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クリエイテット・クリエイト  作者: 作者さん
8/8

8話 なんなんだよ、これ

「うわああああああ!!!」




 誰かが叫ぶ。

 同時に、何か堅い物が地面に落ちて割れたような音がした。


「…何……!?」


 有希は地に叩きつけられたその物体に目を向ける。堅い音がしたが、それはモノではない。それは、人体だった。彼の装備であろう鎧は砕け散って、何より、彼の膝は、あらぬ方向に曲がっている。


「おい大丈夫か!?」


 駆け寄る者はいた。が、淀む大気の向こう側に突如浮かび上がった影を前に、近付くことを諦める。


「…嘘だろ…。」


「大きすぎだろ…こんな生物がこの世に存在するのか……!?」


 その空間に絶望が拡がる。その脅威は、想像を逸していた。巨大だった。彼らの眼前に存在したのは、巨大な生物だった。

 爬虫類かもしれないが、哺乳類のようでなくもない。身を黒くごつごつとした鎧で覆ったその異形の塊は、一番近いもので表すと、巨大なダンゴムシのようなものであった。後ろ肢は頑健で、前肢は驚異的に長い。先程人造人間を放り投げたのは、この長い腕によるものだろう。

 旧来のアクター達は皆即座に各々の装備を出した。来る影に相対する。何のことだか訳の分からない新人達は、どうしたものか比較的落ち着いた顔の彼らを見て唖然とするばかりだ。



『さあ、皆さん。速やかに対処してください。』



 どこからともなく聞こえる声は、此度も彼らの未来を懸けたステージの幕開けを告げたのだった。



──────────



『メインエネミーのヒットポイントは残り75%になりました。』


 ネット中継で送られているのは、第6回クリエイテットステージの競技生放送だ。大きな塊のような虫(?)を、多くの人造人間達が囲んで叩きまくっている。巡流と帰宅直後の想矢は、初めて見るそのエンターテイメントに中々に興奮させられていた。


「へー!すげぇ!おお!?」


 巡流は画面内で繰り広げられる壮絶なアクションに熱狂する。


『“LANCY”さんがサブエネミーを撃墜しました。』


 放送は、アクター達の活躍を随時伝える。ステージの映像を見るに、デカい虫が主な攻撃対象であり、他に足下に沸いている雑魚敵のような見た目の生き物も攻撃対象のようである。

 アクター達はそれぞれ多彩な装備を持っていた。巨大な槍、巨大な剣、巨大な斧、それから巨大な鈍器。銃器を扱う者は思ったより少ないようだ。弾丸はCG再現が難しかったのだろうか。


「…絶妙なカメラワークだ。人造人間クリエイテット達の身体能力の高さが直に伝わってくるな。」


 想矢は珍しく前のめりな姿勢で画面を見つめる。

 人造人間クリエイテット達は空を飛び交う。縦横無尽に化け物に攻撃を仕掛ける。仮想空間だからこそ、このような異次元的なアクションができるのだろうが、巡流はその激しさに魅了されるとともに恐怖すら抱いた。彼らは恐れることなく空高く舞い、三次元を自在に駆ける。目まぐるしく変容する映像を追うだけで精一杯だ。


「ええ!?てかこれモデルの木川アリサじゃね!?やば!?」

「…誰だそいつは……。」

人造人間クリエイテット出身の世界的なトップモデルだよ、知らねえのか?スポーツ系の強化遺伝子型とは聞いたことあるけど、こんなにも動けるもんか-!」


 想矢も興味がほんのちょっとはあるかと思ったが、多分コイツは俺の話を無視している。


「俺がネット広告系統の会社にクリエイテットステージのことを宣伝したおかげだな。トライドや参原さんもステージの規模をデカく出来て、しかも生放送の長さも長くなったんだぜ?スポンサーも明らかに増えてるしねー。」

 

