契約の刻印
ラシードは口から血を滴らせ、ぐったりしているリンの姿をじっと見下ろした。
「大した坊主だ。どうやら本気で生け贄になるつもりらしい」
ラシードはリンの両腕に食い込んだ爪をそっと引き抜いた。
「お前が気に入ったぞ小さな精霊使いよ!砂の精霊ラシードはお前を1の主人と認めよう。助けが欲しくば、いつでも駆けつけよう。その証としてお前の身体に刻印をのこす」ラシードは翼から一枚羽を抜き取りリンの胸の上に置いた。するとそれはそのままリンの体に吸い込まれてゆき、胸には翼を型どった紋様が浮かびあがった。
ラシードはひきちぎられた片腕の傷口を優しく舐めた。
すると傷口は綺麗にふさがり出血は止まった。
ラシードはリンの頬をペロリとひと舐めすると、その大きな翼をバサリと開いて、神殿の奥に戻っていった。
「リン!リン!しっかりしろ…おい、死んじまったのかよ?リン…リーン!」
ロイはリンの体を揺すぶってオイオイ泣き出してしまった。
「オイ!どけよオッサン」
セオドアは泣きじゃくるロイを突き飛ばし、リンの胸に耳を当てた。
「…大丈夫だ。気を失ってるだけだよ。とりあえずラシードの許しは出たんだ。今夜はゆっくり休ませてやろう」
その時、小さな穴の中からテレサの助けを呼ぶ声が聞こえてきた。
「ちょっと!早くここから出して〜!」
セオドアは穴をのぞき込み、テレサの腕を引っ張りあげた。
「イタタタ!そっと持ち上げてよ。擦り傷だらけになっちゃう」
セオドアは呆れた声で
「まったくワガママな姫さんだぜ!」
とぼやいた。
それを見ていたロイも
「そうそう、そっとね!そうっと持ち上げて。商品に傷がついたら大変だ」とオタオタしている。
やっと穴から這い出てきたテレサはリンのそばに駆け寄った。
「リン…リン!なんでこんなことに…。しっかりして!」
その時、リンの唇が微かに動いた。
「えっ?なんて言ったの?だ…い…じょ…うぶ?バカね!大丈夫なわけないでしょう」
テレサの頬は涙で濡れた。
セオドアはテレサの肩をポンポン叩き
「リンは凄いヤツだぜ!俺たちの命と引き換えに自分の命を差し出したんだ。その姿を見て砂の精霊ラシードはリンを1番の主と認めたのさ。大したヤツだぜコイツ」
テレサはリンの頬にキスして誓った。
「リン…私もあなたの為だったら命を差し出すわ。この命はあなたに貰ったものですもね」
ロイはいつの間に集めたのか、枯れ枝に火を点けてリンを近くに運ぶようセオドアに声をかけた。
「今晩はゆっくり寝かせてやろう。さあ、この毛布でリンをくるんでやってくれ」
セオドアはリンを毛布で包みながら、ラシードに喰われた傷口を確かめた。
「完全に塞がってる…精霊のヤツ、こんなこと出来るなら腕も返してやってくれよ!」
ロイはため息をつきながら
「喰ったもんは戻しようもなかろう」と力なくつぶやいた。
「この紋様は何かしら?」
テレサがセオドアに聞いた。
「なんでもラシードが主人と認めた印らしいぜ」
テレサはその胸の紋様をそっと撫でた。
リンは夢を見ていた。生き別れた母のローザンヌがどこか立派なお屋敷で、豪華なドレスを着て窓際で寂しそうな顔をして庭を見ている。
リンはその顔を見て不安になり、母のもとに駆けて行った。
すると、仕立ての良いスーツを着込み貴族の持つ錫杖をつきながらローザンヌに近づいて行く男の子が見えた。
その子はローザンヌの膝に頭をのせ甘えている。
ローザンヌはその男の子の頭を優しく撫でてやっていた。
母さん…その子は誰?そこはどこなの?
「母さん!」
リンはそう叫ぶとガバッと飛び起きた。
「リン!気が付いたのね。良かった、良かったわ」
テレサはリンを抱き締めた。
母さんと同じいい香りだな…
リンはまだボウッとする頭でテレサに体を預けていた。
「オッ!リン、目が覚めたか。気分はどうだ?」
「セオドアさん…僕、助かったんですね」
セオドアはリンに頭を下げた。
「リン…すまねぇ、俺達のためにそんな姿になっちまって…」
ロイも気が付いてそっと成り行きを窺っていたがリンの右手をとり、左腕のところにその手を持っていった。
そこにはあるはずの左腕はなく、ただ塞がったばかりの傷口が触るのみだった。
リンはショックを受けていたが、それも一瞬の事で仲間が無事だったことのほうが数倍嬉しかった。
「僕は大丈夫です。痛みもほとんどありませんよ。それより良かった!みんな無事で安心しました」「リン、もう1日休んでいくか?」
セオドアが心配そうにリンの顔をのぞきこんだ。
「いえ、出発しましょう。僕は大丈夫です」
ロイは嬉しそうに微笑み出立の支度を整えるよう、みんなに言い渡した。
砂漠は朝日に照らされオレンジ色に輝いていた。




