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海賊の若様 後編

ベルボーイは3階の部屋の前でたち止まった。

「こちらでございます」

ドアの向こう側にはリン達が見たこともない世界が広がっていた。細かい刺繍が施されたベッドカバー、大理石のバスルーム、大きな鏡の前には本物の薔薇が溢れんばかりに活けてあった。

「うわぁ、素敵なお部屋ねぇ!」

テレサは白い薔薇を一本抜き取りその香りを深く吸い込んだ。

セオドアは受付で貰った武術大会の案内に目を通している。

ロイはふかふかのソファーにぎこちなく腰をおろすと、真剣な表情のセオドアに声をかけた。

「ずいぶんと待遇がいいんだな。武術大会には何人くらい出場するんだい?」

セオドアは書類から顔をあげ

「締め切りが今日の夜8時までだからきっと俺が最後のエントリーだな。俺の受付番号はっと…158だから158人もいるってわけだ。こりゃあ楽しみだ!」と目を爛々と輝かせた。

リンはセオドアの身に危険がないか心配していた。

「ルールはどうなっているんですか?武器に規制はなしなのかな?」

セオドアはもう一度書類に目を落としニヤリと笑った。

「武器に規制はないな。どちらかが参ったと降参するか、失神するか…死んだら敗けだ」

リンは顔を歪めた。

「死んだらって…そ、そんな!」


「ハハハ、心配すんなよ。俺の腕前を知らんな?俺に勝てる人間はそうそういないと自負してる。任せておけ!」

ロイは仕方なさそうに今日は早く寝るようにいいつけると、また酒を呑みに部屋を出て行った。

部屋の灯りを消した後もリンはなかなか寝つけなかった。

寝返りをうつリンにテレサはそっと声をかけた。

「リン…眠れないの?」


「テレサも?」


「ええ…やっぱり心配だもの。ねぇリン、もし…もしもよ?セオドアが危なくなったらリンが助けてくれない?」

リンはテレサの方に向き直った。

「えっ?」


「セオドアはああ言ってるけど、明日は腕自慢が沢山来るわ。絶対勝てるって保証はないもの。ね、お願いよリン!」

リンは暫く考えこんだが

「わかったよ、命が危なくなったら助けるしかないね。でも勝負に手を貸すのはなしだからね!」

とテレサに釘をさした。

「ええ、わかってるわ!ありがとうリン…」テレサは安心したように布団に潜りこんだ。

なんとか無事に済めばいいけど…

リンはため息を漏らして布団を被り直した。隣からはセオドアのイビキが煩いくらい聞こえてくる。

それを子守唄がわりにリンは眠りについたのだった。


次の日、リンはシュッシュッという音で目を覚ました。

音のするほうを眺めるとセオドアが気付いて声をかけてきた。

「おはようリン、よく眠れたか?」


「セオドアさんこそ朝から何やってるんですか?」


「闘いの準備さ。ジャガル族の剣は研ぐのが結構難しいんだ。時間をかけて少しづつ研いでいかないと…でも、もう出来上がるから朝飯頼んでくれよ」

リンは皆を起こすと、モーニングサービスを頼んでテーブルについた。


暫くするとベルボーイがフレッシュジュースや焼きたてのパン、卵料理を運んできてくれた。

「おいしそ〜!」

テレサは思わず跳びあがって喜んだ。


「さあ、食べようか。いただきます!」ロイのかけ声で一斉に朝食を始めたその時、窓の外からドーン!ドーン!と花火のうちあがる音が聞こえてきた。

「大会開催の花火ね。セオドアは緊張しないの?」

テレサの問いにセオドアは不敵な笑みで答えた。

「緊張?俺はワクワクしてるよ。どんな奴が出てくるか楽しみだ」

朝食を済ませたセオドアは

「俺は先に行って体をほぐしてくる。じゃあな、しっかり応援頼むぜ!」と行って部屋を出て行った。

テレサはセオドアを追って部屋を出た。

「セオドア、待って。待ってちょうだい!」セオドアは振り返ってテレサを見た。

なんだか泣きそうな顔をしている。

「どうしたんだテレサ?」

テレサはセオドアが着ているシャツの襟を掴み、背伸びすると自分の唇をセオドアの唇に押し付けた。

「あなたが好きよ。

私をおいて死んだりしないで!」

セオドアは混乱する頭で

「あ…ああ、大丈夫だ。俺を信じろ。じゃあな、行ってくるぜ!」と平静を装い、階段を降りて行った。

セオドアは

「…参ったな。一本とられたぜ」と呟き、早鐘をうつ胸を抑えつつ会場に向かった。

会場の入り口には沢山の人だかりが出来ていて、なかなか前に進めないでいると会場係とおぼしき男が選手専用通路に案内してくれた。

「ありがとう助かったよ。しかし凄い盛り上がりようだな」

その男は愛想よくセオドアに微笑みかけて

「ええ、なんせ西の海を治めるリンデンハイムの頭領グレン様と東の海を治めるサルサラーンのユーリ様との婚約祝いですからね!この婚姻がまとまればエルダ海の半分は征服したことになります。お互いの国が繁栄すること間違いなしです。この婚姻を国中の人々が喜んでいるんですよ」と言うではないか。

セオドアは自分の耳を疑った。

「サルサラーンのユーリだと?」

男はにこやかにうなずいた。

「ええ、男勝りな方だと聞いていましたがその美貌ですっかり国民の人気を集めています。この武術大会もユーリ様たっての願いで実現したとか…今日も観覧席から試合をご覧になるそうですよ」

