武術大会後編その3
武術大会編がとうとう完結です。
グレンの父は周りの国々からも一目置かれる存在で、セオドアも自分の父からその辣腕ぶりをよく聞かされていた。
「海賊王の息子か、お手並み拝見させてもらうぜ!」
ユーリが見守る中、二人の王子は互いににらみ合っていた。
グレンの両手にはまるで扇のように沢山の短刀が煌めき、その構えはまるで白鷺のように優美に見えたのもつかの間、短刀はまるで矢のようにセオドアめがけて飛んでいった。セオドアは自分の剣でそれをなぎ払いながらもグレンの真の目的を推し量っていた。
グレン!俺を試すつもりか?負けるつもりの戦いなのについ本気になっちまいそうだぜ。
グレンの放つ短刀はルシンの服をかすめてゆき、すでにボロ雑巾と化したシャツをセオドアはビリビリ引き裂いて投げ捨てた。
「ああもう!やっぱりお前とはちゃんと戦いたい、我慢できねぇよ」グレンもニヤリとして背中の剣を引き抜いた。
「そうだな。僕も我慢出来なさそうだよ。この剣はリンデンハイムの頭領に代々受け継がれる伝説の青龍剣だ。今までこれを使う機会はなかったが、やっと出番がきたようだな」
その剣は不思議なことにうっすらと青い炎をまとっていた。
「青龍剣か!さすがリンデンハイム、スゲェ剣だな。しかし、俺のジャガル族の勇者の剣だって負けてねぇぜ!」
座席でじっと静かに舞台の気配をよんでいたリンは、ふいに立ち上がった。
「どうしたのリン?」テレサは驚いてリンの手を引っ張った。
リンは心なしか震えているようだった。
テレサもそっと立ち上がり、リンの緊張した横顔を不安げに見つめた。
「何か感じた?」
テレサの問いにリンは微かにうなずいた。
「龍が…青い龍が現れた!」
テレサは舞台に目を移した。
「龍?そんなもの私には見えないわよ。リンには見えてるの?」
「うん。凄いパワーだ!セオドアさんが危ない」
リンはいつの間にか辺りの空気が湿った沼の底のように、じっとりと肌にまとわりついてくるのを感じて鳥肌がたっていた。
リンがこんなに緊張している…グレン、あなたは一体何者なの?私を迎えにくる。そう言ったわね。なんだか怖い…あの人が怖いわ!テレサはなぜかあのグレンから逃げられない予感のようなものが全身を駆け抜けていくのを感じて身震いした。
舞台ではそんな二人の思いなどお構い無しに激しいつばぜり合いが続いていた。
セオドアの逞しい背中から夥しい汗が流れているのが見える。
対してグレンは汗ひとつかかず、涼しい表情でセオドアの剣を跳ね返していた。
「リンどうしよう、セオドアのほうがおされ気味よ!」
「うん…あのグレンって人もしかしたら聖獣使いかもしれない」
「なんですって!?」
「テレサ、僕をレオのところに連れて行って!レオなら何か知っているかもしれないよ」
テレサは広い会場をざっと見渡したが、あまりの人の多さにクラクラしてきた。試合も済んでしまっては控え室になどはいないだろう。
「ダメよリン、凄い人でとても見付かりそうにないわ!」
「仕方ないな、じゃあ自分で試してみるしかないね」
「え?どうするつもり?」
リンはおもむろに手を胸に当てると、小さな声で囁いた。
「出でよ!砂の精霊ラシード!」
すると、会場に一陣のつむじ風が吹き抜けた。
観客達の帽子やハンカチなどが空に舞い上がっている。風が過ぎ去ると、いつの間にかセオドアの背後には白い翼をもつ獅子ラシードが控えていた。
観客達はキャアキャア叫びながらパニックを起こして、会場から逃げ出して行った。
グレンは突如として現れたラシードに思わず目を丸くした。
