1-2 大丈夫かい、お嬢さん
起承転結の転です。
気づけば、見知らぬ町まで来ていた。ビルが立ち並び、人が沢山いる町のようだ。けれど、何やら様子がおかしい。人が皆、私が来た方向に向かって走っているのだ。慌てているもの、笑っているもの、泣いているもの、表情は様々だったが、どこか、焦っているようだった。
「……どうなってるの」
私は、理解ができず、こっちに向かって走ってきた一人の青年に話しかけた。
「あ、あの。なんで皆さんこっちに走ってきてるんですか?」
「あんた、知らないのか? いや、説明している時間はない。君も早く逃げろ」
その人は、そういうと、走って行ってしまった。早く逃げろ? 一体、どうゆうこと?
その時、大きく左右に地面が揺れた。
「わっ!」
私は、その揺れに立っていることができず、コンクリートの地面に膝をついた。
「いたた。どうして、こんなところで地震が……」
私は、立ち上がろうと、前を向いた。その時、信じられないものが、眼に映る。
見えたのは、怪物。私の、5倍は軽くありそうな背丈、大きく、ゴツゴツとしている表面は、まさに岩の集合体。私は、恐怖で体が震えて立ち上がることができなくなった。気づけば、周りには誰もいない。私は今更、逃げろの意味を知った。
その怪物は、窓ガラスが割れるほどの鳴声をあげる。
「嫌だ、死にたく、ない」
私は、何度も何度も、逃げようとしたが、足は棒のようになって、動かない。どうしよう、どうしよう。涙が静かに頰を伝い、私の体温を奪っていく、震えが止まらない。
「あ、ああ……」
怪物は、私の顔を覗き込む。私を食べようとすればいつでもできる距離だ。聞こえてくる怪物のうなり声。嫌だ、嫌だ、誰か。
「誰か、助けて!」
刹那、怪物がコンクリートを破壊しながら、地面にめり込んだ。私は現状を理解できず、目を丸くした。
「よう、お嬢ちゃん。大丈夫か」
私に声をかけて来たのは、一人のおじさん。くたびれたスーツとボサボサの頭、少し生えているヒゲからは、ただの疲れたサラリーマンという印象を受けた。私は、あたりを見渡す。けれど、この人以外に人影は見つからない。つまりーー。
「あなたが、倒したんですか」
「ん? ああ、そうだよ。いやぁ、ギリギリ間に合ってよかったわぁ」
まるで、当たり前のようにその人は応える。こんな怪物を倒したのに、息一つきれていない。これが、能力者。
「さて、お嬢ちゃんはこんなところで何してるんだい。避難警告は出てたはずだけどねぇ」
私は、思わず下を向いた。
「すいません、夢中になっていて」
避難警告は走っている途中に流れていたのかもしれない。けれどあの時は、周りの音は何も聞こえていなかった。聞こえていたのは、せいぜい自分の呼吸する音ぐらいだった。
「夢中ねぇ……」
その人は、少し困ったように頭をかいた。理由はわかった。動画撮りたさと、度胸試しで怪物の近くに寄って行った若者が、片腕をなくす事件があった。私も、ニュースで見ていたから知っている。きっと、この人は私も面白半分で怪物に近づいたと思っているのだろう。そんなんじゃ、ないのに。
その時、少しだが、地面が揺れた。その揺れは、地面に座っている自分だから体感ができたんだと思う。そう思うぐらい、小さい揺れだった。私は、前を向いた。目に映ったのは、体から熱気を発しながら起き上がる、怪物の姿だった。
「後ろ!」
私は、無我夢中で叫んだ。おじさんも、その声に一瞬驚いた表情を見せると、後ろを振り向いた。
「あらら、おじさん、めんどくさいの苦手なんだけどねぇ」
おじさんは、頭をかきながら言う。この人には、戦う意思がないようだった。いや、何で自然にこの人を頼っているんだろう。ただ、一回助けてくれただけなのに。
私は、少し動くようになった足で、立ち上がった。私自身で、何とかしなきゃ。私が、本当にエメラルドの能力者なら、お願い、今ここで、力を貸して。私は、深呼吸をした。能力の使い方は、自然と体が理解しているようだった。私は、怪物の方に、体を向けた。そして、大きく息を吸う。
「う、うおおおおおおおおお!」
私の口から細く、竜巻が出る。そして、その竜巻は、空を素早い速さで飛び、怪物の頰に当たった。
やった、できた。
そう、歓喜に浸った。けれど怪物は、何事もなかったかのようにこっちを向いた。そんなっ!
