水の精霊ウンディーネ後編
アルマは兵士にセオドア達を縛りあげるよう命令した。
「ルシン…何を企んでこのラグマダーンに舞い戻ってきたのだ。国王の葬儀にも顔を見せず、このように城に忍び込むとは!お前は知らぬだろうが国王はお前を勘当し、王位継承権はライラに移っておる。お前はラグマダーンにとって邪魔なだけ。ここで、妾が成敗してやる。誰か剣を!」
アルマがそう命令したにも関わらず、誰も剣を差し出す者はいなかった。
「ええい、何をしておる!」
しびれを切らしたアルマはそばにいる兵士の剣を奪い取ると、その刃をセオドアに突き付けた。
「ちょっと待て!いいだろう。殺したければ殺せよ!だがその前に一つ頼みを聞いてくれ」
セオドアはそう叫ぶとギロリとアルマの顔を睨み付けた。
「ホホホ怖じけづいたかルシン!いいだろう。冥土の土産にその願いとやら話してみよ」リンは固唾をのんで事態を見守っていた。
テレサにいたっては真っ青な顔でガタガタ震えている。
リンはテレサに囁いた。
「テレサ、心配いらないよ。いざとなれば僕が助けるから…今はちょっと様子を見よう」
テレサはリンの言葉で身体の震えが止まったのを感じた。
「して、その願いとやらはなんじゃ?」
「俺達をウンディーネの泉に連れていってくれ」
アルマは眉根を寄せた。
「ウンディーネの泉とな、一体なにようじゃ?」
セオドアは隣のリンに視線を投げ掛けた。
「こいつはリンという精霊使いだ。こいつにウンディーネと話をしてもらいたい」
アルマは驚いた表情でリンをマジマジと眺めた。
「この薄汚い少年が!?」
「薄汚いは余計よ!おばさん、リンは凄い精霊使いなのよ。ラグマダーンになんで水がなくなったのか聞いてもらいなさいよ」
セオドアはアチャ〜!と絶句している。
それを聞いてアルマの顔色が変わった。
「それは国家機密のはず!誰から聞いた!?」
その時、ランドンが姿を現した。
「わたくしですアルマ様」
「ランドン、お前か!この裏切り者め」
アルマは唇を噛み締めた。
ランドンは王が亡くなってからというものアルマの影になり日向になりずっと支えてくれていた信用のおける家臣であった。
「アルマ様、あなた様はこれまでラグマダーンを守る為に必死で頑張ってこられた。それはこのランドンお側にいて一番わかっているつもりでございます。ですが…ライラ様を犠牲にするには偲びない。どうかこの方達のお力を借りようではありませんか!」
ライラはグッと言葉につまりフゥとため息を漏らした。
「わかった…いいだろう。リンとやら、セオドアの言うことが本当であればウンディーネと会話できるはず!もし出来なければセオドアは嘘をついたことになるな。その時はそなた達の命はないと思え、よいな!」
リンは不敵に微笑んだ。
「わかりました。ですがこちらからもお願いがあります。もし、ウンディーネと話をして水不足の問題が解消されたらセオドアさんがラグマダーンの王位を継ぐことを許して欲しいのです」
「なんだと!?」
「水不足はラグマダーンにとっては死活問題でしょう?解消されなければ隣国の属国となりずっと囚われの身ですよ。それくらいの代償は頂きます。どうしますか?」
アルマはランドンの方を見た。
ランドンはゆっくりと深くうなずいている。
「…よいだろう。水がなければラグマダーンは死んだも同然だ。だが、もし上手くいかなければその時はラシードの生け贄になって貰う」
セオドアはその言葉にハッとした。
「お前か!?ラシードを怒らせた偽物精霊使いは!」
アルマは冷たい表情のまま
「妾は精霊使いなどと言った覚えはないぞ」
「お前のせいでリンは…リンは…」
リンはセオドアを制して
「いいんですよ。もう済んだ事ですよ。それより早く行きましょう。ライラさんが待ってますよ」
アルマは冷たい表情のまま
「妾は精霊使いなどと言った覚えはないぞ」
「お前のせいでリンは…リンは…」
リンはセオドアを制して
「いいんです。もう済んだ事ですよ。それより早く行きましょう。ライラさんが待ってます」と促した。
アルマを先頭に一行はウンディーネの泉に向かって歩きだしたのだった。
ウンディーネの泉のほとりには白いドレスを纏っているライラが立っていた。
「ライラ!」
「兄様!それにお継母様…」
アルマはライラに近づいた。
「ライラ…この人は兄様ではありませんよ。国を棄てて勝手に出て行った人にその資格はありません」
ライラは哀しげに首をうなだれた。
「そう言うのはまだ早いでしょう?約束を忘れたわけではありませんよね?」
ライラは目を布で覆い、左腕のないリンの姿に驚きの表情を浮かべた。
「あなたがリンさん?」
リンはその場にひざまづいた。
「はい、あなたがライラ様ですね。精霊使いのリン・ラディックです」
ライラはなぜかリンに懐かしいような不思議な感覚をおぼえた。
