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天界からのエージェント <ヒデキの恨み晴らします! 編> 前半

作者: 君島 明人



第一話 天界いいとこ一度はおいで・・・


 東日本大地震から8年が過ぎたここ福島第一原子力発電所。

私は5年前からここで除染作業員として働いている。

しかし、廃炉工程の方はそれなりに進んではいるが、強烈な線源である燃料デブリが原子炉の底に残っているのと、膨大な量の放射性廃棄物の処理の為に効率的な作業ができないというのが現状だ。


先日、あるラジオ番組で元総理経験者が日本は原子力発電所を廃止して自然エネルギー発電を推進すべきであると主張していた。確かに原発はトイレのないマンションに例えられ、原発政策は先の無い愚かな政策と言われるかもしれないが、トイレなどと言う次元の話ではなく、放射能の無力化には金と手間がかかるという事である。

いやしくも日本を代表し、原子力政策を推進する立場にあった者が、国力の基本中の基本であるエネルギー政策の重要な分野を “あれは間違いでした” と平然と言える無節操さは、只々あきれるばかりである。

そもそも放射性物質と言っても他の物質同様、陽子と中性子と電子で出来ているだけなのだから、放射線を出して暴れる悪い核子は高速炉の外周に吊るして嫌というほど中性子をぶちこんでやれば、想像ではあるがその多くはヘリウムと水素と鉄位にしかなりようがない。その他にも溶融塩電解によって、汚染された金属から有用な金属だけを回収し、残された性悪なやつらはまとめて回収する方法もあるようだ。溶融塩とは塩の事で、電解とは早い話が水の電気分解のようなものである。これら回収した放射性物質にまた中性子を浴びせればレアアースとして再利用できるかも知れない。人類は困難に直面してこそ進化するのである。勿論コストの問題は残るが、費用に対し、技術の進歩と言う効果が見合わないと言うことであれば 「もうやめようよ!」 でも分からないではないが・・・。いずれにしても、核分裂のエネルギーを利用する事には高いリスクがあると言うことは間違いない。人は賢さと愚かさを併せ持つ生き物である。その人と人が集まって社会を形成するようになると、より愚かさだけが際立つ傾向を見せる。だからこそ人間社会には正しいリーダーが必要なのである。


 今日は生憎の雨模様である。いつものようにトリチウム(三重水素)貯蔵タンクのひび割れや放射線量に異常が無いか検査していた。協力会社の監督がやってきて 「昼便のバスが来る頃だから、午前中の作業はその辺で終了してください」 と言ってきた。私はそれに応じ、鉄製の梯子を降りてもうすぐ地面と思ったその時、不覚にも雨で濡れた梯子から手を滑らし、横倒しの状態で嵩上げしたコンクリートの淵にわき腹を打ち付けてしまった。一瞬息が止まり激痛のあまり気を失ってしまったようだが、その後の記憶がない。労災事故で監督には迷惑をかける事はあっても、決して大事に至るような事故ではないはずである。しかし今の自分が置かれている環境がなにやら怪しいのである。

気が付いた所は病院のベッドの上だった。いや、正確に言うなら病院のような雰囲気の部屋のベッドのようなものの上に寝かされていたのである。

「やあ、気が付かれましたか?」 医者なのか看護士なのかは分からないが、なにか申し訳なさそうな顔で声をかけてきた。 「私は怪我をしたのですか?」   「はい、あばら骨3本ほどにひびがはいってましたが、治療しておきましたので全く問題ありません」 「それは有り難うございます。で・・・ ここはどこの病院ですか?」 医者か看護士か分からないその人物は私の質問に答えず「ただいま責任者をよこしますから少しお待ちください」 と言って部屋を出て行った。責任者とは協力会社の監督さんかうちの会社のおやじ(社長)だろうと思った。労災事故を起こしたら監督さんが首になるかも知れないのである。

するとほどなくしてノックする音と共に役人風の男が入ってきた。 「沖田さん、この度はご迷惑をおかけしまして大変申し訳ありませんでした」 と謝ってきた。 「え!? 何?」 労災事故を起こして迷惑をかけたのはこっちだと思っていたから、いきなり謝罪をされてもなんの事やら分からない。 「俗名沖田猛 享年52歳としてしまいました。謹んでお悔やみ申し上げます」 銀縁メガネの役人チックな顔をして冗談では済まされないジョークを真顔で言ってきた。私はそれを労災事故を起こした自分に対する皮肉だろうと思ったので 「ああ、分かってますよ! こんなつまらない事故を起こして会社に迷惑をかけたのですから責任を取って退職でも殉職でもしますよ! 戒名はセルフサービスですか?」 

すると銀縁メガネはムッとした顔をして 「いえ、あなたはもう既に地上界から旅立たれているのです。そしてここは天界の診療所です。 それにセルフサービスの戒名なんて聞いたことありませんが、何なら私がつけてあげましょうか?」 今度は喧嘩を売ってきやがったか? でも“ああ、そうなんですね? 不束者ですが宜しくお願いします”などと冗談でも言う気になれない。

「つまり私はあのつまらない落下事故であの世行きになったとでも?」

銀縁メガネはやや不本意といった顔で 「あの世とはどの世の事か分かりませんが、ここは“天界”と呼ばれています。他にも“天国”と言う表現もありますが、この表現だと“酒もお姉ちゃんもウッハウハ~”・・・と勘違いさせる可能性があるので、正式名称は天界としています」 あの世でもどの世でも死んでしまったって言う事に変りはないではないか。それよりも何故あの程度の事で死んでしまったのか、猛烈に疑問が湧いてきた。その疑問を銀縁メガネに確かめたところ、実はあの事故が起こった時間に、たまたま現場上空に訓練飛行をしていた“二体”の死神が通りかかり、教官役の死神は放射能を気にして迂回し、なにも知らない新人はそのまま進んで地面に横たわっている俺を死体と勘違いして天界にお持ち帰りしたらしい。本物の死体なら魂だけが釜の先にかかり、重量も100グラム程度?だが、生身の肉体を引っ掛けて空に上がればそりゃあ重い事この上ない。新人で若いから出来た芸当だが、それでも指示されたいわき方面まで持ちこたえることが出来ずにまっすぐ天界に戻ってしまったのである。生身の、しかも生体を持ち込まれた天界の役人達は大慌てのパニック状態となったが、気を取り直して善後策を検討した結果、とりあえず怪我の治療をして様子を見ようとなった。

事の顛末は以上のような事であったが、まだ不安材料がある。

「すると・・・ 間違いであったのであればあばらのヒビが治ったら帰ってもいいんですよね?」 この銀縁メガネの人物は死神庁入国管理局魂受け取り課の課長輔佐でSG-31と言う名前らしい。名前なのか記号で呼び合っているのかは分からないが、天界の住人は全てこのような名称を与えられているようである。 「はぁ~・・・ 沖田さんがそのようにしたいと仰せになれば・・・ですが・・・」 「うん?なになに、よく聞きとれなかったんですけど? 怪我が治れば帰れるんですよね!?」 「それはもう、元々は我が死神庁の職員の不手際でこうなったのですから、勿論あなたの希望に添えるように努力します。 只、折角天界にお出でいただいたのですから、まずは天界観光などを楽しむというのも一考の価値があると思いませんか?」 「まあ、それはそれで滅多に来られるような所ではないので、それも有りかとは思いますが、あまり無断欠勤が続くと失業してしまうかも知れませんので、お気持ちだけ有難く頂くと言うことでお願いします」 「そうご遠慮なさらなくとも良いではないですか? この天界という世界が地上界では“天国”と呼んでいるそうですね? 何故天国と呼ばれるようになったか、その理由を知りたいと思いませんか?」 「天国と呼ばれるようになった訳ですか? う~ん、正直言って興味はありますねぇ。

でも今でなくてもいずれは此処に来ることになるのでしょう? それならばまた来る日まで楽しみを取っておくと言うのも一つの方法ですよ! なので今回は天界観光は辞退させて頂く訳にはいきませんか?」 「それがですね! 地上界の人たちは、死んだら必ず三途の川を渡って閻魔大王様の裁きを受けた後、悪いことをした者だけが地獄に落ち、善人はすんなり天国に行けるものと勘違いしているようなのです」 「え? そうではないのですか?」 「運よく死神に連れてこられた魂はとりあえず天界に来て、閻魔大王様のご機嫌が悪くない限りそのまま天界に永住できますが、死神に発見されなかった死体はストレートに地獄に落ちて、そこで赤鬼の肉体的シゴキに耐えて体力を蓄え、青鬼の強制学習をこなして知識を蓄えた後、十年に一度開かれる全地獄界知識、体力選抜大会で上位5%に入れなければ、また新たに十年の間、鬼達によるシゴキに耐えなければなりません。だからそこが地獄と呼ばれる所以となったのです」 「うわ~ それは絶対嫌だ! もし俺が上位5%に入れるくらいならとっくに防衛大学校を主席で卒業して海将になって、定年を迎えたら退職金を貰って大学教授に天下る事ができるよ。子供の頃から勉強は大嫌いだったのに、死んでからもそんなにやらされたら死んだ方がましだよ。 あれ? なんか変だぞ。 一回死んでいるからもう死なないか? って事は、ひょっとして永遠に死ぬ思いで精進と研鑽をつまなきゃならんの?」 「そうですよ。だからあなたは理由はともあれ、天界に来たことはラッキーだったとも言えますね? それより怪我が治ったら私が天界の“ムフフ~♪なところ”にご案内しますよ! どうですか? こんな良い条件はないでしょう?」 「ちょっと待って下さい。 地上界でもこのパターンに似た経験をした事がありますよ! “タダより高いものはない”とか、“うまい話にはウラがある”とか・・・ なんでそんなに引きとめたがるの?」

 「はぁ、それがですね 天界の役所にも無謬(間違いは有り得ない)の原則というものがありまして、死神も含めて役人が間違いを犯すなんて有る訳ないという事になっているんです。もし沖田さんの件が間違いだと認定されると、私も新人死神のSG-1033も“生”を受けて地上界に旅立たなければなりません」 「生まれ変われるのだから目出度いのではありませんか?」 「いやそれが親を選べるならいいんですが、虐待をする親かもしれないし、貧乏な家に生まれるかもしれない。もしそうなったら地獄に落ちる事と変らないでしょう?」 「へぇ~ そんなもんですか? んで、あの世・・・じゃなかった、天界に拉致された私の立場はどうなるの?」 「はい!! もし沖田さんにご承知をいただけるのなら嘱託公務員となって天界の富裕層からの依頼を受けて、天界のエージエントとして活躍なさる道をご用意できます」 「それじゃあ私もミスするとそのぅ・・・超クソ貧乏な家に生れて虐待を受けるとかとんでもない事になりませんか?」 「超クソとは言ってませんが・・・それは大丈夫です。嘱託公務員は凡人だから無謬の原則はありません。それとエージェントは沖田さんのように何らかの理由で生体で昇ってきた者しかなれませんので、仕事は独占状態でガッポガッポ儲かりますよ!」 何らかの理由で下界から生きたままでやってきた者とは、他にどんな理由があるのか聞いてみたい気もしたが、恐らく言い訳であろう。凡人は余計だが、それが現在私一人しかいないらしい。 「そりゃ~そうだわな、そんなにしょっちゅう間違えて連れてこられたら人間やってられないよ!でも独占、ガッポガッポ・・・それはそれで良い響きですなぁ~ でもまあしょうがないか? 引き受けしましょう!」 そんな訳で話はまとまり、あとは退院する日を待つのであった。


第二話 天界永住


 SG-31の手配で死神庁の寮を用意してもらったのだが、寮の名前が天界死神寮となっていて、夜の寮のトイレで死神と出くわす事を想像したら用も足せず、何だか落ち着かない。退院してから毎日のようにSG-31に案内されて天界の

”いいところ“ を見学している。三途の川の渡し舟に乗って花火見物をしたり、地獄と呼ばれている特訓会場を見学した。地獄に落ちた者達が大勢の前で演説させられたり、単行本一冊分の文章を暗記させられたり、何十キロも真冬に山中を歩かされたりする様を見ていると、ここはまさしく地獄の一丁目そのものであった。そして今、閻魔大王庁から呼び出しをうけて大王に拝謁させられている。SG-31からはくれぐれも今回の一件ミスについては大王様にばれないようにと念をおされている。人間、誰でも同じだろうが、SG-31の連日の献身的な接待を受けている身として、やはり人情にほだされてしまうものである。 「閻魔大王様のご尊顔を拝し奉り、この沖田毅 恐悦至極に御座います」 「ヒャッハッハ~ 何それ? そんな古式ゆかしい挨拶は始めてだよ。あなたはいつの時代から来たのですか?」 「ハッ!? 大王様もお人が悪い。しかしおからかい下さるのも大王様のお優しさと感じ、不肖沖田毅望外の幸せ者にござりまする~ぅ」 「ふぅ~ まじかよ! ちょっとぉ 沖田さん、顔を上げて私を見なさい!」 「はい?」 「私が何に見えますか?」 「え~と ちょっとダサ目な青年・・・あ! いや、失礼いたしました!」 「いやぁ、それでいいのです。私はまだ二年目の閻魔大王庁所属の裁判官です」 「ちょっと想像していたイメージとは違うような気がしますが・・・?」 「あのメンタマひんむいて怖そうな顔をしたキャラでしょ? それは閻魔大王庁のゆるキャラマスコットですよ。閻魔大王と言うのはこの大王庁に所属する数百人の裁判官全員の事を言うのです。だからもっと普通に話して下さい」 「大王様がそんなに何百人もいたら威厳がないですね」 「毎日平均で数万単位の魂を捌くのですから、これでも人手が足りない位です」 「裁きでなく、捌くんですね? やはり一人々は無理ですか?」 「そりゃあ無理ってもんですよ。ベルトコンベアーで大量にやってくる魂を一気に処理する訳ですが、間に合わなかった魂は全部地獄行のゴミ箱に入ってしまうので必死ですよ!」 「どうやって良い魂と悪い魂を区別しているのですか?」 「注意して見ていると、小さなキズや歪みがあるので分かります。あなたもやってみますか?」  「いやいや、私ごときハンパ者が大王様の真似をするなんて滅相もございません」 ┌そんな堅いことを仰らずに人手不足を助けると思って、是非お願いできませんか?」 「さすがにそれはダメでしょう。 普通の人間が閻魔大王になりましたなんて事がバレたらバチが当たりますよ!」 「・・・そうですか、一瞬期待したのですが、やはりダメですか? もし気が変わったら何時でもいいのでお願いします。 ・・ところで、あなたは生きたままこの天界に来たと聞いたのですが、それは一体どのような理由で来たのですか? まさか何かこちらの手違いという事であれば、今なら直ぐに手続きをして戻してあげますよ」 「あぁ、はい 別に手違いとかそういう事ではなくてですね・・・ えーと、私が希望して観光も兼ねて来たのです!」 「それはご奇特な事ですね。で、お帰りはいつですか?」 「出来ればこちらで職を探して永住という事を考えています」 「あ! それで思い出しました。実は死神庁からあなたの永住許可申請書を預かっていました。本人の希望という事で間違いがないのならここに判を押しておきますからお持ち帰りください」 永住許可が下りたという事なのでSG君達もこれで安心して暮らせるという事だろう。しかし俺はもう元の世界を放棄したことになる。  


