第6話 lunaticus(上)
前転宙返り抱え込みひねり ~地中海の香りを添えて~
ゼパル学園の一角、使われなくなった旧校舎に、彼女はいた。
教室で電話をしているのだ。
『え~、学校ですかぁ?』
「そうっすよ!もうね、前世での嫌~な記憶が蘇ってきますわ」
『神』との対話も、初めと比べるとだいぶ砕けてきている。
『まあ、2度目の学生生活、頑張ってくださいよ!』
「いや、学生ではないんですけどね」
『え?…もしかして、先生?』
「いやいや!そんなわけないっしょ!オレに先生なんか出来るわけないっつーの!」
『神』はクスクスと笑う。
『案外良い先生になるかもですよ?人の殺し方とか教えてあげたら?』
「オレのやり方なんか誰もマネできないでしょ!…あ」
教室のドアをノックする音が聞こえる。
『どうしました?』
「いや、誰か来たみたいなんで…一旦切りますね?」
『あ、はい。じゃあ、仕事の方、よろしくお願いします』
通話を切り、ドアを一瞥する。
「あのう、入ってもよいかね?」
「はいどうぞ~」
聞き覚えのあるしわがれ声。あの男だ。
「これはこれは学園長!何か御用で?」
「うん。ちょっとな…」
アラナン・ゼパル。ゼパル学園の経営者だ。
「どうかね、元気しとるかね」
「ええ、まあ。ありがたいことに」
「どうじゃ、警察とかに嗅ぎ回られておらんか?」
「はあ。匿ってもらったおかげで、今の所は」
マフィアにバレて復讐されそうにはなったが、あの程度は問題にならない。裏社会の人間ならいくら殺しても大ごとにはならないが、警察を殺すとなると厄介だ。
「まあ、アンタのおかげで助かってますよ」
「ほ、本当かね!つまりそれは、わしに恩を感じてくれている、ということかね!?」
急に迫ってくる老人。妙に切羽詰まった表情だ。
「まあ、そういうことに、なりますかね?」
「な、なら、ぜひ聞いてもらいたいことがある!」
そういうことか。アニマは納得する。
「オレに、何をやらせたいんです?」
「うむ、話が早いな!…実はおぬしに、先生をやってもらいたい!」
静寂。互いの視線が交差し、空気が張り詰める。
「…嫌です」
「待て待て待て!今日1日だけのことなのじゃ!
たまたま教員が休み、その補填が出来る者も他にはいないのじゃ!」
「アンタんとこ世界最大の学園でしょうが!
教員なんて掃いて捨てるほどいるはずでしょ!?」
「たまたま!偶然!驚くべきことに!なのじゃ!」
そんな偶然があるだろうか。
この学園の経営に一抹の不安を感じたアニマであった。
「…ちなみに、オレは何をすればいいんです?素人に任せるくらいだから、普通の業務じゃないんでしょ?」
「うむ。まさに、そういうことでな。今日は課外活動があって、おぬしにはその引率をしてほしい!」
課外活動。懐かしい響きではあるが、高校生にもなってやることだろうか。
そう考察するアニマに、
「ウチの課外活動は半端ではない。時に命の危険さえあるのじゃ!だからベテランとか、腕の立つ教員に任せたい。そこで、おぬしよ!」
「おいおい…命の危険って、何があんだよ!」
「そりゃ、熊とか、猪とか、魔物とか…」
「ここの森そんなのいるのかよ!」
ちなみに魔物とは、魔族と違って知性に乏しいものを言う。スライムとか、キメラなどの事だ。
「それで生徒が死んだらどうすんだよ…」
「我が学園は教育に関して一切の方針を、任されておる。抗議は受け付けん!」
かなりムチャを言っている。
「これこそが我が学園のモットーじゃ!
