1 制服好きの変態、身分の低い平凡な男の子、漆黒騎士、狂王子
物心ついた時から、私は自分が容姿に恵まれていることに気付いていたわ。しかも、父は国王で、母は公爵家の娘。家柄にも恵まれていたの。
「素材が良くても、磨き続けなければ意味がないわ。美しさは自信の源であり、対人関係、政治、全てにおいて重要よ」
私はそう考えて、常に美を磨き続けたわ。お肌のお手入れ、美しい体型の維持、艶やかで豊かな髪。十五の頃には傾国の美しい王女と呼ばれ、周囲から称賛されて生きてきたの。
私の婚約者は隣国の第二王子、ラーズベルト様で、貴族と王族だけが入学できる王立学院で共に勉学に励んだわ。
ラーズベルト様はとても背が高くて美しい鳶色の髪をしたイケメン王子様。私は初めてお会いした時、こんな素敵な方が婚約者なのねってとても嬉しくなったの。
魔法の基礎も勿論、剣の腕も、そして体術もお強く、穏やかで優しい人柄に惹かれて常に多くの人に囲まれていたわ。きっと自慢の夫になって下さるーーーーそう思って、私もラーズベルト様のことを大切に思っていたの。
でもね、十七になってラーズベルト様に驚愕の告白を受けたのよ。正に、青天の霹靂だったわ。
「ユーリリアン王女、貴方を愛しています。嗚呼、なんて可憐で美しいんだ、貴方は。王立学院の制服を身に纏う貴方の美しさは、女神にも勝るでしょう」
王立学院の、制服? 私は常に自身を一番可愛らしく見せる服を身に纏うよう心掛けて来たけれど、学院の制服は違うわ。何故その言葉が出てくるのか理解に苦しんだわーー最初だけね。
「僕は悲しい。ユーリリアン王女はもう直ぐ学院を卒業されますね。そうすると、制服姿の貴方を毎日眺めるという悦びが失われてしまう……そこで、婚約者である貴方に一生のお願いがあるのです。どうか、愛する僕のために、卒業後も毎日制服姿を見せてはいただけないでしょうか?」
そう、ラーズベルト様は制服が好きなただの変態でしたの。そのことに気付いた時の私のショックと言ったら。初恋でしたから。でも毎日毎日、制服を着せられて、それを見て悦ぶラーズベルト様の姿を想像した途端、百年の恋も冷め切ってしまったの。
「ラーズベルト様。私、制服姿の私しか愛せないような方との結婚は耐えられそうにありません。私は歳を取れば制服も似合わなくなってゆきますし、何より、お洒落をした私を可愛いと喜んで下さる方と幸せになりたいので」
そんなわけで私とラーズベルト様の婚約は破棄したわ。後々聞いた話によれば、ラーズベルト様は王立学院の女子生徒に片っ端から手を出して、見るに見かねた父王と第一王子が彼を国に呼び戻したらしいわ。一生、制服のない場所で過ごさせるって言っているそう。
自業自得ですわよね。
こうして私の淡い初恋、そして理想の王子様像は破れ去ってしまったの。傷心の私を癒してくれたのは、王宮にある私のための庭園、リリィラビリンスの庭師の男の子、ウィンスよ。
ラーズベルト様が変態だって知った私は、傷ついた心を癒すために連日リリィラビリンスでお花を愛でていたわ。リリィラビリンスは父である国王が私のためだけに作ってくれた庭園で、腰までの高さの生垣迷路と、季節折々に咲く花々で満たされた美しい庭園。
ウィンスは育ちの良い平民で、言葉遣いも物腰も上品だから、リリィラビリンスの庭師として採用されていたの。庭園で過ごすことが増えた私は、必然的にお花のお手入れをするウィンスと過ごす時間が増えていったわ。
「王女様、今日も一緒に過ごせて、話が出来て嬉しいです。こんな日が来るなんて夢みたいです。王女様の姿を見られるだけでも幸せだったのに、毎日会ってお話しして、そして……」
私は隣に座るウィンスの肩に、そっと頭をもたれさせたわ。ウィンスが緊張と喜びで小さく震えているのが分かるから、私も嬉しくなってしまう。二人でリリィラビリンスの奥にあるベンチで並んで座りながら、こうしてそっと触れ合う時間を増やしていたの。
ラーズベルト様と違って、ウィンスは謙虚で優しくて、純粋で、私がただそこにいるだけで幸せだって言ってくれる。制服を着てないと愛せない、なんてことは絶対言わないわ。ウィンスなら、私がどんな服でも喜んでくれるでしょう。
