第7話 Empty(2)
ふごふご
柱に縛り付けられた男に近づく、アビゲイル。
ナイフを取り出し、これから残虐な拷問を始めようというのか…?
しかし、アビゲイルはその刃を、なんと心臓に突き立てた!
「うがああああああッ!」
「うわっ、殺すの!?」
「は~い、あなたは死にま~す。でも、それは3分後で~す」
男に語りかけるアビゲイル。
「いや、3分どころか今すぐ旅立っちゃいそうな顔色してっけど…」
「そうでしょう?でも、大丈夫なんです。少なくともこれから3分間は」
「は?大丈夫って…」
「これから3分間、彼は何をされても死にません。心臓を抉られようが、首をもがれようが、絶対に」
彼女はいったい何を言っているのか!?それだけされればアニマでも死ぬ!
「なあ、不死身歴半年のオレが言うのも何だけどさ、例えそいつが不死身の力を持ってたって、さすがに死ぬと思うわけ。
割と簡単に死ぬからね、不死身って」
「ノンノン!彼ではなく、私です!力を持っているのは、私」
そういう事だ。ズバリ彼女の魔法は、付呪術!
3分間のみ有効な、『不死』のエンチャントを与える能力!
「私の力を与えられた彼は、正真正銘の不死身ィ!
だ・か・らァ~、例えどんなに酷い事されてもぉ~」
そう言いつつ、腹部にナイフを突き刺し、そのまま横一文字に切り開く!
「うあっ、あああああッ!」
「ほら、死なない。面白いでしょ?お兄さんもそう思うよね?
…そんな顔しないで?私だってホントは仕事抜きで楽しみたいのです」
男は金切り声をあげつつ頭を振り乱す!
「あらあら、あなたの腸は血色がいいですねぇ。
あっ、血まみれだからか!アッハハハ!イッヒヒヒヒ!」
「…ううっ。なんて」
酷い、と言おうとした。事実、酷いと思った。
が、この凄惨な現場を見てもなお、吐き気さえ感じない自分に気づいて、やめた。
(これはグロいぞ。ああ、酸鼻を極めている。あんまりだ。ひどすぎる)
だが、心は凍土めいて、冷たく平らかだった。
(なんでこんなん見て、澄ました顔してんだオレは!
…ち、違う、違うぞ。オレは断じて狂ってなんかいない!
見てろよ、その内吐き気がこみ上げてゲェーッと…)
だが結局、アニマは3分間、拷問を見つめただけだった。
「終わりました。…じゃあ、あの、帰りましょう、か…?」
再び歯切れの悪い口調に戻った。
「あー…うん、そうだな」
特に動じた様子もなく返答したアニマだが、内心は平静とは言い難かった。
(…何普通に答えてんだよ!『こんな事して楽しいか?』って、ドン引きしながら言うんだろ!?
それがマトモな奴の反応だろ!!)
だがとうとう最後までその言葉は出なかった。その代わり口をついて出たのは、
「…お前さ。どうして、人殺しになったんだ?」
素朴な疑問であった。
これを受けたアビゲイルは、少し驚いた様子で、
「えっと、元々そういう人間だったというか…何というか。
す、すみません。あんまり、そういうの、聞かれた事なかったので」
「あ、触れられたくない感じ?」
少女は激しく首を横に振って、
「いえいえ!…ただ少し、驚いて、しまって。
私の『これ』を見た人は皆、『異常だ』とか、『狂ってる』とかおっしゃることが多いので…」
その寂しげな表情を見た時、さっきドン引きしなかった自分を、少しだけ褒めてやりたくなった。
(ま、こんな性癖持ってるやつが、周りと仲良くできるわけないしな…)
狂気を生まれ持つ人間の孤独は、余人には測りがたい。
そして、気付く。
(同じなんだ、オレも。この世界で1人きりだ。
オレが『別の世界から来た』ってことを知ってんのは、この世界でオレ1人だけ。
ってことは、オレが事実を言ってるかどうか、証明できねぇって事だ。
だったら、狂った妄想と何が違う?)
そう考えた瞬間、アニマは、足元が崩れ去る感覚を覚えた。
「ど、どうしたん、ですか?顔色、悪いですよ?」
アビゲイルの声で我に返る。
「あ、いや、なんでもねぇ。大丈夫だ、本当に」
「そ、そうですか?
…じゃあ、帰りましょうか」
そそくさと死体を片付けだすアビゲイル。
「あれあれ、収まりませんね。…仕方ない、よいしょっ!」
用意していたキャリーバッグに入らないので、死体の肉と骨を破砕し始める。
(…いや、やっぱ全然違うわ。オレにはあんな事できねえもん)
唖然として見つめつつ、思い直した。
「なるほど、彼らは暗殺教団の一員でしたか」
「はい。リーダーらしき人物に聞いてみた所、その、彼はただの部隊長だそうで。
有望な生徒を拉致して、教徒に仕立て上げようと、してたみたい、です」
学園内、生徒会会長室。そこにいるのは、会長含む3人の女である。
「よくそこまで聞き出せたものですねえ、どうやって…。
…いえ!方法はおっしゃらなくて結構!」
会長はアビゲイルの『手口』を熟知しているらしく、詳細な報告は求めなかった。
「…で、あの~…。そちらの方は?」
「あ?学園長のジジイから聞いてねえか?」
アニマは意外そうに答える。
今や学園の実質的な経営は生徒会が担っており、当然知っていると思っていたが…
「いいえ?…あ、学園長のお知り合いなんですね!」
「ああー…。まあ、そんなとこだ」
「ええと、仕事にご協力いただいたみたいで、ご迷惑をお掛けしました。
初めまして!私はこの学園の生徒会長、カシマール・ヴィエトです」
差し出してきた手を、アニマは一応握った。
「はぁ、ご丁寧にどうも…」
改めて会長の顔を、まじまじと見つめる。
ゆるいカールのかかったブロンドの長髪に、整った顔立ち。そして、尖った耳。
お察しの通りエルフだが、今はそんな事どうでもいい。
「あの、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「はい?」
「生徒会ってのは、島の治安維持までしてるわけ?
