復讐者、国へと戻る
しばらく復帰です。
リョウマ達が修行をしている中でも現実の世界に残るリョウマの仲間達の時間はどんどん過ぎていく。
場所は魔王国のレイフィールド。
リョウマ達が住んでいた街だ。
その魔王城の一室にある窓から、魔王であるアマンダは自分の名前を冠する街を眺めていた。
時間は深夜。
まだ疎らに明かりはある。
幸いにもレイフィールドがイグルシア帝国に強襲された時、彼女を早い段階で身柄を抑えられた事が皮肉にも街への被害が限りなく少なく収まった。
アマンダは街の人の安全を心配する一方で、実際に被害が少なかった事にも安堵した。
ふと、彼女は自分の足元の枷を見る。
この枷は魔力、スキルといった物を封じ込めるためのモノらしい。
かつて、リョウマがケインにつけられたものと同じものだ。
アマンダはリョウマの両足が無くなって再会したあの瞬間を思い出す。
「…まさか、今度は自分が着けることになるとはね」
ふと、アマンダの部屋に誰かが訪れた。しかしアマンダは別に誰かなどとは気にしなかった。
これは定時に来る見張りだという事は、ここ数日の待遇で知っていた。
そして訪れるのは決まってイグルシア帝国軍の要人だ。
「ほう、これが魔王国の魔王様か…長く生きていると聞いているが、見た目は若いお嬢さんじゃないか」
葉巻の煙の臭いを漂わせながら、革靴の足音を響かせながら軽やかに歩く男。
年相応の体格をしながらも、どこか油断ならない雰囲気を併せ持った中年男性。
彼の名はカモーラ・ギャングスタン。
彼を含めた八蛇師団の団長の内の誰かが確認してくるのだ。
カモーラは興味のなさそうな目でアマンダを見る。
「何よ…」
「いや、今回は確認だけじゃあないんだ。あんたに簡単な連絡が合ってな…」
「私の処刑の日時かしら?」
アマンダはすぐに聞き返す。彼女は勿体ぶられる話し方はあまり好きではない。
「はははっ察しが良いね。あんたの処刑は三日後に決定した。んで、ついでといってなんだが、あんたの今の気分はどんなもんだ?おっと、これは純粋な興味だ、魔王となんて話す機会なんてそうそうにないからな」
「敵と話す口はないわ、さっさと消えなさい」
そして連絡事項以外は全ての会話を拒否した。
「はっは…敵ね…流石は魔王様だ、俺らを前にしてその生意気な口が聞けるとは…枷をつけているはずなのに、今は俺にはまるで心の臓が握られているかと思う程にあんたの気迫というのを感じるぜ」
すると、カモーラへらへらと笑いながら、アマンダの強気な態度を笑う。
「ふっふっふ!いいねぇいいねぇ。あんたみたいな女はそういう冷たい目が似合うと俺は思うぜ。願わくはその眼でずっといてほしいねぇ。女は強くあった方が男は燃えるんだ」
アマンダはカモーラの態度に一種の疑問を思った。
これから死に行く者をあざ笑う…いわば下種のような立場でアマンダを見ているのではないように感じる。
彼はまるで…何かに期待しているようにアマンダの目には移った。
「あなたは何を言いたいのかしら?」
思わず、アマンダはカモーラに聞いた。
「おっと、あんたはまだ知らなくていいぜ…知らない方が良いって事はこの世にごまんと存在するんだからな」
アマンダはカモーラの言葉に疑問を思うも、カモーラはその答えを濁し、へらへらと笑う。代わりにと言わんばかりにアマンダの側にある机にペンと紙を側に置く。
「まぁ、残しておきたい言葉もあるだろう…ここに書いておきな」
「…」
「おれぁ、女には優しいのさ…処刑の日は刑の開始の時刻の2時間前に処刑台へ座らされる手はずだ…それまでは自由さ…まぁあんたのことだ、石を投げつけられるような事はまず起こらないだろう、ここは良い街だからな」
そういうと、カモーラはアマンダの閉じ込められている部屋を後にした。
残されたペンと紙を見つめるアマンダ。
まだ自分の生を諦めたわけではない。
ただ、その紙とペンを見て、自分の心が揺れ動いているのだけは感じ取った。
◇
一方、ラフロシア達はすでにレイフィールドに潜伏していた。
アマンダの処刑まで残り2日。
