表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どうしようもない転生  作者: 邪道
62/62

断章 复仇(下)

たまにこういうのもあります。

「あなたは復讐がしたいですか?」


優藍はその問いに、はっきりした解答をしなかった。


だがそれからも、女は裏口に現れ続けた。


「あなたに武器を差し上げます。


それは、私の技術です」


回りくどい言い回しではあるが、それはつまり―


「技術って…僕に、格闘技か何かを教えてくださると…?」


「その通りです。


質問の答えは、全て教えてからまたお聞きします」


「あ、はあ…でもなんで僕に…?」


その問いは、受け入れる姿勢だからこその言葉だった。


本来警戒してしかるべき怪しい女の提案に乗ろうと思ったのは、失うもののない最底辺の絶望にあったからである。


「今日からあなたに教えます。


それは、六道獄星拳という技術です」


「りく、どう…?もしかして、拳法ですか?」


「はい。今日から教えます。こっそりですよ」


「なるほど、今日から…え?」


秘密の修業が始まった。


昼間は雑用をしなくてはならないので、朝と夜に寝る間を削って教えを受ける。


「六道は伝説のマーシャルアーツです。


それはassassinateを目的として開発されました」


「あさ…何です?」


「assassinate」


「いえ、あの…もっとハッキリ言っていただけると…」


「暗殺です」


「へっ!?」


いわゆる暗殺拳というやつである。


「なぜ執拗に問い詰めますか?


私はあなたの心理を考慮してごまかしました」


「す、すいませんお気遣いいただいて…」


「いいです。予定を少し早めます」


女はいきなり大振りのナイフを取り出した。


「これで、あなたを切ります」


「…はいッ!?」


ひょいひょいと軽く振り回す。


刃の鈍い輝きに恐れをなした優藍は、尻餅をつく。


その一瞬後、全身から出血した。


「ひああああッ!痛い、痛いよおッ…」


「痛みは、ほとんど痒みのレベルにあります。


恐れると深く切ります、動かないでください」


確かに、切られたのはほんの薄皮であった。


だが、目の前の人間が刃物を振り回し、それによって自分が怪我を負った事実は、彼の心に激しい恐怖を与えた。


女は首を傾げる。


「なぜ恐れますか?


あなたが受けた暴力は、今の何倍も深刻でした」


「いや、そうかもしれませんけど…」


「目撃しました。あなたはそのレベルの暴力を恒常的に受けています」


「み、見てたんですか?」


女は、何度も優藍の下を訪れるうち、彼が暴力を受けるのを何度も目にしていた。


「この六道獄星拳を使用すれば、暴行者たちを殺害することが可能です。


この道場をブラッドバスにすることもできます」


「し、しませんよッ!」


「しませんか?」


「…し、しませんって」


女の真顔には妙な威圧感があって、思わず言葉が淀んだ。


実際、この『爽明館』の人間は事あるごとに彼を痛めつけ、ゴミのように扱っては悦に入っていた。


客観的に見れば、皆殺しを思い立っても仕方がないほど、壮絶ないじめを受けているのだ。


「まず、血を流すことに慣れるべきです。


そして武器への過剰な恐怖を除去します」


「は、はい…」


日々修行しながらも、彼らからの暴行は続いた。


殴られ台として痛めつけられ、倒れたら道端のクソのように扱われ、そのせいで雑用が終わらなかったらまた殴られる。


館長もそれに加担し、何ら恥じることもなかった。


「あなたはなぜ暴行を受けますか?」


女はある日、足運びの練習をしている時に、そう聞いてきた。


「なぜって…僕がグズだから…」


「ではなぜここにいますか?」


「…ここ以外に、居場所がないから…」


女はまた首を傾げた。


「ここも居場所ではありません」


「それはその…そう、ですよね。


あの…ちょっと長いんですけど」


「どうぞ、話してください」


優藍は、練習を続けながら語り始める。


「あの、県令の息子さん、いますよね。


僕も昔は、あんな風な扱いをされていたんです。


父が、大きな会社の社長で…。


チヤホヤされて、接待組み手も良くやりました。


自分が強いって、勘違いするくらいには。


でも会社の経営が悪くなって、父は首を吊って…。


それからです。僕がこんな扱いを受けるようになったのは」


初め彼は道場を追い出されそうになり、力で抵抗した。


だが門弟たちに痛めつけられ、今まで自分は接待されていたのだと気づいた。


それから彼は、身寄りを失った自分にできるのは、媚びることだけだと思い至る。


「ほんっと救えないですよね、僕。


母さんが男を作って逃げて、父さんしか信じられる人がいなくなって。


だからバカみたいに甘えて、結局このザマです。


すみません、つまらないですよね、こんな話!


