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クリエイテット・クリエイト  作者: 作者さん
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1話 正義の味方

 都市の外れの住宅地にサイレンが鳴り響く。

 人々は轟々と立ち上る炎と煙に立ち尽くしていた。



「負傷者の搬送!早くこっち!」

「車、前にお願いします!」

「運搬急げ!!」



 騒乱に塗れる現場に、1台のパトカーが止まった。


「…退いてくれ。」


 パトカーから颯爽と現れた若者が、立ち入り禁止のテープをくぐり炎を前にした。


「…自然的な発火ではないのだろう。建物全域から火が上がっているからな。」


 若者は燃え上がるソレを見つめながら冷静に言った。彼の仲間と見られる警察官は彼と共に炎を見上げる。


「ああ、その通りだ。まあ十中八九、放火だろうな。」


「発火物質を撒いた、といったところか。今のところ、建物から出てきた人数は?」

「13名、内4名意識不明、内2人は死亡が確認された。取り残されている住人はもう居ないだろう。」


 若い男は建物を見上げた。煙は囂々と天に昇っている。


「もう死人が…火の広がりが早いな。」


 男は静かに建物を睨む。


「中にいる犯人を捕る──現在の鎮火状況は?」


 男は涼しい顔で、炎立ちこめる眼前の建物に潜入することを宣言した。隊員達は驚愕と困惑を隠し切れない。消火指揮監督をつとめる隊員は、どもりながら男に情報を告げる。


「…三階以上が全焼したと見られています。二階中央にはまだ火の手が及んでいません。」


「何者かが生きていて、まだ炎の及んでいない域内に取り残されている可能性がある……外に出てきていない放火の犯人が居るとするならおそらくその二階の中央部…ということか。」


 男は冷静に分析し、建物へと歩み寄り始めた。


「気をつけろよ!お前──」


 仲間の警官が叫ぶ。


「…黙れ。俺はお前らと違って、怖れない。」


 若い警察官──神羽正義かんばまさよしは、入り口の戸のその上に跳び乗り、煤けた二階の壁を強烈に殴打した。

 その壮烈な一撃は壁の表面に凹みを生み出し、そこに神羽はもう一度、その右拳を叩きつけた。壁から何かの破片が飛び散る。神羽が繰り返し壁に衝撃を与えるにつれて、亀裂は徐々に大きくなる。間もなく、壁の表面は脆く崩れ去った。2歩下がり、圧倒的な加速でその壁に体を追突させる。建物のフレームすら拉げ、遂に彼が侵入できるほどの穴が生まれたのだった。


「…んなバカな…コンクリート壁だぞ……!?」


 神羽を見た消防隊員から驚きの声が漏れる。


(……あれが、神羽正義──最強の人間。)


 神羽の同僚の警官、跳谷遼とびやりょうはその様子をじっと視界に焼き付けていた。



──────────



「…お前か、この放火の犯人は。」


 神羽はパーカーを着た煤だらけの若者を呼び止めた。


「……警察だと?」


 フードを被った若者が火の中で蹲っているのが見える。警官は、数多重の火の粉を潜り静に挺進した。


「ここにいない方が良いぞ。知ってるか?煙を吸ったら、人間は数分も経てば勝手に死んじまうんだ。……ていうか、お前よく呼吸してられるな。」


 若者は思った以上に気楽な様子だ。陽炎に、顔は揺らいで見えた。神羽はその目を見つめる。見慣れた眼だった。全てを割り切ったようなその目を神羽は何度も見たことがあった。

 すでにその空間は眼前が墨色の煙に満ちていた。一呼吸で脳は必要な酸素を得られなくなるだろう。そんな中。若者が火中から逃げようとしない理由を神羽は推察する。

 どうも彼は煙に“耐え切る”ことができると判断したのだ。察して、そして神羽は、警棒を犯人の若者の喉に突きつけた。


「お前は法に反した。お前の罪は、罰せられなくてはならない。みすみす逃しはしないぞ。……大人しく連行されて貰おうか。」


 無表情の神羽を見上げ、放火犯の若者は小さな嘲笑を浮かべた。


「俺に、罰だ?笑わせんな。……“人造人間クリエイテット”として生まれちまった時点で……元から、俺は、もうこの世の端くれだ。」


 神羽は沈黙した。目を少し、向ける。若者の右腕に彫られている証は──彼が紛れもない人造人間である事実を示すものだった。この濃い煙の中で平静を保てる身体もまた、彼の身元の証明である。

