26・厚焼き卵のサンドイッチを作ります
簡単なランチボックスを作るので待っていてください、というサクラの言葉に従い、ギルバートは店外のベンチで待つことになった。
そこに、エミリーがアイスティーを持っていく。
厨房からそんな光景を眺めながら、ケイトはふわふわの食パンを丁寧にスライスしていた。パンを捏ねることはできないけれど、調理ならすっかりお手の物である。
「何だか、エミリーって悪役みたいな立ち回りしてない? まあ、ギルバート×ケイトシナリオにはそんなの出てこないけど」
「……悪役?」
「そう! ハピエンを邪魔する女子のこと!」
サクラは小声で言いながら、卵を四つ、ボウルに割りいれた。
そこに足していくのは、たっぷりのお砂糖と少しの塩、そしてサクラがクライヴに頼んで取り寄せた黒い液体調味料だった。大豆からできているらしく、この前行商人にこの調味料を教えてもらったサクラは、相当にテンションが上がっていた。
卵とお砂糖をよく混ぜたら、熱したフライパンに油をひく。そこにじゅわっと卵液を流しいれて、くるくると巻いていく。
サクラの手元からは、甘くて香ばしい香りがしてくる。捲き終わったら、また卵がじゅわっ。そして、またサクラは器用にくるくるっと巻き上げる。
「……すごいわ。綺麗。まるで魔法みたい!」
「へへ。私、お弁当は自分で作ってたんだよね」
焼き終わると、サクラはまな板の上にそっと卵焼きをのせた。
「さて、次はこっちの食パンだね!!」
サクラは腕まくりをする。
この『食パン』もまたサクラが焼いたものだった。一見、見慣れたバゲットの亜種のように見えるけれど、スライスしてみると全く違うことがわかる。
こんがりとしたキツネ色の皮の中に現れるのは、クリーム色のもちもちとしたふわふわの食感だ。
このパンはとても不思議で、そのまま食べるともちもちじゅわっ、焼いて食べるとサクッとした食感の後にふわふわのくちどけが楽しめる。二度おいしくて、ケイトは一口食べただけで大好きになった。
サクラはケイトがスライスした食パンにバターを塗ってから、トマトソースとマヨネーズを混ぜたものを広げていく。その上にさっき焼いた厚焼き玉子をのせて、もう一枚の食パンで挟んだら完成だった。
「できた!」
「こんなに分厚いサンドイッチ、見たの初めて。すごくおいしそうな香りがするわ」
白い食パンに挟まれた厚焼き玉子の隙間からは、オーロラソースがのぞいている。
バゲットにハムやチーズを挟んだサンドイッチが一般的なエルネシア王国では、見たことのない食べ物だった。
でも、このサンドイッチがおいしいことは漂う香りから間違いない。
「でしょう? ……ということで、ケイトは二回目のデートにいってらっしゃい! 急だったから、付いていけないのが悲しい! でもいい! ハピエンのときには一緒にいるから!!」
「ありがとう、サクラ」
二人で行っちゃうんですかぁ、と悲鳴を上げるエミリーを置いて、ケイトとギルバートは近くの丘へと向かった。
◇
ケイトとギルバートが丘までピクニックに出かけたあと、ベーカリー・スクラインに残されたのはサクラとクライヴ、エミリーの三人である。
「ねえ、クライヴ。来店も落ち着いたでしょう? いつもは皆で順番に休憩するけど、今日は私と一緒にランチを食べない? 初等学校時代の友人の面白い話があるの」
「俺はいい。サクラ、お前エミリーと休憩行ってこい」
「えっいいの? エミリーがすごい勢いで攻略しようとしてるけど無視していいの?」
「攻略って何のことですか、サクラさん?」
「エミリーはモルダー様とクライヴどっちが本命? どっちも顔がいいから選べないよね? 私もだわ。困るよね?」
「……お前ら。どっちでもいいから早く行け!」
少しだけ頬を赤くしたクライヴの叫びに、サクラはエミリーの手を掴んで奥へと引っ込んだのだった。
昼の休憩が終わると、エミリーは帰ってしまった。どうやらデートの約束があるというのは本当だったらしい。
午後に販売する分のパンが焼き上がり、店内にはサクラとクライヴの二人きりになる。
焼き上がったパンを並べ替えながら、クライヴは仏頂面をして言う。
「エミリーには気を付けた方がいい」
「ん? 前もそれ言ってたね? エミリーって、キャラは強烈だけど働き者だしいい子じゃない?」
「いや……あいつは……なんていうか、手癖が悪い」
「手癖? お店のものを取ったりするってこと? じゃーなんで雇ったの!」
サクラが聞き返すと、クライヴは面倒そうにため息をついた。
「いや、そういうことじゃなくて……。俺はあいつと町の初等学校で一緒だったからよく知ってるんだけどさ。小さい頃から男にちやほやされたくて仕方がないタイプ。気に入ったら、人のものでもすぐに盗る」
「あ、そーゆう……エミリー、全然隠してないしもう気づいてた」
サクラは納得して続ける。
「でも、ギル……違った、モルダー様には無意味だと思う! だって、ケイのことがめっちゃ好きだし! でも私もだけど! ケイのことがすっごく好き!」
「……ぷっ。……だな」
サクラの発言に、クライヴは一瞬表情を止めてから、屈託のない笑顔を見せる。
「あとはクライヴだよ。クライヴはずいぶんエミリーに冷たいけど、攻略されたくないの?」
「俺は……。いや何でもない」
「?」
いつも口が悪いクライヴがめずらしく言葉を選んで言い淀んだことが、サクラは不思議だった。