ミカロジュの森の転移でどうにか近くまで移動し、彼らは花街にある隠れ家へと潜伏している。
奇しくもエスカルバンの一味達と同じような立ち位置になってしまった事にラウラは箒で掃除をしながらに思った。
確かに花街は多少の治安が悪い所だが、故に人の入れ替わりも激しい。
この家は元々空き家で、住んでいた人もいなかったそうだ。
隠れ家にとってうってつけだ。
「いやーまさかこんな形で使う事になるとはにゃー」
ルカルドはめんどくさそうに言った。
この隠れ家は元々ルカルドが数年前に買い取り、時々さぼりの場所として使っていたみたいだ。
ルカルドはそういいながら、部屋の掃除をせっせとする。
「よく修行をほっぽりだしていたけど、ここに逃げていたのね…」
ラウラは掃除をする師匠を睨みながら愚痴る。
「まぁまぁ、俺っちのおかげで安全にレイフォールドでアマンダっちを助ける&新鮮な情報が取れるんだから、そこは多めに見てにゃ」
「はいはい、有難う御座います…全くそんな状況だって分かっているのに、どうしてそんな悠長にしていられるのか」
のんびりとした口調のルカルドに呆れるラウラ。
レイフィールドに戻れたものの、肝心の状況は変わらない。
すると、誰かが扉を叩く音がする。
ラウラは扉へと近づいて、合言葉を聞いた。
「山」
「川」
合言葉をどうするかという時にレンコがいっていたリョウマの世界の合言葉にするという事になった。
そして、扉を開けるとそこにはスフィアとエマとレンコがいた。
さらにレンコは大事そうに赤ん坊も抱えていた。
「あぅ」
「きゃーーー!ヒカリちゃんだ!!」
「しっ、ラウラ!」
久しぶりにリョウマとレンコの子供であるヒカリと会えて、興奮するラウラ。
そして、隠れ家の前で騒いだラウラを叱るレンコ。
「あぅ?」
街が危機に瀕していても、赤ん坊にはそんな事は分かるはずがなく、そんなとぼけた顔に女性陣は癒された。
「…中に入るわよ」
スフィアだけはヒカリの様子に特に何ともなく、すんなりと隠れ家の中へと入った。
エマがじゃれつくラウラとヒカリを見る、そしてそのままレンコの方へと眼をやり、彼女に言った。
「まさか、レンコが子供を産んでいるとわね…イグルシアで話だけは聞いていたけど」
レンコとスフィアの仲は悪いが、レンコはエマに対して強い嫌悪感や関心が薄かった。年が離れている事もあり、エマの愚行を止められなかった年上としての責任感もあり、エマに対しては普通に接していた。
「えぇ、まぁね」
照れながらレンコはエマの言葉に返事をする。
なお、言葉が溜口なのは冒険者同士ではよくある事だ。
レンコ、エマ、ラウラは隠れ家の居間へと移動した。そして、そこでヒカリを抱っこから降ろす。すると、一目散で今のソファへと座っていたスフィアの方へとはいはいをする。
「……」
「あぅ」
「…」
「あぅ!」
ヒカリは何をスフィアに感じ取ったのか、「遊ぼ」と言わんばかりにスフィアの前で駄々をこねる。
「くすくす、スフィア、あんたヒカリちゃんに気にいれたみたいよって…うっーーーーーー!!!」
エマはヒカリがスフィアに近づいた事でちょっかいを言うと、スフィアがうるさいと言わんばかりにエマの口をスキル【黄金】で黄金を生み出し封じる。
金の膜で急に呼吸ができなくなったエマは慌ててスフィアに詰め寄り、ばしばし叩く。
「鼻は塞いでいないから平気でしょ?あんたはしばらくそうしてな」
スフィアは我関せずとばかりにエマに一言だけいい、ソファへと座り込むソフィア。
そんな中、ヒカリはスフィアへと触れた。
「あんた、ヒカリになんかしたらただじゃあおかないわよ」
レンコとしてはヒカリをスフィアなんかに近づいてほしくない。しかし、強引に距離をおくにもどうかと考え、しばらくスフィアににらみを利かせる事にした。
「…」
そんなスフィアはヒカリを見た。その純粋な目にスフィアは軽い嫌気を感じた。
スフィアにとって昔、手をかけた妹達を思い出させるのだ。
あの時は幼いながらも生きる事に必死だった。あの後、起きる未来にそのまま乗っかるのが怖くなり、してしまった凶行は後悔がなくとも…心に来るものがある。
