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どうしようもない転生  作者: 邪道
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第1話 anima(上)

果物は腐る寸前が一番うまい


「う…ひゃああああッ!?」


彼の異世界生活最初の台詞は、女性のように甲高い悲鳴だった。


(…あ〜もう、びっくりした…誰だあの人?)


『神』から使命を与えられ、異世界へと飛ばされた彼が初めに発見したのは、白い髪と赤い眼、いわゆるアルビノの女であった。


(う〜わ、アルビノの人間とか初めて見たわ…)


目覚めた瞬間からもうファンタジー。出オチファンタジーだ。

恐る恐るこちらがにじり寄ると、女もにじり寄ってきた。鼻先3cmまで近づき、そして気づいた。


「…あっ、なんだ、オレかぁ!」


それはただの姿見だった。アルビノの女は、彼…いや彼女自身だった。


「…いや、そうか、おれ、てっきり…」


そりゃ悲鳴も甲高くなるわけだ。落ち着いて周りを見渡すと、今自分がいるのは、薄暗い木造建築の一室であることに気が付いた。それから改めて自分の姿を見る。女だ。それもかなりいい女。…まさか女の身体で生まれ変わるとは!


「えへへ、いいじゃんいいじゃん、さっそく役得だ」


スケベ根性丸出しで、自らの肢体を撫でまわす。手触りは滑らかだが、硬い。見かけよりずっと筋肉が詰まっているらしい。『世界を救う』という世紀の重労働に耐えうる、丈夫な体を用意してくれたようだ。


「ぐへ、ぐへへへ…おおッ!?」


またびっくりした。着信音だ。…異世界で?訝しんで音の出どころを探ると、室内の暗がりで何かが光っているのを発見した。テーブルがある。その上に、光源。スマホだ。掴んで電話に出る。


「…はいもしもし、あの、どうも、オレですが」


名乗ろうにも名がないことに気づいた。生前の名すら思い出せない。


「はい、通じたみたいですね。ではこれから…」


こちらの動揺を物ともせずしゃべる通話相手。聞き覚えのある女の声だ。


「いやっ、ちょ、ちょっと待った!あんた神さまですか?」


「…あっ、そうですそうです!『神』でございます!無事転生は済んだようで何よりです。で、あの、説明してもよろしいでしょうか?」


相も変わらずのマイペース。せわしない奴だ。


「は?説明?あ、えー…何のです?」


「お仕事のですよ!写メ送ったんで確認してください」


「あ〜、写メ、写メですね…」


手早く確認する。メールは1件だけだったのですぐ分かった。

そこには、『わるいやつ』の文字と共に、強面の外国人男性の写真が貼付されていた。体格は小柄で肥えてはいるが、目つきは鋭い。


「ええと…この人がどうかしたんですか?」


「彼の名前はフォビオ・ダーラン。奴隷娼婦の斡旋を生業にしている男です」


もう一度写真を見る。単純なもので、そう聞くと俄然恐ろしく見えてくる。


「はあ…確かに悪そうな顔してますけど」


「あなたには、彼と接触していただきます」


接触。『会え』ということか。そう言うからには、ただ『会う』だけでは済まないだろう。しかし、転生してすぐに仕事とは、なかなかに人使いが荒い。


「…それで?『接触』するだけではないんでしょう?」


「いやあ、話が早くて助かります!その通りなのです。あなたは彼と接触し…」


世界を救うと言っても、具体的な方法などそう思いつかない。

まあ、どうせ何をやろうと無駄だろうが、観光ついでにやれるだけはやってみよう、という無責任な覚悟を決めた。


「…彼を殺していただきたいのです」




奴隷商人の朝は早い。商品のメンテナンスがあるからだ。何しろ取り扱うのは『人間』なのだ。こまめな手入れは欠かせない。


『今週のアンラッキーさんは…ごめんなさ〜い、ヒトデ座のあなた!仕事で大きなミスを犯してしまうかも!ラッキーアイテムは、鋼の剣!それでは、良い1日を!』…ブツッ!


