表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうしようもない転生  作者: 邪道
8/62

第3話 monster(上)

主人公にとっては、殺戮こそが日常なわけです。つまりこの小説は、『日常系』なのです。

『おはようございます!では、今回の標的について説明させていただきます』


「お願いします」


スマホで会話しつつ、朝食のパサついたコンビニパンを缶コーヒーで流し込む。

世界の救世主たる彼女でも、金の無駄遣いはできない。なぜなら彼女は自身の生活費を、殺した人間から奪った金で賄っているからだ。


『…で、その標的がいるのは…』


「なるほど、はいはい」


歯を磨きに、洗面台へ行く。水垢まみれの鏡には、アルビノの美しい女が写っている。

見た目だけだ、美しいのは。内側にある『魂』は、どうしようもなく捻じれて、いびつで、救いようがない。


(…卑しい獣だな、オレは)


アニマは、自嘲的な気分であった。喧嘩もしたことがなかった人間が、自らの手で人を殺す生活を続けるのは、並々ならぬストレスが伴う。だから、心が壊れないように、自分で自分を罵っているのだ。


『…あの?もしもし?理解していただけましたか?』


「え?…ああ、はい。大丈夫です」


『…それにしても、私と普通に会話してくれるようになりましたね?最初は口もきいてくれなかったのに』


事務的な口調が、突然親しげに変わる。計算か天然かは分からない。


「あー…いや、なんつーか…恨み続けるのって疲れるんですよね」


『ふうん。そういうものですか』


「そういうもんですよ。それにオレ、この仕事向いてると思うんです」


『…へえ。それなら良かった。じゃあ、今回も頑張ってくださいね!』


通話を切って、うがいする。水と泡が排水口に吸い込まれていくのを無心に眺めていると、インターホンが鳴った。


「ああ、あれか」


玄関を開けると、緑色の肌の配達員が段ボールを差し出した。ゴブリンだ。

かつて『魔王軍』というのがいて人間と戦争を繰り広げたらしいが、それもかなり昔の話である。彼ら魔族は若干の差別を受けながらも、こうして人間社会に適応している。


「あのォ、ここんとこ、サインお願いします」


「あい、これでいいすか?」


彼女は最近パソコンとルータを買ったので、通販ができるようになった。今回買ったのは、お取り寄せの高級弁当であった。


(世界を救ってるんだ、たまには贅沢せんとな)


配達物を受け取り、ドアを閉め、ため息をついた。


(にしても割に合わないよなあ…)


今回の標的の事であった。その名は、『魔王』。異名や比喩ではない。そのまま、魔王である。かつて人類を苦しめ、3人の勇者によって封印されたという魔王が、今また復活したらしい。はっきり言ってベタ、ゲームでも使い古された設定である。ただ1つゲームと違うのは、これが現実であるということだけだ。


(早過ぎる…まだこの世界に来て数週間だぞ…いきなり魔王って)


とはいえ、彼女の精神状態は極めてフラットであった。


(まあ、どちらにせよ、オレは仕事するだけだしな…)


放っておいても、どうせこの世界は滅びる。魔王を殺す以外に道は無いのだ。

それより、今の彼女にとって重要なのは、


「…あ〜、眠っ…」


押し寄せる眠気であった。この日、結局彼女は、昼過ぎまで二度寝した。

次の日も、その次の日も、彼女は普段と変わらず過ごした。二度寝したり、町に出て飯を食べたり、たまにチンピラをぶん殴ったりと、気ままに生活した。

勿論、魔王の件を放棄した訳ではない。この世界に来て、仕事を行う中で得た、裏社会のツテがある。それを辿って、『魔王』という存在についての情報を集めた。

そしてその中で、かつて魔王が棲んでいたという古城が、現在立ち入り禁止になっているという話を聞きつけた。


(やはり、魔王とやらは復活しているらしいな…)


そのことが公になれば、社会に大混乱が起こる。故に、各国政府は事実を隠蔽し、秘密裏に処理しようとしている、という所だろう。

魔王城は今や文化遺産に指定されており、所在地は有名だ。

問題は、いつ、どんな準備をして乗り込むべきかだ。魔王の力について何も情報が無い以上、初見殺しであっさり殺される可能性が高い。


(それに、各国政府に目をつけられる心配もある…ただでさえオレは殺人犯…指名手配でもされたらマズい!)


もっともその不安は、すぐに解消される事になった。街角で見つけたポスターだ。


【風俗店経営者フォビオ・ダーラン氏殺害の疑い:

この顔にピンときたら通報!】


の文字と共に、白髪の女の写真が貼られていた。無論、はっきりと写っている訳ではないが、見る人が見たら分かるだろう。


(…もう指名手配されてるゥ〜ッ!)


急にどっと汗が吹き出てきた。辺りを見回す。


(こ、こんな写真、いつ!?どこで!?…こりゃ悠長に情報集めしてる場合じゃねえな)


そして今更ながらに、自分のしてきた事の重大さを思い知った。


(…そうさ、オレは殺人犯なんだ。分かってたつもりだったけど…もう二度と太陽の下を堂々と歩けない、犯罪者なんだよな…)


捨てなければならない。芽生えていた、『甘え』を。生まれていた、『慣れ』を。そしてーー


「あの〜すいません」


「ひゃい!?」


突然、背後からの声。しわがれて、弱々しい。


「ちょっと道をお尋ねしたいのですが…」


「あ、ああ!道ね!いいですよ!」

(びっくりさせやがって…このクソジジイ!)


アニマは内心毒づいた。フードに隠れて顔は見えないが、腰が曲がっているし、長いヒゲが出ているのでたぶん老人だろう。


「あの、そこにある角を曲がって左に行くと、もう見えますから!」


「なるほど、よく分かりました。わざわざありがとうございました」


にこやかに応対しつつも、アニマは穏やかならぬ心理状態にあった。何しろ指名手配の身なのだ。警察に見つかって追い回されなどしたら、魔王退治どころではない。


(家を移るか…少なくともこの国には居られない)


また1からやり直すのは面倒だが、ここは慎重には慎重を重ねるべきだろう。


「ああ、そういえば…」


去ろうとしていた老人が、急に立ち止まって言う。


「はあ、まだ何か…」


面倒に思い、多少ぞんざいな口調になる。


「…あなたの顔、どこかで見覚えが…」


「!!」


身体がこわばる。思わずポスターを隠した。


「い、いや?オレ…私は全く覚えがありませんね。気のせいでは?」


「そうですか…いや、失礼しました!全く、年を取ると記憶が曖昧になっていけない」


やり過ごした。安堵がため息となって出る。


「ああ、でもやっぱりどこかでーー」


アニマはキレた。


「おいジジイッ!テキトーこいてんじゃあねえぞッ!オレとテメェがどこかで会った?ありえねぇんだよ、そんなことはよォ!」


「…ええ、確かにそのようだ。でも私はあなたのことを知っていますよ、アニマ」


空気が変わった。どろりとした、濃密な殺気である。


「…ああ?テメェ、オレの名を…!」

〈つづく〉

どうしようもない名鑑No.6【魔王】

かつて人類に挑んだ、強大な魔族。文明の遅れた人類では太刀打ちできなかったが、突如現れた3人の勇者によって打倒されたという。現代に再び蘇り、世界を滅ぼさんとする。四天王も一緒に復活したらしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