復讐者、捕まる
レンコは自分の目に映った光景に目を疑った。
最強だと信じていた愛する男が、いとも簡単に宙へと飛んだのだ。
そんな宙へと舞い、床へと打ち付けられた彼はぴくりとも動かず、起き上がってこなかった。
おそらく気絶したのだろう。
そう信じたいとレンコは思った。
そして次にレンコの心から出てきたのは…最大限の怒りの感情だった。
「貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
鬼の様な形相でエルフの男を睨み、瞬時に雷魔法を纏い、怒りと共に自身の出せる最速の剣戟で目の前にいるエルフを斬りにかかる。
彼女の特徴である黒の長髪が水平に靡き、彼女の愛刀の切っ先がエルフの男へと届こうかと迫る。
しかし、すぐにレンコは自身の体のとある変化に気が付いた。
「え?」
(体が…重い?)
どこか感じた事のある感覚だが、その答えがすぐに出るよりも早く…あるいはその隙を目の前のエルフは見逃さなかった。
レンコのお腹にエルフ…カーナークの力強い蹴りが届く。
ドンッ!!!
「ぐっ!…ぐはぁっ!!!」
女性にはあるまじき悲痛な悲鳴だったが、このエルフの一撃はそれ程に強い一撃だったのだろう。
細身であるはずのエルフ。
歴戦の冒険者であるレンコですら、いとも容易くその一撃を受けたのだ。
レンコは奥の壁へと打ち付けられる。
そして、そのまま床へと落ち、起き上がろうとするも、ダメージが思いのほか大きく、すぐには立ち上がれなかった。ただ、加減されたのだろう…気絶する程の威力ではなかった。
すると、エルフの男…カーナークは口を開いた。
「私の間合いでそこまで動けるのか…なるほど、人間にしては少しはやるようだが…例え、君の一撃をまともに喰らっていても、私は倒せないだろう」
そういいながら、自身の右腕を前へと出すカーナーク。見れば、彼の右腕には切り傷が出来ていた。おそらく、蹴られる直前にレンコの切っ先が当たったのだろう。
だが、近くにで見ていたケンとメグはさらに驚きに光景を目にする。
パキパキ…!!
傷が簡単にふさがったのだ。
そして、何ともないようにカーナークは言った。
「人間の女。次は技の威力も考えた方が良い、次があればだがな…」
エルフはそういい、近くにいるケンとメグへと目線を向けた。
二人は慌てて、後ろへと下がるが、側の壁へとぶつかってしまった。
「なんだ今の!傷が、傷がふさがったぞ!なぁ、あれ魔法使っていなかっただろ!メグ!」
ケンは今さっきみた光景に驚きの声を上げる。
回復魔法が使われていたように見えなかったケンは、得体のしれない目の前のエルフに対して、最大の警鐘が頭の中で響いていた。
「あれは!まさか!」
一人、ある事に思い至ったのか、メグは冷や汗をたらしながらも、戦闘態勢を整えた。
そんな二人の元に、外にいたラフロシアは怒りを露にして二人を守る様に、そしてカーナークへと迫った。
「カーナーク!!!どうして私達を襲う!?私達が何をしたというんだ!事と次第によってはミカロジュの森の国家象徴であるお前もただでは済まないぞ!」
そんなラフロシアを他所に、カーナークは平然と言った。
「先程言っただろうに…ラフロシアよ。今、私が守るべき集落にて緊急事態が起きている。そして、おまえらがその最重要参考人として大会議の決定により捕縛しに来たのだ」
「なっ!大会議だと…なら集落の老人共もお前のこの行為は容認しているというのか?」
「あぁ、まぁ少しやりすぎた感は認めよう。ただ相手も国家象徴…簡単には応じないと思い先制をさせてもらった。ここまで簡単に退けるとは思わなかったがな」
カーナークは側で気絶しているリョウマへ憐みの目を向けた。
己が圧倒的強者だという自信カーナークという男の性格を表しているように感じた。
