没ネタ 転生したら人間になりたい、ウサギの話
一面の緑でできた世界だった。森というには異常とも呼べるほどに発達した草木は通常のものよりも大きく、太く、逞しく、独特な緑の匂いを放つ。
長い年月をかけて出来上がった大自然という名に相応しい樹海。もし人が何の準備もせずに一度入ってしまえばまず助からないだろう。自然に迷わせて、野生に殺される。
大自然を舐めていけない。豊かで綺麗で空気が澄んでいて、清涼で神聖で美しいものと言葉で片づけていけない。
それは表面的な、都会育ちの知らぬ人が見た心地よい刺激からきた感想でしかない。これらが作り生み出されたのはより多くの自然環境の当たり前のように存在する生存戦争と進化の繰り返しよってできたもの。
植物は育てば虫が食う、虫が育てば獣が食う、獣が育てばまた強き獣が食う。そして死骸が生まれる。その死骸を糧に植物が育つ。だが、それだけでは終わらない。
食われないように変化を遂げ、生きるために新たな力を身につけ、抗うために成長を繰り返して長い歳月をかけてようやく出来上がったもの。
弱肉強食にして食物連鎖の競争によって自然淘汰されて創り出された今というと形。
美しさに目を奪われてしまうことに罪はないが、無防備な無知でいてはならない。この世界に踏み入れる以上無知でいることは弱者とされ、簡単に喰われてしまう。
そして弱肉強食の生存戦争の厳しい過酷な環境を統べる怪物はもちろん存在する。
獣ではなく、怪物。
その獣の枠を超えた巨大な怪物達をダイナーと呼ばれた。
樹海に小さな足音が響いた。
そこは広いスペースだった。樹海と聞くと密接した木々が生い茂るものだと想像するかもしれないが、だが違う。巨大な怪物達が生息するこの樹海はある程度の広さがあり、モンスターに合わせるかのようにまた一つ一つの木々も太く逞しいものである。
生息する怪物達が踏み鳴らし、暴れ、戦い、喰らい合う過酷な環境ではそれ見合うだけの広さと大きさが自然と出来上がる。
そしてその小さな足音と共に姿を現したのはこの樹海に生息しているダイナーの一体。
現れたダイナー、それは全長を三メートルは超えたもの。鳥のような爬虫類のような面影をみせるそれ、住まう樹海の迷彩として発達された緑色の肉体。敵を切り裂く鋭利な爪と肉を食らう発達した牙。両脚は肘から脛、足先にかけて見た目は細くとも発達した太ももからして強靭な脚力から連なる素早さを連想させる。
名をカリバシュ。別名を『緑の盗賊』と呼ばれている。
が、様子はおかしかった。
普通の生態ならば今の紹介でよかったが、今この場に現れたカリバシュは満身創痍の生き絶え絶え、瀕死の状態だった。
肉体には幾つもの出来たばかり生傷を存在して、迷彩となる緑に肉体に赤が零れている。生唾も垂れ流し、目も焦点が合っていないかのようにまばらな瞳。
一目で一戦を交えてきて、弱っている状態だということが分かる。
五体無事ならば足音を完全に消し、息を潜めて樹海の奥深くまで逃げていくのに。今はそれができない。
そもそもカリバシュは普段なら用心深く堂々と表に顔を出すことはない。常に身を隠して、他の生物の住処にしている場所を見つけては主がいない間に住処を襲い、卵や子、蓄えをすくねる姑息なダイナーだ。
だが、その日は違った。普段ならいつも通り、狙っていた怪鳥の巣から卵をくすねて、食しているはずだった。けれど、そうはならなかった。なぜなら今日に限ってはそいつらと居合わせてしまったからだ。
人間とウサギ、一人と一匹だ。
俗にいう狩猟人と助獣と言われる奴らだ。
カリバシュを始めとする、ダイナーを狩ることができる存在。今日は奴らが阻んできた。
カリバシュは狩猟人の存在について知らない。いや、人間は知っている。何度か襲ったことがある。この樹海に迷い込んできた哀れで弱いちっぽけな存在。わざわざ隠れずとも真正面から襲っても何の問題もない。むしろ今まで襲った中で一番容易い存在だ。
出会った時はさほど危険だと思わなかった。むしろ、今晩のご馳走が増えると喜んだくらいだった。
その存在は武器を持っていた。気にせず、なんの問題はないと思った。
人間自体も初めて見たが、同時に武器の存在も初めて見たのだが、カリバシュにとっては自身の爪や牙、あるいは他の自分よりも強いダイナーの存在よりも脅威には見えなかった。
あの程度の爪なのか、牙なのか、よく分からないものが自身の肉体に傷をつけることなんてできるものか、と内心では鼻で笑っていた。
完全に下に見ていた。取るに足らない、存在だと。けれど野生として生きていた怪物の一匹が故に警戒なかったわけではなかった。油断はあったが警戒心自体が消えたわけではない。
弱肉強食の食物連鎖のみが絶対の過酷な世界に生きる住人として、容赦なくく―――
―――一筋の風が緑の皮膚を斬った。
遅れてやってきた痛覚。痛いという感覚。ギェエエ、と驚きの甲高い声が響いた。
なんだ、なんだ、何が起こった!? 今何をされた?