 ぼんやりと寮の窓から外の景色を眺めていると、貸与されていたスマホに早速仕事の依頼メールが入ってきた。依頼主は天界国設公文書館のトップレベルからのようである。私に公文書の管理でも頼もうと言うのだろうか? まぁ、引き受けるか受けないかはこちらの自由であるから、とりあえず話だけでも聞いてみよう。約束の時間5分前には公文書館に到着して、受付で依頼主のTJさんを呼んでもらうと、多分秘書であろう若い女性がやってきて案内されるまま付いていった。館長室と書かれたドアーをノックして中に通された。何か面接にでもやってきたようで緊張感を覚えながらソファーに座っていると 「お待たせしました!」  と甲高い声で口髭に丸メガネのおじさんが入ってきた。 「私がミッションの依頼をしたTJと申します。正確にはTJ¬-101と言うのですがTJで結構です」  なるほど、SGもTJもアルファベットの部分は苗字か所属らしい。それにしてもこのおじさんはなんか見覚えがあるけど思い出せない。 「それでご依頼の内容はどのようなご用件でしょうか?」 「先日死神庁のSG-31君からの極秘情報で、この天界に足がはっきりした人物が入ってきたというのを聞いてね。それで足のあるあなたに下界まで使いをお願いできないだろうかと思って御連絡を差し上げたという次第でして」 素性がはっきりしてると言うなら判るが、足がはっきりしているとは聞いた事がない。 「以前から疑問に思っていた事ですが、足なら皆さんお持ちになっているように見えますが?」 するとTJはズボンの裾をめくり靴下を脱いで見せた。 「ん?なんか足が薄く透けているように見えますね?」 確かに足のようではあるが、なんだか血の気がない蝋人形のような足である。 「これは義足ですよ。みんなここに来るときは死んで魂だけになるのだけど、魂は足まで再生できないので、それでは歩くのに不便だからと言う事で義足をつけているのです。いやぁ~ あなたには立派な足があってうらめしい・・・じゃかなった、羨ましい!」 「それはどうも有難う御座います。 もう一つ疑問があるのですが、足以外の姿が再生するまでの間は“義体”で過ごすのですか?」「体が作り物では生きていけんでしょう。完全に再生されるまではゆりかごのようなベッドで寝かされて育つのです」 「成る程、そうなんですか? それで私が使いに出ると言うのは具体的にどのような事をすればよいのでしょうか?」 「それがですな、個人的な希望で大変お恥ずかしい事なのですが、わしの魂の経由地を靖国神社経由にしてもらいたいと思っていましてね。何しろ当時わしは巣鴨刑務所から直接天界に昇ってしまったので、戦友名簿から消されて同窓会にも行けない始末でして・・・」 「ふ~ん、それはお気の毒でしたねぇ・・・って、ああっ! 東条さん!? 東条英機さんでしょ? 一体こんなところで何してるんっすか?」 何してるも何も彼は好きでここにきたのではないし、その実力で現在の地位まで昇ってきたのであろう。興奮のあまり馬鹿な質問をしてしまった。TJ改め東条は我が意を得たりと思ったのか急に地を出して話し始めた。 「わしも余命を残してここに来たくはなかったが、あのルーズベルトの野郎に嵌められた上に、マッカーサーのガキに吊るされてしまい、その事を思い出すたびに悔しさで夜も寝られんじゃったよ」 「はい、その事なら私も良く理解しています。それでその二人は今どこに居るんですか? なんならこれから一緒にそいつらを殺しに行きましょうか?」 「いやいや、それには及ばんよ。わしがここに来たときは、先にルーズベルトが来ていてシカトしやがるから天界裁判をおこしたんじゃよ」 「ほう、極東軍事裁判のリベンジマッチですね? それでどうなりました?」 「勿論わしの正しさが証明されて、ヤツはガチョウの刑を言い渡されて下界に追放されたよ。因みに後から来たマッカーサーはミシシッピーアカミミガメにしてやったさ!」 「ハハ~、あの縁日で売られているミドリ亀ですね? それは愉快でしたなぁ~ ん~・・・それでもまだあなたの御魂の扱いが残っていると言う事ですね?」

「こればかりは現地に行かなければどうにもならんのじゃよ。更に言えば、わしは多くの兵と国民を死に追いやったと非難も受けている。これを言われるとわしも辛い。しかし、一夜にして10万人もの東京市民を焼き殺したルメイの野郎は、後に被害国から勲章まで貰って英雄気取りだったと聞いておるが・・・」 「それだけではありませんよ、アメリカは広島と長崎に落とした原爆で何十万人も一般人を虐殺しましたよね? あれは日本の為を思って慈悲の心でやったような世迷言をぬかしております。確かに戦争と言うものは悲惨な結果しか残らないのですが、しかし当時の欧米列強と言われる国々では我々アジア人を家畜と飼い主か、或いは奴隷と主人かの関係で見ていたのですから、日本がアジアの雄として立ち上がった事には理解も同情もできます」 「そう言ってもらえるとわしもほっとするよ」 「しかしあえて厳しい事を言わせていただくなら、諸悪の根源は“負けた”と言う事です。戦うなら絶対に負けてはなりません! 勝てる気がしないのなら戦わず耐え忍ぶ事です」 

「そんな事は分かりきっているが、最初から勝てるか負けるかなんてやってみなければ分からないのではないのかね? それとも未来の世界では戦争はなかったとでも言うのかね?」 「そりゃーあるにはありましたが、強い国が弱い国を相手に一方的にタコ殴りにするような戦争ばかりです。しかし強い国同士は口で争っても実際に戦争はしませんよ。結果が先に分かっているからです」 「それでは我が大日本帝国は列強の中に入っていなかったと言う事かな?」 

「残念ながら当時のアメリカとイギリスはそう思っていたことは確かですし、仲間に入れる気もさらさらなかったのでしょう。そもそも日本から先に世界チャンピオンに手を出したのだから是非もない事です。しかし私が誇りに思えるのが、アメリカを除けば、ドイツとソ連に並んで日本も同等の軍事力だったと言えるでしょう。あとはどんなに威張っていたとしても全く相手にならないほど弱い国ばかりです。明治以降の僅かな間に日本が世界第二位タイの軍事強国となったのですからすごい事だと思っています」 

 それから暫くはどうすればTJ氏の期待に答えることができるか方法を話し合ってみたが妙案は浮かばない。アメリカと言う強大な相手を筆頭に国際社会から包囲されて、鉄も石油も何もかも入ってこないとなったら、一体日本に何ができるのだろうか? 例えば或る中学校の生徒達に例えてみよう。学年は無視して、学校内には不良少年グループがいたとする。そのグループのリーダーである米男は中学生とは思えない程体が大きくて強い存在である。その周りの子分達はたいして喧嘩も強くないのにチームの特権を嵩にきて乱暴狼藉の限りをはたらいている。独男は過去にこの連中からひどい目にあって大金を巻き上げられたが、弱い事は悪とばかりに、更に弱い生徒達を無理やり子分にして強くなろうとした。当然不良グループと衝突することになり、リーダーの見ている前で喧嘩が勃発した。一方、日男は不良グループとは比較的仲が良いように見えたが、最近習い始めた空手の腕があがり黒帯レベルに達していた為、米男が最も嫌う自分達同様の腕力を持つ事を“みんなやっているから”と、意に介さず張り合う姿勢を見せた。そこで不良グループは束になって日男に陰湿ないじめを開始した。それを見ていた独男が一緒に闘おうぜ!と日男に秋波を送ってきたので本格的な乱闘騒ぎとなったのである。ここにはソ男は登場しないが、こいつは絶対に油断のできない相手である。と・・・まあ、こんなところであろうか。俺は軍事なんて知らないし、歴史はともかく戦争史もよく知らないのである。アメリカに勝つには平成の知識を昭和十年代に伝える事位しか思いつかない。 「戦後の日本人は戦前の日本の科学と工業力を低くみすぎているようだが、決してそのようなことはない。アメリカと戦争になる前から経済封鎖をされて物資が不足し、十九年になってからは空爆で国内の主要工業設備や研究施設を破壊された為に、そのような誤解を生んだのであろう」 「でも当時のアメリカには自動車も冷蔵庫もジュークボックスもあって、日本とは比較にならない豊かさがありましたよね?」 「それは技術や科学の差ではなく、あくまでも国の経済力とその規模の差じゃよ! 結局日本は貧しいままで終戦を迎えた為に、工業も化学技術も進歩する機会がなかったのだよ。高度な技術や精度を必要とする工作機械も、カネと時間があれば難なく作れるはずだよ。 だから当時の科学者や技術者を信じて、あなたの僅かばかりの未来知識を伝えてやってほしい!」 「僅かばかりとは随分ですね~ それより未来知識を蓄えたTJさんが行けばもう負ける事はないんじゃない?」 「悪かった! 悪かった! 冗談じゃよ。 ここは是非沖田君の豊富な知識と経験をもって現地の皆に伝えてやって下さらんか?」

昭和16年10月18日の東条内閣発足に合わせて出向して日本が戦争を避けるか、それとも負けないようにするか、現地の東条総理と緊密に連携して進めることとなった。事前連絡は天界の無線電信搬送波にテレパシー信号を乗せて現地の東条総理に届くようになっている。


第三話 科学技術大国大日本帝国


 昭和16年10月 帝国ホテル

天界から出向してきて、今日で3日目となった。初日には陸軍省から迎えの担当者が来て、ホテルの手配と手許金を用意してくれたので銀ブラしたり皇居の周りを散策しながら、昔はこうだったのかと感心しつつ過ごしていた。

ホテルのロビーがよく見渡せるカフェーの席で、行きかう紳士・淑女の姿をもの珍しそうに眺めていたら不意に声をかけられた。見ると先日お世話になった陸軍省の事務官と、見慣れたような気がするTJ風の軍服姿の人物であった。

私は反射的に立ち上がり思わず敬礼しそうになったが、さすがに慣れない動作は体がついていかず目礼になった。 「ご紹介します。内閣総理大臣の東条です。こちらは天界からのエージェントとして来られた沖田ツヨシ殿です。」 「東条です、今般は未来のわしのお頼みと言うことでご足労願った訳ですが、何卒よしなに頼みます」 私は天界でTJ氏と打ち合わせた計画を詳細に伝えたところ、東条総理は初めは何を言ってるのか分からずポカーン顔だったが、やがて表情は緩んで希望の眼差しとなった。 「さすが80年も未来から来た人は、我々が想像もつかないような事をポンポンと仰る。でもわしはそれに答える為に、我が国最高の技術者と研究者を提供しますぞ!」 「お金もかかりますのでその辺もお覚悟ください」 「なぁに アメリカをやっつけたら莫大な戦費賠償をさせてやるさ」 「私の計画と推測ではアメリカには言い値で自動車と家電製品を買わせて儲ける予定です。それに航空機と兵器類の自主開発を禁じて、古くなったレシプロ戦闘機や三八式銃なんかも売りつけましょう。なにせ消費大国で戦争好きすから・・・でも、ソビエトはドストエフスキーの時代に戻るかもしれません。国土が広いだけでカネがあるとは思えないから、戦利品は資源と領土くらいなものです」 「ワッハッハ それは愉快々、わが国が此度の戦争に負けなければワシはそれでよい。他にも何かあるかね?」 「これが一番大事なことですが、陸軍、海軍を統合した国家最高戦略本部を立ち上げてください。本部長は東条閣下で、私がその都度提案します」 「しかしそれでは大本営とかぶってしまうぞ。それに満州軍や海軍の一部強硬派からわしが突き上げをくうかもしれんしなぁ」 「大丈夫です、そのような強硬派が一番喜ぶようなことしかしません。それと陛下ご臨席の大本営とは違って純粋な軍事技術と情報を基に作戦を遂行するものです。私が心配しているのはオバカな作戦をたてたり、怠慢な軍事行動で負けなくても良い戦に負ける事です。そしてこの組織には警察も含む全ての情報を収集して分析し、いつでも必要に応じて戦略会議で検討して参謀本部と軍令部のお役にたてるという体で行きましょう」 「よし! そうしよう。だが最高の2文字は削除したほうがいいだろう。あと、ここにおる辻君だが、君の参謀役として使ってやってもらいたい」 「辻さんって、あの辻政信さんですか?」 「政信は自分の腹違いの兄です。自分は義信といいます」 成る程、記憶している人物よりは若くてイケメンである。 「彼はまだ三十そこそこの青二才だが、帝大理学部を主席で卒業した天才科学者じゃよ。きっと沖田副本部長の役に立つじゃろ ワッハッハ~・・・」


 昭和16年12月7日 国家戦略本部 霞ヶ関(陸軍省内)

いよいよ明日未明に運命の日米開戦と決まった。何とか戦争を回避出来ないかと模索してみたが、とても声に出して言えるような雰囲気ではない。それでは是非もなしとして真っ先に手を打ったのは、半導体開発の初めの一歩となるシリコンの製造であった。99.999999999%までの純粋なシリコンとは言わないまでも、限りなく純粋になるように目標を置き、燐やアルミのドープ方法と単結晶体のインゴット引き上げのノウハウを某菱マテリアル社に提案したところ、喜んで引き受けてくれた。シリコンの製造方法はトップシークレットとし、その後のトランジスタの開発や、そこから更に発展するICチップや集積回路についての概要を分かる範囲ではあったが、日本を代表する存在になるであろうエレクトロニクス産業界各社にプレゼンしたところ、言い方が古いかもしれないが、たちまち大フィーバーとなり、その内の大手数社が某菱マテリアル社の株式購入を持ちかけたと言う。

 今、東条総理と辻君がなにやら話しをしているが、表情には深刻さが滲み出ている。そんな東条英機本人を眺めていると、あるお笑いのフレーズが頭に浮かんできた。“♪~ ヒデキです 何百万人も人を殺した奴に戦争犯罪人と罵られました。お前に言われたくないとです。 ヒデキです 戦ってもいないのに、お前に勝ったと言われました。記憶がありません! ヒデキです 今まで味方だと信じていたのに島を盗られました。 バカでした! ヒデキです・・・”

「総理、例の宣戦布告のタイミングについては大丈夫でしょうか?」 「ああ、くれぐれも齟齬のないように命令しておいたよ。それより当面の対米戦にどう対処する予定か聞かせてもらいたいのだが・・・」 「はい、まずは30機程の一00式司偵をターボチャージャー付エンジンに乗せ変えて多少の急降下攻撃に耐えられるよう改造を指示しています。それに赤外線探知型対艦ミサイルを二発装備する予定です」 「対艦ミサイルとは何だかすごいのう・・・ 

そんな未来の兵器が作れるのかね? それに一00式司偵のエンジンはすぐに間に合うのかね?」 「ミサイルとは言っても目標直近の上空5,000メートル位から発射させるタイプなので、頭のいい爆弾に噴進力を加えたようなものです。一00司偵のエンジンについては、既に三菱でハ112-二段二速エンジンというのを設計中です。このままマイペース行ってしまえば再来年12月完成になる予定ですが、辻君に頼んで、予算とトップクラスのエンジニアを集めて、特別プロジェクトを組んでもらいました。恐らく来年の6月までにはテストも訓練も終了する予定です」 「来年の6月というと?」 「今後の推移次第で分かりませんが、山本長官がミッドウエーとハワイを狙いに行くと言い出す時期です。それにあわせて出来るだけの準備をしたいと思っています」 東条はなんとなくそれを知っているような感じである。全然驚かない。しかし辻は初耳らしく上気した表情で「総理、お任せください。自分が空母退治用の強烈なタ弾を作ってミサイルの弾頭にのせます」 「タ弾とは?」 東条は陸軍技術工廠で新型爆弾の研究をしている事までは知らないのも当然であろう。

「タ弾は今後ドイツから技術提供をうけて完成する予定の成型炸薬弾ですが、私が辻君に教えました」 辻は私の伝えた情報をよく吟味して具体的な構造を考案していた。 「それは成型炸薬と銅のライナーを組み合わせた弾頭の先から灼熱のメタルジェットを噴出して装甲に穴をあける弾頭です。本来は対戦車用なので巨大な戦艦や空母を撃沈するには特別な工夫を凝らす必要があります」 辻の熱い情熱は伝わってきたが、しかし弾頭と噴進部分はいいとして、赤外線探知カメラとミサイルを発射するプラットフォームである双発高速攻撃機の完成まで時間がかかってしまうのである。その間はそのまま推移させると日本の雷爆撃機に結構な被害が出るだろう。 「辻君! 海軍の戦闘機や爆撃機に単なるロケット弾にした噴進弾を搭載して攻撃に使えないだろうか?」 「墳進弾となれば、単発機では胴体下部に取り付けられないので両翼に搭載する事になります。例えばゼロ戦に搭載するとなれば一本30キログラム位が限界だと思います」 「30キロとしてどの位の威力が出そう?」 「せいぜい戦車の装甲に穴を開けて砲塔を吹き飛ばすくらいでしょうか?」 「空母の飛行甲板を破壊するだけなら十分ではないの?」 「結構な数の噴進弾を命中させる必要がありそうですね?」 「アメリカ軍の意表をつけば相当な効果が出るかも知れないよ。攻撃方法は高度3,000メートル位から急降下や緩降下で空母の飛行甲板に照準を合わせたら、対空砲火の危険度が高くなる前に発射して、離脱するか身軽になった機体で敵の護衛戦闘機をけん制するかって感じだけど」 「それ! いいですね。それで半年位は粘れますよ。 ついでに成型炸薬の後部に爆薬も仕込みましょう」 「爆薬よりも焼夷弾に使っているガソリン製の粘着油がいいよ!」 「もしそれで航空燃料や爆弾に火がつけば轟沈も不可能ではないですが、少なくとも洋上では修理できない位に持っていきたいですね」 この結論を待って東条は 「よし、その空母攻撃方法を採用しよう。明日は間に合わんけど、どうせ敵空母が居ないことが分かっているのでいいだろう」 「総理、真珠湾作戦以降のアメリカ艦隊攻撃はこちらに被害が及ばない限り、徹底的に空母だけを攻撃して制空権を確保したら、後はあせらず戦艦と航空機を使って威嚇して追い返すだけに徹してくださいね。 いずれ新型爆弾が開発されればそこでゲームセットになる予定ですから」 「分かっているよ! わしも味方の犠牲者なんぞ出したくないからな」 三人の会話は軍令部からの呼び出しで終了となった。東条はこれから長い一日が始まる事となる。