…あの、師匠?」


女は黙っていた。


「…?」


不思議に思いつつ、その日は訓練をし続けた。


他にも不思議なことがあった。


道場の周りに、カンフー着の男が出没するようになったのだ。


目つきが鋭く、まるで狼のようだった。


それがしばらく続いたので、ある日の朝、女に話してみた。


「ああ、それは知り合いです。


私は、ちょうど彼に会う用事があります」


そう言って、女は朝の訓練も半ばに道場を出て行った。




女はその男の前に、ゆらりと現れた。


「…来たか」


その男、狼青は言った。


女はいつものように受け答える。


「はい、私はここに来ました」


狼青は薄く笑う。


「お前が、他人に技を教えるとはな。律青よ」


「伝承は、継承者としての義務です」


「そう言って、人殺しの技を教え込むのか!あの子供に!」


鋭い視線を、律青は無表情で受け流す。


「…まあいい。早く報告しろ」


「はい。…あなたが探している人間は、この道場にいます」




女が出て行った後、雑用をこなしていた優藍の下に、例のお坊ちゃまが現れた。


「おい、ゴミ!」


「あ、は、はい!何でしょう!」


優藍を心から侮蔑するような笑みを浮かべている。


「お前、変な女と会ってるよなァ?


館長に報告しといてやったぞ!」


「ッ!!」


その秘密を絶対的なものだと思っていた優藍は、動揺した。


「な、なんで…それ、を…」


呼吸が速くなり、汗が止まらなくなる。


よりによって、一番知られたくない人間によって暴かれた絶望も、それを加速させていた。


「おォ~い、優藍…お前随分偉くなったなァ?」


声の方を向くと、色を失った視界に館長の姿があった。


「あ、あの…違うんです、そうじゃなくて…」


「口答えか、こりゃだいぶ重症だなァ。


どうやら外の奴と多少交わったんで、自分が人間だと勘違いしちまってるらしい!」


館長の表情が、嗜虐的に歪む。


「あ、ま、待っ…ちがう、ちが…」


何か弁明しようとして諦め、頭を抱えてうずくまる。暴力に耐えるため。


館長の手が優藍の頭を掴んだ。


次の瞬間。


「うおッ!?」


館長が飛び退く、その足元に短剣。


「誰だァ!?」


飛んで来た方向を見れば、黒いチャイナドレスの女、律青。


「あ、あの女!何してんだ!?」


優藍が痛めつけられるのを期待していた県令の息子は、混乱している。


「あなた方は、私の弟子に暴行を加えています。


制裁を与えます」


「な、何だとォ?ふざけた事を!剛、やっちまえ!」


「へい!」


館長の一声で、壮強な青年が現れる。接待組み手の彼だ。


「へへ、腕がなまってた所だ。


生意気な女ァ、なぶり殺してやる!」


青龍刀を手に飛びかかる。


「それは武術のレベルではありません」


律青は僅かに身を逸らして躱すと、大振りのナイフを取り出した。


そして剛が防ごうとかざした青龍刀ごと、喉を切断した。


「ぶごごごごご!!」


血を吐き散らし、のけぞって絶命した。


「うわあああああっ!?」


(殺した…。人が、死んだ…)


県令の息子が絶叫する横で、優藍は妙に冷静な自分に気が付いた。


(血に慣れる訓練をしたからかな…)


そんな事を実感している間にも、律青は館長に短剣を投げつけた。


「あっ…」


短剣は館長の眉間にずぶりと突き刺さるかと思いきや、2本の指に止められた。


「…っぶねえ~」


「そ、そんな!?」


優藍は、せっかくの余裕をすぐに失った。


(し、師匠の攻撃が、止められた…!?)


しかしそんな心を無視して、律青は言う。


「あなたの相手は、私ではありません。


道場裏口の外に立つ、木の下に彼はいます」


「…ああァ!?」


館長は訝しむ。


訝しむが、律青の表情から嘘を読み取れず、困惑する。


「ど、どういうことだ!」


「彼は、『霊拳会』と言えば伝わると言っていました」


「!!」


館長の表情が変わった。


気絶した県令の息子も放って、裏口へと向かった。


「…し、師匠?」


「途中で退席してしまった事を申し訳なく思います。


訓練を続行しましょう」




「…待っていたよ、お前を」


狼青が言う。


「何だテメェは!?俺が霊拳会にいたのはずいぶん昔の話だ!


