第7話 Empty(3)
怒ァ*
アビゲイルに、『仇討ち』と称して襲い掛かってきた男、ガヤルド。
彼の生み出した『影の兵士』が、アニマを囲む!
普段であれば歯牙にもかけない雑兵だが、今、彼女の胸中には『迷い』があった。
その『迷い』が、拳を鈍らせているのだ!
「クソッ、邪魔な…!」
実体なき影の兵士は、破壊されてもすぐさま再生し、アニマの行く手を阻む。
攻撃が中途半端のため、押し寄せる物量を突破することができないのだ。
「安心した!そちらの御仁は大した実力ではなさそうだ!
おかげで余裕をもって仇討ちを果たせるッ!」
ガヤルドは筋肉質で大柄な男だが、決してパワー頼りの戦士ではない。
武術大国である紅蛇帝国で修行を積み、殺人拳の使い手となった。あまりの危険さゆえ、暗殺教団さえ破門されているのだ!
「キャハハハッ!『仇討ち』なんて殊勝な性格でもなさそうですけど?」
ガヤルドは手を止め、苦笑いを浮かべる。
「む…よくお気付きで!実は拙者、教団を追い出されておりまして。
この行動も教団に断らず、勝手にやっておるのです」
「で?教徒を殺しまくってる私の噂を聞きつけ、わざわざこの学園まで来たと」
ガヤルドは頷いて、再び構える。
「侵入するのは簡単でしたぞ。拙者も驚きました。
今時は、そういう『手引き』をしてくれる者がおるのですなぁ」
窓から覗いていた生徒会長は、耳ざとくこれを聞きつける。
「ノワーリエさん!そいつシバいて、聞き出して!」
「ガッチャ!」
軽快な返答と共に槍を構え直す。
「ま、そういう事なので。あなた、簡単には死ねませんよぉ♡」
足を狙った、地を這う刺突攻撃!
「とはいえ、殺すつもりでなければ拙者は倒せませんぞ!」
穂先を踏みつけ、動きを封じる!
「ほれ、この通りッ!」
更にそのまま素早く踏み込んで、崩拳を撃ち込む!
「おごッ…!」
臓器に深いダメージを受けつつ吹っ飛ぶ!
「軽いのう!ようけ吹っ飛ぶわい!」
「ああ…痛い。痛いですねこれは!お腹がじわじわと熱くなって、肺が裂けるように息苦しい!」
槍を杖にして立ち上がるアビゲイル。ダメージは深刻だが、士気は上がった!
「いいですよ…!愛が生まれつつあります!
この愛を、大切に育んでいきましょうね♡」
胃液を口の端から垂らしながら、頬を紅潮させ、愛を語るアビゲイル。
「愛か…。拙者にはとんと分からんが、そんなに大事か」
いちいち真面目に返答するガヤルド。
(どっちもイカレとるな…)
影の兵士を倒しながら、アニマは顔をしかめた。
「ええと、アニマさん!…でしたっけ?」
そこに、アビゲイルの声。
「ん?そういや、名乗ってなかったっけな!
で、オレに何の用だァ!?」
「体調が優れないのなら、先に逃げてださい!」
突然の提案!
「…別に、体調悪くねえよ!何でだ!?」
「だって、レルムさんから聞いた話と違うので…」
レルムとは、アビゲイルと同じクラスに所属する、貴族の男だ。
その性格は典型的な貴族だが、肉弾戦においては鬼神のごとき強さを誇る。
アニマと共闘したことがあり、その時の話だろう。
「本来のアニマさんなら、こんな影の兵士に手こずったりしないはずです!
何か、全力を出せない理由が!?」
その質問に答えたのは、何とガヤルドであった。
「彼女は多分、何か迷いを抱えているのだ!違うかな?」
「…」
アニマは、何も言わぬ。図星だ。
そして、恐るべきはこの男。アビゲイルと戦う片手間に、アニマの心の迷いまで見抜くとは、人間離れした観察眼である。
「しかし、おぬしが何者であるか、ますます気になってきたぞ」
ガヤルドが指を鳴らすと、影の兵士は全て消えた。
「ああ?テメェ、何のつもりだ!」
「お主、本当は強いそうではないか?