「……お嬢ちゃん。能力者だったのかい」
おじさんが、驚いた表情でこっちを見ている。応えたかったが、さっきの能力の影響からか、声が出ない。
「その状況から見ると、なりたてってとこかいねぇ」
少し、笑みを浮かべるおじさん。どうしてこの人は、命の危機なのに笑っているのだろう。
そう思っている間にも、怪物はこっちに近づいていた。
「お嬢ちゃん。ギルドに入るつもりなら、いいことを教えてやろう。ギルドってのはなぁ、家族なんだ」
また一歩、怪物は近づいてくる。
「だから、一人で焦る必要はないんだよ」
怪物は、おじさんの目の前へ来ていた。そして、喉を鳴らしている。
「必ず助けに来るからな」
怪物は、熱気を出しながら、口を開けた。危ないっ!
「おじさん、逃げて!」
そう言った瞬間。怪物は、唸り声をあげて、大きな音を立てながら倒れていく。そして、ビルにもたれかかったかと思うと、そのビルものとも、転倒した。その怪物は息を絶えたことを知らせるかのように、大きく地面を揺らす。
「……すごい」
私は、思わず呟いた。
「そうだろ」
おじさんは、それが聞こえたのか、こっちを向きながら、嬉しそうに笑う。
「そうだろ、じゃねぇ!」
しかし、その瞬間、おじさんにチョップが炸裂する。
「いってぇ。ひでぇなぁ〜、坊主」
「坊主じゃねぇ! おっさん、やるならきちんとやりやがれ! 迷惑かけやがって」
「疲れ」
おじさんの前には、いつのまにか、人がいた。
「いっつも、手ぇ抜きやがって」
金髪で目つきの悪い、不良のような少年。
「面倒」
色黒な肌とは対照的な、白い目に白い肌をしている、小さな少女。
もしかして、いや、もしかしなくても。彼らが、おじさんのギルドの人たちなんだ。
「それに、後先考えず動くな、チームプレイってのをしらねぇのか!」
金髪の人は、おじさんを睨みながら説教している。
……なんか、あんなにかっこいいことを言ってたのに、すごい金髪の人から怒られてる。私は、一気に安堵し、体から力が抜けた。立っていることができず、地面に座り込む。
「まぁまぁ、悪かった悪かった。周りに人がいたんで、危ないと思ってねぇ」
「はぁ? 人?」
金髪の人は、辺りを見渡した。そして、私と目が合うと、目を丸くした。
「何してんだ、お前」
私は、その言葉に応えることができなかった。声がさっきの能力を使った影響でうまく出せず、おまけに安堵しきった頭では、なんといえばいいのかわからなかったからだ。
「そう睨んでんじゃねぇよぉ、坊主。そいつは能力者だ、素人だがな」
「能力者? ならそう言えよ、また面白半分のやつかと思ったぜ」
金髪の人は、私を睨むのをやめて、ため息をこぼす。
「傷」
「え?」
白い少女は、私の膝を指差した。見れば、膝に切り傷のようなものができている。怪物が倒れた時に割れた、ガラスの破片で切ったのだろうか。気づかなかった……。
少女、もとい幼女は、金髪の人の裾を引っ張る。
「はいはい、わかったわかった」
金髪の人は、ポケットから何か小さなものを取り出すと、幼女に渡した。幼女は、それを持ってこっちに走って来る。
「治る」
そう言って、手に持っていたのは、絆創膏。私は、少しためらったが、それを受け取った。
「あ、ありがとう」
幼女は、満足気に頷いた。絆創膏をくれるなんて、優しい子だな。私は、早速もらった絆創膏を使おうと思って、目をやる。
その時に気づいた。その貰った絆創膏が、可愛らしいうさぎが描かれたとてもファンシーなものだったことに。これ、金髪の人が持ってたんだよね。
顔を上げ、金髪の人を見る。……案外、良い人なのかもしれない。
私は、絆創膏を貼って、三人を見た。楽しそうに笑い合い、家族だと言い、人を救った。想像とは違った、楽し気な能力者の姿。
「さてっ、仕事も終わったし、帰ろうぜぇ」
「お菓子」
「おっさん、一人で戻れ。俺らは、お菓子買ってから帰るぜ」
「あ、じゃあ、おじさんのおつまみも」
「買いたきゃ自分で行け」
「えー。おじさん悲しー」
ボッーとしてると、三人は、歩きだしていた。どうしよう、まだ、お礼も言ってないのに。
「あっあの!」
私は、必死に声を絞り出した。三人は、それが聞こえたのか、その場で立ち止まり、こっちを振り向いた。
「私も、なれますか。家族に、なれますか!」
本当は、お礼を言うつもりだった。けれど、口が勝手に動いた。
三人は、一瞬目を丸くさせたが、どこか優しそうな声で言った。
「俺らのギルドは人手不足だからな」
「仲間、嬉しい」
「まぁ、なりてぇなら入ればいいんじゃねぇの、リラベルに」
「リラベル……」
忘れないように胸に刻み込む。ギルド、リラベル。私の、憧れ。
私は、頭を下げた。
「救ってくださり、ありがとうございました!」
三人は何も言わずに、ただ、微笑んでいた。




