復讐者、名付け親になる
ホテルへと帰ったリョウマは横になった。
流狼との戦いに出てきた謎の存在。
そいつと会うためだ。
目を瞑り、瞑想をするように心を落ち着かせる。
そして、意外とすんなりとその者の元へと行けた。
「いやー、お疲れさん。ようこそ僕の世界へ。さて聞こうか、何を聞きたいのか」
目の前には灰色か黒か判別のつきにくい色のをした人の様な存在。
スキルの精神世界という、所に赴いたリョウマはあたりを見渡す。
相変わらず、黒い靄の漂う、薄暗い空間だ。
早速、聞きたい事を聞こうとするリョウマ。
「まずは色々聞きたいけど、君がどういう存在なんだ?」
色々と聞きたい事があるが、それも目の前のがどういう存在かまず知らないと判断ができない。嘘を言う可能性もあるが、目の前の謎の存在はすんなりと答えようとする。
「僕の自己紹介だね。了解、僕は…」
「スキル【復讐】なんていうのはよしてくれ。恐らく、それとは別の存在なんだろ?」
リョウマの勘だが、的を得ていると思った。なぜならリョウマのもう一つのスキル…そして新しく得た【逆襲】のスキルには意思のような物を感じない。【復讐】を使う時の不自由さもない。自動でスキルの効果が発動するスキルだ。
その点から、スキルとは別の存在が彼なのだとリョウマは思い至った。
「…そこを突かれるとは、意外と疑り深いんだね…じゃあ僕の事をしっかり説明しようか」
「改めて初めまして、人間。僕は憤怒の番人。この世の多くに散らばるスキルの元となった七つの番人の内の一人さ」
腕を高らかに上げて、腰を曲げて一礼する憤怒の番人。
憤怒というにはどこか人馬鹿にした態度をとる。
「憤怒の番人…ということは七つの大罪、傲慢、憤怒、嫉妬と他の番人達もいるのか?」
七つの大罪は、キリスト教の西方教会、おもにカトリック教会における用語だ。元は人間を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望や感情のことを指すものだと昔読んだ漫画かライトノベルに書いていた。
「あぁ、やっぱり異世界人だから知っているね…そうだよ、僕たちはその人間の最も強い感情とされている7つから生み出され、そしてスキルを生み出す存在さ。まぁ新しいスキルはもう創り終えて、今はこうして宿主を転々としながらこの世界で生きる者の生活の発展を見守っているのだけどね。後、スキルの抑制とかかな」
そういい、胸を張る憤怒の番人。同じぐらいの身長だが、どこか子供っぽい印象だ。
「だから、番人か…俺の【復讐】の使い勝手の悪さも君が調整していたのか?」
「そう、でもそれ以外に特に何かするつもりはないよ。それぞれのスキル…僕の場合はこの【復讐】の効果が強いためにその力の抑止力としているんだけさ。他の番人もそうさ」
「他の番人とも連絡を取れるのか?」
「いや、無理」
「じゃあ、なんでスキルを生み出したんだ?」
口早に質問をするリョウマ。
おそらく、この質問がこの世界の概念に触れる質問だとリョウマは思った。しかし、期待した答えは帰ってこなかった。
「君はどうして空気があるか答えられるか?僕達が存在するのはそういう事さ」
「…」
意地悪な答えが返ってきたため、少しがっかりするリョウマ。
「さて、他に聞きたい事は?」
この番人とやらに聞く事はあるのかと思いつつも、質問を続けた。
「…じゃあ、さっきこの世界の発展を見守っていると言ったが、ずっとか?」
この世界がどのくらいの年月が経っているか知らないが、もしかしたら役立つかもしれない。
「いや、君が僕を宿してから暦を確認したけど、僕はどうやら数百年程寝ていたらしい。僕達が入れる宿主って実は決まって、次の人が来るまで寝てしまうんだ」
ここでリョウマは直感で分かった。その次の人が誰を指すのかを。
「え?まさか…それは異世界人か?」
「そうだよ、僕達番人は異世界人のスキルにのみ宿る。まぁ、それも絶対ではないけどね、例えば君の持つ英雄…あれは元は傲慢の番人の分身でできたスキルだけど、どうやら君には宿っていないらしい」
「そういえば、【逆襲】もお前の分身みたいな事を言っていたな」
「あぁ、僕達番人はぽんぽんとさながらカエルの卵のようにスキルを創ったから、その全容まではもう僕の方では把握できないけど、創り始めた時のスキルは皆強くてね、その辺りのスキルなら覚えているよ。それが僕の場合は【逆襲】、そして【復讐】さ」
つまり、古くからできたスキルは強いという事なのだろう。
(しかし、カエルか…他にましな例えがあったろうに…)
「成程で、さらに質問しても良い?」
「いいよ、いいよ。久しぶりに人間と話が出来て、今気分がいいから♪」
そういいながら、憤怒の番人はふわふわ浮いている。
自分の世界だから自由に動けるのだろう。
リョウマは佇んだまま、憤怒の番人の方を向き、質問を重ねた。
「お前が力をもう一段階上げたってやつ。それに関してだ。【復讐】のスキルが強くなったのは分かるが、【英雄】のスキルも強くしたりしたのか?」
リョウマは【英雄】も変化した事を忘れていなかった。これまでよりもさらに強い力を出した英雄。
「俺は意識する事で新しい使い方できるのは知っているが、今回の様な…威力が今まで以上の力を出したなんて聞いた事がない」
