復讐者、謎との会合
リョウマの急激な変化は大きく分けて二つ。
一つは彼の頬に浮かび上がってきた入れ墨のような紋様。
二つ目にその紋様が赤く光っている事だ。
なぜ、その状態になれたかと言えば、それはジュライドの中央の公園にて流狼と戦い始めた所まで遡る。
それは一瞬の間に起きた。
「え?え?え?」
つい先程まで、強敵の流狼と対峙していた。
しかし、瞬きの間に目の前にいた流狼が消え、辺りが黒い靄が漂う薄暗い空間に変わっていた。
「え?ここってどこ?!流狼は!ジュライドの街は!!!」
薄暗い周囲を見渡しても、ただただ空間が広がっていた。
ふと気づくと、少し先に変なやつがいた。
のっぺりとした灰色の顔だ。かろうじて、顔と呼べる輪郭がある事で生き物だと認識する。
まるでシルエットのようなその生物はリョウマの方を向いた。
「やあ、初めましてかな。人間君」
おおよそ、口と呼べるものがない。
だが、リョウマにはまるで耳で聞いているかのように聞こえた。
中性的な声でその存在が男か女か判断ができない。
「あれ、聞こえているよね?」
リョウマはこの謎の存在に警戒した。
一定の距離を保って、相手の出方を伺う。
「いや、申し訳ないね、“「だから、分からせてやる、俺の復讐の反省でな
”って決めセリフを言っておいてここに呼んでしまって」
「うぉぉおぉぉぉぉぉぉ!!!!待って、それはぁ~、言わないでくれ~!!」
出鼻を挫かれた事を思い出し、羞恥に悶えるリョウマ。
「いや、傑作だったよ。君は何回も失敗しているのに、それでもあんなセリフ言いのけられるんだからさ。中々に強いメンタルを持っている。うんうん、すごいね」
灰色の存在は右手を顎の位置へと持っていき、まるで笑いを堪える様にして言う。
(逆に褒められるのが、恥ずかしい!)
「って?呼んだ?あなたが?」
「そうだよ人間君、僕が君をここに呼んだのさ」
男(便宜上)は両手を掲げて、まるで自慢するかのようにいった。
「色々聞きたい事があるのだけど、まず君は誰なんだ?」
灰色の存在は首を傾げ、考えながら答えた。
「うーん、そうだね。信じないと思うけど、ボクは【復讐】だよ。君のスキルの」
「へぇ…スキルの…」
リョウマは素直に納得した。
「…意外と冷静だね」
「まぁなんていうか、俺は異世界の出身だから、その世界の本でこういう展開が出てくる物語があるから、割とすんなり入ってきた」
鋼〇錬金術然り、謎の存在や概念との対面は豊富にある。
「成程、君の落ち着いている理由は分かったよ。面白いね、君。ただ、普通のスキルには意思なんてものはないし、そもそも保持していても、その意思が保持者の応える事はめったにないよ」
「応える?」
何やら気になる事を言うスキル【復讐】
「そう、で今回は君の強い意志に応えた結果、こうして出会ったわけだ」
【復讐】は両手を広げて言う。
「そうだよ!ここは一体どこなんだ?また別の国に飛ばされたのか?」
転移に縁のあるリョウマは再び別の場所に飛んだ事で、不安を露にした。
「君の心配する事はないよ。ここは精神世界さ。いわば君の心の中、スキルの体内とでも言おうか」
「スキルの体内?」
様々な新しいキーワードを言われて、頭が混乱する。
元々、戦闘を開始しようとしていただけに、話を聞こうとする冷静さがあるだけ十分ともいえる。
そこである事に気が付いた。
「え?じゃあこの姿は?」
ここが精神世界なら体があるのは可笑しいと思っての事だった。
「それは君の精神体だよ。肉体は別で、そのままジュライドの街にある」
「なるほど」
「ちなみに肉体の方は今絶賛流狼っていう魔物が攻撃中♪」
「戻せ!今すぐ俺を戻せ!」
どうやら時間が止まっているとかご都合主義展開ではないみたいだった。
自分の命に多大な危険を晒されているという事実を言われ、急いで戻す様に言うリョウマ。
「えーいいの?戻せるけど、今戻っても、流狼には勝てないよ」
「え?」
「あの子の持つスキル【逆襲】はね、言わば僕のスキルの分身…【英雄】しか使えない今の君は間違いなく負けるよ」
先程のリョウマを弄った事から察するに、この【復讐】はリョウマの事は全て知っているとリョウマは考えた。
「スキルの分身って?」
「まぁ、それはまた今度で、今はしなきゃいけない事からやろうか」
そういい、スキル【復讐】という灰色の存在は手をリョウマの方へと掲げて、光りをはなった。
「何をするんだ!!」
慌てて両腕を顔の前に出すリョウマ。
「さっき言ったでしょ?応えるためにここに呼んだって」
