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クリエイテット・クリエイト  作者: 作者さん
3/8

3話 任された仕事

 フロスター家の邸宅の敷地はかなりの広さを誇っていた。正面玄関から車を入れ、トライドの使用人がいるという池の畔の近くで三人は下車した。


「ご無事で何よりです、華秀様、月息様。」


 出迎えたのはこの屋敷の使用人の若者だった。若者は車を止めた三人を池の近くのベンチへ案内する。


「はじめまして、華秀です。」

「…月息です。」


「こちらこそ初めまして。私はここの使用人、岸辺四貴きしべしきと申します。よろしくお願い致します。」


 使用人の若者はそう言って二人ににこやかに一礼した。明るい印象を与えている原因は、彼の整った容姿と聞き心地のよい美しい声のようだった。

 少し池の周りを歩くと、一般の民家ほどの大きさの建物があり、巡流達はその中に案内された。席に着くと、使用人の四貴は紅茶を用意し、「ごゆっくりお休みくださいね。」と三人に笑いかけた。

 ひとまずの安息に辿り着いた巡流は、紅茶を口にしながらふと開いたバルコニーの外を見渡した。池の周りは花壇で囲まれ、月明かりに照らされた花弁は、水面に揺れる海月のようだった。

 紅茶を片手に巡流は美咲の様子を覗った。ベランダの外で夜の風に吹かれる美咲の表情は、どこか先程の恐怖の余韻を帯びている。

 使用人の四貴は上着の羽織りを近くの棚から手に取り、ベランダにいる美咲に献じた。そして不安げな顔で美咲に何かを尋ね始めた。怪我は無いか、恐怖を感じなかったか。ここにいる2人の情報屋は信用できる人間なのか、そもそもこのような危ない行動を何故取ろうと踏み切ったのか──巡流は聞くともなく話を聞きつつ、四貴という若者がどのような人間であるのかを観察していた。美咲の身を案じ様々な質問をする彼の不安げな表情は、美咲を彼が如何に大切に思っているかを物語っている。


 四貴は美咲との話を終えた後、巡流と想矢の元に歩み寄り、恭しく一礼、話を切り出した。



「トライド様から華秀様や月息様の動向は伺っています。それで、お嬢様は具体的にどのような被害を受けたのでしょうか?」


「ええっ……と……。」


 巡流は少し言葉を濁した。が、すぐに想矢が横からはっきりと言った。


「…お嬢様は、建物の爆破に巻き込まれそうになりました。」


 四貴の顔が凍り付いた。


「…そしてその直後、私達はスナイパーライフルによる狙撃を受けました。……幸い、お嬢様の身に直接的な被害はありませんが、精神的にはまあ、ご覧の通り大きくダメージを受けたものかと。」


 先程から凍りついたままの美咲の表情を確認し、四貴もまた凍り付く。静かに震える彼の唇。巡流は寧ろ案じるべきは若い彼の心の方ではないかと、一人、思った。


「…これらは明らかにお嬢様を殺害する目的によるものなので、教団は以前から美咲・フロスターの確実な殺害を計画していたものかと推測しております。」


 想矢は隙の無い真顔でそう報告した。


「…なんてことが。」


 四貴は小さな声で呟いた。


「ま、守ってくださったのよ、こちらの、月息さんが…。」


 想矢は俯いた。


「…そのような事態の最中、お嬢様をお守り頂いたことに、フロスター家使用人として深く御礼、申し上げます。」


「…任された仕事でしたので。」


 四貴の顔には驚きと共に心からの安心感が見て取れた。実際、この件は途轍もなく危険なものだった。『美咲に降りかかる脅威を、降りかかってから差し押さえる』という剰りにも無謀な挑戦を、トライドはいとも容易く発案した。巡流も依頼の受諾を最後まで渋ったし、フロスター家管理役員の一同も反対一色。使用人である彼の耳にこの話が耳に入った時、当然不安を仰いだに違いない。

 心から主人の安全を願っている、この若者は立派だ。快い気分になりながら、巡流は紅茶を口にした。


「今後のことも含め詳しいことをまた申し上げたいので、明日の朝また伺っても構いませんか?」

「ええ、勿論です。明日は本館の方に車をご案内します──トライドが貴方に直接会って話をしたい、と申しておりますので。」


 トライド・フロスターが自分に会いたい、と言っていることに巡流は意外性を感じなかった。任務を承けたときから、名家の娘を救った極めて優秀な情報屋にどのように報酬が下るのやらと期待していたのだ。本人と直接会うことになるということは、その期待を裏切らない見返りがあってもおかしくはないはずだ。