「さあ、皆さん後ろに下がっていてください。ウンディーネを呼び出します」
リンは泉の水を右手で掬い上げた。
指の間から水がキラキラと反射しながらこぼれ落ちている。
「出でよ!水の精霊ウンディーネ!」
リンがそう叫ぶと泉の表面が波打ち、金色に輝いて美しい女神が姿を現した。
女神は辺りを見回し、リンに声をかけた。
「私を呼んだのはあんたなの?」
「そうです。聞きたい事があったものですから」
ウンディーネはめんどくさそうな様子でリンに言った。
「何よ?私忙しいの、早くしてくれる?」
「ウンディーネ、このラグマダーンはあなたのすみかだ!なのになぜ水の恩恵が少ないのですか?以前は豊富にあった水が渇れてきた原因を教えて下さい!」
ウンディーネは不機嫌そうに腕組みしてアルマに視線を投げた。
「どうして…ですって?そんなの私に聞くまでもないわ。王が契約を破ったからよ!」
セオドアは身を乗り出した。
「契約?そんな話聞いたことないぞ」
リンはウンディーネに尋ねた。
「その契約とはどんな内容ですか?」
ウンディーネはフン!とそっぽをむいて答えた。
「私と王は結婚していたのよ。それなのに二人も側室を迎えて私をないがしろにしたわ!私がここに寄り付かなくなったって責められる覚えはないわよ!」
「え?ええ〜!?」
これには一同皆驚愕して騒然となった。
ただひとりアルマを除いて…
「アルマさん、一体どういうことなのか説明してください」
リンの問いかけにアルマは重い口を開いた。
「ルシン解らないの?あんたの母も側室だってことよ。立場は私と同じだったの。ラグマダーンの王は代々独身だったはずよ。なぜだかわかる?皆、ウンディーネと婚姻を結びその恩恵を受けてきたからよ。だから国王はいつも見目麗しい美男が養子としてラグマダーンにきたわけ」
セオドアは呟いた
「ところが父上は違った…」
アルマはうなずいた。
ウンディーネは冷たい目で皆を見下ろした。
「これでわかったでしょ?先に裏切ったのはそっちよ!私を責めないでちょうだい」
なるほど…そういう訳か。
リンは何か思いついたらしく、近くの兵士にセオドアを泉の淵まで連れてくるよう指示した。
「ウンディーネ、王が亡くなった今あなたに伴侶はいないはず。ここにいるセオドア…じゃなくてルシンを夫に迎えては貰えませんか?」
「なんだと?この男を私の夫に…とな?」
リンはうなずいた。
思ってもみない展開にセオドアは口をあんぐりと開け、リンを凝視している。
その言葉に衝撃を受けている人物が他にもいた。
セオドアが…セオドアが結婚?
どうしたのかしら?なんでこんなに胸が痛いの?
テレサは自分の胸に手を当て痛みの正体を探っていた。
「ホホホ面白いことをいう子だねぇ」
ウンディーネはセオドアをマジマジと見つめた。
「フン、なかなかの美男子だこと。だが私は美しいだけの男では物足りぬ。私よりも強い男でなくては!そなた私と剣を合わせてみよ。もしそなたが勝てばお前の嫁になってやる」
セオドアは暫し言葉に詰まった。
「どうしたのじゃ?自信がないのか?」
「な、なんだと?いいだろう受けて立つぞ!その代わり俺が勝って妻になったあかつきには素直に俺の言うことを聞け!」
ウンディーネは不敵に笑いその手に剣を握りしめた。
「そんなセリフは勝ってから言うがいい」
セオドアはそっと泉に足を置いた。水面は氷のように硬くなりウンディーネの前まで歩いて行くことが出来た。二人は向き合い剣を合わせた。
「さあ、いくぜ!ウオオオォ!」
ウンディーネはひらりと剣先をかわすと、セオドアの背後に回り斬りかかってきた。
セオドアはウンディーネの剣を上手くうけてギリギリと2つの刃が音を立てている。
「なかなかやるなルシン!だがまだまだ甘い」
ウンディーネはぐるりと手首を回してセオドアの剣を撥ね飛ばした。
「クッ!」
セオドアはその場に片膝をついた。
「ホホホ私の勝ちじゃな!」
リンは唇を噛み締めた。
「俺の敗けだ!あんた凄い腕だな」
セオドアは素直に敗けを認めた。
「今日のところは…な。だがおまえはまだまだ強くなれる。私はおまえが気にいった!妻になってやっても良いぞ」
セオドアはハッと顔をあげた。
「えっ?本気か?」
ウンディーネはさっきとはうって変わり優しい微笑みを浮かべた。
「もちろん本気じゃ。だがそれには条件がある」
「条件?」
「私はさっきも言ったが強い男がすきなのだ。もう少し修行してくるがいい。強くなって帰ってくるまで私は待つことにしよう」
リンはすかさず質問した。
「ウンディーネよ、ではラグマダーンはもう水不足に悩まされることはありませんね」
「ああ、ルシンが他の女にうつつをぬかすようなことがなければな」
テレサはその言葉を聞き、なぜだか一筋涙が流れた。
私…私一体どうしちゃったの?テレサは自分の心の動揺を見透かされないようグイと涙をぬぐい去った。