もし本当なら、拙者を圧倒してくれるはずだ。さあ、来なさい」
彼はそもそも、強者と戦いたいからこの学園に来たのだ。ならばより強い者と戦いたいと考えるのは、必定。
だがアニマは『舐められた』と感じた。
「雑魚如きが…吠えんじゃねえよ!!」
怒りに任せたパンチは、易々と躱され、脇腹に反撃の蹴りを受ける。
「うがッ、畜生ッ…!」
「迷いのある拳など、恐るるに及ばん!」
そうは言うが、少しはビビった。思ったより早かったのだ。
(腕力は大したものだな)
当たれば無事では済まないだろうが、いかんせん雑な攻撃だ。ガヤルドほどの達人ならば、目を瞑っていても避けられる。
「クソッ、避けるな!当たれ!」
「ははは、ムチャを言うな。当たったら死んでしまう」
アニマは、眉を顰める。
(んなバカなッ!
悩んでるからって攻撃が弱くなる訳ねえだろ!少年漫画じゃあるまいし…)
だが事実として、彼女の攻撃は避けられ、あまつさえ反撃まで許している。
「拙者にはお主の迷いの内容までは分からんが…。
推測するに、自分の心の在り方、とかではないかな?」
「ああ?訳の分からねえことを…!」
またまた図星であった。一瞬動きが遅れ、ガヤルドの蹴りをまともに受けてしまう。
「げふ…」
「意外に繊細だのう!まあ、年頃のおなごはそんなもんか!」
「こらぁーーッ!!」
その言葉を止めたのは、アビゲイルの槍である。
「女の子をいじめてはいけません!いじめるなら、この私をッ!」
気遣いと欲望が半分ずつだ。
「お主は気味が悪いからのう…。まあよい、2人で来なさい」
何と大胆な提案かッ!
しかし、それは決して身の程知らずの妄言ではない。
「へえ、そうかい。…吐いた唾飲むなよ、ボケッ!」
「ホントに大丈夫ですか?」
アビゲイルを睨みつける。
「うるせえな…!黙って援護しとけや!」
「は、はい!」
素直に返事するしかなかったアビゲイルだが、内心では、
(こりゃだいぶキテるな…)
精神状態を危惧した。
「友達と喧嘩したらいかんぞォ!
これから2人、地獄で仲良く朽ち果てることになるのだからなァ!」
ガヤルドはそう嘲笑いつつ、まずアニマへ裏拳を放つ。
「効くかよッ、そんなもんがァ!」
当然、アニマは突っ切ろうとする。
それに合わせ、背後からアビゲイルが援護の槍を構える。
「確かに2人がかりでは、拙者も勝てぬかもな。
…だがッ!」
アニマの頭上を飛び越えつつ、身を捻って回し蹴りを当てる!
「ぼがッ!?」
「片方が出しゃばり、もう片方がそれに引っ張られるようでは、せいぜい1.5人分が良い所だッ!」
援護するべき対象を失った槍は、片手で掴んでも止められる。
「あてが外れたのう。もう帰るか」
掴んだ槍に一定方向の力を軽く込めると、2本の棒を繋ぎ合わせている構造上、脆い接合部からポキッと折れた。
「ありゃあ!?私の槍がぁ!」
「おお、こりゃすまん!…返すぞ」
そして奪った穂先を、アビゲイルの肺に突き刺した。
「おげッ」
声も上げられない。痛みと呼吸困難で、急激に手足の自由が効かなくなる。
「ああ、痛ったあ…♡」
脱力し、倒れる。
「これで1対1。お主のせいで友達が死んだぞ。もしくは、間もなく死ぬ」
「友達ではねえよ。それにやったのはお前だ。オレは悪くねえ」
言い聞かせるでもなく、平然と言う自分に気づく。
(…全く、ろくでもねえな。オレってやつは)
ガヤルドもそこに気づき、責め立てる。
「酷い奴だのう、お主は。だから拙者にも敗れるのだ。
お前には人間としての厚みがまるでない。力だけ与えられた赤子のようだ!」
「ああ!?…ふざけた事抜かしやがって…!」
極めて的確な指摘に、顔を歪める。
「心配するな!どうせ今は悩んでいても、その内忘れるのだから!
