勇者一行の事後処理対応特別室
これはとある世界の話――
遠い遠い昔より、幾十、幾百と繰り返されてきた戦い。
選ばれし勇者と大魔王との戦い。
何度倒しても数十年の後、復活する大魔王。
その度に神託により勇者が選ばれ、命懸けの旅に出る。
世界の平和のため、仲間とともに戦うのだ。
そしてまた今回も、数々の苦難を乗り越え、勇者は仲間とともに大魔王を倒し、世界に数十年の平和が訪れたのでした。
めでたし、めでたし。
――なんてなるのはお話の中だけ。現実はめでたいだけでは終わらない。むしろ終わってからの方が大変だったりするのだ。
「この度は、勇者の旅にご助力いただきまして誠にありがとうございました。厚く御礼申し上げます。……ええ、はい、大魔王を倒せたのは貴国のお力添え合ってこそ。……いえいえ、本当でございます。後日、我が国の特別使者が御礼に伺いますので。はい、それでは失礼いたします」
フォン。
輝きを放っていた魔法水晶が元の状態に戻る。
それと同時に魔法文官イーは舌打ちをした。
「あー、ムカつく。なんなの、あの“感謝してくれよ感”満載の態度! ちょっと国のタカラ的な剣貰っただけじゃない。そりゃあ多少は魔法効果のある、まあまあ高価な剣だったらしいけど。でも、唯一無二ってわけでもないじゃん。高レベルの魔法使いと高レベルの鍛冶師がいればまた同じの作れるじゃん。ってか、大魔王の城に着く前に折れてるからね! 途中ではぐれドラゴンと戦ったときに折れたって勇者様から聞いたし! そんな程度の剣譲ったくらいで偉そうにしてんじゃねーよ、クソバカチビ大臣!」
「あ、そっち終わった? じゃあ国関係への挨拶は全部済みっと。えーっと、あと連絡しなきゃしけないのは、オックの里とどこでも調達ギルドか」
イーの暴言をスルーして、ペラペラと手許の書類をチェックするのは、イーと同じ魔法文官のアール。
ここは、今回神託によって選ばれた勇者の出身国、アンドゥ。――の王城に設置された、事後処理対応特別室。
神託によって勇者が選ばれると、同行する仲間も同じ国から選ばれる。その時々によって違うが、大体三~五人。そして勇者一行は大魔王を倒す旅に出る。
……のだが、最短距離で行くことは叶わず、世界各地の神殿を回って大魔王を倒すのに必要な、聖なる力的なものを授けてもらわなければならないのだ。
面倒なことこの上ないが、昔から決まっていることなので誰も突っ込んだりはしない。
そうして、勇者一行が各地を回っていると、ちょいちょい大魔王が手下のモンスターを差し向けてくる。それが、だだっ広い平野とかだったら問題ないのだが、町や村の近くだと困ったことになる。もちろん避難を呼びかけるので、死者が出るということはあまりないが、住居が破壊されたりするのは珍しくない。
つり橋が落ちたり、土砂崩れがおきたりすることもある。
しかし、勇者一行に家を建てたり、つり橋を架けたりしている暇はない。一日でも早く大魔王を倒さなくてはならないのだから。
では、被害にあった人たちはどうしたらいいのか?
