✖︎✖︎✖︎までのカウントダウン2
「結局今日もこんな時間になっちまったな……」
街灯に照らされ1人歩く帰り道。
今日も今日とて残業で遅くなっちまった。
義妹を怒らせるのも面倒だし、今日はなるべく早く帰りたかったんだな。
……まぁ、どうせあいつはいつも怒ってるか。
横暴な義妹の事を考え、憂鬱になりながら帰宅。
家に着いた途端、昨日と同じように怒り心頭のリエが現れた。
「昨日の今日でまたこんな時間?あんた馬鹿なの?いや、馬鹿なのは知ってるけど、ここまで馬鹿だとは思わなかったわ。鶏の方がまだマシよ。」
「仕方ないだろ。仕事なんだから。」
溜息を零しながら言葉を返す。
「ふんっ!まぁ、あんたみたいなグズは残業しないと仕事も終わらせられないんでしょうね!」
社会に出た事もないガキが、好き勝手言いやがって。
「もういいわ!早くお風呂掃除してよね!」
「……またか?」
「はぁ?お風呂なんだから毎日入るに決まってるでしょ!あたしはあんたみたいな汚い人間とは違うの!」
…………はぁ
「はいはい、わかったよ。」
「最初からそう言えば良いのよ。ほんと、これだから低能は嫌なのよ。」
確かに俺は二流大学の出だが、会社はそこそこ良いとこに勤めてるんだぞ……
まぁ、俺が通ってた学校よりずっと偏差値の高いお嬢様学校に通ってるお前からしたら、高校と大学が二流な時点で低能なんだろうけどな。
「……昔は、あいつも可愛かったんだけどな。」
かつて、手を繋いで幼稚園に送っていた日々が頭をよぎる。
「いつからこんな風になっちまったんだっけなぁ……」
肩を落として風呂を掃除しながら1人ぼやく。
俺は、懐かしいあの頃の事を思い返した。
父が義母と再婚したのは、俺がまだ中学1年生の頃。
義母に連れられてきたリエは幼稚園児だった。
実母は俺が小学生の頃に病気で亡くなり、数年間は父が男手一つで俺を育ててくれていたが、仕事関係の知り合いだった義母に慰められ、後に交際を始めたらしい。
義母もかつて夫を事故で亡くしており、互いに思うところがあったようだ。
再婚までは割とあっさり話が進んだと思う。
その頃はまだ、義母も普通に俺を可愛がってくれていた。
少なくとも表面上は。
4人で暮らすようになって数年……リエが大きくなるにつれて、彼女はその器量と要領の良さを発揮し始めた。
どこまでいっても平凡でしかなかった俺と違い、リエは誰よりも目立つ存在だった。
リエが周囲からの高い評価を得ていく度に、俺は義母から冷たい目で見られるようになっていった。
義母は体面や体裁に拘る人だったようで、特別な才能もない俺を疎ましく思っていたのだろう。
徐々に俺は家庭内での居場所を失っていった。
それが決定的になったのは、父母に勧められていた一流大学に落ちた時だった。
義母はあからさまに俺を蔑むようになり、その頃にはリエも義母の影響で俺を見下すようになっていた。
だが1番ショックだったのは、血を分けた実の父が、俺よりも義母と義妹の味方についた事だった。
かつて優しかった父は、義母ほどではないにしろ、俺を疎むようになっていた。
大学に入学したら一人暮らしをしろ、なるべく家に近寄るなと義母に言われた時、父は俺を庇うなく、仕送りはしてやるという旨を伝えられただけだった。
そして一人暮らしの為の引越しの日、父は俺にこう言ったのだ。
『すまない。お前を見ていると、あいつの事を思い出すんだ。』
学生時代から、俺はよく"お人好し"と評されてきた。
でもそれは違う。
俺はただ臆病なだけなんだ。
これだけ疎まれても、蔑まれても、家族の縁を切れない。
かつての父を忘れられず、思い出にすがって我慢する事しかできない。
いつの日か俺を認めてくれる。
義母も義妹も、いつかわかってくれる。
そう自分に言い聞かせて、これまで頑張ってきた。
だから、まだ大丈夫だ。
まだ、俺は信じられる。