 想矢は巡流の自慢など気にせず競技を見つめる。

 シーンが切り替わった瞬間、巨大な生物の前肢に薙ぎ払われた人造人間が、大きなダメージを受けた様子が映し出される。


『う、うわぁぁ!!!』


 その人造人間クリエイテット地に落ち、エフェクトと共に消滅した。


『“キラリ”さんが脱落しました。』


「…気になるんだが、コイツらの中に、明らかに無事では済まない攻撃を受けてる奴いないか?」

「あ、うん。仮想競技ってわりには、なんか描写がハンパなく物理的だよな。最近のCGは発展してんねぇ!」


 倒れた人造人間クリエイテットにはエフェクトで脱落を演出しているようである。“キラリ”というアクターは電子世界上で光となって消えていった。


 二人は結局夢中で放送を見続ける。



「この、サイバーガールっていう子可愛くない?」

「…知らんが。」


 巡流が注目したのは新人クリエイテットだ。両腕から黒いロープのようなものが伸びており、仮想怪物の長い腕に翻弄されながらも近付こうと懸命に努力している。


「ほらほら、ネットでも話題でてるよ。『“#サイバーガール”可愛すぎ』だって。俺の目は間違ってないな。」

「…よかったな。」


 コイツマジで俺の話聞く気ねえな。巡流はもう話し掛けるのを諦めた。


 クリエイテットステージのアクター達のステータス表示欄には、その能力やヒットポイントのようなものが書かれている。このヒットポイントが0になれば、彼等は脱落することになるようだ。


「頑張れ!近寄れ!うわぁこの虫やべえな!当たったら一気にダメージ食らうじゃん!サイバーガールちゃーん!!」


「………」


 想矢は黙り始めた。何かに集中していることを巡流は察し、独り言をやめる。

 暫くすると、巡流がこの間出会った大学生、大代大介くんが出てきた。ヒロイックなコスチュームに、巨大なガトリングガンを持っている。あの時よりもキリッとした、しかし明らかに焦燥に満ちた表情だ。

 そう、現場は今、人造人間クリエイテット達にとって相当な修羅場と化していたのであった。



──────────



 一瞬自分がどこに居るか判らなくなり、有希は辺りを見渡した。どうも自分は地面に落ちたようである。体が痛い。上下の感覚が失われていた。数秒前の記憶を思い出す。目の前で一人の人造人間が地面に落ちた。助けられるかは確信できなかったが、それでも有希は手を伸ばした。その直後。有希は、虫の長い前肢によって、ものすごいスピードで吹き飛ばされたのだった。


(なんなの……どうなってる、の…?)


 有希はただぐったりとしている。


「あんた!大丈夫か!」


 駆け寄ってきたのは屈強な男性だった。その後ろには──鎧を着た、この間のトップモデルがいる。アリサは、有希の側に跪き、その容態を確認する。


「あなた…“#サイバーガール”ちゃん、よね。初めて競技に出るんだもの。怪我をしても、無理もないわね。立てる?」


 有希は上体を起こした。身体に、特に目立った異常は無い。


「…あ!!」


 有希は自分が助けようとした人造人間の存在を思い出した。地上7m程から、地面に高速で投げつけられた体は、普通なら無事で済むまい。


「派手に動くな、まだ体が痛むだろう。」

「…ランシー、格好付けなくていい。」


 見渡した。墜ちた人造人間の体はどこにもない。有希は二人に向き直る。


「あの…この辺りで一人、高くから落ちた方が…!」

 

 ランシーは存外きょとんとした様子だ。


「…お前だろう。」


アリサは有希の背中の汚れを払いながら言った。


「さっきの放送のことね。この競技による負傷は、全部高度な技術で治療されるわ。問題ないでしょう。それにね…」


 アリサは近くの建物を指さす。そこには──その、人造人間クリエイテットがいた。


「痛いぃ。」


 かすかに聞こえるその声は、彼女がそこまで大きな損傷を負っていないことを伝えた。


 アリサに助けられながら立ち上がった有希は、端末で自分のステータス情報を確認する。


“ヒットポイント:13/1000”


 有希は改めて恐れた。脱落した人造人間、そして自分。同じ攻撃を受け、──おそらく私の方が、実際には大きなダメージを負ったのに──数値的判断により、私は生存し、彼女は敗退したこととなったのだ。

 こういうことが起こりうる。

 これが、仮想戦闘競技、という名を冠するただの“闘技場コロッセオ”である限り…。



──────────



 そうこうしている間に、試合は終了。第一回から活躍している“ミーニャ”というアクターネームの女性が巨大な鈍器で虫の脳天をかち割ったのだった。画面にスコア表と次回予告が出され、人気アクター達のアクションプレビューが行われる。 

 巡流達はこの番組を初めて見たが、それでもかなり楽しめる内容だった。既に多くの視聴者に人気コンテンツとして定着しているようだし、有名な人気アクターにはファンも付いているようである。巡流の広報活動も少なからず意味があっただろうか。