 神羽は判った上で引かなかった。


「…違うな。人造人間クリエイテットは“正す”ために生まれた存在だ。貴様のように、世を犯し人を害する存在を、──俺は同類だとは感じないな。」


「…まさか、あんたも……。」


 若者は驚いたように神羽を見つめる。見つめた顔は徐々に引きつり、堪えかねて、彼は笑った。高く、嗤った。


「崇高だと!?よく言えたモンだ!俺らは生まれたときから差別される運命の下にある!どう生きたって底辺なんだ……ククッ……ハハハっ…ぐぉっ!?」


 神羽は無表情で若者の顔面を掴んだ。そして軽々しく、数メートル先の地面に投げ落とす。思わぬ強い衝撃に咳き込む若者を眼光で縛り付けながら、神羽はじりじりと近付いた。


「俺は正義の下に──お前を裁く。」



──────────



 “人造人間クリエイテット”という言葉は、この時代で馴染み深いものになっている。

 科学技術、遺伝子操作技術の発展により、人間は“人工的に生み出せる存在”となった。その結果、人間がモノのように扱われてしまう、非人道的、非道徳的なな社会が瞬く間に形成され、遺伝子操作による精神改変や能力上昇などの研究は更に進められた。間もなくして、優秀な“人造人間”をこき使う奴隷制が誕生したのである。

 国際的に批判が叫ばれる中、やはりというか、案の定、世界各地で“造られた人間”を差別する風潮が生まれ始め、またそれを区別する外見的象徴──人造人間らの右腕に“created”『創られたモノ』の刺青を埋め込むことは、国際的にも、人造人間製造における暗黙の法規とされてしまっている。


 この国は、卓越した科学技術を“強く、賢い人間”を生み出すことに生かし始めた。

 “造られた人間”に対する差別風潮は激しさを増し続ける。そんな中この国では、『多数の人間の遺伝子からその形質のデータをとり、良い物を交配して最高の遺伝子を生み出す』という手段を執り、極秘に、あるプロジェクトを進めた。

 それこそが、『国家人造人間産業強化増長計画』だ。

 極秘研究の末生まれた“最強の人間”は、現在、早くも国の警察機関の前線に駆り出されている。

 神羽正義、彼はその“最強の人間”──専門的にはヒューマネストと呼ばれる──として、警察機関に協力している内の一人であった。

 研究の中では、思考力、集中力、記憶力、身体能力、身体性質という五つの分野によって遺伝子の要素を区分けし、その優れた部分を操作することにより全てを兼ね備え、更に極限まで能力を高めた人間を生み出すことが出来た。その過程で、変異や微々たる能力の欠如によって目指す能力を得られなかった多数の被験体の──例えそれが赤児だったとしても──処分が行われており、それは世間の一般人には当然知られていない。

 才能に評価をつけた後、知力や体力における厳しい訓練を施す。これらによる“成長”を踏まえた上で、総合的能力の判定、最も良い成績を残した人間を“最強の人間”とする──

 このような行程で沢山の人造人間を篩に掛け、数々の犠牲を生み、結果として、当初の使用条件を満たし、実用段階に踏み切れた“最強の人間”はたったの六名。内一名は過度の訓練による精神障害によりロールアウト出来ず、二名は実験設備からの脱走を計画、片方は処分され、片方は行方不明となった。神羽を含める残った三名のみが、この国の警察機関で、主に不特定多数の生命、財産の危機の伴う事件の解決のために活躍している。

 このプロジェクトで生み出された“人造人間クリエイテット”は1833名、内廃棄されたものは1753名。その他は無責任にも処分されたが、一般企業などに能力を買われ無事過ごしている者もいる。残念ながら彼らにも差別が絶間なく、また奴隷のように扱われる者も多い。

 無論、プロジェクト外でも人造人間は生産され続けており、この国の人口の約百分の一は人造人間となってしまっている。

 この社会の人造人間への奴隷的評価を“仕方ないもの”と教えられ、自身もそう捉えてきた神羽のような者達は、優秀な能力を持ちながらもどこか人間味のなさに満ちており、世間では彼らに対する畏怖の念が強い。

 だが度重なる事件において人間離れした身体能力や鋭い洞察力を発揮して解決に貢献する彼らを、近頃の民衆は高く評価するようになり、特に神羽はメディアにも多く取り上げられる有名人となっている。



──────────



「おい…何をするつもりだ!?」

「言ったはずだ。お前を裁くと。」


 神羽は無表情だ。倒れた青年の左肩を踏みつける。特殊警棒は既に放火犯の若者の頭に狙いを定めている。


「ま、待て、何すんだ!?」

「殺す。正義に反しているからだ。お前は人造人間おれたちの意義を嗤った。それに──自分で言っていたただろうが。人間はここに居たらどうせ死ぬ。それなら、俺がお前に裁きを与える。お前はそれで初めて罪を自覚することになる。」


