ナスターシャの過去
その垂れ幕の中ではセオドアがナスターシャと久々の再会を楽しんでいた。
「まさかここであんたと逢おうとはな…もうあれから5年か」
ナスターシャは微笑んだ。
「いいえ、6年になりますわ」
「もうそんなに経つのか…なんだかあっという間だったな」
「ええ、そうですわね…3日前にあなたが夢に出てきた時は本当に驚きましたわ」
「未来を見通す力は健在なようだな」
「ええ…でも以前ほどではありません。はっきりとした未来はせいぜい5日先程度。そのせいでギルバートに愛想をつかされてしまいました」
セオドアはその言葉で顔色が変わった。
「な…んだって?ペルメダン王が君を離縁したのか?」
ナスターシャは力無く微笑むと小さな声で「仕方ありませんわ」と、呟いた。
「私はあの方を恨んではおりませんよ。子供も産めないこんな身体の私を一度でも妃に迎えて下さったんですもの…」
セオドアは納得いかなかった。
ギルバートがそんな酷い仕打ちをするなんて想像できない。
セオドアは王子の頃から何度も彼と面識があった。
もの静かで穏やかな、王というよりは学者と呼んだほうがしっくりくる真面目で律儀な男であった。
「…なんでルイザの元に帰らなかった?」
「私、もう誰にもお仕えしたくないのです。どうせ何の役にも立てない女…このまま静かに暮らしとうございます」
ナスターシャは元々月の城にいたのだ。生まれつき脚が萎え、歩く事が出来ず親が捨てようとしていたのをルイザに仕えるアンジェラが貰い受けたのだった。
アンジェラはナスターシャがもの心がつき、言葉を話すようになるとこの子に不思議な能力が備わっていることに気がついた。
ある日のこと、アンジェラがいつものように月の城に出かけようとするとまだ幼いナスターシャが必死でスカートにしがみついてきた。
「ママ、行かないで!今日はお城に行ってはダメよ!行ったらママ死んじゃうわ!」
アンジェラがどんなになだめても、ナスターシャは行かないで!と泣き叫ぶばかりだ。
アンジェラはとうとう諦めてその日はお城に出仕しなかった。
次の日、休んだお詫びをルイザに言いに行ってアンジェラは腰を抜かさんばかりに驚いた。
「アンジェラ、あなたはとても運が良いようね。昨日の毒味番はあなただったでしょう?」
「…は、はい…そうですがまさか?」
「そう、そのまさかよ。ミランダが死んだわ、多分ルートリッヒが仕掛けたのよ。実はマチルダをご所望だったのだけれど断ったのよ…彼はダズル教の信者だわ。あの宗教は女が子供を産めなくなる歳になると山の奥深くにある池に突き落とすそうよ。そんな邪教、私は赦さない!」
ルイザは唇を紫色になるまで噛みしめた。
アンジェラはハラハラと涙を溢した。
「私の代わりにミランダが…」
ルイザは優しくアンジェラの背を撫でた。
「悪いのは貴女じゃないわ。ミランダは運が悪かったのよ。そして貴女は運が良かった。そういうことなのよ」
アンジェラはルイザに昨日の出来事をすべて話した。
「そう、あなたを助けたのはその娘のお陰…という訳ね」
「はい、ナスターシャがいなければ私は今頃死んでいたでしょう」
ルイザの目は鋭く光った。
「アンジェラ、その娘に会わせてちょうだい!もしかしたらその子…神からの御使いかもしれなくてよ」
「は?はぁ…」
ナスターシャはその能力を認められ、ルイザから超一流の貴婦人に仕立て上げられたのだった。
セオドアはアンジェラから聞かされた昔話を思い出して深いため息をついた。
ナスターシャをギルバートに引き合わせたのはセオドアなのだ。
きっと何か訳があるに違いない…ギルバートはそんな奴じゃないはずだ!
セオドアは腕組みしてどうしたら良いものか思いあぐねていた。




