28・手癖の悪いエミリー
「今日の午後にヒーローが来るのかぁ。いよいよハピエン……なのかな」
朝のピークを終えた後の店番。『ハピエン』の話になるといつもテンションが上がるはずのサクラに元気はない。頬杖の上にのる顔は明らかに微妙そうである。
「ええ。ギル……モルダー様とお話していて、なんとなくだけれど……彼は不器用なのかもしれない、って思ったの。だから、今度は信じられるような気がして」
「そうかー! うーん。私、ハピエンじゃないエンディングは全部見たはずなんだよね。でもこんなのなくて……知らないキャラとイベントがあったし……。でもまあ、どうにかなるか! そもそも私がいること自体がおかしいもんね!! ケイト、おめでとう!」
「まだ……今日お会いしてみないとわからないけれどね」
肩をすくめるケイトにサクラはぴったりとくっつく。
「あー! でもそしたら、ケイトは王宮に帰っちゃうのかぁ。寂しくなるなぁ」
「ミシャの町は王都から近いわ。……そうね! このお店の手伝いもあるし、ここから王宮に通おうかしら」
「……だめよ、それは! 『バッドエンド2、遠距離恋愛の末の破局』だわ!」
随分不吉すぎる予言だ、とケイトは思ったけれど触れないでおく。
「でも、なんで昨日オッケーしなかったの? もしかして、私の目の前でハピエンにするため!? ケイト優しい! ほんともう好き!」
「それもあるけれど……彼は、私が逃げるときに彼から贈られた宝石をすべて置いていったことにショックを受けているみたいで。彼に返事をする前に、大切に部屋にしまってあるブレスレットを見せて、誤解を解きたいと思っているの。私の心が彼から離れたことは一度もないと」
「あー。なんていうか、ギルバートってほんっとうにガキだね! 設定どおりだわ!」
「……でも、そんなところも……可愛いと思ってしまいました……」
「ああ……! いい! 推せる!! ケイトを!」
「あのぅー! 店頭掃き終わりましたぁー」
頬を染めたケイトとサクラの会話が途切れたところで、掃除をしていたエミリーから声がかかる。
「ありがとー! 暑くなかった? しばらく混まないだろうし、中で冷たいものでも飲んで休憩しておいでよ」
「はぁーい、そうします、サクラさん」
エミリーを見送って、ケイトとサクラは店番を続けた。
◇
(『大切に部屋にしまってあるブレスレット』って、どこにあるのかしら)
一人、ダイニングでアイスティーを飲みながらエミリーは思案していた。そして、気付かれないようにこそこそと立ち上がると、階段をのぞく。
ケイとサクラの二人は店番、クライヴは配達、エリノアは仕入れに行っていて『ベーカリー・スクライン』の居住スペースはもぬけの殻だ。
エミリーはそっと二階へと上がる。すると、『ケイ』と書かれたルームプレートがかかる扉が目に入る。
「おじゃましまぁす」
エミリーは、呟きながらケイトの部屋へと足を踏み入れた。
(あの、モルダー様って騎士……すっごくカッコいいだけじゃなくきっと相当に地位が高い貴族の人だわ。私がこれまでに会った男の中で一番のハイスペック! 易々と逃すわけには行かないわ)
エミリーは、このミシャの町ではハンターと呼ばれている。これまでに狙って手にできない男はいなかった。
ちなみに、この町の同世代の男で容姿が一番優れているのはクライヴであり、最近の狙いは専ら彼だった。けれど、モルダーに会った瞬間クライヴの首位は陥落した。
「……あった!」
ベッドサイドのチェストを開けて、一番奥。そこにはビロードの箱に入れられたブレスレットが大事そうに収納されていた。
(さっきの二人の話を聞くと……これがなければ時間稼ぎになるのよね。その間に、モルダー様にアプローチしちゃおう)
ケースからブレスレットだけを取り出してポケットに入れる。
エミリーがしていることは、完全に犯罪だ。でも、ハンターである彼女にとっては当然のことで、ほんの軽い気持ちに過ぎなかった。
休憩を終えたエミリーは何事もなかったかのように店へと戻る。時間の辻褄を合わせるためにアイスティーを一気飲みしたので、お腹はたぷんたぷんだ。
「休憩させていただき、ありがとうございまぁす。魔法冷蔵庫の中のアイスティー、いただいちゃいました!」
「おかえりー」
「エミリー。私、実は午後に用事がありまして。今日は最後まで働いていただけると助かるんですが、大丈夫でしょうか」
遠慮がちに申し出るケイトに、エミリーはニッコリ微笑んだ。
「はぁーい! 今日も予定通り働きます!」
◇
「こ……こんにちは」
午後、すべてのパンが売り切れたぐらいの時間にギルバートはやってきた。
「!! きた!!」
サクラが言うよりも早く、エミリーが前に出る。
「こんにちはぁ、モルダー様。今ケイさんは支度中みたいなんです。またベンチに座って、アイスティーはいかがですか? きっと、そのうちにいらっしゃいますから!」
「……そうですか」
昨夜からケイトの返事に気を揉んでいるギルバートは、エミリーには目もくれない。代わりに目を光らせたジョシュアが間に入った。
「ありがたいですが、特別なもてなしは不要です」
「そうですかぁ。そういえば、騎士なのに護衛付きって。モルダー様って、随分高貴な方なんですねぇ」
エミリーの言葉にギルバートとジョシュアは能面になり、揃って首元の布を引き上げる。
「……で、ケイさんって、すごくお優しくてぇ。あんなに綺麗で優しいのに、恋人がいないなんて変ですよねぇ」
『そのうちに来る』はずのケイトは、なかなかやってこなかった。