 

 真珠湾奇襲攻撃も無事(?)に終わって昭和17年となった。

町の人々はもう対米英の戦争に勝ったかのような騒ぎで浮かれまくっている。

まさかとは思うけど、軍部までそのような思考になっているのではないかと心配になり、初めてとなる国家戦略会議を開催してもらった。海軍からは嶋田繁太郎大臣 永野修身軍令部総長 近藤信竹次長  陸軍からは東条英機総理大臣兼陸軍大臣 杉山元参謀総長 そして私と辻が出席した。東条本部長から現在までの経過説明の後、陸軍と海軍からの要望等をヒヤリングした。

杉山参謀長は 「ニューギニア方面に陸軍の精鋭が展開しているが、一方で中国大陸では蒋介石軍と毛沢東の共産党軍を相手に苦戦しています。それにソビエトがモンゴル騎馬集団を使って満州国内に越境してくる為に、大陸方面の兵力を南方に回す事にも限界があります。容易に敵を撃退する新兵器を開発してほしいのですが、可能ですかな?」 「沖田副本部長、何か方法はありますか?」 議長役の東条から意見を求められた私は 「ドイツのような重戦車でもあればとは思いましたが、ここは小型軽量で大量生産も可能な四輪駆動車に30ミリ機関砲を乗せた武装車を、とりあえず100両程大急ぎで発注します。因みに30ミリ砲弾は弾芯に金属ウランを使用しますので、爆発炎上している敵の戦車などには近づかないようにご注意ください。あと120ミリ擲弾筒に長鎖脂肪酸とガソリンを混合した焼夷弾と黄燐を使用した黄燐弾の二種類を用意します。射程は500メートルから最大1,500メートル位までで、時限信管で中空で破裂して半径30メートルの敵兵を戦闘不能にさせます。この擲弾筒はとりあえず1,000セット 砲弾は随時途切れないように補給体制をとります」

これを聞いて杉山参謀総長は頷きながらメモをとっている。続いて海軍からは永野修身軍令部総長が「現在我が海軍はソロモン方面で米艦隊と一進一退の戦いを繰り広げておるが、連合艦隊の勢いは米英を震え上がらせています。ただ・・・願わくばであるが、アメリカの空母機動部隊と戦をすると我が連合艦隊の被害も少なくないので・・・ ここを何とか解決したいと思うております。海軍用にも無敵の兵器があれば是非にもお願いしたい!」 「そこは既に新型戦闘爆撃機と対艦ミサイルを開発中ですので、あと数ヶ月お待ちください。この戦闘爆撃部隊は主に敵空母を殲滅する部隊になりますが、完成するまでの間は既存の攻撃機に簡易式ロケット弾を搭載して従来からの艦爆や艦攻という攻撃方法を止めます。そしてこれら一連の新方式の攻撃態勢を総合的に指揮してもらう為に、できれば司令官に源田実中佐をお迎えしたいと思っています」 永野は嶋田大臣のほうをチラリと見てまたすぐに下を向いた。「ほう、源田君か?副本部長もなかなか目の付け所が良いではないかのぅ 嶋田さんはどう思われますかな?」 東条が助け舟を出してくれたようだ。 「私はそれで構いませんが、山本長官に聞いてみないとなんともこの場で返事はできません。どうですか?永野さん・・・」 「我が軍の犠牲がなくなって、アメリカの空母は居なくなるというのなら反対する理由がありません。山本長官には私から話しておきますのでお任せ下さい」  「有り難うございます。航空機だけでなく、潜水艦のソナーの能力向上と、大和と武蔵に未来型レーダーを取り付けて、日本が誇る二大戦艦の積極活用にも着手し、巡洋艦や駆逐艦を整理縮小して近代的な護衛艦による少数精鋭を図ってまいります」 これには永野だけではなく、嶋田も東条も不安を覚えた。

「いや、ちょっと待って! 巡洋艦や駆逐艦の整理縮小とはまるで我が国に対する米英の要求そのものではないかね? 近代的な護衛艦というのはどのようなものなのか我々に判るように説明してくれませんか?」 海軍の総責任者としての永野としては当然の反応である。 「皆さんの疑問はよく分かります。ここから先の説明は予断と偏見を持たずに未来の戦争方法だと思って聞いて下さい。ご存知のように我が国とアメリカとの差は工業力の差が大きいといわれていますが、もっとわかりやすく言えば物量の差が十対一だと考えれば問題がハッキリします。例えば一機の戦闘機で十機の戦闘機を撃墜すれば対等となります。フネも然りで、一隻の空母で十隻の空母を撃沈すれば互角の戦いとなります。今の日本軍の考え方はこのような原理方程式で、アメリカと数で対抗しようとしています。不足分は兵法の神が降臨して神風が吹いてくれるという事を期待する風潮がないとは言えません」 永野の眼光が鋭くなってきた。批判めいた言葉ばかりだと聞く耳を持たなくなる恐れがあるので、多少自尊心もくすぐってやらねばならない。 「失礼しました。私は決して軍の悪口を言いたいのではありません。日本人の考える戦争の形は、戦国時代の武士と武士の戦い、つまり“イクサ”という戦い方なのです。しかしアメリカ軍は古代ローマ帝国の戦法で、勝つためなら手段を選ばないのです。敵が強大なら油断させる工作を実施してから騙し討ちにするとか、敵がそれ程強大でない場合なら兵糧攻めにして動けなくさせて攻め込むのです。アメリカが原子爆弾を手に入れたら、確実に大都市に落とします。日本にはそれができますか?」 「そりゃあ落とされたら落とし返すかも知れんが・・・ 続けたまえ!」 東条のインターミッション?の後、更に続けた。 「この先、日本の戦い方に革命をもたらせようと言う事ですが、今後の戦争形態は、常にアメリカの兵器の一世代先の兵器を使って一騎当千の戦いを行います。その為には古い兵器はカネと人の無駄遣いになるので整理縮小をお願いしたいという訳です」 東条は既に何度も聞かされていた事なのでそれほど違和感はなかったが、他の二人は先進的な兵器と言うもののイメージがなかなか湧かない。しかし現状の軍事力であの強大なアメリカに勝てると言う事も思っていない。緒戦で優位に立って和睦を提案するつもりだったのだ。ところが真珠湾攻撃の後、アメリカ世論は和睦どころか烈火のごとく怒り狂ってしまい、“ヤベーぞこりゃ”とビビリ出した時期でもあろう。

永野は半信半疑ながらも、このままの流れで戦争を継続することは大日本帝国の滅亡の危機となる事をはっきり理解していたので、「では約束して貰いたい! 必ず勝たせてくれますな?」 と念を押して了としたのである。


 辻のサポートを受けながら民間産業界に更なる技術情報を提供し、産業振興国債を発行して技術開発助成金を配った。勿論、成果が出ない場合は返還すると言う条件付である。新たな技術情報とは、トランジスタはほぼ完成となっているので、その次の技術の発展に必要な強力な磁石である。フェライト磁石は既に研究開発済とのことであったが、私はより強力なネオジム磁石も推奨した。ネオジム磁石は高出力マグネトロンや強力なレーザ発生装置、それに超電導技術やサイクロトロン開発には欠かせない磁石である。フェライト磁石が開発されたならネオジム磁石もほぼ同じ工程なので問題はないはずである。

只、ネオジムを推奨した立場なので材料とネオジム磁石製造のぼんやりした記憶を説明し、某菱マテリアルと某DK工業の技術スタッフ達と一緒になって徹夜作業の連続で完成させた。


材料

 ネオジム 27~30 鉄 60~70 ディスプロシウム 2~8 ボロン 1~2

工程

 高周波溶解(1250℃)→高速冷却→粉砕(窒素環境中)→磁場中成型(窒素環境中)→焼結・熱処理(真空中)→加工・表面メッキ)→着磁


・・・と、このようなものであったが、ネオジムとディスプロシウムは中国大陸に豊富にあることは分かっていても、産地の治安の安定が絶対条件となって大量生産には少々時間がかかる。と言う訳で研究用の在庫が切れたら、当座は酸化鉄で作れるフェライト磁石にスポットライトを当てて積極使用する事となった。余談ではあるが、この当時の国内産業は民需を対象にしておらず、いわゆる“欲しがりません、勝つまでは”の風潮に支配されていたので、基礎的技術を産業全般に広げて総合的に開花させるという発想に欠けているのである。つまり軍需という狭く閉鎖された部分だけで技術開発を進めていた為、現代の北某鮮によく似ていた。

 次にマグネシウムフィルム電池である。マグネシウムは電気を発生しながら酸化する性質を持っている。この性質を利用して薄いフィルムにしたマグネシウムをロール状に巻いて電極に通すと効率よく電力を取り出せるのである。

この電力はリチウムイオン電池の6~10倍で、即潜水艦の動力になる。但し使用後は太陽光かレーザーをあてて脱酸素化して再利用する為、ディーゼル発電での充電は出来ない。この技術は軍事機密と微妙な関係にあったが、軍事より産業優先と言うことで東条総理を説得した。


 続いては特定軍需産業界である。一〇〇式司偵改ではいずれ米軍が開発する予定のP51マスタング(最高速度約650キロメートル)から逃れなくなる危険があるので、そこは早めにターボプロップエンジンと、それに続くターボファンジェットエンジンの開発に乗り出さなければならない。ターボプロップもターボジェットも某川島重工が製作している駆逐艦用ガスタービンエンジンそのものであるので、材料と圧縮機構を航空機用に設計するだけで済む。只、現時点では誰もそのような事実に気が付かないだけなのである。ターボプロップエンジンは軸に回転力を与える為のタービン機構であるから、燃焼器は軸上にはないので排気タービンブレードにはさほどの耐熱素材は必要ない(650℃程度)が、ジェットエンジンの高圧排気タービン(1400~1500℃)には希少金属のニッケル、モリブデン、コバルト等の合金にセラミックコーティングしたブレードが必要になる。更に、排気口はノズル状に絞り、吸気口には軸から減速ギアを通して大きなファンを取り付け、エンジン本体の外側のバイパスを絞りながら後方に噴出させるのである。通常旅客機のようなファンジェットの最高速度は亜音速であるが、バイパスを絞れば更に高速が出せる。今回の戦争であれば十分すぎる速度だろう。燃料はガソリンではなく、灯油を更に精製して不純物を取り除き、高度10,000メートルでも凍らないよう不凍剤を混ぜたケロシンを使用する。


 次に成型炸薬対艦ミサイルである。これは辻が既に開発を指示していたものであるが、弾頭部にゲルマニウムレンズを9~12個を凸面型に配置して、その周りを液体窒素で冷却し、得られた赤外線画像情報を電気信号に変えてコンパレーター(電気信号の強弱でON OFのスイッチ作用となる)で仕分けし、アクチュエータ(動力伝達装置)に伝えて尾翼を動かし熱源に突入する赤外線誘導装置を取り付ける。電源は小型でも3分間はもつコンデンサー内蔵である。弾頭の中身はロート状の細い方を正面に向けて、その手前には銅は高価なので現時点ではあまり用途が少ない酸化ウラン粉末に同量のアルミ粉末を混ぜてライナーとし、その後ろには前向きに広がった成型炸薬と雷管となっている。これだけではない、1~2発の命中弾でも巨大空母を確実に戦闘不能に陥らせる為に、炸薬の更に後部には目いっぱい詰め込めるだけのマグネシュウムを入れた。このマグネシュウムを入れた理由は後で分かることになるが、ここで少しだけヒントを申し上げると、火災環境中のマグネシウムに放水するととんでもない事が起きる。同様にウランテルミットに海水をかけたら、これまたハルマゲドンが現れるのである。この弾頭の後部は固体燃料の推進器と誘導装置となっている。直径20センチ、長さ2.5メートル、重量180キロ、前部に4枚のカナードと後部に4枚の方向蛇がついている。こんな優秀な兵器が製造可能になったのも、なんと言ってもトランジスタ(増幅とスイッチ効果)のおかげである。因みにこのミサイルは、単発エンジンの航空機では幾ら馬力があってもプロペラが邪魔になり搭載できない。そうかといって翼にぶらさげる事は、既存機では強度が不足して出来ない。なので一〇〇式司令部偵察機の高速性能と双発の機体に着目したのである。

制作費は一本1,000万円(現地レート)である。これにはさすがに大蔵省からクレームが来たり、東条総理には 「皇国の興廃はこのミサイルにあり!!」 と皮肉られたが、こちらは 「アメリカ空母の損害と比べたらマイバッハとママチャリくらいの差があるだろう!! もとい、戦艦大和と魚雷艇位の差! しかも戦死者ゼロ!!」 と小声で叫んだ。


近接信管も勿論楽勝で開発中である。開発中と言うのはマイクロ波を発生させる超小型マグネトロン用のフェライト磁石の入荷待ちだからである。構造は単純で、50ミリ程度の弾丸の内部の小型マグネトロン(真空管の構造に近い)から発生したマイクロ波を弾頭のアンテナから発信させ(出力は5~6メートル)反射物体に当たって跳ね返ってきた微弱な電波を受信アンテナでキャッチしてそれなりの電気信号に増幅して電気信管で弾薬を爆発させるのである。ここでもトランジスタの増幅機能のおかげで作れるようになったのである。同様にレーダーの機能が飛躍的に向上し、これにインバーター技術が完成すれば射撃管制レーダーと自動射撃砲も可能となるが、こちらはコンピュータ技術が必須なのでまだ先の事となる。ソナーも電波が音波に変るだけで、ハイドロフォン (圧電変換→水中の音は圧力となって伝えられる) の機能を向上させて、対潜水艦戦用の駆逐艦に装備して、これもまた魚雷や自走爆雷が自ら発した探信音の反射圧力を捕らえて、それを電気信号に変えて方位を特定し自動追尾することも可能だが、自艦に向かってきたらシャレにならないのでここだけは艦内から信号画面を見ながら有線誘導する。爆発は近接信管の探信音バージョンであるが、安全の為に発破をかけるのは人である。ここまで全てが完成されれば、航空機や魚雷艇で命を張って魚雷攻撃をかけたり、急降下爆撃をする意味がなくなって、多くの兵の命が救われる。逆にいとも簡単に多くのアメリカ兵の命が奪われる事になるのだが、早め々に降伏勧告を出してやれば後はアメリカ大統領の責任であって、日本に責任はない。


 話は少し戻って繋ぎ期間の戦闘について、国家戦略本部では源田中佐と海軍潜水隊司令官の魚住少将を招いて検討会議を開いた。

「源田さん、艦載機のロケット弾発射装置の取り付けはどの位進んでいますか?」 「サイパンに駐留している部隊と空母艦載機には全て取り付け済みです。訓練の方も順調で、乗組員からは安全性が上がったと好評を得ています」

