19・サクサクのメロンパンを作りました
翌日。
「クロワッサン・ダマンドを焼くのも慣れてきたし、今日は新しいパンに挑戦したいと思います!!」
ケイトに倣い、形ばかりのお祈りを終えたサクラは言った。
「新しいパン……って、今度はどんなの?」
「せっかくギ……モルダー様がケイの作ったアーモンドクリームをおいしかったって言ってくれたんだもの! お茶に誘われたときに渡せる、小さなスイーツサイズのミニメロンパンを焼いて可愛くラッピングしたいと思います!!」
「おー……。その前にほかの仕込みも頼むな?」
話を聞いていたらしいクライヴがサクラのおでこを軽く小突く。ミシャの町に来てまだ数日だけれど、二人はすっかりこの家に馴染んでいたし、焼いたパンも人気を博していた。
「わかってるよ! ……と、いうことで、ケイはクッキー生地を作ってくれる? 私はふかふかのパン生地をこねるから! ケイってクッキーも得意だもんね?」
「クッキー生地……分かったわ」
ケイトは頷くと、すぐに作業に移った。
柔らかくしたバターをクリーム状になるまで混ぜたら、そこに少しずつお砂糖を加えていく。ケイトがギルバートによくお菓子を差し入れるのは、小さな頃に甘いものが大好きだったという記憶があるからだ。
実際、今もそれは変わらないのだけれど、大人になってからケイトは彼が甘すぎるお菓子が得意ではなくなったことに気が付いていた。だから、ケイトは優しい甘さでもコクが出せるブラウンシュガーを選ぶ。
お砂糖がなじんだら卵を入れてなめらかになるまで混ぜ、香りづけのためにバニラオイルを数滴。そして最後に小麦粉を振り入れ、さっくりと混ぜていく。
魔法冷蔵庫で寝かせた生地がしっとりする頃には、サクラのパン生地もできあがっていた。
「後は、このクッキー生地でパン生地を包んで焼くだけ! モルダー様にお渡しする分はケイが自分で作ったら?」
「……ええ、やってみるわ」
パンは見た目が大事だ。ケイトはこのパン屋を手伝ってはいるが、成型はクライヴとサクラの仕事だった。でも、ギルバートもといモルダーが食べてくれるかもしれないなら、自分で作りたいと思う。
ケイトは、サクラの手元をまねて、メロンパンの成型に取り掛かった。
適度に伸ばしたクッキー生地の上に、丸めたパン生地をのせて包む。このパンは、焼くとぎっしりした歯ごたえではなく、ふわふわの口当たりになるのだという。
この前のサクサクしたクロワッサンもだったけれど、サクラが教えてくれるパンはこのエルネシア王国にはないものばかりで、ケイトはわくわくしていた。
最後に、クッキー生地の上にキラキラのお砂糖をまぶし、不思議な網目模様を描いて焼き上げたら完成だった。
「「あ……甘くていい匂いがする!」」
出来上がったメロンパンを前に、二人はハモる。なじみ深いこんがりとした焼き色ではなく、クリーム色の見た目がなんとも珍しく、おいしそうだった。
そのうちの一つを四等分し、クライヴも含めた三人で口に放り込む。残りの一切れは、朝食の支度をしているエリノアの分だった。
「「「おいしい!」」」
三人はハモった。いつもの如く、サクラが一人で続ける。
「このサクサクのクッキー生地! サックサクなのに、ほろほろと崩れるザクザク感もあって完璧! こんなにメロンパンにぴったりのクッキー生地が作れるなんて……ケイトは天才なの? 上に乗ったカリカリのシュガーも食感がいいし、後からガツンと分かりやすい甘さがきてサイコー! ギル……」
サクラがギルバート、と口にしそうになったところで、ケイトは慌ててサクラの口をふさぐ。
「……あ、ごめん」
いつも通りだった。
「そろそろ開店するぞ」
「「はーい!」」
クライヴの声に、ケイトとサクラは揃って返事をする。
今日、目立つ窓際のスペースに置かれたパンは、メロンパン・クロワッサン・クロワッサン・ダマンドの三つ。
すでにクロワッサンとクロワッサン・ダマンドの評判はミシャの町中に広まっていて、開店早々に売り切れてしまった。
朝のピークを終えたケイトは、ギルバートに贈るために焼いたプチサイズのメロンパンを丁寧にラッピングする。
透明の袋に入れて、口をリボンで結ぶ。包材として箱ではなく袋を選んだのは、気軽に食べて欲しいという思いからだ。
(私の目の前で……食べてくれるかしら……)
もし今日、ギルバートが自分のことを誘いに来てくれたとしても、それはケイトではなく『ケイ』への好意だ。そのことは十分に分かっているはずなのに、ケイトは胸が期待に膨らんでいくのを感じていた。
「ケイは今日約束があるんだっけ? それなら、午後早く上がっていいぞ」
配達から戻ったクライヴの言葉に、ケイトは詰まる。後ろにはサクラが大袈裟にうんうんと頷く姿が見切れている。
「え……ええ。でも……」
(考えてみたら、みんなが働いているのに私だけお休みをいただくなんて、そんな。それに、ギルバート様が本当にいらっしゃるかもわからないし)
「よくわかんないけど、『ハピエン』のためなんだろう? 俺も、応援するよ」
まだ十六歳のクライヴは、とてもいい子だった。