「驚いたな、君は精霊使いなのか?それとも聖獣使い?」
ルシンはグレンの視線が自分の遥か上にあるのに気付き、頭上を見上げた。
「ああっ!ありゃあラシードじゃないか。どういうことだ?リン!おいリン!なんだよ、こりゃあどういうことだ?」
すっかり人気の無くなった会場でぽつんと残された人々はみんな顔見知りばかりだ。リンはテレサに手を引かれ、舞台の上に上がった。
「グレンさん、あなたのその剣には青龍が封印されています。その事はご存知では?」
「いや…知らなかった。この剣に青龍が?」リンは深くうなずいた。
「ええ、僕にはハッキリと見えています。あなたは聖獣使いだ。まだその力に目覚めてはいないようですがね。青龍もまた、その剣から出られないようですね。そこでラシードの力を借りて青龍を目覚めさせてはと思ったのですが…どうやら急ぎすぎたようです。皆さん玄武を見ても怖がらなかったもので、てっきり大丈夫だと思ったんですけど…どうやらダメだったみたいで…すみません!」
すっかりへこんだ様子のリンを見てグレンは思わずプッと吹き出した。
いつの間にかレオ達も駆けつけてすっかり鼻息を荒くしている。
「全くなんだってあんなにラシードの事は怖がるんだ?玄武だって迫力は負けてないぞ!なぁ玄武!」
レオの頭の上では小さな玄武がイビキをかいて眠りこけていた。
ユーリもいつの間にか縄をとかれていてツカツカとグレンに近づくとパシン!とその頬をぶった。
一同、言葉もなく立ちすくんでしまった。
「グレン!私に縄をかけるなんて、酷すぎよ!」セオドアはそんなユーリを厳しく睨むとパシンとその頬を打った。
ユーリは驚いてセオドアの顔をキッと睨み返した。
「お前、グレンの立場ちゃんと考えろ!そして自分の立場もな。いいかユーリ。お前は女王だ、自分の感情くらい飼い慣らせ!」
ユーリの頬を大粒の涙が伝っている。
「グレン、すまんが今日のところはこれまでだ。またいつか戦える日がくるだろう。その剣に住む青龍を拝める日を楽しみにしてるぜ!」
「ああ、そうだな。ラシードの威嚇にも姿を現さないなんて中々頑固者らしい。だがきっと手なずけてみせるさ!」
二人はがっちりと握手した。
その様子を見ていたロイはおずおずとグレンに尋ねた。
「あ、あのぅ。ところでこの試合の結果はどうなりますか?」
グレンは笑って
「もちろん優勝はセオドアさんですよ。ユーリは決勝戦を辞退したわけだし、この試合はおまけみたいなもんです」
それを聞いたロイは笑いが止まらないといった様子でテレサの手をとり、踊りだした。
「もうロイったら!痛いわよ〜」
「ワッハハハこれが踊らずにいられるかってんだ!やったぞリン大儲けだ〜」
ユーリは女王の威厳を取り戻し、
「さあ、あとは表彰式と晩餐会がありますよ。夜は迎えの馬車をホテルによこします。皆さんでいらしてください」と言い渡した。
セオドアはひざまづいて手を胸に当てると感謝の意を示した。
「それからリンさん、その獅子をどうか帰してください。でないと表彰式を始められませんわ」
リンはしまった!とばかりに慌てて叫んだ。
「ラシード、もう戻っていいよ。どうもありがとう」
「我が主リンよ!仰せのままに」ラシードは小さく竜巻を起こすと、そのままそれに乗って帰って行った。
会場の外で様子を伺っていた観衆はもう大丈夫との呼び掛けにより座席に戻ってきた。
もう空は夕暮れが迫っており、試合終了を告げる銅鑼が鳴り響いていた。
次はいよいよ舞踏会です。ここでテレサの運命を左右するような出来事があります。お楽しみに!