「だが、私達はついさっきミカロジュの森に入ったのだぞ!どうして、集落の問題に我々が関われる!」
納得がいかないとラフロシアは詰問する。
「ラフロシア、おまえも一応最重要参考人のとして名を連ねているが、長老様達の意向で自宅謹慎という手はずになっている。…あと、そこの二人は聞いていないから貴様の屋敷で同じく謹慎にさせておけ」
しかし、カーナークはラフロシアの質問を無視して、彼女に命令する。
「聞きなさい!レンコもリョウマも貴方達ミカロジュの森に何か危害を加えるような人達ではないわ」
「ふん、篭絡されたかラフロシア…かつての名が泣くな…大方、混乱を起こしてその間に事を起こそうとしたのだろうが…失敗したな人間。それにだラフロシア…この情報は我々の信頼ある情報網からだ。ラフロシア、お前がいくら言おうと捕縛は絶対だ!」
「何を言っているの?!その信頼ある情報網って何のことよ!」
すると、次にカーナークの口から出た言葉にミカロジュの森出身のラフロシアだからこそ驚いた。
「霊獣様のお告げだ!」
「…そんな、嘘よ」
ラフロシアは分かりやすいまでに落ち込みを露にする。
ケンとメグは崩れそうになるラフロシアを抱えた。
そして、呆然としているラフロシアを一瞥したカーナークは部下に指示をする。
「おい!こいつらを運べ!」
「はっ!!!」
すると、また奥からエルフの衛兵らしき人達が気絶したリョウマとけがで動けないレンコを運んでいった。
「ちょっと!どこへ連れいくんだ!」
ケンがびびりながらもカーナークにリョウマ達をどこに連れて行くか聞いた。
「ニューアリアだ。色々と聞かなければい行けない事があるからな。そして、ラフロシア、先程も申したが、お前はそれまでステュアート家で謹慎処分だ。人間二人…貴様らもだ。我々の用意した馬車に乗れ…それとも貴様らも痛い目に遭いたいか?」
チームでも高い戦闘力を持つリョウマとレンコを瞬殺したカーナークへと反撃するという考えはケンとメグにはなかった。悔しいと思うも、ここは事態の成り行きを見るしかないと冷静に考えた。
何もしないケンとメグ、そしてそれを察したカーナークはお店を出た。
店内では客と店員がパニックを起こしていたが、一切の関心を向けなかった。
「はなせ!!リョウマ!起きて!リョウマァ―!」
レンコがリョウマを呼んでいるが、目を覚まさない。
「くっ…」
しばらくして、ようやくラフロシアは悔しそうにして、唇を噛みながらも、声を上げた。
「ラフロシアさん、俺らは一体…」
「どうして私達が…」
ケンとメグも呆然としながらも、事態を一番理解しているであろうラフロシアに聞かざるを得なかった。
「私にも分からない事だらけだわ…ただこれだけは言えるわ…」
当の彼女にも分からない事だらけなのだ。どうしてミカロジュの森の唯一の国家象徴である金髪のエルフ、カーナーク・トゥーレがリョウマ達を捕縛、その理由が先に説明した霊獣に関わっているというにはラフロシアにも見当がつかない。
ただ冷静に今の状況を口にした。
「ミカロジュの森は敵に回ってしまった」
その事実にケンとメグは唖然とする。
「とりあえず、ミカロジュの森にある私の屋敷にいけるみたいだわ。そこで詳しい事情を知っているでろう人に話を聞くわ、大丈夫…絶対にリョウマとレンコは助ける!」
「えぇ」
「あぁ」
そういい、荷物を急遽宿から取り、3人は用意された馬車に乗らされたのだった。
◇
「うん?ここは?」
「おぉー、人間、起きたか」
「…お前か、レイジ」
そこはこの前レイジとあった精神世界だった。
相変わらず暗い雰囲気のその空間だが、どこか暖かさも感じて変な気持ちをリョウマは感じていた。
自称、七つあった全てのスキルの元の一つで、憤怒の番人であるレイジが表情に分からない顔とその体でボクシングの構えで話を始める。
