逃げちゃいました
「んっ……おねがい……外ではイヤ」
「大丈夫。家に帰ってもするから! 今日はクスリ多く打ったし、早目に抜かないと!」
「そういう問題じゃ……あぁっ……んんっ」
は、早く逃げないと……。
回れ右しようとすると、ジャリッと大きな音が鳴ってしまった。
聞こえてしまっていたらしく、銀髪の人が顔を上げる。
銀髪の人はとても端正な顔をしていた。
銀髪は月光でキラキラ輝き、赤い目は鋭い。口元からは一筋の赤い液体が垂れていた。
「えっ……シルフィー……?」
銀髪の人がそう言った瞬間、私の中で何かが弾けた。
「ギン……」
『逃げるよ!!』
「でも……」
『いいから!! 急いで!!』
「“魔纏”!」
コウの勢いに負けて、“魔纏”を使って無我夢中で逃げる。
どうやって戻ってきたかは分からない。でも、気がついたら、家の前まで来ていた。
家に入ると、私が帰ってくるのを待っていたのか、すぐにミラが玄関に迎えに来てくれた。
「おかえり。遅かったね……ってどうしたの?」
「何が?」
「何がって。どうして泣いてるの? まさか! どこかケガしたの?」
ミラは私の体をペタペタ触ってくる。
そうか。私は泣いているんだ……。
だからさっきから視界が霞んでいるのかって、他人事みたいに考えてたら、ダムが決壊したのか一気に涙が溢れた。
「リリア? どこか痛いの?」
「うん……。痛い。胸がとっても痛いよ……」
ミラに抱き着いて、思いっきり泣く。
ミラはよく分かってなさそうだけど、私の頭を撫でてくれた。
色んな気持ちが込み上げてきて、自分でも感情を制御できない。
どうして、こうなったのか自分でも分からない。
でも、一つだけ確かなことがある。
あの吸血鬼――ギンと会えてとても、とても嬉しいってこと。
いつの間にか眠っちゃってたみたい。
何か温かくて、ムニュッとした柔らかいものに包まれていたから起きようと思ったけど、起きれない。
起きなくていいか……。
私はそれが心地よくて、さらに顔を埋める。
「んっ……コラ。目が覚めたなら離れなさい」
目を開けたら何故かミラがいた。
そして私がミラをしっかり抱きしめていた。
「な、何でミラが私と寝てるの?」
「何でってリリアが泣き疲れて寝ちゃったから、ベッドに寝かせたんだけど、私のこと離さなかったから……」
昨日、ミラに抱き着いて、大泣きしたことを思い出す。
私は、恥ずかしくなって、ミラから急いで離れる。
そして、赤くなった顔を見られない為に、布団を被った。
「その様子なら大丈夫そうね。じゃあ私、仕事行くから。リリアも後でね」
ドアの開閉音が聞こえて、ミラが部屋に居ないことを確認する為に、布団の隙間から部屋中を見まわす。
居ない。
昨日のことで色々聞かれると思ったけど、聞かれなかった。
ミラの優しさに感謝をして、起き上がる。
今日はやることがいっぱいだ。
気合を入れていかないと。
「あれ? そういえばネコは? 私もしかして、あそこに置き去りにしちゃった?」
『ネコなら、玄関にいるよ』
そう答えてくれたのは、コウだった。
「よかった」
『正直、それどころじゃなかったからね』
「あれってやっぱり吸血鬼だよね?」
昨日の光景を思い出す。
あの青髪の人はどうなったんだろう。
死んじゃったかな……。
『そうだね。しかも吸血鬼の中でも超大物』
「知ってるの?」
『銀髪に赤目の吸血鬼と言えば、この世に一人しか居ないよ。始祖吸血鬼・ギン。この世で最強の化け物』
探し物の依頼は依頼人の所へ行って、達成証明にサインしてもらわないといけない。
見つけたものが探し物と合ってるかの判断は依頼人にしかできないかららしい。
依頼人の所へ向かう途中、昨日見つけた道がどうなっているのか確認してみた。
やっぱりというか、道はなくなっていた。
『私はリリアの考えを尊重するけど、これだけは言っておくよ。私はあいつと関わるのはやめた方がいいと思う』
「何で?」
『……忠告はしたからね』
それっきりコウは話してくれなかった。
ごめん。コウ……。それでも私は知りたいんだ。
ギンのこと、そして私のこと。