「これ楽しいね!こんなのの運営に携われるなんて光栄だなぁ。木川アリサも、サイバーガールちゃんも、めっちゃ可愛いしね!」


 巡流は想矢に確認を取る。



「…気持ち悪かった。俺は暫くは見ないでいいが。」



 想矢は何か含みのある呟きを漏らす。


「……巡流、暫くこの競技に携わるんだよな?」

「うまく行けば、な。」


「…だったら俺もそれに関わらせろ。少し気になることがある。」


 巡流は想矢の鬼気迫る様相に少したじろいだ。最強の人間様には、こんなに楽しい人気コンテンツにすら、埃が見えるものなのか。

 時計を見る。今日の仕事は特に残っていない。想矢の予感を信じるのであれば──タスクがまた増えることになるなと、巡流はまた少し楽しげになる。



───────────



 放送終了後、その廃れたビル街には、放心状態の人造人間達が残されていた。


「なんなんだよ、これ……。」


「体中が痛い…」


 最初にいたよりは、明らかに人数が減っているのが分かる。先程の放送で、巨大な虫の攻撃を受け“脱落”とされた人造人間達は、皆カメラの外で運営者達に順次回収されていたのである。その中には集中治療が必要な者もいた。“仮想敵”との、“仮想戦闘”であるはずのこの競技で、何故再起不能な脱落者が出ることがあるのか。

 簡単なことだ。このステージは仮想競技でも何でも無く、何のひねりもない、ただバケモノとヒトが直接闘うだけの、闘技場なのである。つまり彼等は実際に負傷し、本当に脱落せざるを得ない状態になることもあるのだ。

 プロジェクトの運営委員会は、撮影した映像に手を加えることで、それがあたかも電子的な仮想空間上で繰り広げられているかのように演出して見せていた。そして参戦している人造人間の殆どが、このプロジェクトの、極めて危険な本性を受け容れていたのだった。

 ここで初めてその事実を認識したのは、今回から参戦する新人の人造人間達だ。事前説明の段階で、彼等は装備、システム、それから出場することによる莫大な報酬に、少なくない違和感を覚えていたはずだ。なのに、彼等は希望を持っていた。何故なら、このステージは、人造人間クリエイテットにとっての自由への切符であり、また彼等自身の憧憬の対象であったからである。

 彼等はきっと今、後悔している。

 最後まで無事戦い続けることのできた者は少しだけ居た。が、彼等のその様相からは重い疲弊がありありと感じられた。

 それに対して。もう6回目の競技ともなると、この競技の立ち回りについてある程度の経験を積んだ者も存在している。

 疲れを顔にあまり浮かばせていない、この男もその一人である。


「き、木川さん!今日も素敵でした!」


 一人の人造人間が、エミィの前に訪れた。


「さっきまで一緒に出場させて頂いていた、街田といいます。アクターネームは、“ISSH-IN”と言うんですが、あの、覚えて貰えてますか?」


 若い彼はエミィのファンらしく、憧れの目線を向ける。街田逸心は、喫茶“クラン”に在住する人造人間クリエイテットで、この競技には第2回の後応募し、第3回から出場している。


「…ごめんなさいね。ちょっと疲れてるから、また今度話し掛けてくれる?」


 冷たいエミィの言葉に逸心は少し傷ついたが、それ以上に、こんなに過酷なミッションを乗り切った直後に面倒臭い絡みを仕掛ける自分の態度を恥じた。

 そして逸心は、辺りを見回した。

 皆、死人のような顔をしている。今日は本物の死体は出なかったのだろうか、逸心は苦笑いを浮かべた。今日の戦闘は確かにしんどかった。普段は鎧を着た人間大の鰐みたいな敵を集団で嬲り殺すだけなのだが、今回はとんでもない大物との戦闘が追加されていた。

 このような危険の最中、彼等がこの競技に挑み続ける理由。それは、彼等の退路が予めフロスター財閥の暗躍によって断たれているからであろう。


 クリエイテット・ステージの運営委員会は競技選手の人造人間クリエイテット製作コードを記録し、その個体がもつほぼ全ての詳細情報を記録していた。(例えば、何のために生産された、とか、何の仕事をする、とか、その個体がどこの所属か、などである。)