…まあ、今のワシはほとんど経営に関わっとらんのじゃが」
「それは…いいのか?」
もっとも、彼女にとっては学園の生徒が生きようが死のうがどうでもいいのだが。
「で!受けてくれるのか?」
「え?あ、いや…」
アニマは既に、課外活動が気になり始めている。魔物の出る森で授業なんて、いかにもファンタジックで心惹かれるシチュエーションだ。
「…ま、1日くらいなら、いいかな」
「そうか!やってくれるかッ!ではさっそく準備を!」
「えッ?もう?」
時刻は朝6時。急いで準備せねば、間に合わない。こうしてアニマの、1日教員生活が始まった…
「え~、皆さん!今回の課外活動で引率をさせて頂きます、アニマです!よろしくお願いします!」
森の入口で、青いジャージを着た女が、生徒たちに呼びかける。生徒たちは大人しく聞いている。
「今日はジャクソン先生がお休みということで、代わりにオレ…じゃなくて私が、引率します」
生徒たちは、やっぱり大人しく聞いている。
(思ったよりずっと少ない人数だ。これなら楽かな)
アニマはてっきり学年全体でやるものと思っていたが、1クラス29人のみの活動らしい。相手にする人数は、少なければ少ないほど良い。楽だし、いらぬリスクも避けられるからだ。
「すげー美人じゃん、やったぜ」
「あのムサいおっさんの顔見なくて済んだな」
生徒の話し声が聞こえる。印象は悪くないようで、アニマはホッとした。
「そうかァ?いかにも貧乏くさい女だがな」
瞬間、生まれる静寂。
その言葉は、真正面に座る生徒から発された。
この学園には当然制服があるわけだが、その生徒の制服はうっとおしいほどゴージャスに改造されていた。顔は鷲鼻で、細い眼が侮蔑するように歪んでいる。あまりにも古典的な『高慢な貴族』の姿に、怒りを超えて笑いがこみ上げてきた。
(貴族オブ貴族みたいな奴出てきた…ちょっと感動)
そこに女生徒の声。
「あなたは毎度毎度…これ以上の暴言は許しませんよ!」
眼鏡をかけ、髪は短く、いかにも模範的な生徒だ。
「庶民風情が偉そうに!この私に命令するか!」
「私はこのクラスの委員長として、皆をまとめる責任が…」
ギャアギャアやかましく喧嘩を始める。他の生徒がヘラヘラしている所を見ると、いつも通りの光景らしい。
(そういやオレの通ってた学校の委員長もこんな感じだったな…)
もっとも、前世で見た委員長に尻尾は生えていなかったが。
(角も生えてる…竜人とかいるんだ。ロマンがあるなぁ)
ちょっとだけテンションが上がった。
「あ、先生は大丈夫だから…でも、他の人にはそういう事言ったらダメだよ?」
先生らしく、当たり障りのない言動を心掛ける。
「で、でも先生…」
「いいのいいの!さ、出発するよ!」
笑顔で森の中に入っていくアニマの背中に、生徒たちがぞろぞろとついてゆく。
「ねぇ、ウチにあんなマトモな先生いたっけ?」
「さあ?学校中の先生を知ってる訳じゃねえし」
「どうでもいいじゃん、美人なんだから!」
「そうです、エッチであることが最重要です」
そんな背後の呑気な会話を聞きつつ、アニマは考える。
(…この学校大丈夫か?)
学園長は経営に関わっていないというのがまずおかしい。
(ひょっとしてオレ、ハメられてる?)
