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水の精霊ウンディーネ前編

秘密の通路はずいぶん長い間閉じられたままだったらしく、中に足を踏み入れた途端カビの匂いがツンと鼻腔を刺激した。

セオドアは昔、この通路を抜けてラグマダーンを旅立った日の事を思い出していた。

あの日…俺はこのラグマダーンを棄てた。

アルマに夢中になり、母を苦しめた父上に絶望し、家出同然にこの国から脱け出した。独り残されたライラはどんなに辛かったろう…。あの頃の俺は本当に子供だった。

周りを思いやる余裕もなく、ただ自分の感情に振り回されているだけだった。

さぞ恨んでいるだろうな…勝手なこの兄を。ライラすまない!

セオドアが昔を思いだしながら歩いているうちに、曲がりくねった通路の先から微かな灯りが漏れてきた。


ランドンは振り返り、セオドアにささやいた。

「ルシン様、地下牢の番人は私がひきつけておきます。その隙にウンディーネの祭壇に向かってください。ライラ様はそこにいるはずです」

セオドアはうなずいた。

ランドンは一足先に秘密の通路を脱け出し、そうっと番人の背後に回った。

「ご苦労!どうだ囚人達はおとなしくしているか?」

番人達はフイをつかれて畏まった。

「こ、これはランドン様。はい皆暴れることもなく静かにしていますよ」

ランドンは満足そうにうなずきながら、囚人達と会話を続け彼らの注意をひきつけた。

その隙にセオドアは地下牢を脱け出し、ウンディーネの泉に向かってそっと移動を始めたのだった。

「やはり屋根伝いに移動した方が安全だな…」

セオドアはそうつぶやくと素早く抜け道を使って屋根に登って行った。


ラグマダーンの美しい街並みを見てセオドアの胸に熱いものがこみあげてきた。

「俺はこのラグマダーンを護るだけの力を得るためにこの国を出たが…それが正しいことだったのか、それとも間違いだったのか?それを決めるのは俺自身だ!」

セオドアは自分の心ともう一度向き合い、覚悟を決めるとウンディーネの泉がある棟の入り口そばの椰子の木陰に身を潜めた。

入り口には二人の巫女が武装して見張りに立っていた。

セオドアはあっという間に巫女達に当て身を食らわせ、スルリと中に入って行った。

祭壇の前には水の精霊ウンディーネの像がひっそりと置かれ、後ろに広がる澄んだ泉にその影を落とし、まるでそこにウンディーネがいるような神秘的な雰囲気を醸し出している。

セオドアは泉をのぞき込んでいる金髪の美しい乙女を見つけた。

「ライラ…」


セオドアが思わず声をあげると、その乙女はビクッと顔を上げ声を漏らした。

「ル…ルシン兄様!?」

セオドアは驚くライラを力強く抱きしめた。

「ライラ…ライラすまなかった。ずっと独りで辛い想いをさせてしまった」

「兄様…帰ってきて下さったのね!わたくし毎日ウンディーネに祈りを捧げていました。1日も早く兄様がお帰りになってこの国を治めて下さるように…と」

セオドアは腕を緩め、ライラの顔をじっと見詰めた。

「しばらく見ないうちに母上そっくりに美しく成長したな…ライラ、ザハト王に嫁ぐと聞いたが…本当か?」

ライラは顔を背けた。

「…本当ですわ」


「アルマの企みだな!お前と引き換えに水をよこせとザハトに掛け合ったか…おのれ、赦さん!あの女キツネめ」

セオドアは顔を真っ赤にして怒りを顕にしたが、ライラはブンブンと首を横に振った。

「いいえ、兄様!嫁ぐのは私の意思ですわ」

セオドアは眉を寄せた。

「なんだと!?お前の意思だというのか?」ライラはコクリとうなずいた。

「隣国と手を組めば水の心配は要らなくなります。それは私の望むところでもあるのですよ。私…役にたちたいんです。このラグマダーンを何より愛しています。その為なら私なんでもやりますわ」

セオドアはこの勇気ある妹を誇りに思うと同時に憐れに思った。

恋も知らぬまま60歳の男に嫁ぐなど…

他に何か方法はないものか?

「ラグマダーンは水の精霊ウンディーネの住処だというのに…ウンディーネはこのオアシスを見捨てたのでしょうか?ウンディーネに一体なぜこんなことになったのか聞いてみたい」

ライラのその言葉にセオドアはハッとした。

「ライラ…では聞いてみるとしようウンディーネに」

ライラはセオドアの言葉にキョトンとしている。

「兄様、一体何をお考えですか?」

セオドアはニヤリと微笑んだ。


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