「では、またお会いしましょう、岸部さんに、美咲さん。」

「本当にありがとうございました。」


 四貴は深々と礼をする。


「これからもフロスター家とのご親交、よろしくお願い致します。」


 巡流は笑顔で手を振って建物を出た。

 想矢は椅子の上でじっと動かない美咲の様子を、何かを疑うように見つめていた。



 唐突に夜の風は止み、壁に掛けられた時計は恐ろしい一日の終わりを告げた。

 美咲は一人室内で何故か収まらない手の震えに疑問を抱いていた。

 自分が感じた違和感、それはきっと錯覚なのだと情報屋は言った。

 だからこそ、この手の震えが怖かった。

 どうして、錯覚だったはずなのに。

 眼前の光景を美咲は受け容れきれなかった。


「……震えが止まらないの。今日は、寝られそうにないかな。」


 弱々しく呟いた。

 ブランケットを畳みながら、四貴は優しい目つきで美咲を見る。


「大丈夫です。美咲様には私が付いておりますので。」


 震える肩に、安らぎの手を置く。

 彼の言葉は風に吹かれて凍てついた彼女の心に温かさを与えた。


「……ありがとう。」


 美咲は、少し、笑って見せた。四貴はふと驚いたような顔をするも、すぐに笑い返した。


 脳内にこだまするのはあの銃声。

 そして実際に見えているのは私の最も幸せな時間、だ。

 ああ。

 もういいや。忘れよう。

 美咲は本館の自室に戻るのも億劫になり、そのまま池の畔の建物で眠りについた。

 水面に揺れていた花弁は、静かにその動きを止めたようだった。



──────────



 想矢は、机上の資料を訝しげに眺めた。


「…クリエイテット・ステージ、巷で話題のやつですか。」


 想矢と巡流、そしてトライド・フロスターは、広い会議室の片隅で談話していた。


「これこそが、人造人間をこの世界で輝かせるための、我々フロスター財閥の提案だ。」


 想矢は見え見えの不快感を顔面に貼り付けている。トライドは想矢の正体を熟知している者の一人だ。彼が人造人間であることを知った上で、人造人間を利用するという旨の話題を想矢の前で切り出しているのだから、想矢が嫌な顔をするのも仕方ないだろう、と巡流は思った。

 巡流と想矢はトライドと予定通りに会合し、昨日の美咲・フロスター襲撃事件について報告した。トライドは一瞬考える素振りを見せるも、驚きは顔に出さず、ただそうか、ご苦労だったなとだけ告げた。何らかの報酬を期待していた巡流だったが、冷静に考えもすればそもそも元からフロスター家で契約雇用されている巡流と想矢に、特別な褒美など下るはずがない。巡流は少しだけ落胆した。

 そして二人は今、フロスター家の新事業についての話を受けている。


「クリエイテット・ステージねぇ……文字通り受け取れば、“創られた舞台”、だが単純に、クリエイテット…つまり人造人間の舞台、とも読み取れる訳だ。」

「まさにその通りだ。」


 巡流の興味深そうな様子に、トライドは自信に満ちあふれた表情で頷いた。


「詳細は今から私が説明しよう、そこのプロジェクターの映像を見てくれ。」


 空中にぼうっと光が浮かび上がる。白みがかった水分の層を出現させ、そこに映像を表示することにより、どこでもプレゼンテーションを行える──というこの機械は、他でもないフロスター財閥の技術によるものだ。トライドは家のトップであると同時に実業家であり、主に近代科学における様々なアイデアを提案し、資産を投じては世界に最新技術の旋風を巻き起こしていた。

 文字で埋められた表示を、想矢の眼が追った。


「簡単に言えば、スポーツ、競技だ。特殊な身体能力や性質を持った人造人間クリエイテットが、互いに競い合ったり、時には協力して数々のミッションをクリアする。」

「…ということは勿論、環境、社会的な安全面に最大限配慮する必要があるけれど…。」

「当然配慮している。企画は入念に準備されてきたのでな。まあ、人造人間の安全を守るための技術は、実際存在する──私ではなく、参原まいはら博士という方が担当して下さったのだがね。」

「参原──あぁ、人造人間クリエイテットの研究で有名なあの参原圭まいはらけいさんですか!あんな人が協力してくれるなんて!」


 想矢は参原圭という名を聞き少し眉を動かしたが、それ以上は反応しなかった。

 参原圭──人造人間科学の権威にしてフロスター財閥研究所のトップ。その名は人造人間関連の数々の論文で目にされるが、その素性の詳細は公開されていない。だが人造人間の研究者である以上、想矢にとっては十分に身近な存在だったに違いない。巡流は横目で想矢を見ながら、そう思った。


「君は、人造人間科学にある程度精通している。フロスター財閥協力者の一員として、このプロジェクトの今後の発展に是非協力して欲しいのだ。君を、クリエイテットステージ運営特別顧問に任命したい。」


