第5話 terror(下)
インフェルニティ・ゼロをOCG化しろ
老人の変身した姿は、あまりに悪魔じみていた。ワニの頭部を持つ巨体は、甲殻類めいた鎧を纏っており、まさに怪獣そのものである。
(ここまで派手に変身する魔法は中々見られない…記事の題名は『旧校舎で怪獣大戦争!』に決定ですね!)
女がまず先に仕掛ける!怪力ハイキックが頭部に直撃するが、全く動じた様子はない。どころか、逆に蹴った足が折れてしまった!
彼女のパワーは確かに驚異的だが、肉体の強度はそれほどでも無い。堅牢な装甲があれば、防げないものでもないのだ。
「効かぬよ。まるで効かぬ!…かァッ!」
凄まじい速度のタックルを受け、女が吹き飛ぶ。
(早ッ!あんな図体で…弾丸みたい!)
実際この巨体では、走り回るだけでも相当の体力を消費するはずだ。
だが、彼の姿をよく見ていただきたい!彼の両肩・肘・膝・かかとにはブースターのような形状の器官が付いており、装甲の隙間から取り入れた空気を圧縮・放出することで、弾丸めいた高速移動を可能にしているのだ!
「…ゥ」
小さく呻きつつ、女は立ち上がる。全身血まみれだが、無傷だ。
(もう治ったの?…どっちも化け物だなあ、つくづく)
更に追い打ちをかける。繰り出したのは、肘のブースターによって加速した拳!しかも外皮に覆われていて硬い!防御すれば腕をへし折られ、胴体を貫かれるだろう。となれば躱すしかない。
カウスマンはそこまで予測し、パンチと同時に蹴りの準備をした。…だがしかしッ!
「ほう!」
必殺の拳をあえて受ける!当然パンチは腹を貫通した。だが死なぬ!
「まさかこの傷で…」
死なないのか、と言おうとした瞬間、極近接距離から放たれた蹴りが、カウスマンの脳を揺らした!
「くあッ…」
いかに『外』が硬くても、衝撃は『内部』に伝わる!事実、防弾チョッキで弾丸を防いでも、骨が折れる事があるのだ!続いて爆弾じみた威力の頭突き!
「ぐ、う、うふふ、やるねえ!流石にボスを殺しただけの事はある!」
しかしこちらもタフだ、まだまだ戦闘続行可能!お返しにジェット膝蹴りを叩き込み、距離を取った。
「なるほど、聞きしに勝る怪力だ。恐れ入ったよ!」
今は怪物の姿になっているとはいえ、元は老人だ。全盛期と比べてそのパワーもスタミナも半減しているはずだが、それを感じさせぬのは、潜ってきた修羅場の差か。
「だが君は我らのボスを殺した。私も君を殺そう!なるべく残酷にね!」
彼のファミリーのボスが殺されたのは、先週の出来事。頭を潰してもまた生えてくるのがマフィアというものだが、今回ばかりはわけが違った。
有力な後継者候補と見られていた3人の幹部が立て続けに不審死を遂げ、ボスの血を引く一人息子は行方不明になったのだ。
そのため組織は瓦解し、100年の歴史に幕を下ろした。
十代の頃からボスと付き合いのあるカウスマンにとって、目の前の女は何度殺しても殺し足りない相手であった。
「…あっ!」
すっかり観客になっていたゾーイは気づいた。
(あのお爺さん、見たことある!…そうか、あのマフィアの!)
学園の新聞部は裏社会にも通じている。特にこの老人は、裏社会では伝説のように言い伝えられていた。曰く、『魔神』と。
(だとするとあの子、危ないかも。…っていうか私が危ないし!)
取材も、ここらが潮時だろう。ゾーイはこっそりと現場を後にした。
「おや、行ってしまった。まあ、もう証拠隠滅は必要ないし、いいか」
逃走に気づかぬカウスマンではないが、あえて見逃した。
…するとどこからか、笑い声が聞こえた。極めて癇に障る笑いだった。
「…何か面白いことでもあったかね、お嬢さん」
実に静かな口調で問う。女は笑いつつ、老人の頭を指さした。ワニめいた頭部を。『変な顔』とでも言うのだろうか。
(どこまでもバカにしている…)
その笑いは、老人の怒りに火を注ぎ、燃え立たせるのに充分過ぎた。
「…私は君を許さないよ。私の大切なものを奪った君を!決して!」
怪物の如き老人は、構えた。全力の構えだ。周囲の空気が装甲の中に取り込まれ、急激に圧縮される。限界の、ギリギリまで。今全身のブースターを一度に開放すれば、凄まじい速度に達する。その加速に耐えるための構えなのだ。
「…かァッ!」
空気を一気に放出する、その瞬間だった。女が飛びついてきたのは。
「ヌウッ!?」
その驚きで、放出が一瞬遅れた。限界まで空気を吸い込んだ状態で放出が遅れたことで、装甲は内部から崩壊し始めた。あちこちにひびが入り、そこから空気が勢いよく漏れる。
「ッ!何と…!」
慌てて空気を解き放ったが、もう遅い。ひび割れた装甲など、彼女の怪力をもってすれば紙に等しい。
「うぐおおおおッ!」
破滅的エネルギーを内包した正拳突きをまともに喰らったカウスマンは、盛大に吐血して倒れた。女は、相手の顔面に容赦なくストンピングを決めた。
『踏み付け』というのはかなり危険な技で、特にかかとを突き刺すように繰り出せば、武術のプロでも気を失う。まして彼女のパワーでそれを実行したなら、怪物の頭部とて一瞬で潰れる。
「う、ぐ…」
「…ふふ、どうか、したかね?」
だが彼の頭部はワニ。踏み付けようとした足に、逆に噛みついたのだ!そして顎の力もワニ同様、半端ではない。一度噛みつかれたら離れられぬ!