「顎にジャストミート!流石のお前も気絶したな…まぁだからここにいるんだけどな♪」
宿主が気絶したのに実に楽しそうにレイジは話す。
そんなレイジの様子に飽きれながらも、リョウマは質問をした。
「…どうなっているんだ今?外の様子ならさ、お前分かるんだろ?」
リョウマはレイジにどうなったか聞いた。
「なんか護送車みたいなのに捕まっているぞ。多分、ニューアリアに入るなこれは」
レイジはつい先程ラフロシアから聞いたミカロジュの森の中にあるエルフの集落の名前を言う。
「そうか…くそっ、さっきのやつ…一体なんなんだ…いや正体は分かるけど…」
カーナーク・トゥーレ。
ミカロジュの森の国家象徴だ。
国家象徴は各国の王や長と言った国の頂点が指名する。
基本的にその地位へと着く条件は曖昧だが…一芸に長けているか、圧倒的武力を持つ者が就く地位だ。
リョウマは彼の名前しか知らない。そもそも他国の国家象徴の情報は名前以外出回らない。
しかし、それでも突然襲われたとはいえ、リョウマとカーナークでここまで実力差があるとは思いもよらなかった。
「いやー、傑作だった♪一発KOで殴られて、気絶してやんの♪」
相変わらず表情のない顔だが、その声色は馬鹿にしている事だけは分かるリョウマ。
「黙れ…とうかなんでここに呼んだんだよ?そんなしょっちゅう呼ぶとは思っていなかったよ正直」
リョウマはレイジにここへと招いた理由を聞いた。
すると、悔しそうにしてレイジは言う。
「お前なんかそんなしょっちゅう呼ばないよ。お前が勝手にここに来たんだよ。まさか、気絶したら自動的にここに来れるシステムだったとは僕も知らなかったよ」
「なるほど」
という事は直接聞きたい事があれば気絶すれば聞き出せるのか。
こいつが黙秘とかした日には試してみる価値はあるかもとリョウマは考えた。
「お前の意識もまだ戻らないみたいだし…嫌だが、ここにいるしかないみたいだ…たく、せっかくの憩いの場が」
「ここを憩いの場なんて言えるのはおまえだけだよ。見た目だけなら地獄の門の前みたいな風景なのにな…なら…ついでに質問があるんだけど、聞いていいか」
「知り合い同士の無口の空間という地獄程の地獄はないからね。いいよー、物に寄るけど…」
レイジは空中で胡坐をかきながら、リョウマの質問に答えようとする。
「霊獣についてだ、後ミカロジュの森について。お前知っていそうだったろ?こういう状況だ。お前の知っている事はできるだけ把握しておきたい」
馬車でのレイジは霊獣について何か知っている雰囲気だった。その時には「答えないよーだ」と一発殴りたくなる程の事言われたが、特に重要でもないと思い、聞かずにいた。
しかし、突然ミカロジュの森に襲われているこの状況で、相手の分かる事は知っておいた方がいいと思ったリョウマはレイジに聞いた。
「…あぁ、そうだね…話そうか…このまま君に死なれたらまた深い眠りに付くのも嫌だし、それは勘弁願いたい…」
ならどうしてリョウマが殴られて笑っているのかとも思うが…
そういい、空中にいるレイジはでんぐり返しをしながら、床へと着地をする。
「そーだねー♪どこから話そうかなー♪」
「何勿体つかせているんだよ…ちゃんと話は聞くから」
どういう理屈かは分からないが、アイススケート選手みたいに片足を水平に挙げてくるくる回り、話を進めないレイジに嫌気を指すリョウマ。
「いやーなんたって数百年前の事だからね…まさかその名前を聞くとは思わなかったからさ…簡単にいうと、ミカロジュの森にいる霊獣は前の僕の宿主のお仲間さ」
「え!!!!」
ここまで読んで戴き、有難うございました。
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東屋