「ウィンス、ありがとう。貴方と過ごす時間が私の喜びよ。傷ついた私の心を癒してくれてありがとう。ずっとこうしていたい……私が王女でなければ、ウィンスのお嫁さんになりたいって言えたのに」
「!! お、王女様……俺は、俺は……!」
ウィンスが顔を真っ赤にして、震えながら私の肩を抱いてきた時、私は確かに愛されてるって実感したの。立場や身分、お金も権力も関係無い、純粋な愛。物語ように美しい愛の物語。私はそっと目を閉じて唇を差し出したわ。
だけど、いくら待ってもウィンスからの口づけはなかったの……。何故かというと、私の近衛騎士がウィンスを捕らえてしまったから。
「もう二度と王女様に触れないように。触れたらまず両手を落とし、それから触れた箇所全て焼きます」
私の近衛騎士、『漆黒騎士』は、黒曜のようなら瞳でウィンスにそう言い放ち、彼の心を真っ二つにへし折ったの。
両手を落とされたらウィンスはもう庭師として生きて行けないし、私のことも抱き締められなくなるわね。私は平民と恋に落ちた王女として嘲笑されるのかしら。それとも悲劇のヒロインのように扱われるのかしら。
ただお互いに、悲惨な未来しか待ち受けていない事は分かるから、私もウィンスも、それ以来お互いの姿を見る事は二度と無かったわ。
「王女様。ラーズベルトの阿呆の事がショックだったからと言って、何処にでもいる人が良いだけの平民を誑し込むのはおやめ下さい。止める俺の身にもなって下さい」
私の近衛騎士『漆黒騎士』レギ卿は、かつて戦争で英雄と呼ばれた程の剣の使い手だそう。そして数少ない闇魔法も使える由緒正しい伯爵家の血筋を引く殿方。
私より十五も年上で、物心ついた時から騎士だったわ。いつも無表情で無愛想で、怖い人と思っていたけれど、男性のことを知るにつれ、ただレギ卿は不器用なだけなのだと分かってきたの。
「レギ卿、貴方に私の気持ちが分かりますか? 元婚約者は制服しか愛せない変態。男性不振に陥った私には、純粋無垢で私だけを愛してくれる存在が必要だったのです。私が巷で何と呼ばれているかはご存知ですよね? 傾国の美しい王女、です。そのような呼び名があるにも関わらず、元婚約者と破局してしまいました。私に魅力が足りないのかと思い、努力しましたが、これ以上どうしたら良いのです。私より人生経験豊富な貴方なら、答えをご存知ですか?」
レギ卿は黒髪に黒曜の瞳、まるで暗殺者のように全身黒尽くめで、鍛え上げられた逞しい肉体が魅力の年上の殿方。
浮いた話の一つも無い、もしかしたら純潔を守る騎士なのかしらとさえ思い始めていたの。
「……ユーリリアン。少し大人になったからと言って、俺にそんな挑発的な態度を取って良いのですか? 幼くて世間知らずでうぶな小娘だった貴方が、どんどん美しくなり、女になろうとしているーーその姿を間近でずっと見てきた俺に、聞きたいのですか?」
レギ卿は数少ない、私の自室まで立ち入る事を許された男性だったわ。今でも鮮明に思い出せる。レギ卿と二人で話したあの日の事を。私は部屋で男性と二人きりがどういう意味を持つのかを、頭では分かっていたけれど、あの時初めて肌で感じる事ができたのよ。
「ええ、貴方の口から聞きたいわ、レギ卿。私には何が足りないのか、ご存知なら教えて下さい」
レギ卿は真正面から近寄ってきて、体が触れ合う程近くで立ち止まり、じっと私の顔を見つめていたわ。私が恥ずかしくなって顔を背けると、顎の下に手を当てて、レギ卿の方を見るように直された。その手が男らしく力強くて、私の心臓の鼓動が早くなって、レギ卿に聞こえてしまわないか、そればかりが気になっていたわ。
「ユーリリアン。貴方はとても美しく、努力家で、愛情を求めている可愛い女の子です。いつまでも子供なら良かった、他の男と一緒にいる貴方の姿を見るなんて考えたくも無い。俺だけの可愛いユーリリアンで居てくれたら良かったのに」
この時の私は、雷に打たれたみたいでしたわ。頭のてっぺんから爪先まで痺れるような衝撃と、体の力が抜けていくような甘い感覚。私は魅了の魔法をかけられたのかしら、この『漆黒騎士』にーーそう思ったけれど、彼は闇魔法しか使えないから違う。もしかして、これが恋なの?