それを言葉にしても意味がない事もスフィアには分かっている。
そして、スフィアはスキルを発動させた。
登場したのはゆりかご。
そこにソファに元々あったクッションを敷き詰めて、その上にヒカリを寝かせた。
「…そこで大人しく寝てなさい」
「あっあ!」
スフィアの言葉に対しての返事なのか、有難うといっているか、ヒカリは元気に返事をした。
そして、微笑むスフィア。元々、綺麗な顔をしている彼女が微笑むと周りの女性陣ですら少しだけときめく。
そして、できた黄金のゆりかごを見たレンコはスフィアに言う。
「ありがと…」
「いいわよ、別に…この子のためにした事だから」
「なら、母親である私はしっかりとお礼を言わなきゃいけないのよ」
「…そう、なら有難く受け取っておくわ」
「ふんっ」
ゆりかごを作り終えたスフィアは改めてソファへと座り直す。
「うっーうっっー!!!!」
エマがまだスフィアの後ろで「助けてー」とうなっているが、誰も気にしなかった。
「さて、簡単な報告をするわ」
レンコとエマが外へと出ていたのはヒカリの引き取りと捕まった人達の情報収集だ。
引き取りはレンコ。そして、情報収集はレイフィールドで顔の割れていないエマが適任だった。
が街で聞いた事を皆に話した。
「ぷっふぁ…全く、最近スフィアは私に厳しいと思うよ…」
「エマがいじられキャラになっていく…学園ではいじめっ子だったのに」
実力というものはこうも人の立場を変えるのかとラウラは思った。
エマは学園でもかなりの実力者だった彼女が抵抗せずにいるのを不思議そうに見ていた。
「あれ?メグは?」
すると、エマはメグがいない事に気が付いた。
まだミカロジュの森にいるケンとリョウマ以外はこの隠れ家か…少なくともレイフィールドにいる。ラフロシアはまだ別件で外に出ているがメグは確か隠れ家に残っていたはずだ。
「メグはまだ寝てるけど…起こした方が良いわね」
メグは昨晩の夜の見張りをしていた。そのため昼である今はまだ寝ていたのだ。
「そうね、起こして頂戴」
レンコがそういうと、ラウラは起こしにいった。
そして、今に全員集まり、エマが調べた情報が報告された。
「まず、正確な処刑に関する情報だけど…やっぱり魔王の処刑は明後日の正午で間違いないみたい」
「そう…で、当日の警備体制はどうなっているの?」
レンコは知りたかった情報をまず聞いた。
「はっきりいってやばいの一言だわ…八蛇師団の全員が参列する上に兵士は2万!明らかに私達を警戒していうわね…とてもじゃないけど…」
エマは恐ろしそうに自分が効いた情報を言う。
「その情報の信ぴょう性って?」
メグが眠い目をこすりながら、情報の質を問う。
「忘れたの?私のスキルは【心操】。それで兵士を操ってちょちょいのちょいよ!」
つまり、エマの得た情報は限りなく信ぴょう性が高い事が証明された。
「なら、方法は一つ…処刑の前の夜に奇襲するしかないわね」
スフィアがエマの情報を元にそう結論付ける。
「そうね…会場がもうできていたけど、気味悪いったらないわ」
レンコは先程見た光景を思い出し、苦い顔をする。
「もうできていたの?」
ラウラがエマに確認した。
「うん、たくさんの見物人がいたから偵察はしやすかったよ。あれはもうどこかの見世物という感じになっていたわ…見せしめなのかしら?」
「うーん、そんな事をする帝国の文化は知らないけどにゃ、まぁ俺達3人を釣りたいんだろうにゃ」
ルカルドが毛並みを整えながら、エマの疑問に答える。
ラフロシア、リョウマ、ルカルド
イグルシア帝国側からすれば、魔王国三大将軍にして最高戦力達がまだ一人も捕まっていないという事実
むしろ、己の王を助けるためにどの様な手段を使ってくるか分からないでいるのだ。
そのために魔王の処刑を宣言したのだろう。より状況をイグルシア帝国有利にするために。
「そんな…じゃあ」
「そうにゃ、レンコッち…間違いなく向こうは迎撃の準備をしているにゃ…恐らくもうすでに準備は完了…。俺達はそれでイグルシア帝国を相手にしにゃきゃいけないのにゃ」