それに…霊拳会はつい最近潰れたハズだろ!?


今更何の用だ!」


「お前たちが殺した、『連盟』の関係者からの依頼だ」


館長が、忌々しげにせせら笑った。


「紅蛇武術連盟ね…まだ生き残りがいたとはなァ」


狼青が構える。


館長も構える。


「行くぜ、残影拳。


やっと手にした平穏なんだ、邪魔は…させねえッ!!」


猛烈な勢いで接近、臓腑を砕く連撃『撃心蛇掌』を繰り出す!


「暴力をもって手にした平穏は、暴力によって奪われるものだ」


狼青は全て避けて懐に入り込むと、密着した状態から掌底で相手を吹き飛ばした!


「ごッ…何だ、テメェ…!?」


よろめきつつも、しっかりと着地し次撃を構える。


「食火凶腎脚!」


だが狼青の速度はその上を行くッ!


館長が構えに移る僅かな隙を狙って、凄まじい蹴りを放つ。


咄嗟に防ぐが、ガードの上からでも衝撃が染み渡る。


「この技ッ…なるほど!


テメェ六道拳の使い手かッ!」


凶悪なまでのキレ。全身の筋肉が、本能の警鐘に湧き立つ。


「気に食わねえなァ!」


「ぬうッ…!?」


館長の袖から飛び出した何かが、狼青の軸足を刈り取った。


背中で着地し、そのまま跳ね起きようとする、その動作は隙だ。


「バカがよォ!」


「ぐうッ!」


狼青は、顔面に痛打を受けて再び倒れる。


拳の触感ではない。


「ぐ、ぬううう…鎖分銅か…」


「へへへ、六道拳ってのも大したことねえな?」


鎖の先端に錘のついた武器を回しながら近づき、不意に放つ。


「く…」


右腕で防ぐが、その腕に鎖が巻き付く。


「だからバカだってんだよ!


…俺は1人で稼ぐ旨味を知ってたから、ツォンの下を去った。


そして道場経営でこの通り、甘い汁を吸う仕組みを完成させたァ!」


鎖で引き寄せ、顔面を蹴りつける。


左腕で防ぐが、体重の乗った蹴りを防御するには、片腕では足りない。


「ぐうう…」


「復讐だか何だか知らねえが、今更俺の邪魔すんじゃねえよ!


雑魚は一生、俺に搾取されてりゃいいんだよ!」


もう一度鎖で引き寄せ…ようとして、鎖が動かない。


「あ?」


「…言う事はそれだけか」


狼青が、腕に巻き付いた鎖を引く。


「あッ?」


館長の方が引き寄せられ、膝をつく。


「クソッ、動かねえ!なんだッ、このパワー…」


鎖を必死に引くが、狼青は微動だにしない。


「チッ、もういい!」


鎖を捨てた瞬間、狼青の右腕が動いた。


連動して鎖も飛び跳ね、館長の腕にくるりと巻き付いた。


2人の腕が、鎖によって繋がれる。


「捨てなくていい。このままの方がやりやすい」


「…上等だよ雑魚が!」


両者、鎖を巻き取りながら近づいていく。


そしてある一定の間合いで、それは始まった。


「ぬおおおおおおおッ!!」


「るあああああああッ!!」


お互いの片腕を鎖で繋いだまま、極近接距離での拳と蹴りの応酬!


相手の拳を弾き、空いた胴に蹴りを入れ、それを蹴りで防ぐ。


気を抜いた瞬間、即座に死神に魅入られる、ギリギリのやり取り。


その中で、狼青の拳がついに顔面を捉える、しかしッ!


「おるァ!」


館長はあえて拳が加速し切る前に額で受け、ついでに唾を吐き掛けた。


いや、重要なのは唾ではない。その中の、毒針である。


毒針はまっすぐ狼青の喉元へと飛んでいき…


「笑止ッ!」


躱された。


「はッ?」


あっけに取られる館長を無視して、狼青が踵で地面を叩くと、靴のつま先から小さな刃が飛び出す。


「蠍針脚」


「あっ」


軽い蹴りで腹に刃を突き刺すと、そのままの姿勢で鎖をほどき、蹴り飛ばした。


「奇遇だが…この刃にも毒が塗ってある。


武器術は紅蛇拳法の基本だ。なぜ自分しか使わぬと思った?」


「……ごべッ!