「そうですか、それは良かった。南太平洋方面のアメリカ軍の様子はどうですか?」 「敵の空母や戦艦部隊が珊瑚海とソロモン海に出没して、陸海軍基地の被害がそこそこ報告されていますが、空母艦載機のロケット弾でなんとか追い返す事には成功しているようです」 「そうですか・・・本来なら米空母が捨て身の日本本土空襲を試みるはずだけど、南太平洋で苦戦していてはそのような成果の期待できない作戦は没になったのか知れないな。 魚住さん、潜水艦隊の方は現状は如何ですか?」 魚住は日焼けした顔に顎まで硬そうな髭を蓄えている。色白ならフレンチのシェフだが、針巻きでもしたら逞しい漁師に見えなくもない。 「軍令部からの指示で敵戦艦に対する積極的な攻撃は控えています。最近は真空管の性能も良くなってソナーの性能も上がりました。南方資源の海上輸送路では敵の潜水艦の姿が多くなってきているので、これを追い払うのが艦長達の楽しみになっているようです」 「ハハ、楽しみとは具体的にどんな事をやっているのですか?」 「ソナーの性能が上がった事により、敵の潜水艦を先に発見してそーっと近づき、時限信管付の魚雷を見越しで発射するのです。その時の爆音と衝撃で度肝を抜かして逃走する姿を想像して楽しんでいると言う訳です」 「中立の立場から見たら相当のワルですね。時々直撃したりしませんか?」 「探信音を打てば多少命中精度が上がるかも知れませんが、やはりそう簡単にはいきません。相手だって探信音が聞こえたらダッシュで回避するでしょうから」 「ですよね? でももうすぐ攻撃型の最新鋭潜水艦が進水するので期待してください」 「今からわくわくしていますよ。一日千秋の思いで待ってます」 源田は航空屋ではあるが、同じ海軍の潜水艦隊の卒のない作戦を頼もしく感じているようである。

「源田中佐 ウエーク島に航空基地をつくりましょう!」 辻が満を持した様子で切り出した。 「ミッドウエー島ではなく、ウェーク島なんかに基地を設けてどうするんだ? それこそハワイからもミッドウエーからも連日のように襲われるぞ!」 「某菱重工で型落ちで使う予定がなくなったスーパーチャージャー(※ターボチャージャーのような排気圧を利用したタイプではなくエンジンの回転力をベルトで伝えて圧縮機で強制吸気させる器具で映画マッドマックスのボンネットに乗っかっているやつ)が大量に在庫していて、以前から某菱の担当者から不良在庫になっていると泣きつかれていたのです。そこで生産を中止させていたゼロ戦のエンジンに無理やりスーパーチャジャーを取り付けて、限定200機だけ生産しました。エンジン出力は2,000馬力で防弾装備を施し、翼面積を広げて先端はカットしています。最高時速は630キロも出ます。現在の米軍の戦闘機では、ノーマルなゼロ戦にも一対一では勝てないので、多勢に無勢で襲ってきている状況ですよね? そこでハワイにもミッドウエーにも近いウエーク島に前進基地を設けて、アメリカ海軍の注意を一点に引き付けて南太平洋どころではなくさせるのです。なにしろウエーク島はハワイの喉元みたいな位置ですからね」 「いきなりコルセアかP51のようなアメリカの新型戦闘機とどっこいの戦闘機が出来たね。さすがは辻君だ! それならまだポンコツレベルの米軍機は絶滅危惧種になるね」 辻は満足気な表情を見せている。言い換えれば“ドヤ顔”である。 「でも旧来のエンジンに無理やり取り付けたので過負荷状態での使用になりますから、耐用飛行時間は本来のエンジンの半分以下と承知してください」 「沖田さん、アメリカのコルセットとかP何とかと言う新型のやつはいつ配備される予定ですか?」 「まだ1~2年先の事だと思います。ところで源田さんは腰痛かムチ打ちでもやった事があるんですか?」 「よくわかりましたねー、実は若い頃少々無茶をしたことがあってムチ打ちになったことがありましたが・・・ それが何か?」 「いえ! なんでもありません。ところで辻君! 滑走路建設用重機は大丈夫なの?」 「某松工業にブルドーザーとローラー、某鈴自動車には大型ダンプカー、某河製作所にはユンボとショベルカーを建設機械博覧会に展示する時の為に発注していたので、一週間もあれば船積みも完了できます」 「そうですか、では総理には私が決済を貰っておきます。源田中佐殿! やっていただけますか?」 「ハイッ! 喜んで!!」 こうしてスーパーゼロ戦による米軍機絶滅作戦の幕は降りた。


 ウエーク島沖 まだ十分な電子デバイスが出回らないので、高価な真空管をふんだんに使用してレーダー解析精度を上げた戦艦大和と武蔵が島を挟むように遊弋している。大出力マグネトロンにより発生する強力なマイクロ波を照射しながら防空を担当しているのである。何故大和と武蔵なのかと言えば、少々の爆撃を喰らっても沈没しないという安心感の為である。図体が大きいので狙われる危険性もあるが、レーダーのアンテナとその周辺機器が破壊されても、そこは簡単に取り替えられるが、機器本体となれば損失はでかいのである。ウエーク島に駐屯していた少数の米兵部隊は、突然襲ってきたスーパーゼロ戦隊の攻撃になすすべもなくあっさりと壊滅してしまった。島は今、重機が忙しく動き回り即席の滑走路の建設に余念がない。

滑走路が完成するまでの迎撃担当の空母は赤城 加賀 蒼龍 飛龍でこれらに5O機づつ、合計200機のスーパーゼロ戦を載せて待機している。滑走路が完成すればこれらの200機とサイパンの仮設ロケット弾装備のゼロ戦隊も加わる予定である。ピケット役の大和と武蔵の配置としては、島の北東方向で武蔵がミッドウエー方面を警戒し、南東方向では大和がハワイ方面及び空母部隊の警戒監視を受け持つ。迎撃部隊の空母群はややマリアナ方面に離れていた。迎撃部隊とすれば、敵機来襲の一報を受けたら迷わずウエーク島の上空を目指せばいいので、危険を冒してまで前方に展開する必要がないし、索敵も必要ない。この空母の周囲には耳のいい潜水艦部隊が密かに警戒している。旗艦赤城の艦橋には源田中佐の姿があった。本作戦の主役は戦闘機であるので、源田は実質的な司令官であったが、艦長の大友は大佐で上官になる。 「誰がこんな人事を決めたのかなぁ~ やりにくくてしょうがない!」とぼやいている。 「源田中佐、今回の作戦は全て中佐の指揮に従ってくれと上に言われているから、なんでも遠慮なく指示してくれたまえ!」 くれたまえなんて上から目線で言われても全然緊張がほぐれない。 「ハッ、恐れ入ります」 司令官の返答ではない。そして結局会話は続かない。源田は早く敵襲の一報がこないか祈るような気持ちになった。そして源田の願いはかなった。電信室から武蔵からの情報がスピーカーで流れてきたのである。「ミッドウエー方面から敵機来襲!数は約五十 到着予想時間は武蔵上空二十分後、ウエーク島上空には三十五分後 以上」 「艦長!風上に向けて速度三十ノットを維持してください。各艦迎撃部隊は急ぎ二十機ずつ発艦せよ! 赤城隊は武蔵護衛に向かい、残りはウエークを目指せ! 迎撃隊の発艦を終えた後、各艦から十五機ずつ艦隊上空の警戒に上がれ! 以上である」 四隻の空母から次々とスーパーゼロ戦が舞い上がって行く。先に発艦した機は後発の機を待たずにどんどん自分の目的地にかっとんで行った。最初に武蔵護衛の為にやってきた赤城部隊は、遠くにウエーク島を目指していると思われる敵機の群れを確認したので、武蔵は無事と判断して敵編隊の後方に付けるべく方向転換した。距離が近づくと、敵の編成は戦爆連合のようである。上空の一角にはB17爆撃機も飛んでいる。赤城隊隊長の安倍中尉はこのB17爆撃機をやることに決め、快速を活かして一気に突き上げた。B17は頑丈な機体で、機銃での反撃も脅威である。この為、最も安全な後方上部から垂直尾翼を狙い、速度に任せてケツから背中、そして頭までミシンで縫うように撃ちまくり離脱する戦法をとった。10機程だったB17爆撃機は尾翼と銃座が吹き飛んでダッチロールする機や、操縦士を失って急降下していく機で4機程度に減った。そしてもう一回後ろに回って同じ事を繰り返したが、後半のスーパーゼロ戦野郎達に残っている餌はなかった。ウエーク島では滑走路の土木作業をしていた陸軍の工兵達が思い々の見物席から、上空で展開している航空ショーを楽しんでいた。島内には唯の一発の爆弾や銃弾も落ちてこなかったのだから、気楽なものである。40機程いたはずの米戦闘機はあっけなく全滅して、とりあえず今日は南国の楽園と静けさが残ったのであった。しかし、これからが本番である。滑走路と隊舎が完成したら、全スーパーゼロ戦と仮設ロケット弾ゼロ戦が勢ぞろいして、ピケット戦艦の空襲警報が届いてはスクランブル発進して迎撃をし、威勢よく現れた空母や戦艦には仮設ロケットゼロ戦が艦橋や飛行甲板を破壊して戦意喪失させいの繰り返しが続いていたが、滑走路完成から四週間もたたないうちに、アメリカ軍の来襲がなくなってしまった。今作戦での敵機撃墜数は約900機位である。 源田は基地隊長の安倍に意見を求めた。 「安倍大尉、ハワイに強行偵察に行ってみてはどうだろうか?」 安倍は今回の作戦の功績で大尉に昇進していた。 「そうですね、ミッドウエーは大体想像がつくので、自分もそのように考えます」 「それでは早速60機程連れて行って来い。写真も沢山頼むぞ」 「ハッ! いい土産を持って帰れるよう努力します」

こうして安倍隊長以下60機のスーパーゼロ戦部隊は、特大の増槽タンクと機銃弾だけを持って片道約1,000キロの旅に出た。1,000キロとは言っても巡航速度の530キロで飛べば二時間はかからないのである。東海道新幹線ののぞみ号で大阪に行くのと同じである。だから辻はウエーク島に目を付けたのであろう。アメリカから見れば絶対ミッドウエーに来ると思って強力な陣地を構えていたのであろうが・・・。


 安倍戦闘偵察機部隊はそろそろハワイ諸島が見えてきそうなところまでやってきた。僚機から敵機のお迎えが来たらしいと無線が入った。よく見ると、始めは一点のシミのようだったが、徐々にはっきりとそれが戦闘機だと分かるまで見えてきた。数は凡そ30機程度の集団が三群に分かれている。こちらより30機も多い。 「敵の数は多いぞ、油断するなよ! 全て叩き落せ~!」 安倍は真っ先に敵の軍団に突っ込んでいった。いざ空戦が始まってみると、ウエーク島で戦った海軍機と比べてさほど機体性能に差があるとは思えないが、今目の前で戦っている相手は、戦技も空技もまるで素人のようなのである。多分陸軍の航空隊であろうが、開戦以来常夏の楽園から出たことも戦った事もないのであろう。どれだけ数がいようとも一方的な戦いで、あっという間に唯の一機も残らず散華してしまった。パイロットの技量と戦闘機の性能差がありすぎたのであった。その後安倍軍団は真珠湾の米太平洋艦隊司令部に仁義を切りに向かったが、さすが軍港だけあって凄まじい対空砲火である。已む無く高度を保ったままハワイ諸島の北から南まで対空砲火陣地を避けながら獲物を探した。

写真をとりつつ、時々やってくる迎撃機を粉砕しながら飛んでいると、或ることに気づいたのである。それは対空砲火を避けたら軍事目標が無いと言う事である。全ての迎撃機を失って無人状態の飛行場でも、対空砲火だけは威勢がいいのである。そうかといってアメリカ軍ならいざしらず、武士道精神が残っている日本の戦闘機乗り達は民間施設や建物に銃撃を加える気にはならないので、他にやることがないからホノルル市街観光や、ワイキキビーチで金髪ビキニ観賞したり、超低空飛行で若い娘に手を振っている軟派な野郎達が出てきた。そんな金髪娘達も、初めは自分達の近くにいる恋人に対して戦闘機乗りの彼氏が手を振っているのだろうとキャッキャと騒いでいたが、“翌に輝く日の丸”を見て別の意味での騒ぎとなった。


 「やあー、ご苦労さん。一機の損害もなく無事に帰還してくれてありがとう」

安倍はまたこれで少佐に昇進できるのではないかと期待した。 「随分沢山の写真だなぁ~ あれ?真珠湾の写真は随分高い位置から撮影してるんだなぁ・・・ これでは戦艦だか巡洋艦だか分からんぞ」 「はぁ、何しろ猛烈な対空砲火でして、危なくて近寄れませんでした」 「そうか? それでは止むを得んだろう・・・ 他のやつは町並みや山並みばかりだな! あれ?金髪美女が手を振っているぞ!? と言う事はこちら側からも振ったって事だな?」 

「いえ! 自分は決してそのような軟派な事はしません。手を振ったのは田中と松本です」 「まあいいさ それより空母はどこにいるのか手掛かりはないのか?」 「はい、行も帰りも見かけませんでした」


 珊瑚海海上 アメリカ艦隊空母機動部隊の旗艦エンタープライズ艦橋ではハルゼー司令官がくしゃみをしていた。 「誰か俺の噂をしているらしい。どうせロクな噂じゃないんだろうがな?」 参謀達は笑っていいのかどうか微妙なので、追従の笑みを浮かべただけであった。するとそこに電文が届いた。ハルゼーはそれを不思議なものを見るような表情で読みながら 「おい!誰だ こんな冗談を言ってきた奴は? これがニミッツであっても許さんぞ!」 「ハワイの太平洋艦隊司令部の公式暗号で間違いありません!」 この電文を翻訳して持ってきた電信係りの兵士は緊張しながらも、冗談と言われた事にムッとしていた。 「長官、何と言ってきたのですか?」 参謀の一人が尋ねた。 「ハワイとミッドウエーの作戦機は全て撃墜されたので、本国から新型機が届くまでの間、我々の空母艦隊でウエーク島を攻撃せよと書いておる」 「全機を失ったなんて、まさかそんな事ありえないでしょう? チャーリー少佐、どう思う?」 別の参謀が自分の役目も忘れて部下に判断を委ねている。 しかし、艦長も含めその他の者は理解の埒外のような顔である。 「しかしこの電文が間違いないのであれば、命令は命令である。ハワイ方面で何があったのかは分からんが進路をウエーク島に取り、全速で向かえ!」 それから三日三晩の全速航行でウエーク島南方の沖300海里までやってきた。鈍足だが足の長いPBYカタリナ飛行艇を索敵に出しているのだが、短い無線を送ってきたのを最後に何の連絡もなく消息を絶っている状態が続いていた。索敵機の機長は、発進した艦隊から真っ直ぐウエーク島に向かうと、必ず大和を発見するので、「戦艦らしきものを認む」 と発信して、護衛の戦闘機も見えないので不用意に近づいてしまう事までは責められない。ハルゼーは 「何機も索敵に出しているのに、全て“我戦艦らしきを認む”の馬鹿の一つ覚えのような電文一本で消息を絶ってしまうのは何故なんだ! 誰かこの答えを知らないか?」 階級は低いが他の先任参謀達より遥かに有能なリチャード チャーリー少佐は 「多分、その戦艦に原因があるのでしょう。例えば油断させて近寄って来た所を砲撃で撃墜したと考えれば納得がいきます」 「全部でもう5機の索敵機を出しているんだぞ! 皆が皆油断して次々打ち落とされたなんてネズミじゃあるまいし、もっとましな理由を考えろ! よし、まずその正体不明の戦艦を血祭りにあげて、その足でウエークを攻撃せよ! 全空母の攻撃隊を全て発艦させろ」


 大和艦上では、照り続く灼熱の太陽の下毎日々何もない海を見ながら釣り位しかすることはない。特に砲術科員達はなまってしまいそうになる腕にイライラし、たまには主砲をぶっ放したい欲求にかられていた。そんな時に警戒警報が鳴ったのである。しかし、機数は一機で哨戒機のようであるので、一応はウエーク基地に通報して様子をみていたところ、向こうもこちらに気づいたようで近寄ってきた。近寄ったとは言っても武装した戦艦に不用意に近づいたりはしない。3,000~5,000メートル位の距離を取って観察しているのである。ここで砲術指令の金森少佐は角田艦長の許可を得て、主砲弾では勿体ないので近接信管内蔵12.7センチ用三式弾を高角砲で発砲してみた。いつもの感覚ではたった一発で空を飛んでいる物体に直撃を与えるという離れ業ができる訳がないと思っていたが、その通りであった。しかし今日は違っていた。直撃コースとは少しずれていたが、敵哨戒機手前の絶妙なタイミングで爆発した弾の火の粉が機体に触れたかと思ったら、たちまち火を吹いて墜落したのである。そんな事が更に4回続いた。その都度空襲警報でスクランブル発進した隊員達からは、大和の大砲が急に恐ろしく見えてきたと恐れられた。