だけど、私とレギ卿の間を引き裂くかのように、翌日、ラーズベルト様とは別の隣国の第一王子から求婚状が届いたと伝えられてしまったの。
彼の名はラキソバロン様。別名は狂王子。隣国の大帝国の第一王子で、残虐非道、人の命を虫程度にしか思わない、と恐ろしい噂ばかり耳にしていたわ。
そんなラキソバロン様が何故私に求婚してきたのかしら。その謎は、求婚状の到着から程なくして、ご当人が我が王国にやって来て、彼の口から直接聞く事が出来たわ。
「ユーリリアン王女、噂には聞いていたけど、噂以上の美しさ、可憐さだねえ。オレはね、欲しいと思ったものは何でも手に入れないと気が済まない性質なんだ。ラーズベルトの変態馬鹿のお陰で婚約が破棄された今がチャンスだと思ってねえ。どうかな、オレ自身も美しい容姿だろう? 美男美女で大帝国をもっと大きくしていかないか?」
金髪に碧眼の、絵に描いたような美しいラキソバロン様だけれど、口を開けばどうにも下品で欲望まみれ……ご本人に言ったら即打ち首にされるだろうから言えなかったけれど。
私が欲しい、ついでに父王が治める王国も自分の大帝国のものにしてしまおう。そんな単純な欲望剥き出しの男性。私はラキソバロン様に魅力を感じる事は無かったけれど、当時は断る事は不可能で、すぐ婚約することになったの。
私の心はレギ卿を求めていたけれど、王国の未来が懸かった外交問題が絡む私の婚約で……。
言葉を交わさない、目も合わさないまま、気付けばレギ卿は私の近衛騎士を辞任して、冒険者として何処か遠くの国へ行ってしまったと聞かされたわ。あの時の喪失感、悲しみを思うと、今でも涙が出そうになるし、レギ卿の姿を探し求めてしまうの。私から一度も触れたことのない、『漆黒騎士』に、今度こそ触れたい……その願いが疼くのよ。
レギ卿を失った私は、諦めてラキソバロン様を愛することにしたわ。彼は私の外見が何よりも好きで、何処に行くにも連れて歩き、人々に見せびらかし、自分の独占欲を満たす動画のように扱ったわ。
でも、二人きりになると、時には愛を求める獣のように、時には親の愛を求める少年のように、時には恋い焦がれる相手を見つめる男性のように、時には道化師のように私を笑わせるためだけの存在になってーー私の愛を得ようとしてくれたわ。
「オレの可愛いユーリリアン。毎日いくら見ても飽きないから不思議だよ。どうしてこんなに可愛いんだ? これ以上好きになる事はないと思っていたのに、共に過ごす程に、どんどん好きになってはまってゆく。君は魅了の魔法をオレにかけたの? いや、そんなわけはないよね。大帝国の王族であるオレにはありとあらゆる魔法耐性があるんだから。魔法を使わずしてこのオレを骨抜きにするなんて……罪深い女だね」
毎日こんなふうに言葉をかけれていたけれど、何を言ってるのか分からない時がほとんどだったわね。ただ、どんどん私を束縛するようになって、見せびらかしはするけれど、他の男と口を聞くのも、見つめるのも禁じられたわ。
大好きな父王とも話もできないまま、私は一緒ラキソバロン様の奴隷のように生きるしかないのかしら。そう思い始めていたわね。
「ラキソバロン様。お願いです、どうか父と話す事を御許しください。私を愛してくださるなら、どうかお願いです」
私は慎ましく婚約者のラキソバロン様を立てて過ごしていたけれど、父王とも話をさせないのだけはどうしても我慢できなかったわ。だって、私を愛して大切に育ててくれた人と会わせない、話をさせないなんて、意地悪すぎる。いえ、意地悪を通り越して異常よね。
「ユーリリアン、その懇願する姿も可愛いな。そうだな、結婚までまだまだかかりそうだけど、婚約者であるオレに操を捧げると言うのなら、話をするくらいは許してやろう」