ふ、ふざけ…ごはッ!がはッ、うああ!」


館長が、血反吐を吐き始めた。


「く、そ…ちくしょ…う…」


「安心しろ、すぐに効いてくる」


狼青は無情にそう言うと、その場を去った。




館長亡き後も、『爽明館』ほどの大道場ともなると潰れない。


部下が経営を引き継いだのだ。


それから特に何が変わることもなく、優藍少年へのいじめは行われ続けた。


しかし律青との隠れた訓練も、唯一の目撃者である県令の息子がショックで忘れてしまったため、続けることができた。


そうしてしばらく経った、ある日の夜。


「あなたは、基本を修得しました」


「…え?」


それは、この隠れた修練の終了を意味していた。


「なので、再度質問をします。


あなたは復讐がしたいですか?」


いきなりの事で混乱しつつも、優藍は少し考えて、


「…復讐はしません」


そう答えた。


「そうですか。分かりました」


律青は、いつもの真顔のまま頷いた。


「でも、やりたいことは2つほど…」


「それは、どのような案件ですか?」


優藍は恥ずかしそうに笑った。


「ここを出て、もっと師匠と修行をしたいです!」


「…それは可能ですが、危険です。


死亡する危険性があり、おすすめしません」


律青の、ともすれば冷たい言葉に、優藍は温かさを感じていた。


「心配してくれて、ありがとうございます。


でも、どうしてもやりたいんです!逃げても追いかけます!」


「ダメです。


それは、追跡行為であり、法的な罰則が発生します。


弟子に、そのような行為はさせません」


実際、本気で逃げる律青を追いかけられる者などいないだろう。


やはりダメか、とうなだれる。


「…ついてこなくても、連れて行きます」


顔を上げる。


「い、いいんですか?」


「はい。あなたはとても弱いので、放置しておくと死にます。


私はそれを許しません」


「…~ッ!」


優藍は、声にならない喜びに悶えた。


「そして、もう1つの望みはなんですか?」


「あっ、そうでした。それなんですけど…」




『昨日未明、県令の趙光鳩さん(53)が、自宅の書斎で死亡している所を、妻の趙徐英さん(45)に発見されました。


趙さんの喉には、刃渡り20㎝ほどの大振りな刃物によって付けられた傷があり、この傷によって死亡したと見て間違いない模様です。


また、死亡推定時刻と同時刻に、国税局に趙さんの脱税の証拠となる帳簿が届けられる事件が発生しており、警察は2つの事件に関連があるとみて、捜査を続けています…』




「…お坊ちゃまの親父さん…亡くなったそうですね」


新たな館長に話しかけられ、県令の息子が睨み返す。


「い、今その話はするな。無礼だぞ!」


「ぶ・れ・い・だァ~?」


門弟たちが、ぞろぞろと集まってくる。


「な、なんだお前らっ?」


新館長が、県令の息子の腹部を蹴り上げた。


「うッえ」


驚愕の表情を浮かべながら腹を抑え、嘔吐する。


「あのガキはいなくなるしよォ~…せっかくの金づるが潰れちまうしよォ~…。


ムカついて仕方ねえんだ、殴らせろや」


「げほっ…な、何を言っている!?


来るな…近づいたら、ぶっ飛ばすぞ…おげッ!」


また蹴られた。


「何が『ぶっ飛ばす』だよクソガキが!


テメェに出来るモンならやってみろや!」


「へ?え?何で、おかしい…ぎゃッ!」


県令の息子…いや、今となっては死んだ脱税者の息子は、これから殴られ役、また雑用役として、活躍することだろう。


その様子を塀の上から見る、2人の影があった。


「…これは復讐ではないのですか?」


「はい!復讐ではありません!」


何ら陰りの無い、爽やかな表情で優藍は笑った。


「あそこで殴られている彼は、僕でもあるんです。


何も分からずに踊らされ、最後にはゴミになる…。


つまり、殴られているのは、僕なんです!


それを思うと、彼が哀れで、僕も哀れで…」


身悶えする。


「最っ高に興奮します!」


「…あなたは実にユニークです」


律青は、そう言って初めて笑った。


その笑顔は、見た者を悔やませるほど、おぞましかった。


「では行きます。ついて来られますか?」


「はい、師匠!」


影たちは消えた。


絶望と、新たな生贄を残して。


〈おわり〉

どうしようもない名鑑No.64【律青】

六道獄星拳の伝承者で、ティマイオス共和国の女殺し屋。

自動翻訳のような喋り方をするのは、脳内で母国語を紅蛇

語に変換しているからである。

初めての仕事は21歳の時で、ターゲットは我が子だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