復讐者、拷問は免れる
ニューアリアへと連行されてから数日が過ぎた。
不思議な事にリョウマの身にはカーナークから殴られた傷以外の外傷はなかった。
その傷も、今は丁寧に布で傷口が塞がれていた。
リョウマは最初はエルフとは罪人にも温厚な種族かと思えば、そうではなかった。
「あぁー…やめてくれ…俺が悪かった…もうエルフは誘拐しない。早く俺を労働に回せー。こんな所に…」
人さらいの類の人なのか、目の前の牢屋にいる男から漂う悲壮感は只者ではなかった。
この取り調べを受けていた者の様子を見るに、エルフ達の取り調べは中々に耐えがたい物だという事は見て取れた。
(…どうやらお前のおかげでどうにかなったよ…レイジ)
リョウマは自分の身が安全だった事を心の中にいる存在にお礼を言った。
(そうだな、俺が霊獣の名前を言い当てたから、相手さんも面喰らっていたぜ♪)
ニューアリアへと連行されていく道中で聞かされたお話によれば、レイジの前の宿主はかつてミカロジュの森にいると言われる霊獣を従えていたみたいだ。
なんでも、前の宿主がかつて旅している時に霊獣と出会ったそうだ。その時に霊獣はまだ幼く、ミカロジュの森にいる他の魔物にやられたのか怪我をしていた。その時を前の宿主が助けた縁で宿主…男みたいなのだが、彼の旅に同行するようになったみたいだ。
前の宿主の名前はラッシュ・アデルバート
リョウマの知らない名前だった。
(いや、あいつが旅に同行してからは楽しかった♪)
(【復讐】のスキル持ちが旅?ろくな旅じゃ無かったろうなそれ…)
(ぷぷぷ、馬鹿だなお前は)
(なんだよ?)
(僕がお前とこうして話をしている点で気づかない?)
「あっ」
そうなのだ。自分はレイジと話している。それはその前の宿主もおそらく同じだったのだろう。
(そう、前の宿主も、自分の復讐について答えを出して、僕と出会ったのさ)
そこでリョウマはふと聞いてしまった。
(それは俺と同じだった?)
スキルである【復讐】を自分の欲のためではなく、復讐から復習した結果、自分を戒めて、仲間や周囲の人のために使うようなったというのは…あくまでもリョウマの出した答えだ。前の宿主も同じだったのかはリョウマの興味のある所だったが…
(似ているけど、あいつは少し違う答えを出したよ)
そういいながら、レイジはラッシュの過去の話を言い始めた。
(ラッシュの生きていた頃は今程他国との交流がなくて、街とかならともかくどの村も飢饉で苦しんでいた。そんな中で他種族との争いも各地で起きていた。そんな世界だったけど、苦しい日々の中でもラッシュには妹がいてな…妹のために貧しいながらも幸せに暮らしていたんだ)
ここで、リョウマは先の展開を読んでしまった。漫画や小説を読んでいた彼の悪い癖でもある。
(だけど、ある日、山菜を一緒に取りに行った帰りに山賊に襲われたみたいでな…ラッシュの妹はラッシュをかばう際に深手を負ってしまった。その時に怒りが最大限に至ったて、僕が彼の身に発現したんだ。あの時は鮮明に覚えているよ。君と同じでどす黒い感情が心の中にどんどん湧いていたのを思い出されるよ。でも、そんなラッシュだったけど、彼の妹は最後の最後でラッシュを引き留めたんだ)
(えっ?)
(スキルを使って、山賊をなぶり殺しにした後、すぐにラッシュは妹の元に駆けつけた。スキルで豹変した兄だ、恐怖の感情もあっただろうにラッシュの妹は兄にこういったんだよ。「怖い事を言わないで、優しい兄のままでいて」って)
(…そうか…いい妹さんだね)
優しい妹だったのだろう。己の身よりも家族の身を案じてそういったのだろうと思うと、リョウマの胸には熱い何かが流れ込んできた。
(そして、その場はどうにかなったんだが…飢饉で物資が不足していた村だったからね…残念な事にラッシュに妹はその傷が原因で数週間後に死んでしまった。でも、ラッシュの妹は懸命にラッシュをスキルを悪用しない様に説得していたよ…多分だけど、自分の死期を彼女は理解していて、そのために残される兄の身を案じたんだろうね。そのおかげで僕とラッシュは早い段階で出会った。そして、妹とのある約束を守るために旅に出たんだ)
(ある約束?)
