第一話
【千夜】
雨が降ってきた時に思った。
空が灰色だって。
水に色なんて付いていないのに、降ってくる雨粒は瞳に映る。
雨傘はカラフルだし、空には鳥だって飛んでる。
地平はビルに覆われてデコボコだ。
何が言いたいかって?
これが世界なんだよ。ボクの世界。
ボクの生まれた世界で、ボクが手に入れるセカイ。[23:02]
【牧田紗矢乃】
そんな世界に飽きたから、ボクはちょっと活動を開始してみようと思うんだ。
手始めにお気に入りの道具を詰めたカバン。これがなくちゃ始まらない。あとは……いいか。必要なものができたらおいおい手に入れていこう。[23:11]
【カレーライス野郎】
カバンの中身を調べる。
ランプ、ナイフが入っていた。それを見ると途端に懐かしさが込み上げてくる。
〈父さんがくれた熱い想い、母さんがくれたあのまなざし〉*1
今は亡き2人がくれたものを、僕は持っている。与えられている。恵まれている。
そうして僕は生きている。
さぁ……始めよう。僕だけの冒険を。[23:23]*1「君をのせて 作詞・宮崎駿」
【柊】
この美しい世界を手に入れるための冒険だ、大切な両親を失ってそれでもこの世界は輝かしいと知ったから。[23:28]
【牧田紗矢乃】
「ねえ、どこへ行くつもり!?」
僕の行く手を阻んだのは幼なじみのセイラだった。
「ん、ちょっとそこまで」
適当にお茶を濁して歩きだそうとすると、セイラも隣をついてくる。[23:36]
【焼きなすび(ハイト)】
「『そこまで』ってどうせまた街の外に出るつもりでしょ?
そんな軽装じゃすぐくたばるわよ」
語気は強い——だけど心配そうな声音で彼女は言う。
だが、今回は失敗した前の僕とは違のだ。
「大丈夫、あてはちゃんとあるから」
ちゃんと計画も準備もしている。確認を何回もして、抜かりはないはずだ。[23:56]
【千夜】
父さんと母さんが死んでから、セイラは心配性になった。
僕の活動を監視するように後をついてくる。
僕が両親の後を追うとでも思っているのだろうか。僕は、両親の出来なかったことを成し遂げようとしているだけなのに。
「大丈夫だよ」
もう一度言って、僕はセイラに笑いかけた。[0:16]
【唯道もろこし】
今僕とセイラがいるこの場所は、隕石都市。元々は東京と呼ばれていた場所だ。隕石の落下で当時世界有数の大都市だった東京はクレーターと化した。
しかし人々はそのクレーターの中に街を再建した。
海外では、クレータータウン、と呼ばれているらしい。[1:06]
【能登川メイ】
なんとなく目についた石ころを拾い上げ、軽く撫でてみる。
一つの面がひび割れるように広がり、小さな命としての正体が明かされる。
警戒するでもなくてのひらに横たわる石鼠も、この世界で懸命に生きる命。
環境が変われば、そこに住まう者の在り方も変わるのだ。[1:18]
【沙流】
さぁ、ここから僕の冒険は始まる。
父さんも母さんも成し得たことのない、文字通り「僕だけの」冒険が。
手始めにどこへ行ってみようか。当てはあると言ってはみたが、実のところそんなものは全然ない。持っている石鼠をそっと置いて動き出した方向に進んでみようと思ってはや2時間。こいつ動かねぇ。[7:55]
【千夜】
「ねえ、やっぱり一度うちに帰りましょう」
セイラがことさら優しい声で僕に語りかけてきた。
「大丈夫だって。沈む船から鼠は逃げ出す。僕はまだ、大丈夫なんだよ」
そう言って石鼠からセイラに目線を移してからハッと気付いた。
セイラの白い肌がジリジリと焼けて、赤みと熱を訴えている。[8:43]
【銀髪ほのか】
僕は慌ててセイラへと駆け寄る。彼女は「日焼けした」と、苦しそうに笑っていた。
このままではセイラの体力が尽きてしまう。どうしよう……
「どうしましたか?」
僕が慌てていると、突然声をかけてくる者がいた。
腰まで伸びた金髪。
目鼻立ちの整った、不思議な雰囲気の小さな子供だった──[9:33]
【牧田紗矢乃】
「石鼠が動かなくてさ」
僕が言うと、その子はきょとんとして僕と石鼠を交互に見る。
「ニャー」
子供が猫の鳴き真似をすると、今までびくともしなかった石鼠が閃光のような速さで逃げ出した。
まずい。あまりの速さで見失った。[9:54]
【沙流】
僕の冒険はここで終わった……というにもいかない。冒険は前途多難なものだと自分に言い聞かせてその子を見る。
ニッと笑い「ね?これで動いたでしょ?」と言って去っていったその子を見送り、セイラと家に帰る。
「心配しないで。僕だってやれば出来るもの」
「始めから躓いてるのに?」
「うっ……」[10:22]
【銀髪ほのか】
セイラに痛いところを突かれ、僕は言葉を失う。
「しょ、しょあがないじゃん!」
「……ねえ、これからどうするの?」
僕の言い訳を無視し、セイラは溜め息をつきながら相談を始めた。
「ど、どうするって言ったって……って……あーー!」
セイラの後ろにある窓。そこには見失った筈の石鼠がいた。[10:34]
【唯道もろこし】
「あら?さっきの石鼠……?いや、違うみたい……」
ほら、とセイラはある一点を指差す。石鼠の甲羅。そこには『02.リ』という文字。
「リ……?何だろうこれ」
「多分だけど、これ、理化学コンツェルンの略じゃないかな」
「理化学……?『外の世界』で研究してるってアレ?」[11:09]
【炭水化け物】
外の世界……セフィロートと呼ばれる高次元領域とやらに作られた世界のことだ。
そこにいるのは嘗て『こちら側』にいた生命体。僕たちと何ら変わりない人間だ。
彼らは千年前のディメンション・オーバーフローで高次元領域へと至った。そして今も更なる高みを目指している。[11:39]
【牧田紗矢乃】
とかいう噂を聞いたけど。僕の頭ではちんぷんかんぷんだ。
とりあえず窓を開けて石鼠を捕まえると、ひっくり返してテーブルに置く。ジタバタしているのを眺めながらコーヒーを飲むのもこれまた良いものだ。[12:08]
【銀髪ほのか】
「よくわからないけど、僕らの石鼠じゃないって事?」
セイラに質問する。
「うん」
「じゃあこれは誰のだろう?……うっ!」
石鼠をつついた瞬間、この鼠は円らな瞳で僕を見つめてきた。もちろん石だから気のせいなんだろうけど……それでもそんな風に思ってしまう程に小動物感を出してきている。[12:20]
【能登川メイ】
だがこうしてばかりもいられない。
一口啜り呼吸を整える。
彼女の症状は、旅立ちの前のちょっとした試練で終わらせなければ。
コーヒーを飲み干し石鼠をポケットにしまい、彼女を背負い家を出る。
餅は餅屋。
状況はしかるべき職業の方が診れば改善できるはずだ。
「じたばたしないのが得策だよな」[12:27]
【千夜】
僕はセイラをクレータータウンでも寂れた病院に連れてきた。馴染んだ病院と言ったほうがいいか。
日焼けは火傷だ。
じいちゃん医師は看護師に薬と包帯を巻くように指示を出していた。
さあ。セイラには悪いけど、僕は今のうちに行かないと。
ポケットの石鼠がクウと鳴いた。[13:00]