ここで簡単におさらいをしよう。
今回の戦いでリョウマの力はさらに伸びた。
まずは【復讐】の効果が明白になり、怒りを感じた時に対象の相手の上書き、つまり相手の記憶やスキルの上書きができるようになった。これにより流狼の【逆襲】が使えるようになった。
この変化はこの目の前の憤怒の番人がいるからだと推測できる。
しかし、【英雄】には番人はいないのだという。では、なぜ急に強くなったのか。今までの悩みから解放されたと思っていたが、違う可能性もある。そのため、目の前のスキルを創ったという存在である憤怒の番人に聞こうとしたのだが…
「うーん。それが僕にも分からないんだよね」
答えづらそうに憤怒の番人は言う。
逆さになり、胡坐をかきながら憤怒の番人は答えた。
「君の言う通り、スキルは本人の意識次第で多少の効果の変化がある。でも、君が起こしたあの大爆発の様な急激な成長なんてこれまでは考えられなかったんだ…考えられるのは、スキルが成長してる事だけど…そんなの今まで見た事がないな、新たな発見かもね!」
どうやらスキルを創った存在にも分からないみたいだ。
「案外、君の悩みが解決した事で心の軋轢が溶けて、力が解放されたという線もあるし…経過を見ないと判断できないかな」
「なんだ、知らない事もあるんだな、番人でも」
軽くため息をつくリョウマ。それをよく思わなかったのか、憤怒の番人が不満そうに言う。
「僕はスキルを創れただけで、その全てを知っている訳ではないからね。言わせてもらうけど…後、他に何かないかな?」
「あぁ、これは質問ってわけでないけどさ…」
リョウマとしてはこれから言う事は大事に感じていた。
「お前、名前なんだよ?」
それを聞いて、憤怒の番人はぽかんとしていた(表情はないが)。
「名前??さっき言っただろう憤怒の番人さ」
「それは俺が人間と言っているのと同じだろ。じゃなくて、呼んでほしい名前だよ。なんか憤怒の番人って言いにくい」
リョウマはどういう人と言えば、苗字呼びよりも名前呼びの方が好きだ。あだ名も悪くないが、名前の方が本人を表していると考える。
「ふーん、考えた事がないよ。これまでのスキル保持者も僕の事は番人と呼んでいたからね」
恐らく、初めて聞かれた事なのだろう。どこか空(なのか分からないが遠くを見ている)を見て考え込む憤怒の番人。
「じゃあ、俺がつけてやるよ。毎回憤怒とかで呼ぶのなんかメンドクサイし」
そして、しばらく考え込むリョウマ。
いくつか候補を頭の中で考え、一番いいと思ったのを言った。
「…レイジでどうだ?前の世界で憤怒って意味だ」
英語で憤怒はRage。そこからレイジと安直な考えかもしれないが、名前なんてそんなものだ。
相手が気に入るかどうか、そこが問題なのだ。
そして、憤怒の番人は気にってくれたみたいだ。
「ほう、悪くない。では今から僕はレイジと僕は名乗ろう。人間」
顔がないので表情は伺えないが、嬉しそうだ。
「いや、俺はリョウマだよ!俺の名前は!名前覚えろよ」
「それは僕が君を認める程になってからだね」
「認めるってなんだよ…くそっ、名前つけて人間呼びやめさせようと思ったのに…」
「ふん、甘いな、まぁ、名付けのお礼で、これまでの様に一方的ではなく、時々貴様に向けて念話でもしよう。ただ見守ってもつまらないからな」
意思疎通の許可を最後に頂き、ほっとするリョウマ。
「良かったよ。またここにいつ戻れるか分からなかったからな」
「何、番人も暇なのでな、影ながら見守るのも、共に見守るのも変わらない。そして、さらなる力を人間に与えるのも僕の気まぐれさ」
「はいはい、よろしくな」
そして片手を出すリョウマ。
(という事はさらなる力はあるのか…まぁ今どういっても仕方ないな…)
そう考えながら、自然に手を差し出した。
その意図を察して、レイジは断る。
「…悪いが、貴様をまだ人間と呼ぶように、握手も受けられない」
そういい、手で遮る。
「これからよろしくって意味なのに…ちぇ、子供っぽいくせして、意外と頑固だな」
「頑固とはなんだ!僕は君の数百倍は生きているのだぞ」
「はいはい、まぁ俺と行動を共にしてくれるだけ有難いよ。また相談させてくれ」
「うむ、では、また会おう。私にも睡眠時間があるのでな。暫く寝る」
「そうか、じゃあ、それまでに仲間には君の存在を伝えておくよ」
そういい、リョウマは元の世界へと戻った。
リョウマが消えた精神世界でレイジ事、憤怒の番人は口籠る。
「不思議なやつだな。落ち込んだと思えば、怒り、怒りを露にしたと思えば後悔し、後悔したと思えば前進する。ここまで感情豊かな人間は不思議だな」
「まぁ、とりあえずはいつものように見守ろう。人間なんていっぱいいるんだ、いつものようにその者の人生をただ見守ろう」
そういい、ベッドを出現させ、横になるレイジ。
不思議と寝つきが良かったのだが、そのことも眠りと共に忘れてしまい、意識と外へと飛んでいった。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
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東屋