1-1 能力者になんて、なりたくないっ!
起承転結の起と承です。
ピピピピピッピピピピピッ
枕元で、時計の音がなる。その音は、安眠をしていた私を、強引に眠りから覚ました。
「うるさいなぁ」
私は、体を時計の方へ転がし、目をあけずに、手探りで時計を探し始める。
しかし、何度も手を動かすが、時計に届く気配はない。ぽすっぽすっと、柔らかいベットを触る音が聞こえるだけだ。時計の音は鳴り止まない。私は、不快な表情を浮かべた。
めんどくさいなぁ、もう。
それでも、時計は鳴り止まない。私は、苛立ちを表す。
「あー、もー、うるさい!」
大声をあげた瞬間、枕元でばんっという、爆発音がした。
「ひっ」
私は跳ね上がるように体を起こした。
そして、息を飲む。
「……え」
見えたのは、砕け散り、ただの破片になっている時計。それも、その破片は、まるで、作ったかのように綺麗な正方形になっていた。
理解できない。時計は、一体どうしてこうなったのか。その時、頭に微かに浮かぶ可能性。しかし、私は首を振る。
そんなわけない。よね?
その時扉が、壊すような勢いで、開け放たれた。
「おいっ! 朝から何やってんだよ、姉ちゃん!」
強引に扉を開けたのは、弟、カナデ。
私はぎこちなく首を動かし、カナデの方を向いた。そして、口をパクパクと動かした。正式に言うと、時計が爆発した、と言おうとした。けれど、驚きのあまり声が出ず、言えなかった。
「はぁ? 何言ってんの。喋れよ」
私は、指をゆっくり、動かし、時計だった破片たちを指差した。するとカナデは、指差した方を見るなり、呆れ顔からは一転、疑惑の顔に変わった。
「は、はぁ? 何だよ、それ」
「……時計」
「はぁ?」
「……壊れた」
「いや、そんな壊れ方するわけねぇだろ」
「……まじで」
「……まじで?」
二人で疑惑の表情を浮かべながら会話している。時計が爆発し、破片になった、それをすぐ納得できるものは少ない。
「と、とりあえず、母さんに言おう」
「う、うん」
会話の結論は、お母さんに相談する、で決まった。自体は、素早く変わっていく、しかし、理解は追いついていない。
「もし、本当に、私が……」
いや、考えるのはやめよう。私は、時計の破片を手の上に集め、カナデと一緒にお母さんの元へ向かった。
「母さん、あのさ」
カナデは、恐る恐る、皿洗いをしているお母さんの背後から、声をかける。お母さんは、皿洗いを辞めずに返事した。
「なに、ミミ起こしてくれたの」
「うん。そのことなんだけどさ」
私は、聞こえるか聞こえないかくらいの小声で喋る。まるで、叱られる前に理由を話す子供のように。
お母さんは、そんな様子にいらだったのか、二人の方を向いた。
「だから、何?」
私は、恐る恐る、集めた時計の破片をお母さんに見せた。怒り気味だったお母さんも、それを見るなり、目を丸くする
「これ、なに?」
「……時計」
私は、目をそらしながら言う。お母さんは、その破片を手に取り、何回も回転させ、凝視している。それもそうだろう、こんな壊れ方、するわけが無い。そして、何か納得したのか、破片を戻す。
「とりあえず、何があったか話して。場合によっては、病院に行きましょう」
「……うん」
お母さんの提案に私はひどく肩を落とした。その理由は簡単だ。自分が能力者かもしれないからだ。
さほど遠くない昔、人類に、突然変異が訪れた。幸か不幸か、一部の人類は、それにより、科学的に証明のできない能力を得た。簡単に言うと、超能力だ。国は、彼ら能力者に、部隊への入隊を義務した。圧倒的武力を持った部隊は、徐々に数を増やし、ギルドと名を変えた。
しかし、ギルドの力が強くなりすぎたことに、危険を感じ、国は、任命証。俗に言うパスを作った。パスは、パール、エメラルド、ルビー、サファイア、ダイアに分かれ、能力の強さを表している。
それにより、パールと診断されたものは、義務を背負う必要はなくなった。今までギルドにいた能力者も、一番なる可能性の高いパールの義務をなくしたことで、約半分以上減った。
私が肩を落とした理由は、ギルドへの入隊だ。家で家族と暮らすこと、学校へ行って友達と遊ぶこと、全ての今までは、できなくなる。まさに、別人になるようなものだ。それの苦しみ、辛さを考え、落ち込むのは、当たり前だ。それでもまだ、平気だと思えているのは、自分はパールだと、信じているからだ。
「診断結果が出ました」
医師の一言で、私の背筋が伸びる。緊張している、冷静な医師の声が、無機質な機械音に聞こえるぐらいに。
そんな私の、こわばった顔とは対照的に、医師は私に微笑んだ。
「おめでとうございます」
医師は、私の目の前に、パスを差し出す。私は震えながら、片目を開けて、ゆっくりとパスを見た。パスの色は、緑。
「エメラルドと診断されました」
エ、エメラルド。医師の淡々とした言葉に、気持ちがどん底に落とされる。
私は、目を指紋も見るぐらいの勢いで、大きく開けた。そして、パスを凝視する、何度も見直す。しかし、何度見ようが、それは緑色だ。頭に浮かぶのは、絶望、その二文字だった。
嫌だ、嘘だって言って、能力者になんて、エメラルドになんて、なりたくない! 友達と離れたくない、今の生活から離れたくない。私が今まで頑張ってきたのはなんだったの、全部、全部、水の泡なの?
私は、涙で目の前が揺らぎ始めた。なにやら医師と両親が話しているようだが、その声は、全て遮断されていた。私は、なにも考えられなくなってきた。しょうがないのだ。思考が、理解を拒絶するのだから。
怖くなった、逃げ出したくなった。そして、それに体は素直に応えた。
「ミミ!」
私は、ただ走った。そこから逃げ出した。無駄なあがきだとは頭のどこかで理解していた。けど、心を整理する時間が欲しかった。両親も、医師も、誰も私を止めようと走っては来なかった。カナデは、私を追いかけようとしたけれど、お母さんに止められていた。きっと、みんな必要な時間だと感じたんだと思う。その気遣いに、また心が痛められた。