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クリエイテット・クリエイト  作者: 作者さん
2/8

2話 お前、面白そうだな

「なあ、昨日のニュース見たか?」


「………なんだ?急に……。」


 路地裏の暗がりの中で声が響く。日が沈んでからもう二時間程が経とうとするのに、声の主らは一向にその場を去ろうとしないらしい。


「神羽正義が放火犯を捕まえたってニュースだよ。」

「……またその話か。ここのところ、奴の名前が良く報道に上がるな。」


 一人の男の言葉に、もう一人の男が返答した。周囲に、その怪しげな会話を聞く者は一人もいない。


「どうも今回の事件は面白そうでね。」


 その男は持っていた端末でニュース記事を開き、隣にいる男に見せた。


「『突如現場に現れたマントの男が正義の味方を自称し神羽正義の前に立ち塞がった』とさ。」

「……なんだそりゃ。ただの不審者じゃねえか。」


 もう一人の男が呟いた。


「どうもそいつは、神羽正義が殺そうとしてた放火犯の青年を守ったらしいよ。警察が事情聴取しようとした瞬間に現場から逃亡した、と…。」


 男はそう言ってタブレットを置き、缶コーヒーをごくりと飲み干し、空き缶を床に置いた。暗闇にからんという音が響く。


「…今回の事件の全貌から、神羽正義は正義のためなら人を殺すことを躊躇しない、血も涙もない人造人間だなんて言われてる。」


 話を聞いている男は小さい息をついた。


「正義を語って人を殺す彼の前に、同じく正義を掲げて人を守る人間が立ち塞がるなんて、皮肉な話だよね。」

「…………」



 笑顔で語る男と、無言の男。彼らは都会のビルの路地裏にとある目的の下に潜伏していた。最も、その目的はこの世間話とはなんの関係も持ち合わせていない。



「さて、ソーヤ気付いてる?位置信号の反応がすごく近付いてるんだ。」


 タブレット端末に表示されたマップのようなものを指しながら男は言った。


「……そのようだな。不審者の話なんかしている場合じゃない。」


 ソーヤと呼ばれた男は、一息ついてからそう呟いた。そして路地の隅に座り込む。男の右頬には大きな切り傷が残っていて、──右腕には“created”の紋章が施されている。


「何とかなるといいんだけど。」


 真剣でありながらも少し楽しそうな表情を浮かべたこの男は華秀巡流かしゅうめぐるという名の情報屋。金を受け取り情報を売ったり、情報を売買するだけでなく、探偵らしい仕事や、内容のわからない密会取引といった怪しい仕事も、彼は金次第で簡単に引き受ける。

 今回の任務は『美咲みさき・フロスター』という名の少女の保護。

 フロスターと呼ばれる大富豪は、人造人間産業の一環として様々なシステムの研究を進め、それによる事業で成功を収めていた。その勢力は莫大で、国内最高峰の資産を持ち、彼らのみで、国の財政すら操作し得る規模となっている。

 ここ最近、そんなフロスター家に対し、ある要求を突きつける謎の組織があった。巡流達はその組織の詳細を調査してほしいと、フロスター家の家長にして財閥のトップ、トライド・フロスターから要望を受けていた。

 謎の組織は何らかの“教団”を名乗ってフロスターの人造人間事業を取り止めにすることを要求していた。理由は全く判明していなかったが、事業取り止めのために教団はフロスター家事業への露骨な妨害を行い始めていた。そんな中、トライドの16歳の一人娘、美咲の存在が教団によって突き止められてしまった。追い討ちを掛けるように、某日、美咲の命が狙われていることが発覚したのである。

 無論、トライドがこのような状況を見過ごすはずがない。フロスター家の事業への教団の妨害は最早手に負えないほどに肥大化しており、解決は必須だった。挙げ句自らの娘をも危険に晒すのである。この教団をトライドは早々に破壊しようと考えていた。

 こうして、巡流と想矢は教団の調査と同時に、美咲の護衛をも依頼されてしまった。トライドも、美咲が一人で日常生活を送るのは難しいと判断したのだろう。報酬を期待する巡流は、その依頼を承諾したのだ。

 しかしながら二人は一介の情報屋だ。ただの情報屋が護衛任務などという危険な仕事を完遂することは、本来不可能なはずだ。

 そう、不可能なのだ。ある男が存在しない限りは。



──────────



 月息想矢つきおきそうやは、“最強の人間”の一人だった。

 完成した“最強の人間”の中には、プロジェクトを放棄し逃亡した二人の人造人間がいた。そのうちの一人が、月息想矢、この男だったのだ。

 想矢は共に逃亡した仲間と別れ、都市の下町で浮浪して過ごし、身を隠しながら生活していた。プロジェクトの上層部は、“最強の人間”の発見はほぼ無謀かつ無意味だと考え、捜索をすぐさま断念した。