お前はそういう、薄っぺらい人間なのだから!な?」
「うるせえな…ぽっと出の雑魚のくせに、ほざいてんじゃねえよ!」
アニマも言い返すが、まるで相手になっていない。
ガヤルドは、武術だけでなく、口も達者であった。
占い師のごとく、誰にでも当てはまりそうなことを言い、その反応を見て的を絞っていく。
(でけえ声で痛いとこ突きやがって…!
そういや、初めて人を殺した時も、寝て忘れようとしたっけな)
嫌な事は寝て忘れ、なるべく頭を空っぽにして呼吸だけする。
前世から、今の今まで、彼女はそうやって生きてきたのだ。
(今までさんざん殺してきたくせに、今更悩んでるふりかよ。
ちょっと昔の夢を見たからって、マトモな人間ぶって反省か?
…救えねえクズだな、オレは)
今まで反省(すぐ忘れる)するたびに実感してきた『自分の薄っぺらさ』だが、今ほど強く思い知った事はない。
そしてこの自覚が、彼女を救った。
「そうだな。うん、確かにそうだわ。お前の言う通り」
「…受け入れたふりをして、プライドを守るのか?お主らしいな」
ガヤルドは、雰囲気の変化を感じ取りつつも、責め続ける。
「そうかもな」
しかし、その返答にはまるで手応えが感じられない。
そして、アニマは軽く手を振った。
「何ッ…」
ガヤルドは、それだけ言うのがやっとだった。
僅かに間合いから外れたので助かったが、その代償がこれだ。
完全にへし折れた、右腕。
(攻撃されたのか…?拙者は、今!)
アニマの眼を見る。
迷いどころか、意志さえ感じられぬ。
「…ははは。もう精神攻撃は効かぬようだな!」
「見かけによらず、いやらしい男だな。アンタ」
ニヤけながら答える。先ほどの余裕の無い様子とは大違いだ。
彼女は、どうやって内なる迷いを解決したのか。
…簡単である。解決しなければよいのだ。
(あいつの言う通り、オレは薄っぺらいカスだ。
…じゃあもう、それでいいや。こいつを殺して、寝て、忘れよう)
それは、『開き直り』と言うにはあまりにも残酷な、『諦め』であった。
(…同じだ。全部、何もかも)
異なる世界に行き、新たな肉体と力を得て、多くの強者を倒してきた。
しかし、今朝夢の中で見たかつての自分と、今の自分を比べた時、何の違いも無いことに気づいたのだ。
何の望みも、価値も見出せない人生。
(『世界を救うために命を奪う』という重い役割を背負っても尚、オレは下らない人間のままだったって訳だ。
…人間、変わらないもんだねえ。どこまで行っても)
自分の下等さを心の底から理解した時、絶望が彼女の心を殺した。
死んだ心は蘇らず、故に傷つくこともない。
不死の肉体に、既死の心。
これにて、無敵の救世主の完成だ。
「ありがとうな、オッサン!何もかも、教えてくれたのはアンタだ。
…お礼と言っちゃ何だが、すぐに終わらせてやるからさ!」
そして無敵の救世主、最初の戦いが始まった。
〈つづく〉
どうしようもない名鑑No.27【ガヤルド・ヒッテンボルク】
暗殺教団に所属していたが、特に理由もなく人を殺すので追放された。
情は深いが、損得勘定はきっちりしており、ただで行動はしない。
この間、魔王城に観光に行こうとしたが、倒壊したというニュースを聞いて、
飛行機の予約を泣く泣くキャンセルした。