セオドアは厳しい表情で自分の拳をギュッと握りしめた。

そのころグレンは武術大会を観戦するため、婚約者のユーリのいる船に迎えに行くところであった。

ユーリを乗せた船はいかにも女性が乗るのに相応しい華麗な細工が施されている。

どこかで香を焚いているのか白い煙が細くたなびき、やわらかいジャスミンの香りがグレンを優しい気持ちにさせていた。

「ルシン…ユーリは今日君が来ると信じているようだ。もし本当にきたらどうするつもりなのかな?」グレンはひとりそう呟くとクスリと笑った。

その時、支度を終えたユーリが数人の侍女を伴い甲板にあがってきた。

「待たせたわねグレン、さあ行きましょう」グレンはユーリの優雅なドレス姿に目を奪われた。

「ユーリ…とても美しいよ。なんだか連れて行きたく無くなってきた」ユーリは微笑んで

「なぁにそれ?」

とグレンの腕に手を回してきた。

「さ、駄々をこねないでエスコートしてちょうだい」

グレンはユーリの手の甲に口づけするとその手をとって歩きだした。

闘技場まで行くための車に乗り込んだグレンは外の風景を眺めながら懐かしい子供時代を思い出していた。

グレンの父はまだリンデンハイム商会という貿易商であったが、強力な軍事力も持ち合わせていて周辺の国々からはとても恐れられている人物であった。

その強引な商売のやり方をあてこすり、みな彼を西の海賊王だと陰で噂していた。グレンはそんな彼のひとり息子として常に側におかれ、父の生きた帝王学を直に学ぶことができた。

まずは商い、そして強力な軍隊の育て方、人の動かし方まで徹底的に教育され将来人々の上にたつ者としての器量を身につけていった。

あれはグレンが10歳の時だ。父はいつものようにグレンを連れて東の小国サルサラーンに交易にでかけた。

サルサラーンは代々女王が国を治めてきた小さな国だが、金山が幾つもあり経済は豊かであった。しかし、それゆえに敵も多く常に他国からの攻撃を防がねばならぬ宿命も負っていた。

父はサルサラーンの金を格安で手に入れるかわりに、強力な水軍を率いて他国の侵略を防ぐボディーガードのような役割を果たしていた。

子供であったグレンはまだそのような事情も分からず、ただ無邪気に遊んでいただけだった。

サルサラーンの宮殿は白く輝き広大な庭園には花が咲き乱れ、孔雀が美しく羽を広げている。

「素晴らしい国ですね」

と父にいうと

「この国はいずれおまえのものだ。よく見ておくといい」

と言われ、なんのことか分からないでいるとユーリ王女を紹介された。

ユーリは短い髪を無造作に束ね、まるで男の子のようだった。

「あんたがグレン?」

「そ、そうだけど?」

ユーリはニッコリ笑い剣を渡した。

「私に勝ったらお嫁さんになってあげる!」

「えっ?ええ〜!」

その時は冗談だろうと思っていたが実は違っていたのだ。

ユーリは真剣にグレンに向かってきた。

グレンは毎日、剣術の稽古は欠かしたことがなかったのにアッサリとユーリに負けてしまった。

「なんだ、つまんないの!やっぱり一番強い男はルシンね。私はルシンと結婚することにするわ」

その時、味わった屈辱感は今でもはっきりと覚えている。

その時、肩をトントン叩かれグレンはハッと我に返った。

「どうしたの?ずっと黙っていたけど…何か考えごとでも?」

「ああ、昔君にフラれた事を思い出してた」ユーリは

「そんなこともあったわね」と懐かしそうにしている。

グレンは楽しそうに錫杖をひとふりするとユーリの腕をとり、自分の腕に絡ませた。

「僕をフルなんて…いったいどんな男なんだろうってずっと気になってたんだ」


「彼はそんなに強いのかい?」思い出の中のルシンはユーリの母である女王をも感服させる天才剣士の凛々しい姿であった。

「ええそうね。彼の剣さばきはそりゃあ見事なものだったわ。私はなんども手合わせしたけど一回も勝てなかった…」

ユーリの目は明らかに恋をしている。

グレンはそんなユーリをじっと観察していた。

「ルシンに会いたい?」

ユーリはピクリと肩を震わせた。


「ええそうね。会いたいわ。どんな男に成長したか興味あるもの」グレンはお手上げポーズでユーリにウインクした。

「未来の夫の前でそう堂々と告白するとは!益々君が気に入ったよ」

ユーリはフフフと笑って

「あなたは?誰か気になる女性はいないの?」と聞き返した。

グレンはテレサの柔らかい金髪を思い浮かべた。

「うん…気になる娘はいるよ」


ユーリもグレンにウインクを返して

「あらあら私達って似た者同士ね」と微笑んだ。

実際、グレンとユーリは子供の頃からの付き合いでずっと身内のように接してきた。


恋人というより同士と言ったほうがピッタリくるとユーリは思っている。

「ユーリ、今日の優勝者と戦ってみるよ。君の予想通りなら優勝するのはルシンのはずだ。一度そいつと手合わせしたいとずっと思っていたんだ」

ユーリは一瞬目を見開いたがその目は爛々と輝いていた。

「グレン、死んだら嫌よ」

グレンはクククと苦笑いを浮かべた。

「言ってくれるね」

二人が観覧席に座ると試合開始をつげる銅鑼がドーンと会場に鳴り響いた。

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