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27・すっかりぐだぐだのデートです

 ミシャの町から馬を走らせて十分ほど。ケイトとギルバートは、小高い丘の上に到着していた。


「すごい……!ミシャの町が一望できるわ……!」


「そうですね。方向からいって、あの山の奥には王都があるはずです」


「! 見えるかしら」


 つい楽しくて顔を寄せてしまうと、ギルバートは驚いて弾かれるように体を離す。


「あ……ごめんなさい」


(少し調子に乗ってしまったわ。どんなにサクラが『ハピエン』を予言してくれていても、本当は彼の側にいてはいけないのよね)


「いや。少し驚いただけです。……向こうの方角です。きっと、夜になれば灯りが見えるのではと」


 ギルバートはそう言って、ケイトの方に一歩近づく。


 視界を遮るものは何もない、晴れた丘の上。いまのところは恋人同士でもない二人が遠くの景色を見るために身を寄せ合っているのは不思議な光景ではあったけれど、ケイトは幸せだった。


「……お弁当にしましょうか。サクラが作ってくれたんです」


 ドキドキで間が持たなくなったケイトは、そっとギルバートから離れると足元のバスケットを手に取る。中にはさっきサクラと作ったばかりのサンドイッチと飲み物が入っていた。


「サクラとはあの少女のことですね。……ケイ嬢は?」


「私は……パンを切って、お手伝いしただけです」


「これは珍しい。そして、とても形がきれいですね。王宮のシェフが作ったものよりも素晴らしい」


「きっと味もおいしいはずです」


 ギルバートが一生懸命に褒めようとしてくれているのが伝わってくる。彼の口から王宮、という言葉が出たことに気が付いたものの、そっと置いておく。


「本当ですね。とてもおいしい」


「中のオムレツがふわふわだわ……! サクラって、すごい」


 サンドイッチを一口食べて感嘆の声をあげるケイトに、ギルバートは向き直る。


「あなたと食べると、さらにおいしい気がします」


「……!」


 あまりに包み隠さない言葉に、ケイトはパンが喉に詰まりそうになった。さっき店を出る前につくったアイスティーを水筒からコップに注ぎギルバートに手渡した後、自分も飲んで一息つく。


「ギ……モルダー様」


 ケイトはケイトで呼びなれた名をうっかり口にしそうになったのを飲み込む。二人ともすっかり舞い上がっていて、完全にぐだぐだになっている。


「何でしょうか」


「私の、初恋の話を聞いてくださいますか」


「……初恋の」


 ずっと話すのが怖かった話。けれど、今なら話せる気がして。


「私がその方にお会いしたのは、五歳のときです。もう、一目ぼれでした。彼と会った瞬間に、私はこの人のお嫁さんになる! って決めたんです。それで、お父様に頼み込んで婚約させていただきました。彼にはお兄様もいらっしゃったんですが、いろいろと事がうまく運んで、助かりました」


「……! そうでしたか」


「でも、彼にはほかに好きな人ができてしまったかもしれません。私には見せてくださらない表情をその人には気軽に見せるし、甘い言葉も囁くのです」


「……それは許せませんね」


「でも、許せるのです。本当なら、知ることがなかったはずの幸せですから」


「どうしてそんなことを?」


「私は、ギ……その方のことをお慕いしているからです」


 ミシャの町を見渡せる小高い丘に、春の午後の温かい風が吹く。ブランケットに乗りきらない足の、足首を青い草がくすぐって、土の匂いがする。


 二人とも相手が誰なのか理解していることを告げてはいないけれど、むず痒いような、言葉にし難い空気が漂っていた。


「私の、初恋の話も聞いてくださいますか」


「……え?」


 ケイトは顔を上げる。


「私にも、心からお慕いする婚約者がおります」


「!?」


 その瞬間、ケイトの手から紅茶が入ったコップが滑り落ちた。


 瞳孔を全開にしたケイトの方を見ることなく、ギルバートは話を続ける。変装のためにすっかり短くなってしまった彼の髪からは、真っ赤な耳が見えた。


「その方は……本当に聖女と呼ぶのに相応しいお方です。いつも穏やかで純真無垢……。それに比べて、私はどうしようもない男です。プライドばかり高くて、彼女のことを好きだと伝えられなかった」


(好き? ギルバート様が、私のことを好きとおっしゃった? 今!)


「まず、これは噂なのですが……先日、王宮に現れた異世界から来た少女がこの国の第二王子と結婚するというのは、間違いだそうです」


「えっ? そんな……()は確かに聞きましたわ。異世界から聖女様がいらっしゃったと」


「確かに、聖女は王族と結婚するという慣例は失われていません。個人的にも絶対に撤回して欲しくない」


「一体どういうことなのでしょうか……」


「異世界からきた少女は、聖女ではなかった。そして()……ではなくて、第二王子は、異世界から来た少女が現れた瞬間に、国王陛下のところに行き確認したようなのです。彼が結婚するのは、幼い頃からの婚約者に変わりないと」


「!」


 二人の会話はめちゃくちゃだった。お互いに、もう分かっている。相手に自分の正体がバレていると。


 ケイトだって本当は『あなたはギルバート様ですね』と聞きたい。でも、それをしたら目の前の彼にかかっている魔法のようなものがとけてしまう気がしてどうしても勇気が出なかった。


「本当に、その男は後悔しています。どうして素直になれなかったのかと。彼女がいなくなった部屋には、彼が贈ったジュエリーが大量に残されていました。あれだけ尽くしてくれたのに、それだけの傷を、()は」


 ギルバートは重ねて言いながら、ケイトの瞳を見つめてくる。


「……あの。次はいつお会いできますか。お話したいことがあります」


「今ではいけませんか」


「はい。次にお会いするまでに、準備したいものがあって」


 ベーカリー・スクラインの二階にある居候二人専用の部屋には、ケイトにとってとても大切なブレスレットが入っている。以前、ギルバートから贈られたものだ。


 ケイトが逃走するときに彼から贈られたジュエリーやドレスを選ばなかったのは、売って逃走資金にするためだった。その中で唯一身につけて持ってきた大切なブレスレット。今は自分が身につけていてはいけないものだと思い、しまってあるけれど。


「……わかりました。明日でも、いいでしょうか。本当は……時間の余裕はあります。でも、私が待てません。……申し訳ない」


「承知いたしました。明日、きっと」


 唇を噛みしめるギルバートを見て、ケイトは、話を聞かずに思い込みだけで逃げ出してしまったことを悔いていた。自分も、彼を傷つけてしまったのだ、と。


(私は……婚約破棄から逃げたいと思うばかりで、自分から彼と話そうとしなかったわ)


 あのブレスレットを見せて、一瞬たりともギルバートから心が離れたことはないと伝えたい。


 サクラの予言から言えば、次のデートが『ハピエン』のはずだった。


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