出した。
そして、お店の入り口に立ち尽くすギルバートの腕を掴んでいるのは、エミリーである。
「えっ? 騎士様、ギルバートって、もしかしてミットフォード? そーゆうことだったの? 私が付け入る隙、ないですよねぇ?」
ジョシュアは呆れた顔でエミリーを見下ろす。
「ちなみに、ケイ嬢とはアンダーソン侯爵家のご令嬢、ケイト様です。あなたとは格が違います」
「あー、そうですかぁ。じゃあこれ、二階の床に落ちてました」
エミリーは、カウンターにブレスレットをちゃらん、と置く。
「えっ! これって、ケイトの大事な石とブレスレット!! エミリーが盗ったの!? リアルに手癖悪いな!!」
目を見開いて叫んだサクラに、エミリーは髪の毛を指先でくるくるともてあそんで悪びれる様子もない。
「えぇー? 二階に落ちていただけですよ?」
「……ケイトを追いかける」
数秒でショックから立ち直ったギルバートがベーカリー・スクラインを出たところで、違和感が襲った。まだ夕暮れには早いのに、外が暗いのである。見上げた空には鳥一羽すらも飛んでいない。
「これはどういうことだ」
「殿下、お下がりください!」
異変の理由に気が付いたジョシュアが剣を抜き、ギルバートの前に出る。
―-その視線の先には、ドラゴンがいた。