その答えが、事後処理対応特別室だ。
何をするところかは字面からおおよそ想像がつくだろう。
「オックの里には僕がするから、イーはギルドの方頼むねー」
「へいへい。だーもう面倒だなー。どこでも調達ギルドは勇者様のおかげで売り上げ爆増なんだから、礼言う必要なくない? むしろ向こうから礼があってもいいんじゃないの?」
「まあ、そう文句をたれるな。それが外交ってもんさ。それに……あそこで世界神殿の神官の対応をしているサーンよりマシだろ」
アールの視線を追って、広い部屋の隅にある応接スペースに眼を向けたイーは、しばらくの沈黙のあと、「確かに」と言って、魔法水晶に魔力を注いだ。
「ええ、はい、この度は多大なるご迷惑をおかけしまして誠に申し訳ございません。戦闘で半壊になった神殿は、すでに修復の手配をしております。ご不便をおかけいたしますが、今しばらくお待ちくださいませ」
イーとアールに噂されていた上級文官のサーンは、表面上穏やかな神官と、表面上穏やかに会話していた。
「ああ、いえいえ、そんなに急いでいただかなくても構いませんよ。勇者殿が破壊なさったのは、神殿だけではないのでしょう? なんでも、どこかの村の集会所も被害にあったとか」
「(勇者殿が破壊って。勇者様が故意に破壊したわけじゃねーし。襲って来たモンスターから神殿を守ったときに、結果的に壊れただけじゃねーか。コイツさっきから遠回しに嫌味言ってくんだよな。マジウゼェ)神殿は神に祈りをささげる場。周辺の住民の皆様のために、最優先されるのは当然のことでございます」
自分の額の血管の切れる音を聞きながら、サーンは笑みを深くする。
「そうですか? そこまで仰るのなら……。こちらとしては、急かすつもりはまったくないのですがね」
「(嘘つけ、この腹黒黒どす黒神官が!)神官様の寛大なお心、感謝に堪えません。本日は御足労いただきありがとうございました。修復の進捗状況につきましては、後日担当の者よりご連絡申し上げますので」
「分かりました。ではこれで失礼します。神のご加護がありますように」
「(そんなもんいらんからテメエの頭をしばかせろ)お気をつけてお帰り下さい」
頭の中で呪いの言葉を繰り返しながら、サーンは満面の笑顔で神官を見送った。
「サーン先輩お疲れさまでした。キレッキレの笑顔でしたね!」
パタリ、と扉を閉めた途端、真顔に戻ったサーンに下級文官のスゥが話しかける。
「神官の奴らの厚かましさは異常だな。あいつらと話してると信仰の気持ちが薄れてくるわ。っと、書類は出来たか?」
「被害届の出ている分は一応、全部。概算の見積もりですけど」
スゥは持っていた書類の束をサーンに手渡す。受け取った書類をパラパラとめくっていたサーンだったが、途中に書かれていた文字に目を止め、顔を上げた。
「これどういうこと? たかだか田舎の村の集会所でしょ? なんで装飾費の欄の金額がこんな数字になってるの?」
スゥが渡したのは、被害場所ごとに分けて作成した修復の見積書なのだが、その中の一枚にサーンは引っ掛かりを覚えた。
先ほど神官が言っていた、勇者とモンスターの戦いで破壊されたハシ村の集会所。資材、人件費……と項目が並ぶ、その一番下。装飾費と書かれた、その隣の欄に記された金額がどう考えてもおかしい。
どのくらいおかしいかと言うと、猫が卵を産むくらいおかしい。
「装飾費の項目自体分かる。何かしら村にとって大事なものを飾ってたんだろう。だけどな、資材と人件費を足した金額より高いってどういうことだ? 桁がおかしいだろ」
「あー、やっぱりそれ気になります? なんか、村の代々の御守りが集会所に飾ってあったらしくって、それに貴重な紫水晶が使われていたらしいんですよ。さらに、昔の大魔法使いが書いたらしい魔法札も貼ってたとか。とりあえず村長さんが言ってきたことを全面的に信用してみたんですけど……」
「らしいらしいって、らしいだらけじゃないか。ったく、こんなの申請できるか。ハシ村に審査官を派遣しろ、今すぐに!」
「は、はいですー」
サーンに見積書を突き返されたスゥは、魔法文官のところに小走りで向かって行った。被害状況を調べるために各地へ飛んでいる審査官に連絡を取ってもらうためだ。
スゥの背中を見ながら、サーンは深々と溜息を吐いた。
「何から何まで面倒すぎる……けど、また数十年後には大魔王が復活するんだよな……。早くて二十年、遅くても五十年後か。……次の勇者は他国から出ることを祈るわ」
純度百%の本音を零しながら、サーンは書類をめくる。
今日も。
明日も。
明後日も。
勇者一行が国中からチヤホヤもてはやされてウハウハしている陰で、事後処理対応特別室の文官たちは忙しく働くのであった。