11・クロワッサン・ダマンドと髪色
材料は、バターに卵、お砂糖、アーモンドの粉の四つだけ。
ケイトは、クライヴが魔法で柔らかくしてくれたバターをホイッパーで混ぜる。ふわふわになったら、卵を割りいれ、滑らかになるまでさらに丁寧にすり混ぜていく。最後に、お砂糖とアーモンドの粉を加えて完成だった。
「少し柔らかくなりすぎて扱いにくそうだな。バターを温めすぎたかな。ケイ、貸して」
横からクライヴがのぞき込んできて、ケイトの持つボウルを魔法で冷やしてくれる。さっきバターを柔らかくしてくれたのも含め、普通なら氷を使うところだった。
(エルネシア王国には生活を便利にする魔法はたくさん存在しているけど……こんなに、場面に応じた魔法を使いこなす人は初めてだわ)
整った横顔は、顔がいい男性に目がないケイトも合格点を出したいほどの美しさである。昨夜会ったばかりのときは、サクラの勢いに圧倒されてこのイケメンを愛でる余裕がなかった。
けれど、あらためて見ると本当に顔がいい。眩しいほどの琥珀色の瞳と、額にサラサラと揺れる赤みがかったブロンド。ぶっきらぼうに振る舞いつつ、たまに見せる微笑みは、十六歳という年齢そのままのみずみずしさを感じさせる。
(赤みがかった、ブロンド)
そこで初めて、ケイトはクライヴの髪色が気になった。エルネシア王国では、髪の色で魔力や神からの加護の強さを測る。大体の者はブロンドヘアで生まれてくる。
その次に多いのが――とは言っても、数百人に一人クラスの割合になるけれど――ギルバートやサクラのような黒髪だ。
そして、一生に一度出会うか出会わないかという希少価値を認められているのが、ケイトのように原色が混ざったカラフルな髪である。
でも、クライヴの髪は赤みがあるとは言っても日に当たると色を感じられるぐらいで、ほぼブロンドと言っていいだろう。
ただ、王都にいれば自分が聖女だと一目でわかってしまう髪色がコンプレックスだったケイトは、クライヴに赤みがかった髪のことを聞く気にはなれなかった。
気を取り直して真剣に手元のボウルを見つめてアーモンドクリームを混ぜていると、視界にサクラが現れた。
「ねえ! 味見してみてもいい?」
「ええ、どうぞ」
目を輝かせるサクラに、ケイトはスプーンでクリームをひとすくいし、手渡す。サクラはそれを受け取らず、口でそのままぱくっと食べた。まるで、何かの餌付けみたいでとても可愛い。
「……っつ! おいしいいいいい! 甘い! 香ばしい! これがケイトの味! ヒーローが絶対誰にもあげたくなかったのも頷ける! だって上品な甘さがすっごくケイトっぽくてきゅんとする! 私……あの……何度も見たケイトのお菓子を食べてる……!」
余りの絶叫に、ケイトは飛びあがる。とりあえず自分の名前を連呼するサクラの口を慌てて塞ぐ。
「あ、ごめん」
サクラはすぐに冷静になったようだった。二人でちらりとクライヴの方を見る。彼は、いつのまにか黙々と後で焼くバゲットの材料を計量していた。どうやらセーフである。
ふう、と顔を見合わせてから、サクラは最後の仕上げに入る。天板に並べた三日月型の生地にアーモンドクリームをこんもりとのせ、その上からアーモンドをパラパラとかけていく。
アーモンドは、薄くスライスしたものと粗く刻んだものの二種類。サクラによると、いろいろな食感が楽しめる方が好みなのだという。
まだ焼いてもいないのに、厨房には甘い匂いが漂っていた。
「これを焼けば……クロワッサン・ダマンドの完成!! すごい! ケイと私の合作!」
「焼き上がりが楽しみだわ!」
二人で手を取り合って喜んでいるところに、エリノアが顔をのぞかせた。
「ケイ、ちょっといいかねえ」
「? はい!」
ケイトは呼ばれるままに厨房を出て、別室に行く。そこはバスルームになっていて、その隣に大きな鏡と椅子、ケープのような白い布が置かれていた。
「その髪色……もし気になるなら、染めてあげられるけど、どうするかねえ」
エリノアは白い布を手に取ると、穏やかに、優しく言った。
「……!」
ケイトは思わず自分の髪に手をやる。昨夜、このミシャの町を歩くとき、ケイトはストールで髪色を隠していた。
(王都を出たらそこまで警戒はしなくていいと思っていたけれど……)
何と答えたらいいか分からないケイトに、エリノアは微笑む。
「ケイは訳ありなんだろう? あんたたちはとてもいい子だ。ホテルに泊まるんじゃなく、気が済むまでここにいるといい。部屋は余ってるからね」
「! エリノアさん……」
「ただ、その髪は目立つだろう? 大丈夫、染めるのには慣れているんだよ。その綺麗な色を完全に消すのは難しいけどねえ」
「ありがとうございます。……お願いします、ぜひ!」
厨房の方からは、クロワッサン・ダマンドが焼ける甘い香りが漂ってくる。
こうして、ケイトとサクラはエリノアのパン屋に居候させてもらえることになったのだった。