金森砲術科指令が 「あれから次の獲物が現れなくなったな」 とがっかりしながら科員たちと砲台の下で握り飯をほうばっていた時、けたたましいサイレンが鳴り、いつもの警報とは明らかに違っていた。 「全員 戦闘態勢に入れ!」 金森指令の掛け声に科員達は一斉に持ち場に駆け出して行った。 

真南の方角から200機以上の敵機が現れたのである。それもウエーク方面に向かうのならもう少し西よりのコースを取るはずなのに、わざわざ遠回りする訳はなんであろうか? 答えはハッキリしている。哨戒に出て帰らぬ人になった仲間の敵討ちに来たのである。それにしても如何に巨大戦艦であっても、たったの一隻である(海面下には仲間がいるが・・・)。敵も目標が一点なので窮屈そうである。向かってくる敵は幅が100メートル足らずで奥行きは良く分からない。どうも無限水平爆撃でくるようだ。今までの大和であれば絶対絶命の大ピンチであるが、今回は全艦内に緊張が走ってはいるが、対抗手段がある。角田艦長はフネを敵に対して真横に向けた。46センチ九門の砲はただ一点の方向を向いている。敵の先頭が距離1,000メートルまで来たところで一番砲塔が火を噴いた。金森も角田も久々に聞いた轟音だった。三発の46センチ三式弾は先頭部隊のやや下方から上方に向けて花開いた。開いた花びらは後続の爆撃機の上から降り注ぎ、何十という火の玉が海上に落下していく。前方の視界が晴れたら、続いて二番砲塔が火を噴き、そして三番砲塔と続いて火を噴いた。

大和護衛の為に既に到着していたスーパーゼロ戦隊は、大和の主砲の巻き添えを喰わぬように、大和を挟んで反対側に待機していたが、大和からもう発砲しない事を確認した後、いっせいに襲い掛かっていった。敵の主力戦闘機はグラマンF4Fワイルドキャットである。新型のヘルキャットなら対等だろうがスーパーゼロ戦の相手ではない。一方で簡易ロケット搭載のゼロ戦隊は、ありったけの数の150機程で、ハルゼー率いる空母部隊に急行した。エンタープライズ ホーネット レキシントンの正規空母のほか、小型空母も四隻いる。その上空を護衛している戦闘機はとても濃密とは言えず、数はせいぜい五十機そこそこだろう。ウエーク基地から大和上空に迎撃に向かった戦闘機は百三十機、基地の防空用に三十機、残りの四十機は空母攻撃隊の援護についていった。

スーパーゼロ戦が敵の戦闘機を追い回して、隙ができた空母の上空からバシバシロケット弾の雨を降らせた。更に護衛の戦艦や駆逐艦にも高度を下げすぎないように注意をしながら、ありったけのロケット弾をお見舞いした。戦艦は艦橋を狙われなければケロッとしたものだが、歴戦のベテランパイロットがそんなところを狙うはずがない。たとえ海面に外れる可能性があっても、マスト部分を狙って撃ってくる。結果、最も戦艦らしく見せている上部構造は火山の火口のようになってしまった。一方エンタープライズを初め、三隻の正規空母は飛行甲板が穴だらけになり、下部の格納庫内から炎が出ているのが見える。他の小型空母はあまり人気がなかったのか、飛行甲板の数箇所に穴が開いてボヤ騒ぎ程度の被害で終わり、護衛に上がっていた戦闘機は全滅した。味方の被害は簡易ロケット弾部隊に五機の未帰還機が出た。この大海戦の結果を分析するまでもなく、逆の立場で考えれば、後にアメリカ軍が装備する予定の近接信管と一世代進んだ過吸気付のエンジンの新型戦闘機で戦われたら、ゼロ戦はマリアナの七面鳥撃ちになるのも当然である。



第四話 ミッドウエー海戦の予定だが・・・


 昭和17年6月 ミッドウエー海戦は100式司偵改の乗員の攻撃訓練が間に合わない為、連合艦隊司令部に待ってもらっている。それだけではない、前回のウエーク島での戦いでアメリカ海軍に多大な損害を与えていて、今回のミッドウエー攻略に意味があるのか疑問が出てきたのである。一度計画された作戦を中止させることはいつの時代も難しいようだ。そこでミッドウエー攻略をあきらめてもらうか、或いは大幅に遅らせてもらえるかの理由を考えたら、本土防空の為の邀撃体制が未整備なのに気が付いた。今までの考え方での本土防空体制は高射砲と統一感のない色々な種類の戦闘機が各基地に配備されているだけであった。これではまずいと、海軍の作戦を待ってもらって国土防衛対策に予算を割く事になった。そこで二年後に九州飛行機が製作する予定の“震電”をイメージして下手糞なイラスト画を書いてみた。これを源田大佐(ちゃっかり昇進していた)に見せたところびっくりしたような表情で 「これをどこでみたのですか?」 と来た。 「これは九州飛行機で作ることになっている局地戦闘機ですが、いまはまだ存在しません」 すると源田は海軍技術工廠の鶴野という大尉を呼んでくれた。 「鶴野君はこの絵に描かれているような戦闘機を研究していたのです。沖田さんの知っていることをもっと具体的に示してやれば、すぐにも完成できるかもしれませんよ!」 鶴野は自分が構想していた機体にそっくりなイラスト画を見て驚いていた。 「鶴野さん、驚くことはありませんよ。二年後にはこの機体が完成することになっています。でも今はこの戦闘機をすぐに完成させて欲しいのです」 「この絵で機体設計は想像できるので、設計には一ヶ月もかからないでしょう。更に風洞試験に一ヶ月、その他飛行試験に一ヶ月位ですが、問題はエンジンですね。この戦闘機は本土防衛用なので、高度一万メートル位まで一気に駆け上がって、大型の爆撃機を破壊するだけの強力な機関砲を積まなければならないのです」 「立川の某川島重工の工場に爆撃機用の大型のものと、単発戦闘機用の小型のターボプロップエンジンがあるので、使えそうな方を選んで使用してください。但しまだ数は揃っていないと思いますが・・・」 「わかりました。早速とりかかります」

それから五ヵ月後に尾翼が主翼になっている機が完成した。前部が細く尖っていてまるでジェット戦闘機のようなデザインである。操縦席の横の位置に前翼カナードがあって、最後部には本来の震電より進化した二重反転式六枚プロペラがある。鶴野が欲張って爆撃機用の大型ターボプロップエンジンをチョイスした為にパワーが有り余ってプロペラの回転数を調整する為に二重反転構造となったのである。30ミリ機関砲を4門搭載し、対空レーダーと高性能会話タイプの無線も取り付け、30ミリ弾は200発積んでもびくともしない。更に燃料増槽タンクを取り付ければもはや局地戦闘機ではなく、護衛戦闘機の役割も果たす事ができる。増槽タンクも含めフルスペックで、離陸時から12,000メートルまで約五分 最高時速800km/ h 最大航続距離4,000km 名称は勿論震電である。某川島には完成したターボプロップエンジンが四基しかなかったので残りは順次製作する予定だ。四機の実証試験は太平洋方面はアメリカ軍の戦闘機の出現が鈍くなっていたので、中国赤軍の根拠地である重慶に出かけた。中国赤軍はソ連製の戦闘機で日本の爆撃機を迎撃しているが、日本の戦闘機が現れるとさっさと逃げてしまうらしい。つまり逃げ足が速いのがソ連製戦闘機の特徴といえる。震電実証隊は重慶から近い陸軍航空隊基地に降り立った。隊長の町田少佐と三名の部下達は、基地指令の湊大佐の部屋を訪れた。 「陸軍本土防衛隊所属 町田少佐以下三名 震電実証試験の為、只今到着しました」 実証試験とは言っても、地理も解らないし敵の様子もわからないので、中共軍の基地攻撃に向かう一式陸攻の護衛を兼ねてお供するだけである。 「ご苦労、長旅で疲れたであろう。詳しいことは明日作戦室で説明するから、今日は隊舎で休め」 「はっ 恐れ入ります」 四名の隊員は元の通路を戻って自分達が乗ってきた機体に戻ってみると、大勢の基地所属の隊員たちが集まってもの珍しそうに震電を取り囲んでいた。一人の整備兵らしき若者が、「少佐殿 この飛行機は本当に飛ぶのでありかすか?」 と奇妙な形をした震電を舐めるように見ている。 「俺も最初は信じられなかったが、実際飛ばしてみるともう他の戦闘機に乗る気がしなくなるぞ」 「へぇ~ どんな感じなのですか?」 「そうさなぁー 例えば一万メートルの上空に敵の爆撃機か偵察機が来たとしよう。サイレンが鳴って飛び乗ってエンジンをかけたら、ろくに暖機運転もしないで出力全開で発進して、地面を蹴ったら四分半で敵爆撃機に食らいつく。そして背後に回って敵の銃座から狙えないように上下左右に機体を振りながら30ミリの弾を2~3発ぶち込んでやればお陀仏さ!」 もう一人の中年のうだつの上がらなさそうな、汚いつなぎを着た整備兵が 「この機のエンジンを見せてくれないか?」 と申し出てきた。 町田少佐は心の中で“このオヤジ、俺より年上だからって階級は無視するのか?”と不快に感じたが、こちらは居候の身なので、あからさまな態度には出にくい。そこで何気なく階級を意識させるように 「ああ、勿論見てもかまわないよ君・・・ ん~ 何さんと呼べばいいのかな?」 「浅田です」 「あぁ、浅田・・・伍長、いや浅田軍曹ですか?」 「浅田中佐です、申し遅れて大変失礼しました」 一階級上であった。町田は背中にツララを差し込まれたような寒気を覚えた。これから居候となる身で、何かと面倒をかけるのに、いきなり上官に対して思いっきり上から目線で話してしまった事を後悔した。 「アァ、浅田中佐殿、知らぬこととはいえ大変失礼しました!」 直立不動で敬礼をしている隊長の姿を見た部下たちは見て見ぬ振りをしている。浅田は震電のエンジンカバーを開けてなかをしげしげと見ている。 「これが噂に聞くターボプロップエンジンか? なにやら羽根がいっぱいあるな? これでどうやってプロペラを回す力がでるのだ?」 「はい、まず前方の外側にある吸気口から空気を取り入れて、中の羽根で圧縮したらここからは見えませんが、周囲に配置されているノズルから噴射された燃料に火がついてバーナーのようになって圧縮機側に吹き付けます。そして圧縮された空気と合流して数十倍の体積に増えて後方の回転タービンを回す仕組みとなっています」 「ふ~ん よし気に入った! 早速明日からこの機で操縦訓練を始める。町田少佐、よろしく頼む!」 「え?それは困ります。幾ら中佐殿の頼みでもそのような事をしたら軍規違反で軍法会議ものです!」 「構わんのだよ。なんだ、湊指令官は何も言わなかったか? 実は先日源田から連絡があって、本土防空部隊の司令官を引き受けて欲しいと言ってきたのだが、実機を見るまで返事は保留と言う事にしてあったのさ。そこで副官となる予定の町田を送るからよく相談して欲しいと言うことで話は終わったのだよ」 「えー? 源田大佐からは何も聞いていませんでした。そうだったんですか? 事情は承知しました。浅田中佐殿、宜しくお願いします」 「おう、よろしくな少佐、 因みに日本にある俺の辞令は大佐だけどね」


 そして翌日、浅田は不満そうな町田の部下の一人の愛機を占領して操縦の練習を始めた。町田と残りの二名は中国共産党軍の基地を爆撃に向かう部隊と共に重慶方面の空に飛び立っていった。重慶上空、早速敵の戦闘機が迎撃にやってきた。いつものように陸軍の隼戦闘機が爆撃機を守る為に速度を上げて向かっていった。町田たちも向かおうとしたのだが、対空レーダーに別の方角から来る飛行物体が映った。これは中国赤軍が得意とする時間差攻撃であった。日本の護衛戦闘機を遊撃隊が引き付けておいて、隙を見つけて他の部隊が爆撃機を襲うのである。これに気づいた護衛部隊が戻って来るとまた逃げに転ずる。こんなイタチごっこが続いている内に、一機、また一機と味方の爆撃機の被害が広がっていくのである。なにしろ中国大陸は広いので、実際に空爆してもあまり効果は期待できない。日本のように沿岸部に重工業地帯や科学工場のプラントがあるなら爆撃の効果はあるが、重慶の町並みもまるで難民キャンプに毛が生えたようなもので、特別攻撃目標がある訳でもない。それでいて陸上部隊が前進しようとすると、どこから沸いて出たのか不思議に思う程の大群に囲まれて進退窮まってしまうのである。町田は遼機と共に新たに出現した敵部隊の方に向かって速度を上げた。高度6,000メートル 約二十機程の戦闘機集団が見えた。 「ノルマは一人六から七 叩きおとせ~!」 町田の号令の下、たった三機の震電は一斉に突っ込んでいった。恐ろしい速度でやってくる見たこともない敵に、共産軍のパイロット達は戸惑いながらも数で圧倒している安心感からか、今回は猛然と戦いを挑んできた。すれ違いざまに共産軍のパイロット達が見たものは、プロペラと主翼が後方についている何とも奇怪な戦闘機だった。それも今まで感じた事もないような速度で一瞬にして後方に消えていった。そして何があったのか三機の味方戦闘機が粉々になった。気持ちの整理がつかない内に、後方から前方に向かって先ほどの三機の奇妙な機体が衝撃波を放ちながら追い越していった。また味方機が三機バラバラになって落ちていく。こちらから反撃に転じようにも速度差がありすぎてどうすればいいか分からない。そしてまた三機の味方が落ちていく。たまらず方向転換して逃げようとするが、どちらを向いても前と後ろからの攻撃が終わることはなかった。終わった時は全ての中共軍戦闘機がいなくなったときであった。そんな爆撃行を五回ほど繰り返しているうちに、中共軍の戦闘機は出てこなくなり、浅田中佐の飛行訓練も完璧になった。浅田は陸軍でも1~2を争うほどのエースパイロットであった。今は戦闘機部隊として出撃はしていないが、鬼の教官と恐れられ、機体整備も本職がはだしで逃げ出すほどの腕前と知識を持っていた。源田は新しく組織する本土防衛隊の責任者には欠かせない人材と思い、ずっとラブコールを送っていたのである。


 東京 市谷 本土防衛の総司令部は陸軍市谷駐屯地内に設置された。この頃は高度なバッジシステムのようなものではなく、単に全国の防空の為の航空隊を必要に応じて指揮したり、人事や補給の世話をする程度の組織である。首都圏の防空基地に配備予定の震電は厚木に十機 霞ヶ浦に十機である。全国を見ると、北から千歳に五機 仙台に五機 浜松に十機 小牧に十機 伊丹に十機 松山と岩国に合計十機 小倉に五機 沖縄に十機とした。いかに優秀な機体であっても、予算の関係で“うちでもほしい”と言うような要求を処断して、不必要に多くの作戦機を抱える事のないようにしたので、最大でも百機以内で生産を停止する予定である。南方の基地もアメリカに対する攻撃に必要な場合を除いて整理縮小していく。まだ戦争が始まったばかりなのに奇異に思われるかも知れないが、時代遅れで役に立たない兵器と軍隊は国内に戻して、他の経済活動やスパイの摘発、極のつく右と左の思想を監視する事のほうが重要である。この時代はまだ社会が未成熟で、思想活動が過激なのである。何事も行き過ぎた考えというものは社会のガンとなり、必ずや何らかの騒ぎを起こすものである。平成の時代では考えられない事であるが、今は極右思想の若者が政治家や高級軍人をターゲットにして暗殺に成功したらヒーロー扱いされる世の中である。政権が気に入らなければ暗殺もいとわないとなってしまったら、いくら憲兵隊が頑張っても追いつかないのである。史実の社会と異なって、現在の日本社会は憲兵隊は陸上自衛隊の警務隊のようであって、決してあの悪いイメージの憲兵隊ではない。民間人の思想を監視したり逮捕して拷問にかけそうな特高警察も存在しない。そんな時代遅れの組織は解体して三重や名古屋の工場に警備員として配置転換させてしまったのである。しかしそれらの機関が抜けた穴は、軍の優秀な若者の近代的で科学的な頭脳を活用して警察、消防、教師、そして産業界に出て活躍してもらうのである。この当時の優秀な若者の多くは徴兵ではなく、軍隊を志望し、高度な教育を受けて海外に派兵されていたのである。満州に行ってしまった者は仕方がないが、太平洋やインド洋方面に出ている数十万という膨大な人材を、1円にもならない兵役に縛り付けていることは国益に反する。豊かさの過渡期にある今、好事魔多しとの例えもあるので、社会体制の充実に力をいれる事が肝要だ。