 彼は生まれたときからその名の通り“正義”を追求しながら訓練を続けてきた。

 彼にとって正義でないものを、彼はただ裁くのだ。

 神羽は、放火犯の後頭部に特殊警棒を振り下ろした。


 鋭く、金属の衝突音が響く。


「………あ……!」



 轟いた音の余韻が消える。神羽は眼前の風景を前に閉口した。

 若者に振り降ろされそうになった特殊警棒を受け止めたのは金属塊だった。金色に輝くそれは、──つるぎだ。

 謎の男が若者を守っていた。

 その空間に、ただ、炎が滾る音が響く。

 そして直後──神羽は眼前の風景を即座に噛み砕いた。


(この放火犯の仲間か?とすればコイツは……)


 思考に先行して、彼にとって何より重大な事実が脳裏をよぎった。

──何者かが自分の邪魔をした──

 神羽は、人間が振るうにはあり得ない速度で、叩き下とされたはずの警棒を振り上げ、剣を持った男を殴打しようとした。

 だが、その一撃が男を捕らえることはなく──剣を持った男はそれを超える速度で若者を抱きかかえ炎の中に飛び込み、駆け抜けた。

 一連のその動きは、まるで神羽がすぐさま反撃の一打に移るということを予知していたようだった。

 内心、神羽は驚愕していた。

 “最強の人間”である神羽は、人間を遙かに超えた能力を発揮する。──それこそ先程、生身でコンクリートの壁を破壊したように、だ。

 そんな能力によって生み出された警棒の一閃に、この男は対応したのだ。

 言われてみれば一つ気がかりなことがある。──俺が、周囲の人間の気配に気付かないままに、接近を許すはずが無い。今の男は、完全に俺の意識の観測外から現れた。


「お前は今、“正義”と言ったな?」


 炎の奥で立ち止まった男の声が響く。マントとフードの装いで表情は見えない。


っておけ。自分の感情論で人を殺すのは少なくとも正義なんかじゃない。」


 マントの男は動じず、こちらを見つめている。


「俺は、数々の人々を死に追いやったその男を、社会的正義を裏切ったと判断した…何か間違っているか?正義に反した者を粛正するのが、この俺の任務だ。」


「お前は偉そうに正義の裁定者を気どれる身分じゃない!……ただの人間なんだよ。」


 フードを被った男は叫んだ。瞳には炎が宿る。男は神羽に、まっすぐに剣を向けた。


「人間は、人間を裁けないんだぜ?」


 男は静かな感情を言葉に浮かべている。神羽は男に妙な不気味さを感じた。──コイツは何を言っているんだ?


「──人間じゃない。……正義の裁定者として、俺は、“創られた”んだ。」


 神羽は鋭くマントの男を睨み付けた。


「造られた、か。」


 フードの男は何かを考えるように黙って立っていたが、やがて神羽に向き直った。黄金の剣を腰の下に納める。


「“造られた”かどうかで、人か人じゃないか区別するのは、それこそ正義なんかじゃないだろ?」


 そう言い残し、フードを被った男はこちらを向いたまま、犯人の若者を抱え、後ろに倒れ込むように、割れた窓から飛び降りた。


「……!待て!」


 フードの男は体を捻り灰と火花と共に空を舞った。鮮やかに着地し、足音を響かせながら前進し始める。

 建物の外では突如現れた異形の男に人々は驚きを隠せないでいた。


「犯人か!?」

「確保しろ!」


 火の粉を散らしながら地に降り立つ影は、人を絶句させた。全身を覆い顔を隠すマントとフード。かちゃりと音を立てながら鈍い金属光沢を醸すブーツ、何より、金色こんじきに光る剣の先端がマントの下から垣間見えていることが、この男の奇妙な恐ろしさを際立てた。


「俺は犯人じゃない──この人ですよ、お巡りさん。」


 フードの男は放火犯の若者を警察官の跳谷にそっと預けた。


「…誰だ?」

「何故炎の中から…?」


 辺りの人々はざわつきを見せる。跳谷は違和感を覚えたような顔を浮かべ、恐る恐る言った。


「……神羽に、何かあったのか?」

「…神羽。さっきの人造人間、だな。あれには少し──話したいことがあったんだ。」

「…な…お前はなんだ?」


 跳谷はフードの男に疑念の視線を送る。

 炎をくぐり抜け、現れた神羽はフードの男を見下ろした。男はそれを確認すると高く笑った。そして周囲に向けて彼は大きく叫んだ。


「俺は、この世界に本当の正義と平等を謳うために来た。」



「俺の名はライル。“正義の味方”だ!」

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