そういうのは、ほら、普通大人がやることっつーか…」
カシマールは頷いて、
「まあ、元々はそうだったんですけど。色々事情がありまして」
「で、拷問までしちゃうわけ?正直な話、これ、違法だろ?」
「この島はどの国の領土でもありません。『校則』が全てに優先される。
そしてその校則において、生徒会はこの学園を守る義務があるからです」
決断的な言葉だ。
そして、違法である事自体は否定していない事から見て、どうやらアビゲイルの『仕事』は隠蔽されているらしい。
「いやいや、でもさ。オレの殺人に関しても、お咎め無いわけ?
いくら不法侵入者とは言え、殺しちゃったわけだしさ」
「まあ、いいんじゃないですか。生徒のためですし」
平然と言うカシマールの眼に、迷いの光は無かった。
(これも1つの狂気、ってやつか)
自分と重ね合わせてみるが、よく分からなかった。
「報告が、終わりました。帰りましょう、か」
「ああ、分かった。じゃ、そういうことなんで」
「ええ、お疲れ様でした」
そのまま何事もなく退室、校舎を出た2人であったが、陽はまだ高い。
「あ、あっ、まだ9時なんですね」
「ん?まあ、会ったのが朝早かったからなぁ」
「そ、そうですね…。あ、あのっ!」
「…何?」
それきり口を噤むアビゲイル。
「どうした?なんで黙ってんの?」
「あ、え、ええと…。せ、せっかくなので、2人で遊びませんか!?」
顔を真っ赤にして言う。
「その、『遊ぶ』ってのは『戦う』っていう…」
「そそそそうじゃなくて!普通に!一緒に!
あ、い、嫌なら別に、全然断っていただいてもっ…!」
うるんだ眼を泳がせながら、必死にまくし立てる。
(こう見ると、かわいいんだけどな…。狂人でさえなければ…)
まあ、ちょっと暗い気分だった所だし、気晴らしに遊ぶのも良かろう。
「いいけど、何すんの?」
「は、はい!えっとですね、えっと…」
また無言になった。
「な、なんだよ!」
「…と、友達と、遊んだことがないので…思いつかない、です」
恥じ入るように俯く。
「何だ、そういう事か!だったら、オレが…」
アニマにも、そういう経験は無かった。
「…」
「…」
気まずい沈黙が空間を支配する。
「すみません、私が、言い出しっぺなのに…」
「いや、別に…。こっちこそ、何か偉そうにして、ごめんね…」
見かけや態度は正反対の2人だが、友達がいないという所は共通している。
「何か…どうする?」
「どう、しましょう?」
校舎前に立ち尽くし、黙って俯く2人。
「あ、じゃあ、オレは、これで…」
「そ、そうですね!…ホント、すいません」
お互いに曖昧な笑みを浮かべる。
このまま別れて帰ろうとした、その時。
「待たれい。ノワーリエ家のご令嬢とお見受けしたッ!」
野太い大音声!
「は、はい!?…どちら様、ですか?」
「拙者、ガヤルド・ヒッテンボルクと申す者ッ!仲間の仇を取りに来たッ!」
屈強な偉丈夫!
ギリシャ彫刻めいた筋肉バランスと、仏像めいた立ち姿!
見るからに只者ではない!
その上、いくら休日とはいえ、こんな明るい内に、しかも生徒会の本部がある校舎の前で、クソでかい声で宣言するとは、やはり狂人か!?
「あのぉー!校舎の前で騒がないでいただけますかぁー!」
案の定、校舎3階の窓が開いて、会長が顔を出す。
「失礼ッ!生徒会長殿、あなたも後で殺しに行くので、そこでお待ちをッ!」
「あ、はいー!お待ちしてますー!
あっ、学園長の知り合いの方!手伝ってあげてください!」
唐突な指名!こっそり帰ろうとしていたアニマは、うなだれてため息をつく。
「あ、はい…。
おい、オッサン!2対1だが文句はねえな?」
「うむ。もとより目撃者は全員殺すつもりだったので、ちょうど良い!」
男の背後の空間が揺らぎ、影めいた人型の何かが大量に湧き出した。
「では、白髪のあなた。この『影の兵士』の相手をしてもらおう」
この男、ガヤルド・ヒッテンボルクの魔法は、自らの影から兵士を生み出す能力!
兵士は自立して行動し、敵を殺すまで止まらない!
「いいぜ、相手してやる。
…なあ、アビゲイル!」
「な、何ですか?」
そう言って振り向いたアビゲイルの口元は、僅かに吊り上がっていた。
「やっぱり、『遊ぶ』は『戦う』って意味だったらしいな」
「…みたい、ですね。私には、普通の喜びなんて望むべくもないようです」
背中に隠した2本の棒を取り出し、連結させて槍にする。
「さぁ!皆で遊びましょうかぁ!イヒヒャハハハハァッ♪」
〈つづく〉
どうしようもない名鑑No.26【カシマール・ヴィエト】
公式には世界で5人しかいないとされている、『治癒魔法』の使い手。
エルフの里で育っていない、珍しいエルフ。
生徒会長になって以来、その強引な手段で、多くの『害悪』を密かに葬ってきた。