読者の皆さんの中には、異世界にテレビがあることに違和感を覚えた方もおられるだろう。だがこの世界は、高度な魔法によって我々の世界と遜色ないレベルまで文明が発展しており、何ら不思議なことではない。むしろ、軍事やインフラなど一部の面においては、我々の世界を遥かに凌駕しているのだ!

…だが今はそのことについて解説する時間は無い!


「何が鋼の剣だよ…こちとら商人だっつーの!…全く!」


彼は主に女子供を取り扱う奴隷商人で、ヒトデ座だ。朝の占いは良い結果の時のみ信じることにしている彼だが、今日は大事な仕事があるので思わず気にしてしまう。


(…大丈夫だよな?大事なお得意様を失うわけにゃいかねえからな)


彼は不安を感じた時、仕事に専念することでそれを紛らわせる。

さっそく商品の手入れをするため、厩舎へと向かった。厩舎は常に清潔に保たれ、奴隷の食事は完璧に栄養管理されているが、朝・昼・晩しっかりと見に来なければ気が済まない。仕事の手間は惜しまないのが、彼の主義だからだ。


「よ~し、お前たち!元気か?お前たちには常に健康でいてほしいからな!」


鎖に繋がれた女たちの顔を覗き込む。皆いい顔をしている。血色はいいし、つやも申し分ない。目つきは多少どんよりしているが、これくらいがちょうどいい。程よく絶望した女は娼婦向きだ。…このように1人ずつ体調をチェックしていると、


「おい!いるかァ!勝手に入るからなァ!」


「…!?しょ、少々お待ちを!」


商人がドアを開けると、『大事なお得意様』がそこにはいた。肥えてはいるが、鷹のように鋭い目つきの男。


「ダ、ダーランの旦那!こんな朝早くからどうしたんです!?」


フォビオ・ダーラン!恐るべき裏社会の住人!いくつもの娼館を経営し、憲兵隊などにもコネがある!この奴隷商人の最大の取引先であり、今日の正午にも取引の予定があった。


「…いや、突然のビジネスチャンスでなァ、取り急ぎ10人ほど売ってくれや!」


ダーランはせわしなくあちこちを見ていたが、厩舎内の奴隷に気づくと、


「お、ちょうどいいじゃねえか、こン中からいくつか見繕って売ってくれや」


「で、でも旦那ァ!この女どもはつい4日前に仕入れたばかりでねえ、これから躾けるつもりで…」


ダーランの鋭い眼に、不気味な鈍い光が宿る。


「…お前よォ、何のんきなこと言ってんだ?俺もお前もいつ後ろに手が回ったっておかしくねえんだぜ?」


いきなり商人を蹴り飛ばす!


「ビジネスは!スピードだろうがァ!」


「痛い痛い痛いッ!わ、分かりましたよォ!その代わり品質に文句つけないでくださいね!」


「へッ、心配いらねえよ、持ってく女はこっちで選ぶからな」


ダーランは厩舎内を歩き回り、吟味を始めた。


「お前、と…お前!それからお前だな。あー…お前とお前も来い!」


指定された女たちがダーランの部下に引っ立てられ、厩舎を出ていく。迷うことなく女を選んでいたダーランの声が止まったのは、10人目であった。


「…おい…おいッ!」


「へ?へい!…あッ!そいつは『掘り出し物』なんで倍の値段出してくださいよ!」


その女は、その場に相応しくないほどの美貌の持ち主であった。粉雪の如くきめ細かな肌に、すらりと長い手足もさることながら、なにより目を引いたのは、『色』であった。頭髪は老人以上に白く、眼は鮮血のように赤い。


「いいぜ、出してやるよ!…それでお前、名は?」


「あ、え、いや…『アニマ』といいます、どうも」


女は顔に似合わぬ間抜けた口調で答えた。

〈つづく〉




どうしようもない名鑑No.1【アニマ】

『神』から女性の身体を与えられ、異世界救済の使命を任されたが、本人はサボるつもりでいる。

だが、世の中そんなに甘くなかった。

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