レンコはルカルドの言う事に改めて今の状況が限りなく最悪だという事を認識する。
「えーと、じゃあその迎撃に対してだけど…兵士とかを抜くと…単純にスフィアさん程の人達が八人はいるって事よね?」
ラウラがふとそんな事をいうが、それを否定したのはスフィア自身だった。
「違う、少なくとも二人は私なんかよりも実力は上の人がいるわ」
ラウラの確認にスフィアが待ったをかける。
「ラガーンにラルフ…あいつら二人は私でも勝てるビジョンが見えないわ」
それぞれイグルシア帝国の国家象徴であり、最強の両翼だ。
そしてラルフの名前を聞いて、ルカルドが珍しく反応をした。
「ラルフか、次は目に物を見せてやる」
毛を軽く逆立たせて、珍しく興奮気味にルカルドは言う。
このレイフィールドでみすみす自分の民を殺された事をルカルドは心残りにしていた。
そして元に口調でルカルドは続けて言う。
「…そんな状況で少数の俺達が勝つ方法はただ一つ…各個撃破しか手がないにゃ」
多勢に無勢。なら多勢で来させなければいいのだ。
「でも、簡単に言うけど…どうやってその状況を作るの?後2万の兵士もいるのよ?」
「まずは奴らが無視できない所を攻めるにゃ…それも複数同時に」
そして、ルカルドはどこからともなく地図を出した。
それはレイフィールドの地図だ。
「今、ここにいないラフロシアにはジェフやガモン達がどこに捕まっているから探してもらっているにゃ…そこと魔王を同時に救出するにゃ…」
「成程」
レンコはルカルドの作戦に理が適っていると思った。
「正確な情報が出そろったけど…班は前に言った感じ?」
メグが確認とばかりに皆に聞いた。
ミカロジュの森では班での行動を念押ししていた。
「そうだにゃ…基本は変わらないが…少し変更にゃ…陽動は俺、ラウラ、メグ、エマ…それにレイフィールドの街の住民達がやってくれるにゃ」
レイフィールドの民もまだ反撃の意思は消えていない。国家象徴に二人が帰った来た事でその意思は確固たるものとなっていた。
「そう街の人も戦うのね…そうしてもらった方がアマンダの助かる可能性が上がるわよね」
本当は魔王国の民に戦列に加わってほしくないと思うレンコだが、状況が状況なのでしかたがなかった。
「レンコさん、確かに辛い戦いになると思いますが、皆さんはそれでも喜んでいましたよ。やっぱりこのレイフィールド…そして魔王国は民が王を愛している国だとつくづく感じました。だから、レンコさん、絶対にこの国を救いましょう」
ラウラがレンコを励ます。
「うん、そうね」
「レンコっち…ちなみにある程度の戦力増加は別の策として考えてあるにゃ」
すると、ルカルドが追加で新しい事をいった。
「戦力の増加って?どこにいるの、そんなの?」
ラウラは当然の疑問をルカルドにぶつける。
今回のイグルシア帝国の襲撃はかなり早い段階で事が進んだ。
そのため、イグルシア帝国側の
「まぁ、これは俺っちの独断でやるにゃ、何、悪いようにはしないにゃ」
「気になるけど…そう、分かったわ」
レンコは心配になりながらも、ルカルドを信頼する事にした。
彼はこう見えても知将だ。思いつかないような策でもあるのだろう。
「じゃあ、皆はそれぞれ休むにゃ…ヒカリはどうするにゃ?」
「…明日の朝には元の所…世話役のおばさまに返すわ…今晩だけでも一緒にいたかったのよ」
レンコは悲しそうに笑った。
ルカルドはそれ以上何も言えなかった。
「はっきり言って、リョウマとケンがいないだけでも十分に痛手にゃ…だけど、俺達はそれでも何もしない訳には行かないにゃ。皆、明日は正念場にゃ、勝つぞ」
「「「「「はい」」」」」
こうして、日にちはアマンダの処刑される前日の夜まで針は進むのであった。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
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東屋