 クリエイテット・ステージの本性を外部に漏らす個体があれば、それは特定された所属を通して、一瞬で廃棄されることになるだろう。

 そもそも、このステージに参加する者というのは──もちろん名声を求めた者も居るだろうが──殆どが自らの資金のためなのだ。木川アリサのようにプロモーション目的でスカウトされた人造人間、逸心のように、運動性能の高い、自分で立候補した人造人間。無論そういう個体も居るが、大多数は、自分の元々の職業の報酬に不足を感じているが為に参戦しているのである。

 人造人間クリエイテットは人間よりも少ない負担で生きていける──そんな認識が、一般人の間にはある。彼等は性能がいいから。仕事が出来るから。人間のように苦労することもないし、その見返りを求めたりすることもないはずなんだと。それは人間達によって生み出された、人間達の人造人間に帯する劣等感故の、自分たちへの比較的な甘さであり、彼等への差別意識でもあった。

 認識に反すれば、それは異端となる。

 異端は排斥される。一人の人間よりも下層にいる一人の人造人間に、当然、人間に反抗することなど許されていなかった。この国では、人造人間クリエイテットに、ヒトに“奴隷”として仕える以外の道はそれほど多く用意されていなかったのだ。

 故に言ってしまえば、ここは“奴隷によるステージ”だった。奴隷達が体を人間に売って、その代わりに幸福と栄誉を享受する、そんな場所なのである。そしてその奴隷達のほとんどは、実際、大きな報酬を前にし、その本質を疑うことをやめていた。


 逸心が推測するに、このプロジェクトの本質は、人造人間クリエイテット達が数多の生物兵器を戦闘を繰り広げることによる、データ採集にある。だが、それが人造人間達にとっても栄誉となり、金になるのだから、お互いにwin-winなのだ。疑う余地はあっても、必要が無いのである。

 逸心はそうこう言いながら、今日も楽屋に戻る人造人間達の中から、可愛い子を探す。本質だかなんだか、逸心にとってはどうでもいいことで、ただ逸心は来月いっぱいまでデートしてくれる女の子が欲しかっただけなのである。


「……!?」


 ボロボロの女の子が目の前に居た。青いコスチュームに身を包み、すらっとしていて、そして何より、とても整った顔立ちをしている。

 ああ。好きだ。

 逸心は0.1秒でそう思い、その女の子の方に近付いていった。


「あのー、ねえ君、アクターネーム、なん──」


 後ろから肩を掴まれる。


「…その子も疲れてるから。駄目。」


 木川アリサは表情で逸心を威圧した。怒った顔も美しいと思いつつ───一方で逸心は、情けない顔を浮かべ、黙って引いた。



──────────



「今日の報酬、いくらくらいだろう。マスターに、ちょっとは還元したいんだがな。」


 逸心は帰り道、買い物袋を持って独り言を呟く。

 雇われていた工場から逃げてからもう5年が経つ。俺が“クラン”に来たあの頃はまだ、マスターとあの賭博厨女、それからレヴァニカちゃんしかいなかった。それこら何人か増えて、何人か出ていって──最近また、10代の女の子が入ってきた。童顔の可愛らしい子だったが、大人の魅力が好みの逸心のタイプではなかった。

 そんなことはどうでもいいが──恩返しという恩返しを、まともに出来ていなかった気がするのである。一応、昔WCIS上でバイトした金を何カ月か納入したが、マスターに無理しなくていいと断られ、それ以来、止していたのだった。

 今回こそは。勇気を出して、温泉旅行でも連れて行ってあげることにしよう。ついでに出来れば、さっきの女の子も呼びたい。

 こんなことを考えながら、逸心はクランに辿り着いた。


「ただいまー!」


 逸心はカフェの戸を開けながら大きめの声でそう言った。

 中には寝ている賭博女を除いて誰もいない。他の人は職場に行ったり、学校に行ったりしているのだ。そういえば今日は水曜日、クランは定休日であった。


 体が痛い。クリエイテット・ステージは、なんだかんだキツい競技なのである。疲労を反芻しながら、そして逸心は再確認する。


 明日からの俺の目標は、彼女を作ること。


 逸心は、覚悟と共に眠りについた。



──────────



 逸心が意識を失って暫くすると、長身の男性客が戸を開けて入ってきた。


「………」


 定休日を勘違いしていたのだろうか。住人ではないその男は店内で眠りこける二人を見つけて立ち止まったが、そのまま中に歩み入った。

 男は女に近付いた。何をするでもない。ただその寝顔を見つめる。


「…お疲れ、リガさん。暫く、ここには来れなさそうだ。」


 男はそう呟いて、店内を出た。

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