 トライドはとんでもないことを言う。突然湧いて出た金ヅルに巡流はにやけを噛み殺しながら、ほーん、みたいな生々しい相槌を打った。


「私の出来る範囲だけで良いのなら全く以て構いませんが。一体何をすれば?」


 想矢は欠伸をしている。


「よし。巡流くん、君には明日参原博士に会いに行って貰う。」


 巡流は目を見開いた。参原圭。彼は“最強の人間”製作プロジェクトの最初のチームに所属していた研究員でもある。彼がどのような人間か、興味があった。


「俺、役に立てるか分かりませんよ?」

「このプロジェクトは、完璧に成功すれば世界の人々の人造人間への考え方や捉え方を大きく変えることになる重要なものなんだ。あってはならない失敗が本当に起こらないのか、そして今後どのようにこのエンターテイメントを発展させるのか、その協議をして欲しいのだ。君のように、視野の広い人材によって、ね。」


 トライドは決意の表情で言った。人造人間への差別風潮を、人造人間をエンターテインメント化することで無くしたい──それがこのプロジェクトの本来の目的であると、トライドはそう訴えている。


「個人的にも、博士がどんな考えをお持ちになっているか気になります。喜んで、お話を伺ってきますよ。」


 トライドは満足げに頷いて、プロジェクターの電源を切った。想矢は、何も言わずに会議室を出ていく。巡流とトライドは静かにその様子を見送った。


「……やはり彼には、この話を聞かせるべきではなかったのだろうか。」

「気にすることありません。あいつならトライドさんの本当の目的も理解できているでしょうし。」


 巡流はそう言ってため息をついた。そうして自分の鞄を手にとり、トライドに軽く礼をして、巡流は会議室を後にした。にやけが止まらない。



(だがまあ、想矢、流石にキレたかな。)



 にやけながら考えた。どうあれ人造人間を“利用”することになっているこのプロジェクトを、想矢はどう捉えているか、巡流には知る由もなかった。


「…まあ、関係ないよな?」


 想矢が待つ車の方に向かいながら、巡流は独り言を溢した。


「おい、想矢、ラーメンでも食べに寄らないか?」


 巡流の言葉に少し驚きながらも、いつもの表情を想矢は取り戻した。


「……おっけー。」


 静かなエンジン音は、すぐにフロスターの屋敷から遠離っていった。



──────────



 正義は気を荒げていた。

 先日の火災事件で6人を焼殺した若者は、謎の男によって生還させられることとなった。

 取調室で彼は放心状態。警察は何の情報も得ることが出来ず、手を焼いている最中だった。ましてあの“正義の味方”のことなど、聞き出せるはずもない。

 正義は理解に苦しんだ。

 神羽は、超法規的に、あらゆる傷害やそれによる致死に関して罪に問われない。故にあの場で青年の処刑を断行できていれば、不毛な取り調べに割く労力など必要なかった訳である。

 正しくない者が──則ち悪が、どうしてこの世に在る必要があるというのか。

 その問いは正義が外の世界げんじつを見たときからずっと彼の心を蝕み、支配し、扇動していた。

 それは犯人が依然として不明である、この事件においても同じだった。

 王貢寺おうこうじ学園高校近くの交差点付近にて、爆発事件。

 付近の廃ビルの壁は無残に削り取られており、コンクリートが大量に散らばっていた。


「派手にやりましたね、これは。」


 捜査員の跳谷遼とびやりょうが現場の惨状を見つめてそう呟いた。


「この交差点付近には、監視カメラはない。確かに犯行には最適な場所だが──こんな所に爆弾を仕掛けて、一体何を爆発させようとしたんだ?」


 中年の警察官は頭を捻る。何せ、関係者らしい関係者が発見されていないのだ。手掛かりなどあるはずもない。


「周辺の道路の監視カメラを見て、逃走する犯人、もしくは関係者らしき人物がいないかを確認してくれ。」


現場は静かだった。だが火薬の香りと不穏な恐怖を孕む空気感は、警察官達をただただ鬱蒼とさせた。


「跳谷。」

「…なんだ?」

「…路地裏の方の建物の鉄パイプ…あの、屋上の雨水を逃がすものだろうな。」

「折れてるな。それが?」


 正義はゆっくりと、水を垂れ流している鉄パイプに近付いた。


「見ろ。…風化具合や水の垂れ方を見るに、恐らく折られてから時間は経ってないだろう。爆発時に折られた可能性が高いが…」


 跳谷は呆気にとられたように黙っていたが、ふと違和感に気付く。



「あ……折れた鉄パイプが、ない。」


「そもそも、爆発がここまで及んだとは考えにくい。及んだとしても、この部分だけ不自然に捻り取られたりはしないだろう。ということは他の原因で折られ、何者かに回収された可能性がある。」


 正義はそう呟いて、警察官の集団に走って向かった。


「鑑識に、向こうのパイプを調べるよう、伝えておいて頂けないか。」

「……判った。了解だ。」


 中年の警察官は正義の言葉をすぐに承諾した。彼の発言に対しては、いつも疑いはない。

 すると突然、若い警察官が駆けつけた。


「神羽さん。どうやら、この路地裏、“例の教団”の取引現場として何度も目撃されているようです。」

「………何?」


 残っていた火薬の匂いは、路地を通り抜ける夕方の風に乗って現場を去り始めていた。

 そこに残る、鬱蒼さを余所に──

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