遅まきに攻撃されたことを理解した。人間とウサギが、自身よりも劣る餌でしかない存在が歯向かってきたのだ。警戒心が、敵意が、殺意が一段と跳ね上がる。
そこからは本能の戦いだ。飛びかかり、自慢の爪と牙を振るい引き裂いてやろうした。ちっぽけな存在を踏みつぶし、蹴散らして暴れ回る。それだけで重量の違いで簡単に殺すことができる。
難しいことではない、食事前の軽い運動で終わる。すぐに終わる。秒で終わる。
そう思っていた。
だが、その考えはあっさりと裏切られた。狩猟人の攻撃をギリギリで回避して剣で攻撃し、避けきれない攻撃には左に携えた盾で防ぐ。危なげながらも致命的なものは受けずにいる。あまつさえ刃を通そうとしてくるのだ。
なんとうざったらい。姑息な人間が! さっさと食い殺されろ!
いや、問題なのは人間じゃない。ヤツだ。ヤツの方だ、あの、ウサギの方だ!
ダイナーよりも小さな存在で弱き者である人間、それよりもはるかに小さく惰弱で喰われるしかない存在。
餌だ。獲物だ。ご馳走だ! 量に関しては見た目通りで少なくて、丸呑みが出来てしまうほどしかないが、肉は柔らかくて、血は甘い。美味い肉だ。
その美味いご馳走であるはずのちっぽけな存在が刃を向けてきたのだ。
しかも一度や二度のまぐれ当たりじゃなくて、何度も何度も自身の肉体は斬って裂いてを繰り返してきた。応戦しようと、自慢の爪を、牙を向けたがヤツの身体には何一つとして当たらない。
避けては切りかかり、引けば斬りかかり、逃げれば裂かれる。攻勢に転じても無駄だ、行動の一つ一つ全てが読まれたように巧みに躱されて、一方的に打たれ続ける。
知らない、こんなヤツ知らない。こんな強いウサギなんて知らない!!
人間よりも脅威だった。いや、これまで遭遇してきたどんなダイナーよりも恐怖を覚えた。小さくて軽くて、防具を纏っているがそれでも一撃入れただけですぐに死んでしまうような存在なのに、なんだ、この強さは!?
攻防の最中、一瞬、カリバシュはウサギの瞳が目に映った。真っ赤な血に染まったような色をしたそれ強いものを感じられた。
あの目を自分は知っている。
潜んでは相手の動向を探りながら隙を伺う自分。『緑の盗人』と敬称を持つ自分は元々こうやって正々堂々と真正面から戦わない。ひたすら息を潜めて時を待つ。
けれど、その最中に自分とは違う、ダイナーとの真正面から喰らい合う場面に出くわすこともある。
その時をよく見る目。自分よりも強いヤツの目だ。
狩る者の目だ。お前を狩る、そして必ず喰らうという覚悟をした凄惨な目。強者の目だ。
アレが自分に向けられている。
ちっぽけな弱い存在に、だ!!
カリバシュはダイナーの中で自分が弱い存在であることは自覚していた。だが、その分知能はあると思っていた。まともに戦わずともこの過酷な世界でも生きている抜け道を知っている自分に死角はない。
弱きヤツのみを食い殺して、強いヤツは出し抜く。それが賢い生き方だ。
だから、………こんなことはおかしいだろう!!