疑念は煙のごとく思考を取り巻き、広がっていく。
「あの、先生、予定を聞いていないのですが…」
突然、さっきの真面目少女が話しかけてきた。
「ん?あ、よ、予定ね。え~と…このまま歩くと開けた所に出るから、そこで一旦休憩して…あとは班ごとに分かれて行動だってさ」
学園長から貰った予定表によると、そうなっている。それを聞いた生徒たちは、
「え~?マジかよ!」
「正直こうやって歩くのだけでも割と怖いんだけど…」
確かに雰囲気のある森ではあるが、今の所動物の気配すら無い。
「大丈夫だよ!何かあったら大声で先生の事呼んで!」
そもそも本当に魔物の類が出るのか、疑わしくなってきた。何度も殺し合いを繰り返してきた彼女だからこそ分かる、奇妙な感覚。
(この森には緊張感が無い…野生の危険を感じることが出来ない)
森や山などの自然には、多かれ少なかれ緊張感というものがある。この森にはそれがない。まるで、植物園を歩いているかのようだ。
(やっぱ嘘か…ま、考えてみりゃ当然のことだ。学園長は何やら威勢の良いことを言っていたが、魔物の出る森を歩かせるなんて危険な行為、親は許さないだろうし…)
やはり現実はそう刺激的な展開にはならないようだ。
(島が丸ごと学園とか、魔物の出る森とか、ワクワクしたんだけどなー…)
急激にやる気が萎えてきた所で、
「…おっ!」
生い茂る葉に覆われた天に、光が差し始めた。開けた場所に出たのだ。
「はい到着!皆、お疲れ様!」
「ふ~、しんど~」
「やっと着いた~」
さて、面倒だが仕事はまだ半分だ。とりあえず休憩にして、後は班の振り分けを…
(だっる~…前々から思ってたけど、先生だけにゃなりたくねえな)
正直こんな森に危険などないが、生徒に怪我などされたら後が厄介だ。仕事はちゃんと完了させよう。
「ここで一旦休憩にします!トイレは今のうちに…」
ここは森の中だ。
「…その辺で、しといて!」
「!?」
何事も無く休憩が終わり、『その辺でしてきた』生徒が戻ってくる。
「全然出なかったわ…」
「そりゃそうでしょ」
「そうか?俺は癖になりそうだよ」
「新たな境地に至りましたね」
生徒が全員揃った所で、例の台詞を言った。
「さあ、3人で班を作って!好きな人と組んでいいよ!」
「は~い」
生徒たちの表情に変化はない。
(…チッ、この台詞で絶望するぼっちの顔が見たかったのに!)
彼女の陰湿な目論見が成就することはなかった。皆仲良しのクラスというわけだ。
「…え~と、3人組は出来たかな~?」
とりあえず念を押しておく。
「…すみません、余りました」
「!」
その言葉に素早く反応して眼を向けると、そこには小柄で陰気な少女がいた。
「ええ?足りないの?困ったなあ」
このクラスは総勢29人だから、29÷3で9余り2ッ!1人足りない計算であるッ!
(…おかしい。この予定表には『3人で班を組ませろ』とある。こうなる事は分かっていたはず…)
この予定表を渡してきたのは学園長だ。
(あのジジイ、何考えてんだ?)
何か、思惑を感じるが、今はそれどころではない。
「じゃあ先生と組もっか!…あれ?もう1人余ってるはずだけど…」
「私だッ!」
この声の主を、アニマは知っている。
「…え~、レルムくん、って言うのかな?」
最初に彼女を『貧乏くさい』と言った貴族野郎である。出席簿によると、レルム・イーゼルネンという貴族子息だ。ガーティア王国の大貴族の息子らしい。傲慢に育つわけだ。
「ああ、私と組むには値せん連中ばかりだからな!」
(テメェが嫌われてるだけだろ)
と思いつつ、おくびにも出さず、
「じゃあ先生と行こうね!」
優しく言った。
(何もかもが腑に落ちねえが…やるしかない、か)
あれこれ考えるのは得意ではない。出たとこ勝負で行くしかないだろう。
〈つづく〉
どうしようもない名鑑No.22【ヘリヤ】
竜族最後の生き残りである少女。クラスの委員長であり、学内の眼鏡っ娘好きの間で高い評価を得ている。当然ながらドラゴンの姿になることができ、口から精神を崩壊させる毒ガスを吐くことができる。




