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25・エミリーとも仲良く?しています

 その日、モルダーは焼き立てのパンをうれしそうに抱えて王都へと帰って行った。


「今日は楽しすぎたね、ケイト!」


「ええ。まさか、ギルバート様と一緒にパンが焼けるなんて。それに、とても喜んでくださったわ。本当にうれしい」


「ふふふ」


「何ですか、サクラ様」


 意味深に笑うサクラに、ケイトは頬を赤らめる。


「今日は一度も『ギルバート様の顔がいい』って言ってないなと思って」


「それは……!」


「やっぱり違ったんでしょう? 好きな理由」


「はい。……あの、少し考えてみたんです。ギルバート様のお顔が、ゴリラだったらって」


「まってまってまってまって? いろいろ突っ込むところしかないんだけど?」


 サクラがいつもの賑やかさで話を聞いてくれたので、ケイトの心は解れていく。


(私がギルバート様のお顔だけを好きだと思っていたのは、自分を守るためだったのかもしれない。『ケイ』だから優しくしてくださるのは悲しいけれど。でも、もしサクラ様がおっしゃる『ハピエン』に辿り着けたら、婚約破棄されないばかりかあの優しいギルバート様が傍にいてくれるかもしれない)


 楽しい時間を終えた二人はそれぞれのベッドに入る。今日は本当に楽しかった、そう思いながら眠りに落ちようとしたとき。


「でも……本当にケイトとギルバート様がパンを焼くイベントなんてないはずだったんだ……」


 サクラのそんな呟きが聞こえた気がした。




 そこからさらに十日ほどが過ぎた。


 お昼を過ぎて忙しさのピークを終え、ケイトは店頭に立ちながらもぼうっとしていた。


(ギルバート様はお忙しい身。でも、こんなに長く会っていないのは初めてかもしれないわ……)


 ギルバートはケイトに冷たかったとはいえ、王宮の側仕えの者たちが把握して気を遣うぐらいにはケイトの顔を見に来ていた。


 ケイトは彼の癒しだった。会った後で無表情かつ言葉を発さない、というのがセットだったためにケイトの誤解を招いたわけではあるのだけれど。


「ケイさん。もうパンはほとんど売れてしまいましたねえ。これ以上忙しくならなさそうなら、早上がりしてもいいですかぁ? 私、この後デートなんです」


 バイトのエミリーが甘ったるい声で言う。言っていることは不真面目だが、エミリーは初めてとは思えないほど飲み込みが早く、よく働く。


 町の初等学校で彼女のことを知っていたらしいクライヴは『エミリーの両親に頼まれたから雇ったけど、あいつには気をつけろ』と言っていた。しかしケイトとサクラにはその意味が分からない。


(この後パンがまた焼き上がってお客様がいらっしゃる時間になるけれど……うん、でも全然問題ないわ)


「ええ。もちろんです。クライヴには伝えておきますね」


「クライヴ」


 その瞬間、エミリーの顔色がサッと変わる。


「いいです! やっぱり時間通り働きます! デートの約束なんてありませんでした」


「そ……そうですか。無理はしないでくださいね」


 このエミリーはサクラと違う意味で様子がおかしい。クライヴに対し、異常な執着心を見せるのだ。


 厨房でサクラとクライヴが仲良くパンを捏ねるところを邪魔しては怒られ、二人が配達に出かけるのを邪魔しては怒られ、さっきも二人が作った新商品の試食を割り込んで一番に済ませ、また怒られていた。


(エミリーさんって……なんだか恋愛小説に出てくる、あの……何だったかしら)


 ケイトがふわふわと揺れるエミリーのツインテールを見つめながら首を傾げたとき。カラン、と鐘が鳴った。 


「いらっしゃいま……モルダー様!」


「こ……こんにちは。パンはまだ買えるでしょうか」


 緊張した様子で店に入ってきたのはモルダーだった。十日間ぶりの姿に、ケイトは緩んだ口元をなんとか引き締める。


「実は、執……仕事が思ったより早く終わったもので。こんな時間に来て、迷惑ではなかったでしょうか」


「いいえ、まったく。お待ちしておりました、モルダー様」


「あ……はい……」


 ぽーっとしてしまい、気の利いた言葉も言えない主君の背中を、ジョシュアが後ろからトン、と叩いている。まるで、しっかりしてください、と言っているようである。


「……モルダー様? パンをお取りしますね。どれがよろしいでしょうかぁ?」


 さっきまでケイトの隣にいたはずのエミリーが、いつのまにかトレーとトングを手にしている。ちなみに、エミリーはモルダーと初対面である。


 鈍いケイトはその意図に気が付かず、ついでにケイトしか見ていないギルバートは気にも留めない。しかしジョシュアは顔を顰めた。


「結構です。……私がやります」


 ジョシュアはエミリーからトレーを取り上げる。エミリーはジョシュアの顔を見て、ハッとした様子だった。


「ケイさん! このお二人はどちらもケイさんのお知り合いなんですねぇ。お二人ともすごくカッコいい」


「え……ええ。知り合いというか……」


 本来であれば、この国の第二王子であるギルバートはもちろん、侯爵家出身のジョシュアもエミリーが承諾なしに話しかけていい相手ではない。何と答えるべきなのか分からなくて、ケイトは目を泳がせる。


「何か、声が聞こえたんだけど……! あ! モルダー様」


 厨房から顔を覗かせたサクラに、ジョシュアはなぜか安堵したような表情を見せる。良家育ちのお坊ちゃんお嬢ちゃんにエミリーの相手をさせるのは危険だと、彼の本能が告げているようだった。


「今日はいいお天気ですから、近くの丘にお出かけになってもいいかもしれませんね」


「イベント! ピクニックデート!」


 やっぱりサクラの声は大きかった。



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