 そんな時に悪夢は起きた! 海軍の強硬派の将校達が、リストラされていく戦艦の乗組員達の不満を代表して連合艦隊司令部に迫ったのである。 「東条総理は陸軍ばかりを贔屓にして、我が海軍を解体しようとしている。このまま座して死を待つ位なら東条を血祭りにあげてやる!」 と山本長官に直訴した。

山本も東条も困り果てて兼ねてよりの計画であったミッドウエー攻略作戦を許可してしまったのである。結果は史実より悲惨なものとなった。先のウエーク島の海戦で、アメリカ軍の旧式戦闘機が一掃されて全て新型の高性能機に更新されていた。それだけではない、損傷を受けた空母や戦艦を修理して高性能レーダーを完備し、近接信管内蔵の砲弾も用意していた。さらに大和や武蔵にも対抗し得るアイオワ級の戦艦も現れたのである。進化を続けるアメリカ軍の軍備に対し、旧態依然とした連合艦隊の艦載機と装備で勝てるなら天界のエージェントなんて必要はない。無理やり駆り出された大和と武蔵も手傷を負い、試験運用していた高性能レーダーの外部構造部分を破壊されてしまった。ウエーク島でこの一報を聞いた安倍司令官代理はありったけのスーパーゼロ戦と簡易ロケットゼロ戦を向かわせたのだが、旧式エンジンのゼロ戦の被害が続出し、スーパーゼロ戦も苦戦して被害が出始めた為、ウエーク島を放棄してサイパン基地に避難した。アメリカの空母部隊の司令官はハルゼーなのか、スプルーアンスなのかは分からないが、サイパン基地は一気に緊張に包まれ臨戦態勢をとり、首都圏防衛の為にようやく揃えた十機の震電が急遽サイパン島護衛に向かった。

この時に完成されてようやく訓練も終わった一〇〇式司偵改(通称 死神号)は三十機全てが小牧の基地に併設された格納庫で最終調整に入っていたが、出撃可能な八機だけがサイパン応援の為に飛び立って行った。


 サイパン基地 ミッドウエーの大敗北の翌日、源田司令官はアメリカ空母の出方を待っていた。大和と武蔵の優秀なレーダーを失った為に、今は基地にある移動式の対空レーダーしかない。ミッドウエー方面に哨戒機を飛ばしているが未だに敵発見の連絡はなかった。そこで試しに高速で対空用ではあるがレーダーを装備している震電を二機哨戒に出した。すると、サイパン島から東約1,500キロメートルの海上にアメリカ軍と思われる空母が六隻もいる事が分かった。

一大事である。連合艦隊の空母も戦艦も沈没したか、または大破してしまい今は少数の駆逐艦と潜水艦くらいしかいない。源田の気持ちは、今川の大群に攻められている織田信長の心境である。源田は震電の浅田臨時隊長と死神の大岡臨時隊長に対し 「敵の空母を殺ってくれ! 対艦ミサイルは十六発あるから六隻の空母を全て廃品回収用のスクラップにしてくれ」と檄をとばした。 「了解しました。残りの四発は戦艦にでもくれてやりますか?」 と余裕を口にして緊張を振り払う。 そして浅田は 「おい!源田、わしにはお言葉がないのか?」 と、久しぶりに対面したのにそれどころではない源田をからかった。信じられない速度を発揮する震電に、これまた高速である死神が必死でついていく。最高速度の差は100kmもある。およそ二時間ほど飛んだところでアメリカ空母群を発見した。艦隊上空を護衛していた見慣れない十機ほどの戦闘機がこちらに気付いたのか、猛烈な上昇力で向かってきた。歴戦の浅田に鍛え上げられた震電のパイロット達はブルーインパルスのショーでもやっているかのような鮮やかな飛行隊形を取って敵の新型戦闘機に突っ込んでいった。敵の戦闘機の隊員達は、胴体後部に大きな日の丸を描いた見たこともない奇怪な形をした機体を見て、初めはジェット戦闘機が来たと驚いた。しかし良く見れば機体後部の本来は尾翼のある場所に二重に回っているプロペラを見てジェット戦闘機ではない事が分かったが、その時には30ミリ機関砲でバラバラにされて海面に落ちていく途中であった。そして大岡達死神チーム六機は、あわてて迎撃機を上げようとしている六隻の空母上空四千メートルから二発ずつの赤外線誘導ミサイルを発射し、他の二機は新鋭艦らしいアイオワ級の戦艦に同じく二発ずつ発射した。浅田と大岡達は初めて使用した対艦ミサイルの威力を確かめようと、迎撃機のいない平和な空を対空砲火の圏外から見物していた。対艦ミサイルに狙われた六隻の空母は例外なく発進準備をしていた戦闘機と飛行甲板を貫かれ、下部の格納庫が爆発炎上している。二隻の戦艦の方はマスト後部の煙突に二本とも吸い込まれて、煙突からは毒々しい茶色の煙とドラゴン花火のようなキラキラした火花が見える。そして数分後、二隻の戦艦は艦橋が根元から吹き飛び、6隻の空母は格納庫がオープンになっているので爆発よりも火災の方がひどくなっている。ミサイルが着弾した後、爆発の威力はさほどでもないので、ダメージコントロール要員が慌てて消火しようとするが、放水した瞬間に燃焼中のマグネシウムが激しく化学反応を起こして一気にフラッシュオーバー現象が発生して消火隊員たちは焼死してしまう。更にウランテルミットの爆発で焼け爛れた金属ウランにかかった水により大量の水素が発生して艦内に充満し、酸素に触れた瞬間に大爆発(バックドラフト現象)を起こす。 「あちゃぁ~ 水かけたらあかんと教えてやるのを忘れていたわ!」 全員がわざわざマイクを通して大岡のジョークに仕方なく笑いで答えた。アメリカの期待の新鋭戦闘機は火災で全て失ってしまい、大和と武蔵に対抗する為に建造されたアイオワ級の二隻の戦艦は、巨大なコンテナ船のようにフラットな形になった。巨大な大砲が前後になければ大型貨物船と見分けがつかないだろう。


 日本国内はまやかしの大本営発表はなく沈黙を貫いていたが、新聞やラジオは事実を正確に伝えた。連合艦隊の正規空母は全て沈没してしまって、もう存在していない。あるのは改造空母が何隻か残っているだけである。大和と武蔵は横須賀と呉のドックに分かれて修理にはいっている。そして驚いた事に、あれほど海軍の改革に反対していた強硬派の連中の多くは横須賀や呉の海軍基地に勤務する者たちで、今回のミッドウエー作戦には参加していなかったのである。大和を旗艦として座乗していた山本長官は無事であったが、艦隊消滅の責任をとって海軍を辞して越後の長岡で酒造りを始めた。陸軍には申し訳ないが、海軍の船の乗組員の多くは工学や数学の知識が豊富で、オカに上がっても造船業界や航空産業で即戦力となりうる人材だっただけにとても残念である。敵はアメリカやソ連だけでなく、国内にもいたわけであるが、こればかりはどうしょうもない。失った連合艦隊の穴を埋めるべく、海軍の新編成と必要となる艦の建造を急がせた。戦艦と空母は建造せず、攻撃型の伊777型潜水艦 防空用護衛艦 対潜水艦作戦用ヘリ搭載護衛艦(現在の護衛艦いずもの小さいタイプ) 対潜水艦作戦用駆逐艦 戦略用中距離弾道ミサイル搭載潜水艦伊400タイプ である。軍令部と参謀本部は一体化して、陸海軍総合幕僚監部とし、その幕僚監部の中に海軍は海軍総司令部司令官に伊藤大将を、陸軍は陸軍総司令部司令官に山下大将を置いた。因みに総合幕僚総監には東条が就いた。そして陸軍省と海軍省は廃止して国防省とした。またここでも東条が国防大臣となって、総理大臣も辞めるつもりはないようだから、体の方が心配になる。その他の有名で戦死せずに残っている将官で良識を持っている者だけが幕僚総監補となった。

そんな中、九州北部の工業地帯に正体不明の大型重爆撃機が十数機現れて沿岸部の港湾施設や重工業地帯を爆撃したとの緊急連絡が入った。小倉の防空基地にはまだ震電は配置されておらず、陸軍の隼戦闘機が迎撃に上がったが高度8,000メートルまで上昇してもまだ遥か上から爆弾を次々と落としていくのを黙って見ているしかなかったようである。流石に高高度からの爆撃では目標に落とす事が難しかったようで、大半は無人地帯や河原等に落ちたが、それでも民家やめんたいこ工場や九州飛行機の中庭にも被害が出た。国防省情報調査部の見解では中国国内の石家庄の付近にある基地から発進したものらしいと言う事だったが、その辺りは中共軍の支配下なのか自由国民党軍の支配下なのか判然としない。兼ねてより蒋介石とは和解工作を続けているので、もし国民党の支配下なら迂闊に策源地攻撃は出来ない。外務省を通じて国民党軍の親日派幹部に話を聞いたところ、日本軍が撤退を見せ始めてから共産軍の勢力が増してきて、石家庄は共産軍の支配下になっていると話していた。なので遠慮なくお礼参りが出来る。東条総監から源田と浅田両司令官に石家荘攻撃の指令が下った。今回は源田も浅田も司令部で一緒にコーヒーを飲みながら、部下達の戦果を待っていた。十機の一〇〇式司偵改、通称死神号部隊は250キロ榴散弾を吊り下げて、あちこちからかき集めた震電十機と共に東シナ海を渡った。敵の策源地と思われる地点のかなり手前で三十機は下らないであろう敵戦闘機隊の出迎えを受けた。まさか共産軍にレーダーがあるとは思いもしなかった震電戦闘機隊の隊長、白田はやや狼狽した。十機の震電は急上昇して上から下へ、そして下から上へと圧倒的な速度の差を生かした攻撃を開始した。そして白田が驚いたのは敵の戦闘機の翼にはアメリカ軍のマークが入っていたことである。しかも今まで見たことがない奴で、主翼が途中で曲がってやや上を向いたガルウイングという形をしている。速度も震電には及ばないものの、結構な優速である。その足の速さを使って何機かは死神号の部隊に向かってしまった。 「こりゃーまずい事になったぞ」 白田は焦って、この場は部下達に任せて三機の風変わりな主翼の戦闘機を追った。敵の三機から死神号に向かってぱらぱらと銃弾を放つのが見えたと同時に、死神隊から一斉に20ミリバルカン砲の洗礼を浴びた。

炎と煙と折れた翼端だけになった三機のガルウイング戦闘機だった物体は落下する部品も消えてしまったかのように消滅した。西の空ではまだ部下達が上下運動を繰り返しながらガル退治に奮闘している。 

「白田!先に行ってるぞ」 死神隊長の大岡からの無線連絡である。 「おう、ここを片付けたらすぐに行くから気をつけてな!」 死神爆撃隊は更に西進すると、やや左前方に何か自然の草木ではない広大な整地したような場所が目に入った。対空レーダーには何も映っていない。操縦かんをやや左に倒してその空き地のような方面を目指した。すると九州を襲ったと言われている主翼も胴体も恐ろしく長い銀色に輝く機体が確認できた。とても一機々数えきれない。恐らく数十機いる。すると対空放火が上がって来た。かなり下の方で炸裂しているが、高射砲が小口径なのか、まだ時限式信管を使っていてタイマーセットがあっていないのかが分からないので少しこの高度で様子を見てみることにした。高性能のレーダーがあるらしいのに、下の滑走路脇の巨大爆撃機は避難の為に飛び上がって退避しようとしている形跡がない。恐らくたかが二十機程度の戦爆隊なら、さっき見た新型の(F4Uコルセア)が撃退するであろうと舐めていたのだろう。あんな巨大な爆撃機が今から慌てて離陸しようとしても遅すぎである。そう考えながら高射砲の様子を窺っていたところに 「お待たせ!」 と白田から無線が入った。 「よう、お疲れでした。疲れついでに下から打ち上げてくる奴らを黙らせてもらいたい」 白田は 「よし!まかせとけ」 と言いながら部下を伴ってあちこちに消えていった。大岡はあいつらどこに行ったんだろうと見回すがどこにも見えない。実は震電は機体が小さくて目立たないのに高速で飛ぶから見失いやすいのである。室内を飛んでいるハエをずっと目で追い続けるのが不可能なのと同じ理由である。機体の特徴と任務の性格をうまく取り合わせて臨機応変に機体を操るのは、鬼と呼ばれる浅田の教えであろう。十機の震電は東西南北のあらゆる方向から地面ギリギリに集まってきて滑走路脇に設置された機銃座や高射砲台に30ミリ砲弾をぶち込んで滑走路中央で全ての震電が一斉に真上に上昇した。もしこれが航空ショーであったら拍手喝采が聞こえてきそうだ。滑走路の四隅にある砲台はひっくり返り、機銃員達は血だらけで倒れている。更に格納庫も五~六機の巨大な爆撃機ももうもうと煙をあげている。これを見た大岡は 「おれの獲物になんてことしやがる。帰ったらメシ奢れよ!」 などと軽口を叩きながら、対空砲が止んだ静かな滑走路上空から丁寧に榴散弾を落としていった。駐機してある巨大機も、輸送機もその他のポンコツのソ連製の機体も格納庫も隊舎もきれいに爆撃できた。こんな几帳面な爆撃は滅多にできるものではない。やはり震電のおかげである。


 北九州の空爆を受けて小倉の防空基地には優先的に十機の震電を配置した。松山と呉はまだ五機しか配備できていない。小牧と伊丹の配備は済んでいるが、浜松はゼロである。首都圏から北も手付かずの状態で、九州と立川の震電組み立て工場ではターボプロップエンジンを昼夜三交代制で生産している。予定通りに全国に配置が済むまでもう少しの辛抱である。そんなところにまた神経を逆撫でするように広島に向かって例の大型爆撃機(B29)がやってきた。今度は五十機前後の大群である。西日本に重点を置いて配備していて良かった。小牧は間に合わないが伊丹と呉と小倉の合計二十五機の震電が迎撃に上がった。今回も前回同様護衛の戦闘機は伴っていない。別に舐めているのではなく、アメリカ製の戦闘機では性能レベルがあがっても、航続距離が伸びないのである。戦後のアメ車を思い出してもらいたい。リンカーン キャデラック ファイヤーバードトランザム マスタングマッハワン コルベットスティングレー等々

、どれもでかくてかっこいい車だが、この中に一台でも燃費の良い車があるだろうか? アメリカ人の(男だけだが・・・)魂はでかくて馬鹿力のあるものに憧れがあるのだろう。日本人もそれは嫌いではないが、自腹を切ってガソリンを入れるならそんな車は敬遠する。日本は幸いにしてと言ったら何だが、たまたま自国で石油を産出しないから、ガソリンも電気もガスも安くはないから省エネを常に意識して産業が成長してきたのである。アメリカンスピリッツでは高性能の戦闘機を求めるとなると、よりごっついエンジンに巨大なカタツムリ(ターボチヤージャー)をいくつも取り付けて大きめのプロペラをブン回すのである。もしB29のエンジンが日本製だったら、ハワイから直接日本を空爆できただろう。そのB29は今回は爆弾投下扉をあけるチャンスもなく、二十機の震電の30ミリ機関砲の餌食となった。難航不落と言われた空の要塞B29一機当たりに打ち込んだ30ミリ弾の平均数は僅か五~六発であった。巨大な翼がもげたり、胴体に大穴が開いて搭乗員が機外に吸いだされたり、尾翼がぽっきりと付け根から取れてしまって真上を向いて墜落したりと、B29爆撃隊にとってそれはもう悲惨極まりない無慈悲な迎撃で生還機はゼロだった。アメリカ軍に学習能力があるならもう同じ攻撃は仕掛けて来ないはずであるが、しかし今度はどんな手を使ってくるのか考えると気が気ではない。早くハルマゲドンが完成してくれる事を祈りたい。