(それはまだ言えないな、忘れているのかもしれないけど…僕はまだ君を認めてはいないからね、人間♪)
(そういえば…ラッシュを名前で言っているという事はあいつっていう事は)
レイジの中ではラッシュという前の宿主を認めているという事がリョウマの中で理解できた。
(君って…なんていうかか弱い女子みたいに細かい所に気が付くな…そうだから僕が宿る程になったんだろうねぇ)
呆れるようにしてレイジは言う。
(うっ…)
リョウマは我ながら細かい所を気にする点は気づいているが、そういう性分なのでどうしようもないのだ。だが、指摘された事は自身が前から気にしていた事でもあるので、自分は変わっていないのだと思うと再度落ち込み気味になる。
すると、廊下から足音が聞こえた。
足音は二つ。
一人はエルフの看守だろうか、衛兵の様に銀色の鎧を纏っていた。
そして、もう一人はリョウマにとって会いたくない人物だった。
「出ろ、リョウマ・フジタ」
金色の髪を後ろにまとめている美丈夫。リョウマよりも高い身長の彼はつい先日殴ってきた男だ。
「カーナーク!」
「お前は仮にも魔王国の国家象徴だからな、基本的には私が同行して、貴様の行動を制限させてもらう」
「俺達はお前達のいう霊獣の暗殺の一件に一切関わりがない。それと、レンコは無事だろうな?」
リョウマは改めて自分達は暗殺に関わっていない事とレンコが捕まっている事(レイジから聞いた)から彼女の身を案じた。
「だまれ人間。貴様が霊獣様の名前を言い当てた上に、貴様の伝言を伝えたら会って下さるそうだ。どうして貴様の様な人間と面会されるのかやら…」
捕まってからリョウマはいったのだ。「あるスキルを俺は持っていると伝えてくれと」
そうすればその霊獣の面会できるとレイジの入れ知恵でもあった。
「そうか…じゃあ俺は霊獣の元に連れていかれるのか?」
「様だ。様をつけろ。…その前に湯あみでもしろ。そんな見ずぼらしい姿で我らが霊獣様にお会いさせられない」
「それはいいが、レンコは無事なんだよね」
「ずいぶんと気に掛けるな…大丈夫だ。女性は囚人でも最低限の生活を保障している。霊獣様の許し次第ではすぐに解放もしよう」
そう言われ、リョウマはようやく安心した。
そして、そのまま身支度を整え(鎖はついたままで魔法は使えない)、建物の中を歩かされる。
「ここってどこだ?カーナーク」
「黙れ、人間。仮にも貴様は囚人だ。いい加減私語は慎め」
「はいはい…」
情報を取れたらよかったが、警戒されているのか注意を受けたリョウマ。
だが、彼の中では大方の予想は付いていた。
(ここがニューアリアの『大会議』の中か…結構丈夫に建てられているな)
一面を大理石のような物でてきた建物の内装は国会というよりも美術館を連想させられた。
そして、しばらく歩くと、大きな…見上げる程に…扉の前へと着いた。
「カーナークです。紋の使用許可をすでに出しています」
(あのカーナークですら手続きを取らないといけない?そして紋って)
リョウマは一連のやり取りを見て、ここがミカロジュの森での目的であった転移紋がある部屋だと見当をつけた。
そして、手続きが終わったのか、カーナーク達と共にリョウマも中にへと入る。
そこは薄暗く、地面には緑色の光で転移紋が記されていた。
「これが噂にきいたミカロジュの森の転移紋か…」
「これで霊獣様の元へと向かう…御身の場所を知られてはいけないからな、ではいくぞ」
そう言うと…看守の1人は紋から離れた。
「俺とお前だけか…」
「エルフでも霊獣様とお会いできるのは少ない…まぁそれもこれから分かるだろうがな…」
そして、地面の転移紋の光が一層強くなる。
次の瞬間、目の前の景色が変わった。
そこは木漏れ日が漏れる林の中だった。
そのあまりの絶景に言葉が思わず漏れる。
「うぁ…綺麗だ」
林の中の開けた所に泉があり、小動物だろうか、うさぎや子犬のような魔物も見かけた。
そして、泉の奥にいた巨体に目が行く。
それはトナカイのような立派な黄金の角を持ち、立派な鬣に口には牙があった。
獅子の様な姿をした霊獣だ。だが、獅子の様な怖さはなく、草食動物のような親しみやすさを感じた。
「あれがミカロジュの森を長年守ってきた霊獣である…バロン様だ」
カーナークは一礼して言う。
「あれが…」
神々しいとはこの事を指すのだとリョウマは思った。
すると、霊獣はリョウマ達に気が付いたのか、視線をこちらに向けた。
「ほう、来たか…【復讐】の宿主よ」
そして、霊獣のと会合が始まろうとしていた。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
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東屋