奇声としか思えない雄叫びを上げる。それは威嚇なのか、喝なのか、それとも自身に抱いたありえない感情を隠すためだったのか。
一体、と一人と一匹の戦いは続き、そしてやがて追い詰められて逃げてきたのだ。
肉体のダメージと心の傷どちらが大きかったというと、心の傷が勝った。餌だと思っていたものが逆に自分が喰らおうとしてきて、この体たらく。ショックはデカい。
だが、傷が癒えてしまえば心の傷もなくなる。なに~、アレは調子が悪かった。ただのまぐれだ。気にする必要はない。鳥に近い種のために三歩歩けば忘れるのと同じ理屈。
お気楽で楽観的と思えるかもしれんが、生存戦争が厳しいこの環境ではポジティブ思考が重要でもあるのだ。
最も傷が癒えれば、の話だ。
「ウ~サ~ギ~、追いし~♪ か~り~びと♪ ご~う~ま~、猟し~♪、か~りびと~♪」
歌が聞こえる。
その歌が獣を狩る狩人と、ダイナーを狩る狩猟人の違いを表す、その歌を。
ダイナーであるカリバシュは歌を知らない。だから反応したのはその声だ。
振り返る。
奴だ、奴がきた! 白いちっぽけな奴が!
真っ白な小さな体躯をした彼の身には軽装の防具を纏う。一目で防御自体最低限、あまり期待できないが、本来なら持ち味である素早さを殺さないためのもの。背負っている得物は自身の二倍ほど大きさをした剣斧。だが、それもウサギだから表現できること。実際人間サイズで言わせれば大きめ鉈のそれだ。
ウサギは歌をやめ、得物を握り締める。
来ると分かり、カリバシュは疲労も吹っ飛んで威嚇する。が、怯えが混じったもの。気迫はなく、身震いする恐怖を与えない。
ウサギは疾駆する。刃を抜き、カリバシュへと斬りかかる。
飛んで避けようとし―――その動きはまるで知っていたかのようにあっさりと読まれて、胴体に直撃する。本来なら柔らかそうにみえて硬い緑の皮膚はそう簡単に刃を通さない。だが、これまでの蓄積されたダメージによってだいぶ弱っている。刃は通る。
牙でも爪でもない、鍛えられた鋼の硬さがダイナーの皮膚を傷つける。
悲鳴を上げるが、その痛みによって実感し、弱気だった自らの心を奮い立たせた。傷を負わせられた怒りからか、逃げても追ってこられることを悟ったからか。ここでコイツを仕留めなければ自分はどちらにしろ狩られる。
狩る側と狩られる側。それがどういうことを意味しているのかよく理解している。自覚している。
喰らいつくしてやろう、切り裂いてやろう、鋭利な牙と爪を持つ強靭で巨大なダイナーと鍛えた自身よりも大きな剣斧を持つちっぽけで弱いウサギの戦い。
そして、それはウサギに軍配が上がった。
首元への一撃。それが決めてだった。これまでの傷とは違う、吹き出した鮮血の激しさは比ではなかった。
大地へと沈むカリバシュはそのまま眼を覚ますことはなかった。
狩猟人の手助けをする獣こと助獣であるウサギのタタラは倒れ伏せたカリバシュを眺め、狩りおうしたと悟ると空を見上げた。大樹の数々によって青空は隠され、日差しの通りはあまりよくない。
別に特別空を見たかったわけじゃない。いつも戦いが終われば一度空を見上げるようにしている。なぜそうするのかと問われればただ憧れの真似であり、その意味自体を探している。
子供の頃、まだ今みたく戦えたでもわけもない弱い存在でしかなかったタタラはダイナーに襲われて死にかけた。その時助けてくれた狩猟人がいた。
その狩猟人はダイナーを狩った後、今のタタラみたく空を見上げていた。まるでそこに何かがあって、それを確かめているかのように見上げては納得したような顔をしていた。
恩人であり、助獣として道を進もうとしたきっかけになった狩猟人。
彼はあの時なぜ空を見上げていたのかタタラに分からない。ひょっとするとただ単純にダイナーを狩ったことに満足して天を仰いだだけなのかもしれない。
タタラは感傷に浸っていると、タタラがやってきた方向からだいぶ遅れて少女が一人やってくる。彼女はタタラの存在が目に入ると声を上げてこちらへと向かってくる。
「あ~、いたいた。ちょっともう、勝手に行かないでよ。ってか、もう狩り終わっている!? タタラ君一人で!? 助獣一匹で!? 私の存在意義は!?」
やってきたパートナーである彼女、新人狩猟人である、ボタンは文句を垂れて、すぐに驚き、そして自身の存在意義について騒がしくも問うてくる。
