22・バラの花束をどうするか
大きなバラの花束を抱えて帰ったケイトを待ち受けていたのは、サクラの悲鳴だった。
「えええ! どういうこと! もう! バラの花束! これって、ヒーローとヒロインの好感度が相当上がってないと出て来ないやつ! 三回目のデートで出てくるやつ! どうして! やっぱり尾行すればよかった! あのカフェのロケーションに、ケイトとギルバートは絶対絵になる! 躊躇した自分を呪う!」
「……いただいてしまいました……」
ケイトはサクラからの助言に従いきれなかった。このデートでは深い話をせず、何を聞かれてもはぐらかすようにと言われていたはずなのに。
『ハピエン』への道が遠ざかってしまった気がするのに、ずっと欲しかった言葉を自分ではない相手に吐くギルバートの姿が頭から離れない。
「どうしてこんなにシナリオが『巻き』になっているの……?」
「私も、何が何だか」
ケイトは答えながら、今日の会話を回想する。ギルバートが目の前でお菓子を食べてくれて、飾らない声色でおいしいといってくれた。そして、結婚の申し込み……。
「……」
一方、サクラは口角をあげて頬を染め、黙ってしまったケイトを見つめる。
「……でもいい! いいよ、ケイト! これが乙女ゲー転生の醍醐味だと思う! 私、トラックにひかれて本当によかった!」
『トラック』が分からないケイトはとりあえず微笑んでおく。
「ねえ、ケイト。次のデートに私もついて行ってもいい?」
「えっ……ええ。でも、次の約束はしていないの。とてもお忙しい方だし」
「ううん。すぐにフラっと来るわよ! 次はピクニックデートのはずなんだけどな! あっ、大丈夫! ちゃんと離れた場所から鑑賞するし、二人の邪魔はしないよ!」
「……楽しそうだわ」
ケイトは、ギルバートと二人で自由に出かけたことがない。いつだって、外出するときには護衛騎士が数人付いた大掛かりなものになる。
それが申し訳なくて、二人で会うのは大体が王宮の庭園かサロンだった。ギルバートが冷たくなってからは、外でデートしてみたい、と言える気配すらなくなっていた。
(サクラの予言ではピクニックデートが待っているなんて……! 夢みたい!)
「なぁ……あの花束、どうすんだ? とりあえず半分は活けておいたけど、もううちに花瓶はない」
ダイニングで話し込んでいた二人のところに、クライヴが顔を出す。ケイトに手渡されたバラの花束は百本以上もあって、この国の贈り物のルールを知る者から見れば、ギルバートの独占欲は丸出しだった。
「クライヴ、ありがとう。残りは……そうだ、サクラがお風呂に入る時にお湯に浮かべるといいわ。とってもいい香りがするの」
「いいの!? ケイトが入ればいいのに!」
「今日は……なんだか、胸がいっぱいなの。ゆっくりお風呂に浸かったら、のぼせてしまいそうで」
「じゃーありがたく!」
……と、話を進めようとしたところで、クライヴが難色を示す。
「ケイ。サクラはエルネシア王国の文化を知らないんだろう。教えてやれよ」
(……あ!)
「そうだったわ。エルネシア王国では、贈り物としてバラの花束は特別な意味を持つの。未婚女性にプレゼントする場合、その数が多ければ多いほど親愛の情を強く示す、っていう」
「なにそれめちゃいいじゃん! そんなのゲームのシナリオになかった!」
興奮した様子のサクラの背後で、クライヴは不満を隠さない。
「それだけじゃないだろう。バラ風呂に使用した場合には『自分色に染めたい』という相手からのメッセージを受け取ることになる。もちろん、男性側もそうやって使われることを願ったうえで贈ることも多いし、変な魔法を仕込んでくるやつもいる。つーか、ほぼ百パーセントそれ。モルダーさんからのプレゼントなら大丈夫だと思うけど、サクラはもっと警戒した方がいい」
ケイトが純真無垢だと信じているギルバートは、これまで大量のバラを贈ってきたことはなかった。だから、ケイトもそのルールをすっかり忘れていたのだ。
そのことを思い出して、ケイトは複雑な感情を抱えつつもまた赤くなる。
(ギルバート様が情熱的なことをするなんて……。ジョシュア様の助言かしら)
ほぼそうだった。
とりあえず諸般の事情を考慮し、たくさんのバラはクライヴの氷魔法を応用して保管し、ケイトが後日楽しむことになったのだった。