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一夜の夢 その2

ホテルの外にはすでに迎えの馬車が着いていた。

4頭だての馬車にはリンデンハイムのシンボルである龍が巻き付いている。

「こりゃあ立派な馬車だ!」

ロイは龍の頭を撫でながら、まるで子供のようにはしゃいでいる。

御者は恭しくテレサの手をとり馬車に乗せてくれた。

ああなんだか夢みたいだわ!まるでどこかの国のお姫様になったみたい。

テレサは向かいに座っているセオドアを見つめた。

そうよね。これがこの人の本来の姿なんだわ。いつも風来坊みたいな格好してるからついこの人の身分を忘れてしまう…

私の絶対手の届かない人なんだってことも忘れてしまっていたわ。

テレサの視線に気付いたセオドアがパッと顔を上げた。

「なんだよ、元気ないじゃん!疲れたか?」

「うん、ちょっとね」

「な〜んて実は緊張してるんじゃない?らしくねーぜ、お前はいつも生意気なくらいが可愛いんだからよ」

テレサはカァッと赤くなり、プイッと横を向いてしまった。

「オオ〜ッ見えてきたぞ港だ!凄いな、リンデンハイムの船がぎっしり海に浮いとるわい。まるで街だなこりゃあ」

思わず叫んだロイの言葉で、リンの胸はドキドキと高鳴ってきた。

「うわ〜。僕なんだか緊張してきました!」

「みんな、落ち着け!急に紳士淑女を気取ったところでボロが出るだけだ。ここはあまり気張らんで普段通りにいこうじゃないか!」

そう言っているロイさんこそ一番舞い上がっているのでは?とリンが思ったのもつかの間、馬車が止まりまるで城壁のようにみえる巨大な船と陸とを繋ぐ桟橋から、出迎えの家臣達が降りてくるのが見えた。

「いらっしゃいませ。皆様お待ちかねですよ。今日は、3回戦まで勝ち残った方々も招待させて頂きました」

リンは思わずセオドアの手を掴んだ。

「じゃあレオも来てるんだ!もう一度ゆっくり話したかったんです」

「あの亀を頭に乗せた少年ですね。ええ、いらしてますよ。さあ、こちらです」

リン達は緊張した面持ちで桟橋を渡って行った。

船にはたくさんの松明が灯され、まるで昼間のように明るい。

優雅なハープの音色が夜風に乗ってリンの耳に心地よく響いてきた。

セオドアが先頭に船の中に入って行った。

天井にはシャンデリアがまるで光の滝のように輝いており、着飾った紳士淑女が一斉に振り替える。

家臣の一人が高らかにセオドアの名を告げた。

「武術大会の栄誉ある優勝者セオドア様のお着きです」


セオドアは皆の視線に臆することなく、王者の風格を漂わせながらホールの中央まで歩いて行き、一段高い席に座るグレンとユーリの前にひざまずいた。

「勇者セオドアようこそリンデンハイムへ、今宵はあなたの優勝を祝う舞踏会です。どうか存分にお楽しみください」

グレンはそう言うと皆にシャンパンを配るよう家臣に言いつけた。

テレサはシャンパングラスの弾ける泡を眺めながら、これまでの旅の道程を思い出していた。

ああ…なんて幸せなのかしら!

これもセオドアのお陰ね。

リン、セオドア、ロイ本当にあなたたちに出会えて良かった!

あら?なんだかこれじゃあまるでお別れのセリフね。私ったら…一体どうしたのかしら、なんだかあなたたちが離れていくような気がして…。バカね余計なことは考えないでいましょう。今夜は思い切り楽しむわよ!