タタラはそれについては深く突っ込まずにただ一言告げる。
「……狩猟は完遂したぞ」
業務的な一言。役割を果たした、と仕事人間みたいな簡潔で素っ気ない一言にボタンは途端に頬を膨らませては不満そうな顔になる。
「そんなことは見ればわかるよ! そうだけどそうじゃなくてさ! いや、頼りになるし、倒してくれたことは嬉しいけどさ、ほら、もっとあるじゃん! 互いに手を取り合って協力してから勝利を勝ち取る、みたいなことをさ! でもこれじゃあさ」
と一旦言葉を区切り、ふるふると握りしめた拳を振るわせて、やがて大きな声で言う。
「これじゃあ私が役立たずで、他人に作業を全部押し付けるような最低なヤツみたいじゃん!! ちゃんと仕事させて!!」
……少しおかしなことを言ってきた。
自分の活躍の場がなかったことに対して滞りを覚えている意味なのかもしれないが、それにしては言葉の意味が少し違うし、普通そういうのは胸の中で抱え込むもの。本人に対してぶつけることはあまりない。
予想外の言葉を受けて少々面を食らった表情になるタタラだが、すぐさま言い返す
「新人のお前がカリバシュを相手取るの少し厳しいと思ってオレが一人で仕留めたんだが?」
「ち~が~うでしょ! こういうのは、普通私達コンビでの初任務だったんだからお互いの意味を知る上でも協力したりするのが普通でしょ!?」
ボタンの言わんとすること自体は間違ってはいない。本日よりコンビを組み始めた一人と一匹は当然お互いの実力はよく知らないままで初出陣。ボタンは新人で、タタラは別のパートナーと組んでおりそれなりの経験者だった。
ならば経験者であるタタラが取り仕切ってくれれば大変楽なのだが、タタラは自身があまり指揮自体は向いていると思えず、また助獣という、狩猟人のサポーターの身であることを考えて、計画などはボタンに任せた。
任せた結果、カリバシュを狩りに行き、ボタンは動きについていくのが精一杯で、危うさがみられタタラ一匹で狩ることにした。
「なら依頼のレベルをもう一つ下げろ。ぶっつけ本番でカリバシュ相手とはいえ、ダイナーに挑むな。素材集めなり、他の弱いダイナーを相手取ればいいだろう」
正論に正論で返した。もっと他に楽なクエストがあって、それで一人と一匹の動きについて確認し合い、役割についてや簡単な連携を築き上げていくべきだ。
カリバシュ自体新人の登竜門とも呼べる一角だろう。狩ることに成功すれば一先ず、新人から卒業して半人前といえるだろう。少なくとも素人が真っ先に挑戦すべき相手ではない。
じっと見つめると、ボタンはいやいやと首を横に振っては胸を張って言うのだ。
「いや、名声欲と金銭欲が欲しい。初任務を成功させて、期待の新人アピールをしたい! そして、多く稼いで実家に仕送りして皆に楽な生活させてあげたい」
意気揚々と言い返してきた。
前半はともかく、後半自体は立派なことだった。
「ギャンブルハマったパパ様や酒キメてるママ様、借金抱えているお兄様に買い物狂いのお姉様、ぶくぶく豚のように丸々と太った弟君達のためにも稼がないと!」
「そんな奴らに仕送る金なんて無駄だ、今すぐやめろ」
少し感動していたタタラの途端にさめて、吐き捨てるようにして突っ込んだ。
「家族は大事でしょうが!?」
それに対して大きな声で当たり前のことだと言わんばかりの圧で返された。
……言っていることは立派なのに、内容に対して心底納得がいかない。家族愛は大事だが、明らかに間違った家族愛ではないだろうか?
いや、タタラ自身が知らないだけど、クズでも優しい一面があるだけなのかもしれない、とそう思い、深く突っ込むこと自体は控えておいた。そもそも彼女の金銭なのだ。とやかく言うことはしない。
「オレの食い扶持代だけはちゃんとしてくれよ」
が、最低ラインだけは忠告しておく。狩猟人同士ならば折半で分け与えなくちゃいけないが、助獣ならば餌代と武器の修繕費さえ保障してくれればだいぶ安く済む。半々に対して、八:二の割合と言えばいいか。寝床は自宅とも呼べる、助獣の管理人の所にいけばいい。
釘を刺されたボタンだが、大して気にした様子もなく、はい、了解しました、明るく返答する。その言葉自体に嘘はなさそうだった。
少し難はあるが、新人狩猟人ボタンとウサギの助獣タタラの一人と一匹の初の任務は、タタラの活躍によって無事に成功を収めたのだった。