 人工的に生み出されたためそもそも戸籍や家族と呼べるような観念を持つことのない想矢は、突如として己の力のみで生活することを余儀なくされた。だが、ずっと同じ環境で──最強の人間のプロジェクト研究施設で収容され生活してきた彼は世間の常識に対してあまりにも無知だった。

 “最強”として作られた想矢は彼自身の予想以上に丈夫に出来ていた。多少の物しか口にしていないのに、病にもならず、飢えることもなかった。それでも時が経つにつれて、体の弱りは顕著に感じられるようになっていった。

 逃亡してから2ヶ月が経ったある日のことだった。数日間大したものを何も口にしていなかった想矢は、体を丸く畳み、少しも動かずに命の終わりを待ちわびていた。人造人間であるが故に、生かされている自分。そしてそうでありながら何も出来ない自分に、想矢は絶望を感じていた。

 そんな中、若い情報屋、華秀巡流は“最強の人間逃亡”のニュースを耳にする。周辺の目撃情報から巡流は暗がりに蹲っている想矢を見つけ、情報屋の事務所まで想矢を連れて行った。その後、自分がどういった存在であるかを巡流に告げた。



「俺は華秀巡流。“最強の人間”であるお前の力を貸して欲しいんだ。」



 巡流はそう告げた。

 想矢にとって初めての、外の世界の人間。

 想矢は彼を疑わなかった。


 想矢は自分の全てを語った。自らの境遇を語るのは難しいことだった。だが、自分が如何にして生まれたのか、何故研究所を出たのか、そして外に出た今、これからどう生きていけば良いのか判らないということを想矢は巡流に懸命に伝えきった。

 巡流はそれを興味深げに聞き、ただ一つこう言った。



『お前、面白そうだな。』



 ニヤリと笑みを浮かべ、そうとだけ言って、彼は想矢を自分の職場に雇うことを決めた。

 最初、巡流にとって桁外れの能力を持つ想矢は勿論仕事のための利用対象だった。だが、仕事を重ね、時を経て、今、二人の関係は──“相棒”。

 想矢は自分が世界を見て、学べることに感動した。

 巡流は想矢を人造人間としてではなく、一人の人間として認めていた。だからこそ想矢は“最強”として生まれた自分の力を、自分を救った巡流のために使おうと思ったのだ。

 巡流もまたそんな想矢の思いを理解していた。こうして今日も二人は良好な関係を保ちながら情報屋を営んでいる。



──────────



「いた。美咲・フロスターだ。」


 巡流と想矢はゆっくりと立ち上がり、辺りを警戒しながら美咲がいる交差点の近くに身を潜めた。高校の授業を終え下校する彼女が一定時刻にその地点を通るはずだ、という情報は、既にトライドから通知されていた。同時に、美咲自身も巡流と想矢が自分のボディーガードであることは理解していた。


「……例の教団はこの辺りでも目撃情報が繰り返し出ている。美咲・フロスターの存在に気付けば間違いなくアクションを起こしてくるだろうな…まぁ、まだ現れてはいないようだが。」


 静寂に包まれる道路には、美咲以外の人影は確認できない。


「参ったなぁ、美咲さんを教団側に連れてかれないように守るのがトライドとの契約だったってのに…敵が現れないなら守るも何もあったもんじゃない。」


 巡流は肩をすくめた。


「美咲さんを確実に保護してとっとと帰ろう。」


 巡流は立ち上がって美咲の方に近付こうとした。


「…現れない、か。」

「え?」

「…そうか、現れないのか。」


 巡流を制止し、さっと立ち上がった想矢は、唐突に叫んだ。


「おい!止まれ!」

「……え?」


 こちら側に気付いた美咲は、びくりと動いて2、3歩下がって立ちすくんだ。


「……間に合わない!」


 想矢がそう言った瞬間、轟音と共に美咲の目前の建物の壁が爆発した。

 悲鳴を上げ、地に伏せる美咲。想矢はそれを予期していたかのように、路地を抜け出し、美咲を迅速に抱きかかえ、巡流の下に帰ってきた。

 美咲がいた場所には大量のコンクリート片が崩落した。そして──その中央で何かが燃えたように見え、その輝きは暗い路地に激しく拡散した。

 それは、爆炎だった。

 光の消えた路地で、想矢はゆっくりと立ち上がった。


「…お嬢様の体を粉々にする算段か。」

「うわぁ、ちょいヤバい趣味してるね-、引くわ。」


 軽口を呟く二人だが、表情は真剣である。

 巡流はというと、目の前で起きた出来事の、そのあまりに突拍子もない現実の恐ろしさを前にし、落ち着き切れずに居た。同じように怯えた表情で座り込み、動けないでいる美咲に手を差し伸べる。