「ぐッ!」
女は噛まれた足を切断し、サッと飛びのいた。その瞬間、カウスマンは立ち上がり、相手を押し倒した。一本足では抵抗できるわけもない。
「許さぬ!許さぬ!決して許さぬッ!」
そして喉に思い切り噛みつく!そのまま首を食いちぎらんばかりだ!
「う、う、ぐ…」
巨体に押しつぶされ、喉に食いつかれ、成す術もない。
何よりこの姿勢はマズい!上から下へ攻撃できるカウスマンと、下から上へ持ち上げなければならない彼女とでは、必要なパワーがケタ違いなのだ!
「ふぐうっ、死ね、死ねッ!」
もう必死であった。
いかに敵の上を取り、有利な体勢で攻撃できるとはいえ、彼自身の受けた傷もかなりの重傷。変身が解ければ、彼の老いた肉体では耐えきれず、死ぬだろう。
だから魔法が切れる前に、絶対に仕留めなければならない。
「お前を殺さずには、死ねぬ!死ねぬのだァーッ!」
噛みつく力はますます強まり、今にも首はちぎれそうだった。
だがこの局面、この窮地において、女は笑った。相手の執念を。絆を。心の底から、嘲笑った。
「な、に…ッ?」
カウスマンは動揺した。突然呼吸が苦しくなったからだ。
「バ、バカな…」
女は、唯一自由な足でカウスマンの身体を挟み、全力で締め上げたのだ。カウスマンはあばら骨が折れて肺に刺さり、呼吸もままならない。だが女は無慈悲に締める。締め上げ続ける!
「おごッ!おごごごがッ!」
両手の拘束が緩んだ隙に相手を押しのけ、抱きつくように喉も締める!全身が折れて、潰れて、砕け始めてもなお締め上げ続けるのだ!…そしてここに来て、魔力が切れた。
「ごぶうぐぅ」
怪物の巨体は途端にやせ細り、老人の肉体となってバラバラに砕け散った。
…全ては終わった。『魔神』の伝説も、復讐も、何もかも。
「…ゴキブリみてえにしぶといジジイだったぜ!やっとくたばりやがった!」
女の、本日初めての台詞であった。手や顔に付いた血を舐めとりつつ、アニマは去った。
…その日の夜、学園長室にひとりの少女が尋ねてきた。
「失礼いたします、学園長」
学園長の名は、皆さんご存じアラナン・ゼパル。勇者の末裔だ。
「…入りなさい」
うやうやしく入室したその少女は、ゾーイ。
「それから、わざわざ学園長と呼ぶ必要はない、と言っとるじゃろうが」
「そうですね。…『お祖父さま』」
その本名、ゾーイ・ゼパル。学園長の孫娘である。
「で?あの校舎で何を見た?」
「それはこちらが聞きたい事です。あれは何なんです?」
アラナンとしては、いくら孫娘とはいえ新聞部の生徒に教えてよいものか迷った。だが見られた以上は仕方ない。
「…指名手配犯にして、救世主じゃ」
その言葉で思い当たった。
「ああ、魔王さんを殺した人!…なるほど、道理で」
「うむ。謎が多いので、少々興味が湧いてな」
ゾーイは、女の赤い眼を思い出して、小さく身震いした。
あれは人の眼ではない。もっと別の、この世の根源から出でた、神のもたらしたる厄災のようだった。
「お祖父さまもよくお分かりのはず…彼女は人に制御できる代物ではありません!」
「制御なぞせぬ!…しようとも思わぬ。だがわしの所に置いておけば、行動を把握することだけは出来る!」
老人の眼からは、使命感半分、好奇心半分の感情が見て取れた。
孫娘はため息をつき、普段通りのせせら笑いを浮かべた。
「ま!お祖父さまひとりで死ぬ覚悟がおありなら、あえてお止めはしません。それに私も少々、興味が湧いてきました」
アラナンは顔をしかめて嘆き、諫めた。
「またそのような…あの女には近づいてはならぬぞ!よいな!」
「私はお祖父さまと違って自殺願望はありませんの。それじゃ、失礼しました!」
ゾーイは退出した。アラナンは力なく椅子にもたれかかり、呟いた。
「あの好奇心。誰に似たものかのう…」
ふと窓の外を見る。暗闇の奥には森が広がっており、その先には例の旧校舎があるのだが…
「…!」
不気味な深淵の中に、赤い光が2つ並んで見えた。まるで眼のように。
「あの女…」
ここから森は遠く、窓ガラスも隔てている。だが老人の耳には確かに、狂気じみた笑い声が聞こえていた。
〈おわり〉
どうしようもない名鑑No.21【ゾーイ・ゼパル】
学園長アラナン・ゼパルの孫娘にして、新聞部屈指のやべえ奴として有名。
ちなみに、同じ部活でも校舎ごとに違う団体となっており、彼女はラツィエル校舎の新聞部。