「では、セオドアさんの優勝を祝って乾杯!」

ロイはあっという間に飲み干してしまい、リンのグラスも受け取っている。

オーケストラがワルツを演奏し始め、みんな一斉に輪になって踊り出した。


「テレサ、レオを探そうよ」

リンはまだ夢見心地のテレサの袖を引っ張った。

「ええそうね。子供はきっと私達とレオ達くらいしかいないからすぐ見付かるはずよ。ちょっと探してくるからリンはここで座って待ってて」

テレサは壁際のソファーにリンを座らせると、ホールの端に並ぶ立食コーナーの方に向かって歩いて行った。

「あの子の事だもの絶対あそこに違いないわ」


立食コーナーにはテレサの大好きな色とりどりのケーキが、まるで花畑のように沢山綺麗に並んでいてテレサは思わずゴクリと唾をのみこんだ。

「おい、見てないでサッサと食えよ!こんなご馳走めったにありつけないだろ?」

テレサは驚いて辺りをキョロキョロ見回したがレオの姿はなかった。

「おかしいわね、今の声は絶対レオだったわ!」

テレサは皿を手にとりイチゴのショートケーキを一つと、ナッツが山ほど盛り付けてあるチョコタルトを一つその皿にのせた。

「あら、このオレンジゼリーも美味しそう。こっちの桃ババロアもすてがたいわ〜!」

テレサの皿はあっというまにスイーツで埋めつくされてしまった。

「あ〜あ、それじゃあいくらなんでも食いすぎだろう!腹壊しても知らねぇぞ」

テレサが声のする方に目をやると、大きな豚の丸焼きの腿がプルプルと動いているではないか。

しばらくすると、ブチッと音がして腿は見事に引きちぎられた。

「ハァ〜やっととれたぜ、こいつ手間かけさせやがって!ウキャ〜旨そう、頂きますま〜す」

「レオ!見つけたわ。あんたを探してたのよ!」

レオは豚にむしゃぶりついていてテレサの言葉など聞いていないようだ。

「ちょっと、この野蛮児!ちゃんと人の話聞きなさいよ!」

「ああん?なんだよ。俺を探してたって?そんな風には見えなかったがなぁ」

レオはテレサの大皿に載っている沢山のスイーツに目をとめてからチラリと横目でテレサを見た。

「こ、これはリンに持って行ってあげようと思って…」


「ふぅ〜んそうなんだ?」


「そ…そうよ!それよりあんたのご主人様はどうしたの?いっつもあんたにべったり張り付いてるのにさ」

「今日はローザンヌ様が来てるからな。ダンスの相手でもしてるんだろ」


「ローザンヌ様?」


「クラレンスの母上みたいなお方だよ。ほらあそこで踊ってるだろ」

テレサはレオの指差す方に目を向けた。

薄い紫のオーガンジーを幾重にも重ねたドレスをエレガントに着こなした美しい女性をエスコートしているクラレンスはいつになく柔らかい表情で、その女性に微笑みかけていた。

「お母様ではないんだ?」

レオは豚の汁を手で拭いながら答えた。

「ああ、クラレンスの実の母上はもう亡くなられてる。彼女は元々奴隷だったって噂だな。俺にもとても優しくしてくれる」

テレサはクラレンスも実は母親がいないのだと知って、彼のレオに対する甘えた態度も納得がいった気がした。あんなにお金持ちでもやっぱり寂しかったりするのね…。



「ねぇレオ、私達といましょうよ。このパーティー大人ばっかりでつまらないんですもの。私、リンに頼まれてきたのよ。レオを探してきてくれって」

レオは豚の腿を平らげて満腹になったのか、

「いいぜ!俺も退屈してたんだ。ちょっとリンデンハイムの中を探険でもしてみようぜ。スゲェ広いし、何があるかちょっと気にならねぇか?」

テレサはレオが元々スリで捕まったのを思い出し、ギロリとレオを睨んでみせた。

「レオ!あんた性懲りもなくまた何か企んでるんじゃないでしょうね?」

「バ、バカ言うなよ!俺のこの格好を見ろよ。金に困ってたあの頃とは違うんだぜ。なぁ玄武?」

いつの間に現れたのかレオの頭の上にはトレードマークのように小さな玄武がしっかりと張り付いていた。

「あら、ごめんなさいねぇ。レオの言うことはあてにならないけど玄武ちゃんのことは信じてるわよ」

玄武はテレサに撫でられて目を細めている。

「チェッなんだよ。玄武ったらいつから女に甘くなったんだぁ?だらしないやつ!」

玄武はレオの髪をくわえてブチッと数本引っこ抜いた。

「イデデデッ!止めてくれ玄武、ウソウソだから!冗談だよ〜」

玄武は、フンッと鼻を鳴らしてまた静かに腰をおろした。


「あ〜もうなんで俺がこんな目に…もう、サッサとリンのとこに案内しろよ」

テレサはクスリと笑うと

「こっちよ!」と駆け出して行った。

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