「俺らが君の護送担当だ。美咲さん。」

「あ、ありがとうございます…助けて頂いて。」


 まだ放心状態で力の入りきらない美咲を巡流は支え、立ち上がらせた。


「落ち着いたらで良いから、車で君の屋敷に戻ろう。トライドさんには連絡を入れるよ。その間、こいつが君をバラバラにしようとした奴らの正体を追ってくれるからさ。」


 巡流は美咲に縁起でもない不気味な台詞を吐く。そして、ぽんと想矢の肩を叩いた。


「……!」


 だが想矢はそれに応えない。何かを見つめ眼球に血管を浮き上がらせる。


「……そういうことか。」

「何?」

 

 響く、鋭い轟音。

 轟く、激しい金属音。



「………!!」


 巡流は伏せたまま状況を確認しようとした。


「2人とも無事か?」


 歪んだ鉄パイプを持って立っている想矢。鉄パイプには5センチほどの鉄塊が刺さっている。よく見ると判った。それは銃弾だ。ビルの壁には引き千切られたパイプの先端が暗く残り、行き場を失った屋根上からの雨水はぽたりぽたりと滴り落ちていた。


「…爆破による陽動作戦、か。暗がりを爆炎が照らしたことで明かされた俺たちの居場所を狙ったわけだ。…俺たち護衛の存在に気付いていたために、元から二段構えで狙撃による殺害を考えていたんだろう。殺しの策としては秀逸だと言える。」


 巡流はホコリを払いながらゆっくり立ち上がった。


「怖えな……わざわざこんな手の込んだことをする動機が、これっぽっちもわからないよ。そんなに殺したいのかよ…。」

「あ……あ……」


 美咲は遂に立ち上がれなくなった。巡流はそっと彼女の身を支える。


「…流石にこう何度も命を狙われては、彼女への精神的なダメージが大きすぎる。」


 想矢は美咲を見つめながら、ため息を吐いた。


「…それに、詳しい情報の知れていない相手を追うほどバカなことはないだろう。奴らは銃による攻撃手段を持っている。追うリスクは、デカい。」

「仕方ない、逃げ帰ろうか。」


 二人は美咲を支えながら路地の逆の出口に向かった。

 二人は物音を立てないように慎重に路地を進む。


「あの……。」


 美咲は漸く落ち着き、道中で初めて口を開いた。


「今、何が起こったんですか……?」


 2人は顔を見合わせた。

 鉄パイプを建物から難なく引き千切り、銃弾を打ち払った想矢。それは最強の人間である想矢には難くない芸当らしいのだが──疑問を抱くのも仕方ない。彼が“最強の人間”であることなど知り得ない美咲には、驚くべき光景だったはずだ。


「…いやぁ、ほんとラッキーだったよ!たまたま当たったんだよね。いやー、野球部出身で良かったなぁ、機転効くねぇ!想矢!」


 巡流はとっさに誤魔化しの言葉を吐いた。全く誤魔化しになっていない。


「そ、そうですよね。気が、動転しているのかも……。」


 誤魔化し切れていないが、冷静でない美咲を騙すには十分だ。そして何より彼女は賢明だ。ここで己を悩まさず、深く捉えず、思考を静かに停止させた。これは衝撃的な場面に瀕した若者の精神状態において最善、最良の行動である。


 再び沈黙が訪れる。

 巡流には、彼女の感じた違和が理解できた。

 巡流は“最強の人間”である想矢の凄まじい能力を何度も目の当たりにしていた。だが、人間が銃弾を打ち払うという現象、これに即座に納得できるほど巡流の思考は寛容ではなかった。

 銃弾の速度に対応する動体視力、反射神経。そして鉄パイプを引き千切り、銃弾が貫通し得ないほどの威力で鉄パイプを振り抜く腕力。そして完璧な弾道予測。

 “人間離れ”という言葉が最早温い表現となってしまう。だが、それが“最強の人間”なのだった。

 

「…ククッ」


 巡流は思わず笑いを漏らした。


「…何を笑ってる?」


 想矢と美咲は不気味そうにその様子を見た。

 俺は情報屋になって、最強の相棒と共にこの世界を歩んでいる。

 それは巡流の、ある夢のためでもあった。

 そして今日、その夢の成就にまた一歩近付いたのだと、巡流は確信した。

 巡流は夜空に向き直って、笑顔で呟いた。


「なんでもねーさ。こんなことが起きるなんて、俺は本当にすげえところにいるんだと思ってな。」


 巡流はそれをすごく面白いと感じていた。

 だが、彼は、まだ入り口に立たされただけなのだった。

 これから、彼の物語は、彼だけのものではなくなっていく。

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