何を言い出すのかと思えば。王族が結婚前にそんな関係になるのは非常識な事。神は絶対御許しにならないわ。私は全身から冷や汗が出て、その場をどう切り抜けるか必死になったわ。
まるで飢えた狼と二人きりで居るような感覚だったわ。そう、ラーズベルト様は穏やかで無害、制服を着てる私を見るのが幸せっていう無害な変態だったし、ウィンスは私に何かしようなんて自分からはとてもできない控えめな男の子だったし、レギ卿は、少なくとも私の気持ちを無視して何かをするような人では無かったからーーーー。
「ラキソバロン様。これ以上私に触れられるなら、此処で私は舌を噛みます。そうでもしないと、神に御許し頂けないでしょう。婚姻の前に関係を持つなんて恐ろしい事は、神に背く行為です。どうかおやめ下さい」
「可愛い唇で、甘い声で、何を言っているのかな? その美しく色香も漂う姿でどれだけの男を魅了しているのか分かっているんだろう? 君は自分が周りからどんな目で見られるかを分かっていてやっているんだからね。オレに言い寄られるのが嫌なら、化粧も、お洒落も全てやめて、地味でブスな王女を演じていれば良かったんじゃないか? でも君はそれをしなかった。それは何故か? ユーリリアン、君自身が、常に周りから好かれ愛されなければ耐えられないからだろう? 君のその豊満な体から立ち上る欲望を理解しているのはオレだけだよ。そう。世界でこのオレだけ。ね、だからオレを受け入れてごらん。もっとわかり合おう。二人で一つになろう」
何を言っているのかさっぱり分からないわ。ただ今思い出しても言えるのは、ひたすらに、気持ちが悪い男。そう感じたということだけ。
私の人生最大の危機、舌を噛むか、でもきっと躊躇って結果的に痛いのに死なないなんて事になりそうだから、それなら短剣で心臓をひと突きにしよう、ラキソバロン様からジリジリと逃れながらそんなことを考えていると、当然部屋の明かりが落ちて、真っ暗になったの。
「!? 誰だ? ぐわぁ!!!!」
闇の中でラキソバロン様の叫び声、暴れる音、剣で刺される音がして、その場で自分を抱き締めて震えていたわ。すぐに部屋の外で待機していた近衛騎士達が異変に気付いて部屋になだれ込んで来て、魔法で灯りを灯すとーーーー。
「こ、殺されてる……」
それはそれはとても鮮やかな手口かつ切り口で、ラキソバロン様は殺されていたわ。喉を鋭利な刃物で一閃。犯人を捕まえるための大捜索は……始まらなかったの。
何故って? ここは私を愛する父王の王国。私はまだ結婚前で、大帝国には連れ去られずに済んでいたから。私を愛する父王を蔑ろにし、我が王国を乗っ取ろうとした憎き大帝国の王子が殺されたからって、必死に犯人探しなんてするわけないじゃない。
私は駆けつけてくれた父王と母上に抱き締められて、ラキソバロン様の死体にウインクしてあげたわ。
大帝国との戦争開始を避ける為、犯人探しは一応行われ、そして、ラキソバロン様に仕えていた侍従の男が捕まったの。実はその侍従は第二王子が放った刺客で、ラキソバロン様を殺すチャンスを窺っていた、というのが父王と母が考えた筋書き。
我が王国の筆頭魔法使いが、渾身の仕上がりです! と言うくらい完璧に、その侍従に魔法をかけたの。哀れな侍従は、自分がラキソバロン様を殺しました! と大声で騒ぎながら大帝国に連行されて行ったわ。
あの日私の純潔を守り、私を奴隷のように囲っていた狂王子を殺してくれたのは、他の誰でもない、私が恋い焦がれる『漆黒騎士』レギ卿。私はそう信じているわ。子供の頃から嗅ぎ慣れている、彼から漂う手巻き煙草の香りがあの日の闇の中で感じられたから。
続く
2作目になります。恋愛遍歴を次々と語ってゆくスタイルでハイファンタジーに当てはめたらどうかな、と思い書き始めました。仕事が忙しいと更新が遅れてしまいますが、なるべく短めで完結させたいので頑張ります。