ハワイ 米太平洋艦隊司令部

太平洋艦隊司令長官 チェスター ニミッツは解読された膨大な日本軍の電文を見ながら頭を抱えていた。「フランク 君はこの暗号解読に自信があるのかね?」 フランク バイロン ローレットは日本が使用している複数の種類の暗号解読の専門家であった。 「私はこれらの暗号文を解読しようとした結果、これらの電信文は暗号ではない事に気がつきました」 「なに?暗号ではないとはどういうことだ?」 「日本語の解るスタッフに見せたところ、これらは平文の日本語だと判明したのですが、初めは意味がわからなかったのです」 「意味が分からなかったとはどういうことかね?」 「つまり、これは我々を欺くフェイクなのではと考えると、どこまでが本当でどこからがフェイクなのか混乱をしてしまい、結局はそのまま訳して上層部の判断に委ねる事となりました」 「ふ~・・・ 死神は俺と話をしたいだと? いつから日本は死神になったのだ? それも、俺の信仰が足りないなら地獄に連れて行くとほざいてやがる」  「地獄で会おうぜ! ベイビー!! みたいな感じですかねぇ・・・」 すかさずローレットがギャグをとばすがニミッツの目は笑っていない。

「バカ者! こんな愚にもつかない通信をこれみよがしに発信するのは浅知恵の猿がやることだ! つまりこれは敵の悪あがきにすぎん!」 「しかし、硫黄島でライスボールの積み込みをするというのは、具体的ではありませんか? しかもミッドウエーとハワイを攻撃すると言っていますし・・・」 「硫黄島には余程食料が豊富にあるらしい。しかしライスぐらい船で炊けるだろう。 チャールズ、君までもこんなヨタ話をまともに受け取っているのではあるまいね?」 チャールズ マクモリス参謀長はニミッツの最も信頼する部下である。「私もニミッツ長官のおっしゃる通り、これらの電文は何か裏に隠された意図を隠す為ではないかと感じます。この電文で我々の眼をミッドウエー方面にそらしておいて、もしかしたらポートモレスビーあたりを攻撃するつもりではないでしょうか?」 「しかしこの前のミッドウエーの戦いで日本軍は大惨敗したではないか? それでどうして我々に立ち向かってくると言うのだ?」 「長官、どうも日本には新型の戦闘機を開発したり、落とせば必ず命中する爆弾を持っていて、以前のような空母や戦艦の戦い方とは変わってきているので油断は禁物です。 事実ミッドウエーの大勝利の後に日本の謎の攻撃機によって最新型の艦載機が火災によって全て失ってしまった事と関係しています」 「サイパン島攻撃の時の話しかね?あれはたまたま偶然が重なった不幸な事故で、原因は消火体制の不備だったとハルゼーが言っておったよ」 マクモリスは陸軍のB29戦略爆撃機の被害についての情報も得ていた。 「陸軍の爆撃部隊の被害も相当にのぼっているようですが、日本の陸上基地に配備されている邀撃機と死神と呼ばれている双発の攻撃機には用心しておいた方がいいです」 「ああ、分かっているよ。しかし日本には空母もなければ、ろくな軍艦もないのだぞ。制海権をとってしまえば島国の日本は餓死する運命だよ! 君は気にしすぎるようだな!」 そこに伝令が入ってきてミッドウエー基地からの電文をニミッツに渡した。ニミッツはその電文に目をやったまま固まってしまった。 マクモリスはたまらず 「長官、電文にはなんと書いてあるのですか?」 とニミッツの手元を覗き込んだ。 「ミッドウエー基地の哨戒機がグァム島近海に日本軍の小型艦が数隻集結していると言ってきた」 「小型艦?空母はいないのですか?」 「小型の空母のような艦は一隻あるが、何ものせていないらしい。正規空母はいないようだが、もしかしたら建造中のものが完成していると考えられなくもないな」 「それではこれらの暗号はなんだったんですかねぇ? 軍事作戦を平文でなんの裏もなく発信するとは・・・?」 「多分警告のつもりだろう。 しかしそうだとしたら日本人という人種は独りよがりの単純な生き物だといわざるを得んな。アメリカ軍に勝てると思っていやがる。なにが死神だ! ふざけやがって、こっちが地獄に送ってやる!!」


ミッドウエー海戦の第二ラウンドで火災を起こした六席の空母は損傷箇所を完全に修復して、スプルーアンス司令官は空母六 重巡洋艦七 その他軽巡洋艦・駆逐艦・潜水艦と万全の体制で第三ラウンドに出張ってきた。日本軍の空母機動部隊がいるのかいないのかが不明なので、索敵機を出して厳重に北西方面を警戒していた。位置はミッドウエー島の西南西約150キロメートルほどで、空母を中心とした三つの輪形陣でゆっくりと北上している。

一方、日本海軍はというと、護衛艦に守られた貨客船の上陸部隊は死神隊の攻撃結果がでるまでのんびりとグァムとサイパンに分かれてリゾート気分で過ごしていた。一方で硫黄島では最新鋭の伊777攻撃型潜水艦と隊潜水艦戦用駆逐艦と防空用護衛艦がのんびり対潜哨戒訓練をしていた。防空用の護衛艦には魚雷やソナーは装備せず、そのかわり、高性能な対空警戒レーダーを持ち、対空射撃は光学式望遠スコープを見ながら狙い撃つのである。艦の前後に二基の127ミリ速射砲と左右に四基の20ミリバルカン砲を備えてある。合計六名の凄腕スナイパーがそれぞれ自分のターゲット照準表示付きディスプレー上に写る曳航弾の弾道を標的にあわせるだけで良い。(赤外線光学カメラの画像→電気信号→画像変換→ディスプレー画面表示)これで凡人でも凄腕スナイパーに変身できる。この訓練中に硫黄島付近まで様子を見に来た米潜水艦二隻のうちの一隻が上空から対水上レーダーで監視していた硫黄島所属のゼロ戦に潜望鏡が見つかり、ゼロ戦の60キロ爆弾を受けて海中に没した。残る一隻は三隻の駆逐艦に追い回された挙句、120メートルの深海でギシギシ音に耐えながらじっと息を潜めていたが、駆逐艦から放たれた有線誘導短魚雷であっさり仕留められてしまった。


霞ヶ浦航空基地には源田実大佐がいた。安倍隊長が指揮する100式司偵改改め死神号が10機、エンジンの音ゴウゴウと響かせてスタンバイしていた。 一本1千万円もする対艦ミサイルは五機分の10本だけ先に駆逐艦でサイパン基地に送ってある。残りの5機には同じくサイパンで250キロ陸用爆弾を積む予定である。操縦席には20ミリ3連装バルカン砲の発射ボタンと、胴体下部のミサイル発射ボタン①と②があり、共通の三倍率照準器がある。20ミリ弾の弾芯は勿論非劣化ウラン弾である。1分間に300発の発射能力と240発入りの弾帯を持つ。後部座席は対空・対水上手動型レーダーと通信機に水平爆撃照準器がある。

エンジンは件の三菱製2000馬力インタークーラーターボチャージャーエンジン×2 4枚可変ピッチプロペラブレード

最高速度690km/ 時 高度8000m 航続距離 4000㎞ 増槽タンク使用  

源田大佐は全員と攻撃の要領と分担を綿密に打ち合わせをして、水杯で必勝を誓い、南の空に消えて行った。

ミッドウエー島北北西200海里付近 なにやら日本語らしき平文で通信が飛び交っている。日本語の解る通信士に聞いてもらったところ、ただの世間話であった。これには普段沈着冷静と言われているスプルーアンスも激怒した。 「一体索敵機はなにをやっているのだ!! マクマスター参謀!索敵に出ている奴らは全員鳥目なのか!」 怒りのあまり握った拳で羅針盤をゴンゴン叩いている。副官のマクマスターは 「司令官、落ち着いてください。我々は間違いなく敵空母の居ると思われる位置を捜索しています。これはなにかの罠かと思われます」 実はミッドウエー島北北西に居たのは3機のゼロ戦隊であった。薄暗い海上でただ騒いで来いとの命令を受けて源田中佐が指示した出鱈目文を通信していた。 「む~ 腹が立つ! 直ちに第一次攻撃隊を出せ!」 普段は沈着冷静なスプルーアンスだったが、敵のあまりにも非常識な行動に腹をたててしまい、ここで重大なミスを犯してしまった。

一方、ミッドウエー島の西100キロメートル付近、高度8,000メートル。

源田は通信士の飛田に指示を出した。 「これより2隊に分かれよ!」 左側の安倍と3番機が島の北方へ 源田と4番5番機は南方へと迂回ルートをとった。北方ルートは時計回りに、南方ルートは反時計回りに飛行し、約250キロ先まで探索できるレーダーを水平線に向けて照射した。20分後、後ろの飛田が 「敵艦隊発見!三つの艦隊に分かれています」 と文明の利器に興奮を覚えた口調で叫んだ。4番機 5番機共に同じく敵艦隊を補足したようだ。

「飛田、連絡! オレは手前の艦隊 4番機はその向こう 5番機は一番奥の空母だ! 全機突入やぁ~!!」 全機翼を左右に振りながらフルスロットルで突入した。各艦隊にはそれぞれ空母が二隻ずつ中央にいる。全速力で進んで、甲板には飛び立つ順番待ちの機体でごった返していた。既に飛び上がっているものもあったが、まだ高度は千~千五百メートル位であろう。源田は空母の真後ろに回り、高度五千から緩降下し高度三千で空母めがけ一発のミサイルを放った。後は飛田が映写機を回して記録するので、源田はその瞬間を見たかったけどぐっとこらえて操縦かんを引いた。甲高いタービン音とともに機体は軽やかに上昇し、ぐんぐんと高度を上げていった。この死神号に追いつくグラマン無しと叫びたいほどの上昇力である。一方飛田は見た!一筋の白い尾を引いてミサイルはやや標的の前方に向かっていたが、途中で自ら方向を修正して空母の煙突に吸い込まれて行った。一瞬何事もなかったように、黒い煙をもうもうと吐き出していたが、その煙がやがてシルバーのドラゴン花火のように噴出し、オープンデッキとなっている格納庫の下から大きな火柱が上がった。更に数分後、今度は源田も見ているなかで、飛行甲板の一部が大きく吹き飛び、アイランドはバラバラになって司令官も艦長も将校達も一切合切吹き飛ばして鮫の餌にしてしまった。この爆発の原因は焼けたウランに消防隊が放水したことによる水素爆発と、同じく燃えているマグネシュウムに放水した爆発フラッシュオーバーの相乗効果である。このミサイルに食いつかれて火災が発生しても、水をかけてはいけないのである。つまり、炎がすべてを焼き尽くすまでは消防隊ダメコンチームは指をくわえて見てるか延焼を防ぐ事しかできない。他の艦隊に向かった機もほぼ同様な結果となったが、発艦準備中の機体に引っ張られたミサイルは格納庫内で火災を起こし、いきなり飛行甲板を吹き飛ばすまでには至っていない。そこへ北ルートの2番と3番機が合流して自分達の獲物がないと不満をたらしてきた。 「よし、お前達は適当なサイズの重巡をみつくろって一発ずつブチ込んでこい!」 この頃には迎撃に飛び上がった戦闘機もちらほらと増えては来たが、加速も速度も及ばない爆撃機なんて怖くもなければなんともないし、戦闘機がやってきても逃げながらミサイルを放つ事ができるので任務に支障はない。そこで源田は 「持っている銃弾を戦闘機に撃っても勿体ないから、全て駆逐艦にプレゼントせよ」 と命令を出した。哀れ、やっとの思いで飛び上がった戦闘機群はなすすべもなく、帰るべき空母の飛行甲板も穴だらけで着陸できなくなった。そこで渋々ミッドウエー基地をめざすのであった。

それから3時間後・・・

ミッドウエー基地滑走路は母艦を失った艦載機が続々と避難の為にやってきた。駐機場にはいつでも攻撃に出られるよう、B17爆撃機がずらりと並んでいる。ただ、現状では攻撃するべき日本軍の空母部隊が見つかっておらず、ただジリジリと待つのみであった。次々と着陸してくる空母艦載機の後方から、低空飛行でしかも高速の双発機5機がまっすぐ滑走路に向けて進んでくるのが見えた。

ミッドウエー管制塔の ジム キャンベル大佐はそれを双眼鏡で見ていたが、突然 「て、敵機だ!! 対空射撃用意!いや早く打ち落とせ~」 と怒鳴ったが時既に遅しの”Too late”であった。先頭の双発機は前方をのろのろ着陸態勢に入っている艦載機を邪魔だとばかりに撃墜しつつ、更に対空砲銃座も20ミリ3連装バルカン砲でズタズタに撃ち砕いた刹那、置き土産とばかりに爆弾と燃料を満載したB17の上に250キロ爆弾を投下した。次の2番機から5番機まで滑走路上空を通過するのにかかった時間は、わずか35秒であった。勿論、アメリカ空母艦載機もそれ程“トロイ”奴らばかりではない。攻撃態勢に入っている双発機を上空から猛襲しようとするが、攻撃態勢だというのにやたらと早い。一瞬照準を合わせたかと思いきや、爆弾を投下直後あっという間に上昇し、追いかけても全く近づけない。アメリカ海軍自慢の最新鋭機(P51マスタング)を持ってしても追いつけない双発機なんてとても信じられない。

基地滑走路周辺は炎の海となり、阿鼻叫喚の様相を呈していた。上空に残された数十機の艦載機はやっと辿り着いた避難先も壊滅し、海上に着水するしかなくなったのである。折角修理した空母をまた修理に出すはめになり、アイランドが吹き飛んだエンタープライズは廃空母になった。そして日本政府はアメリカ政府に対して 「ハワイ諸島を含む太平洋の西側は、大日本帝国の排他的経済水域である。万が一我が国の経済水域内を害通行した場合は、その艦船と航空機及び潜水艦等いかなるものであってもその安全は保障しない!」 と言い渡した。この第二次ミッドウエー海戦でスプルーアンス司令官を失い、更には虎の子の六隻の正規空母をぼろぼろにされ、積んでいた艦載機も穴だらけの焼け爛れた酸化鉄の塊にされたアメリカ海軍はこれを聞いて 「これでアメリカを本気にさせたぜ! 日本人に身の程というものを教えてやる」 とか 「島国に生息する猿にハワイは似あわないよ。足元が明るいうちに木と紙のお家でママとねんねしな!」 などとヘイトスピーチが蔓延し、町の本屋には“日本がアメリカに勝てない20の法則”なる怪本まで出回った。


ワシントン 大統領執務室

「一体どうなっておるのだ! わが太平洋艦隊には稼動できる1隻の空母も存在せず、毎度毎度ただ一方的にジャップの野郎に負け続けているのはどう言う事だ!?」

ルーズベルトは車椅子に座ったまま部下達を怒鳴り散らした。

「大統領、今回はたまたまラッキーと結果オーライが重なっただけです。そもそも日本軍の戦法はあの真珠湾攻撃の時と同じように奇襲戦法かだまし討ち戦法しかないようです。我々はこれにさえ引っかからないように注意をすれば、やがて奴らは食料も油もなくなり、すぐにギブアップしますよ」 アーネスト キング海軍大将は根っからの日本人嫌いである。嫌いな相手だから研究するつもりもないし、根拠もない自信に溢れていた。 「それでは中国大陸の陸軍の戦略爆撃隊が壊滅したのもラッキーだったというのか!?」 「あれはマッカーサーの戦術の失敗でしょう。我々海軍の作戦とはなにも関係ありません」 キングは頑として譲らない。 「大統領、これをご覧下さい」 と補佐官が差し出した物はやや長方形の箱のような物体であった。 「トーマス君 これはなんだね?」 「これは日本国内のデパートで売られていたカッセトレコーダーと言うものです。 この正面のフタを空けると、中にはカッセトに納まった磁気テープが入っていて、このスイッチで音声が再生され、このスイッチと同時に押すと音声が録音されます」

ルーズベルトはもの珍しそうにしげしげと中身を確かめて 「これはテープレコーダーなのか? いや、こんなに小さなもので本当に録音ができるのかね?」

「はい、我々も当初はそのような疑問を持ちましたが、どうやら小型化の秘密は中の電子部品にあるようです。ご覧の通り、中には真空管が一つも入っていません。日本人はこの機械でアメリカのロックンロールを流してツイストダンスに夢中になっているそうです」 これを聞いてルーズベルトはショックを受けた。大統領になるだけあって多少は賢いようである。しかし日本嫌いのキングは 「トーマス! こんなヤワな代物で戦争に勝てるはずがないだろ!! 未開の短足野蛮人がロックンロールとは片腹痛いわ! もうすぐ奴らの生命線を締め上げる為の恐怖の潜水艦をこれでもかと送ってやるぜ!」

キングは日本からの警告は知っていたが、そんなことは一向に気にする様子は

なかった。 「キング君、最近我が海軍の潜水艦が消息不明となっている事故が異常に多くなっているが、原因は分かっているのかね?」 「その件につきましては、なにせ海の中のことですから皆目わかりません。しかし、乗組員の訓練を強化して優秀な艦長を登用すれば解決するはずです。現在我が国の最新鋭潜水艦は一ヶ月平均で10隻が進水しています。 海の底を進む潜水艦にどこの国籍かなんて分かるはずもないし、第一あの広い太平洋で見つけるのは偶然に助けられた奇跡が起こった時だけでしょうな」 中々の自信である。


 硫黄島 お握りをたらふく食べて訓練も出来上がった新型の護衛艦隊は、多少の危険性はあるが、対空戦闘用の護衛艦の射撃効果実証試験と、ハワイ付近の残敵を一掃する為の出発準備が整った。その結果次第でミッドウエーをどうするか決める予定である。陣容は伊777攻撃型潜水艦4隻 対空迎撃型護衛艦3隻 対潜水艦攻撃型駆逐艦3隻の334艦隊で、司令官は帝国海軍が誇る天才戦略家黒島中将である。サイパンの待機組をいつまでも遊ばせておく訳にもいかないので、島内のインフラ整備に汗を流しつつ、黒島の戦果を待っている。サイパンを母港にしている駆逐艦と護衛艦は一体となってマリアナ諸島全体の対潜哨戒活動をおこなっている。この中には対潜水艦ヘリを載せた小型空母も含まれている。そしてこの作戦とは別に南方資源輸送海上ルートに伊777潜水艦部隊が12隻配備された。海上輸送路は長大で制空圏確保に費用がかかるので、ここは深海の忍者に任せ、もし空や海上から日本の船を襲ったら大変な事になりますよ~!と脅してある。潜水艦隊の母港は台湾とフィリピンに用意した。

 334艦隊は太平洋を南南東に進路を取りミッドウエー島の北500キロの地点で早速二隻のアメリカ潜水艦の出迎えを受けた。海中を警戒していた伊777雲竜が浮上式アンテナで連絡してきたのである。予め潜水艦部隊は本隊護衛の為に水上艦の攻撃を担当し、敵の潜水艦は駆逐艦に任せる事にしてあった。艦隊旗艦冬風に乗る黒島司令官は、迷わず駆逐艦に攻撃命令を出した。駆逐艦風神と雷神は時速40ノットで現場に急行した。風神は曳航式ソナーの深度を調整しながら耳をすませている。海面下は海水温度が一定ではなく、暖水帯と冷水帯があり、音圧が乱反射して、これがソナーの機能を低下させるのである。艦体に取り付けてあるソナーと両方で敵潜水艦の位置を特定したら、単艦なら多少手間はかかるが近づいて魚雷を発射するが、僚艦がいれば無線で連絡を取り合って攻撃してもらうのだ。風神の誘導を受けながら雷神は迷わず敵の潜水艦に接近した。海面下の潜水艦は敵の駆逐艦が来たのでパニック状態になりながらもなんとか安全圏に逃れようとするが、狭い湾内ならともかく、外洋で発見されるなどという事が、この時代ではまず無いというのが常識である。狙われた潜水艦の艦長は限界深度ギリギリまで潜航して、爆雷の直撃を受けずに済む事を祈った。しかしやってきたのは爆雷ではなく、でかい探信音を出しながら近づいてくる悪魔であった。出迎えは潜水艦だけではなかった。恐らく、これから暗い太平洋の海底のゴミとなろうとしている潜水艦が事前に情報を送ったのだろう。冬風の対空レーダーには20機編隊で四群に分かれた航空機の姿がはっきり見えた。「対空戦闘用意!」黒島の号令で防空護衛艦の冬風 春風 夏風が戦闘体制にはいった。夏風射撃管制室では統括射撃官の打田が全方位レーダーの大画面を見ながらフネの進路を操作し、射撃手にも指示をだす。 「方位○○一番二番速射砲発砲よーい!」 射撃手は競合する方向に砲心を向けるとお互いのターゲットマークが色違いで見えるようになっていて、これがバルカン砲でも同じで、統括射撃官の負担を減らしている。統括射撃官はノーマークになっている目標に注意しながらフネの操作もしなくてはならないので、全く気が抜けない重要な役割を果たしている。敵機の距離が7,000メートルを切ったその時、統括射撃官の声が響いた。 「うてぇ~!」 夏風の127ミリ速射砲が火を噴いた。一秒に一回発射される砲弾は近接信管入りを使用しているので、射撃手は真っ直ぐ向かってくる敵機の前面をなんとなく狙ってやれば勝手にどんどん撃墜されていく。僚艦達も猛烈に打ちまくっているので、砲弾の破裂密度の少ない部分を狙わなければならない。やがて敵機との距離が2,000メートルを切るタイミングだが、半数は恐れをなしてUターンして逃げ帰った。バルカンチームは肩透かしを食らってがっかりしたり 「逃げるな! 卑怯者、戻って来いこの野郎」とか怒っている者もいたが、相手だって命はおしいだろうから仕方がない。これで光学式照準の速射砲の性能は合格点をとったが、バルカン砲の性能はまだ証明されていない。 「もしバルカン砲を使うような事態になれば一大事という事だが、今回は何としても実証する必要があるから、ハワイまでこのまま航行せよ!」 と黒島は命令した。そして433艦隊はさらにハワイ方面に向けて巡航速度の20ノットで無線を使いながら堂々と指示を出し、時には他の艦長たちと冗談を言いながらの航海であった。アメリカ軍太平洋艦隊司令部では、この緊張感のない日本の6隻の駆逐艦の無線を傍受して、苦々しく思っていた。 「たった6隻の駆逐艦で何をしようというのだ?護衛の戦闘機もなくて自殺でもしにやって来たのか?」 ニミッツは腹立たしくも不可解な行動を取る日本の小艦隊の目的を図りかねていた。 「ミッドウエーの攻撃機が恐ろしく命中率の高い砲に狙われて被害が出たと聞いています」 「ハリス参謀、恐ろしく命中率が高いというのはどの程度の命中率なのかね?我が海軍の砲弾も敵機の直前で破裂するので、随分撃墜率が上がったと聞いておるぞ」 「しかし何故か我が海軍の艦艇が日本の機を撃墜したとの報告はあまり聞いたことがありません」 「それは日本の艦爆が臆病で高空からしか攻撃しないからだろう?」 「まさにその通りなのですが、それで攻撃は成功していると思っているフシがあります」 「例の謎の尾を引く細長い爆弾か? あんなもんで戦艦や空母が沈むはずがないではないか?」 「では長官、毎回々消火の不手際で艦載機を全て燃やしてしまう事は、ダメージコントロールが失敗しただけの理由でしょうか?」 「それは解らん! ついでにハルゼーが言ってた乗組員の放射線被爆も、どうしてなのか結論がでていないのだ。 きっと日本は汚い放射能爆弾を使ってアメリカに勝とうとしているだけだろう。 空母は全てサンディエゴで修理中だが、たかがちっぽけな駆逐艦なんぞ、何が何でも基地航空隊と戦艦部隊で海の藻屑にしてやれ!」 ハワイ諸島に配備されている全ての戦闘艦体はオアフ島の北方面に布陣した。たかが6隻の駆逐艦ごときにやや大袈裟な体制であったが、獅子は一頭のウサギを狩るにも全力で狩るとの例えもある。ニミッツはまさか真珠湾が大惨事になるとは爪の先ほども心配していなかった。

433艦隊がオアフ島の北、約500キロメートルに達したのを見計らって、ハワイ諸島の全基地から攻撃隊が飛び上がった。敵艦隊には護衛の戦闘機はいない事は分かっていたが、艦爆や艦攻が出て行くのに戦闘機隊が残っているのもおかしな話なので、全ての戦闘機も出撃した。その数総数約120機である。

それらの攻撃隊が北に向かう途中に異変を目撃した。オアフ島の北方海域で邀撃体制をとっている戦艦や巡洋艦だけでなく、駆逐艦まで黒い煙と火炎を吹き上げて狂ったようにクルクルと走りまわっている。小型の駆逐艦は見ている前であっけなく沈み、大型の艦でも中央部分が明らかに折れて沈み込んでいるのが見える。真珠湾の外にいる戦闘艦で無事なものは殆んどいなかった。攻撃隊の先頭を行く隊員達は、お互い身振り手振りで「これ、ヤバイんじゃない?」 「ここで引き返したら軍法会議ものだぞ!」 「オレ、それでも死ぬよりはましだよ・・・」などと言いながら、仕方なく敵攻撃に向かった。

 護衛艦冬月艦橋では黒島司令官が目をカッと開いて南の空を見つめている。そこにレーダーから反応があった。「敵機来襲! 方位○○ 高度およそ4,000 距離約200キロメートル 数は不明だが多数」 距離が遠いと正確な数は判らない。もっと高性能の板状の平面に多数の発信アンテナを置いて、マイクロ波の方向を磁場で制御する三次元レーダーとコンピユーターであれば、手計算の三平方の定理による推測ではなく、瞬時に正確な高度も数も読めるが、今はこの程度で仕方がないだろう。そしてまた127ミリ速射砲が火を噴いた。今度は大群であるから、きっとバルカン砲も火を噴くチャンスが訪れるだろう。敵の攻撃隊は速射砲の正面を避けるように遠巻きに艦体を取り囲んできた。あまりの数に対潜駆逐艦の対空砲も打ち出した。駆逐艦の装備は対空レーダーは無い。照準方法は護衛艦の仕組みと同じだが、速射砲は前に一門だけでバルカン砲の代わりに20ミリ二連機関砲が左右に二門で、発射弾数はバルカン砲に遠く及ばないが、それでも見事に活躍している。速射砲の迎撃を逃れた爆撃機と戦闘機が続々と肉薄してきたが、猛烈なバルカン攻撃で次々火を噴いてバラバラと落ちていく。それでもアメリカ兵達は果敢に突入を試みるが、見る見る編隊の数は減っていき、残った10%程度の機は恐怖か諦めか分からないが帰っていった。黒島は艦隊をそのままに留まらせて国際海洋無線周波数を使ってニミッツを呼び出した。 「こちらは日本海軍433艦隊司令長官黒島中将である。アメリカ合衆国太平洋艦隊司令部長官ニミッツ提督応答されたし」・・・一時間待った。その間空も海中もどこからも攻撃は止んでいた。しかし応答はない。 黒島は再び 「こちらは433艦隊指令長官である。ニミッツ提督、この無線を聞いているのは分かっている。何故返答しないのか? 無駄な抵抗を止めて直ちに武装解除して降伏する事を勧告する。直ちに返答されたし」また一時間待ったが返事はない。ついに黒島はとんでもない事を言い出した。 「ニミッツ提督は戦死したものと思料いたす。でなければ防空壕の中で聞こえなかったのか、いずれにしてもこれ以上呼びかける事は無駄と理解した。我々はこれよりホノルル市街を砲撃するが、それでもよいか?」 それでも全く返事が無く、暫くしたらホノルルの住民達が我先に山に避難を始めているのを知って、初めから市街地を攻撃する気など全く無かった黒島は、もうここには用はないとばかりに帰っていった。


 ミッドウエーに残された米守備隊は、サイパンに待機していた上陸部隊の勧告を受け入れて無血上陸となった。東太平洋の勢力図が大きく変化したことを受け、国家戦略本部として日本軍の編成を再構築する事を幕僚監部に提案し、了承を得た。マーシャル諸島方面及び南太平洋の監視はフィリピンのマニラに海軍基地を置き、潜水艦基地と統合する。ヘリ空母小いずもは同基地所属として4隻の駆逐艦と共に対潜水艦哨戒活動に従事する。小いずもは元々商船を改造して作られた小型の空母で、対潜哨戒ヘリを10機搭載する。この小型空母自体には対潜能力はないが、積載するヘリはターボシャフトエンジン一基搭載して磁気探知機とディッピングソナー(海中を上下動させる圧電素子ハイドロフォン)を備えている。磁気探知機とは大きなコイル(巻線)をヘリの後部に搭載して海面下100メートル位までの地磁気の乱れを探知する装置で、ヘリのように高速で広い海域を走査するのに向いているものである。アメリカのガトー級潜水艦は空から丸裸状態で見られていることに気付かない。この対潜哨戒ヘリの愛称を“ストーカー”にしたいと総監に進言したら、「ぴったりの名称だがふざけているから却下する」と、断られ青海と命名された。まだ旧式の小型空母が数隻残っているので、機関が使えそうな空母を改造して増やす予定である。伊400型戦略大型潜水艦は弾道ミサイル搭載型を3隻と機雷敷設型を5隻の計8隻建造して、横須賀に配備された。サイパンには偵察攻撃汎用の死神号を全製造数の半数である15機と護衛戦闘機震電を15機配備し、ローテーションでミッドウエー基地に進駐する。フィリピンは独立してもらい、台湾は独立を前提に蒋介石に委ねて、和解交渉の促進を図った。太平洋の各基地に駐屯していた大量のゼロ戦は最新型のものを残して、後は解体して再利用することとなったが、あまり使用していないエンジンを解体するのは勿体ないではないかとの意見を受け、ならばと3基のエンジンを使ったホバークラフトを作ったら、これが陸軍内で評判になり、最近は軍用機部品の発注がなくなって陸軍の車両を細々作って凌いでいた、某西工業栃木工場の収入源にしてもらった。日進月歩の科学の進歩を睨み、アメリカも死神攻撃機攻略を練って700キロオーバーの戦闘機を開発して戦況をひっくり返そうと企てる事が十分に予想されるので、兼ねてより国内のトップエンジニアを総動員して開発が進められてきた、長距離爆撃機が試験飛行の段階に来ている。見た目は大きなターボファンエンジンを2基搭載した旅客機のようである。民間用と軍事用に発売予定で、軍事用タイプのスペックは最高速度980km航続距離12,000キロ 最大爆弾搭載重量8トン(レーザー照射画像追尾型自由落下爆弾) 製作に係わった国内企業は、某菱重工を筆頭に某崎重工 某川島重工 中島飛行機 立川計器 某菱電気 某EC電気 その他数千社の町工場の皆様 であった。これでもうアメリカが日本に勝つことは全ての意味でありえないだろう。私は今回の“ヒデキ”の恨み晴らしますミッションを終えたと思い、東条総理に別れを告げようとしたら 「話が違うんじゃない? ソ連もやっつけてくれるといったよねぇ~ それにまだアメリカが無条件降伏を受け入れた訳ではないから、今後どうなるかまだ余談は許されんよ!」 「ここまで日本が先進的技術を持ったら、よもや他国に不覚はとられないでしょう。後は総理の座を吉田さんに禅譲して国防に専念したらどうですか?」 「吉田って、あのキザな奴のことかい? ダメダメ、まだ総理は続ける! 折角いいところまで来たのに、何で手柄を他人にくれてやらんといけないのかね? なにか欲しいものはないか? 何でも好きなものを買ってあげるよ。なにがいい? 女か? それとも海の見える豪邸か? なんなら住まいをまるごと大奥状態にしてあげようか?」 「その提案はとても魅力的ですが、天界に戻った時の私の名誉にかかわるので、ここはお気持ちだけで結構です。分かりましたよ!まだやらせていただきます」


後半に続く



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