そして、出した光はそのまま消えていった。
「これで終わり、これで【逆襲】のスキルに勝てるよ」
そうスキル【復讐】は言うが、リョウマにこれといった変化はない。
「何をしたんだ?」
「僕の力をもう一段階使えるようにしたよ。僕の力は…簡単に説明するなら復讐心を糧とした保持者の具現的強化だけど、濁った復讐心でこのスキルを使っても復讐の対象を屠るためのスキルしか発現しないし、持続しない。それはなんでか分かっているかな?」
確かに復讐が終われば、スキルはなくなっていた。
ただし、一つの例外があった。
「お前が判断してたんだな」
「そう、自分が満足するための強化なんて僕はずっと使わせる気はないよ」
そういい、今度は怒っているのか、腕を組んでぷいっと横を見る仕草をした。
「でも、レンコ…一人だけ行った復讐はまだ続いているけど、それはどうしてだ?」
「それが僕の判断でスキルを強化したケースだよ。僕の判断の条件はスキルを自分にどう使うか。【復讐】を自分も対象に発動した時にのみ、僕の能力を持続して使えるんだよ」
すると、どこからか椅子と丸机を出すスキル【復讐】
「ほら座りなよ、今からどう強くなったか説明するから」
すると、リョウマの後ろにも椅子が出現していた。
「早めで頼むよ」
「大丈夫、死なせはしないから♪」
肘を机にのせ、指を絡ませてまるで何かを企んでいるかのようにして座る【復讐】
行動がさっきから人間臭い事をしてくる。
「さて、まずはどう強くなったかを理解してもらうためには僕達スキルがどういう存在かを知る必要があるね」
そういい、紙芝居みたいなものを出した。
「簡単にいうなら、僕達スキルは個人の特徴や感情に思想を可視化した結果だ」
「可視化?」
スキル【復讐】は紙に描かれて絵を見せながら説明を続けた。
「そう、得意不得意、それに個人の感情とか思想っては本来自分では気づけない。例えば勉強ができる子がいるとする。でも、その子からしたら勉強ができる事はできて当たり前なんだよ。自分の世界で生きていたら自然にできた事なんだから。勉強ができるという評価があるのは周りがあーだこーだ言った事で自分が何が得意から知る事ができたから」
紙芝居には【復讐】が言った例の簡単な物語が流れていた。
確かに、自分の中の価値観だけでは自分の長所ってのは分かりづらい。他の人と比較して初めて自分の長所は分かる。
“あーこれって普通じゃないんだ”って思う時の脳に刷り込まれるような感覚。それが自分と他の人と比較した時の結果だ。
もう必要がないのか、紙芝居を床へと投げて消えた。
「さて、僕は【復讐】のスキルだ。そして僕が生まれたのは自分の復讐心に気づいてほしいためさ。君は僕の望むように自分の復讐心に気づいて、振り返って、自分に【復讐】向け、変わろうとしてくれた。だからこうして君の前に出てきたのだよ」
リョウマは少し考えた。
(成程、この自称スキル【復讐】の意思の判断で俺は強くなったのか)
「それはつまり【英雄】もか?」
「あー、あのスキルには意思はないよ。意思のないスキルは自動で保持者の力を上げるんだ、強い感情でね」
スキル全てに彼?のような意思があるわけではないらしい。
その点に質問したかったが、今は時間がないので黙って聞く事にする。
「あの子には感謝した方が良いね。黒髪の女の子。それで僕と君はこうして会うようになったんだからさ。」
くくくっと笑うスキル【復讐】
「復讐なんてね、結局自分の力不足の擦り付けさ。理不尽な行動からとんでもない力の衝動が心に芽生える。確かに他の要素もあるよ、だけど、結局気が付くのさ。それは自分のせいだという事に。その点に気づいた保持者には力をさらに与える事にしているんだ♪」
「…で、肝心のどう強くなったって点は?」
「そうだね。まずはこれまではどうだったか説明するよ」
そういい、説明は続いた。
「これまでは復讐の対象にのみ影響を与えるスキルを具現化していた、でもこれは対象がやられればスキルは消えるし、何よりも発動がランダムで難しい。」
確かに強いスキルではあったが、デメリットや不確実性が高くとても使い勝手が悪いスキルだった。
「そうしたのも、このスキルは強大だから抑えたんだよ。だからまずは【復讐】の起動での発動を可能にしたよ。これで君は自分の意思でいつでも【復讐】をいつでも使える。さらに復讐心を元にしたランダムでのスキルの具現化だったでしょ?」
確かにスフィアはお金、エマは友達といった原因からそれにあった復讐で行ったが、それぞれで使ったスキル自体はランダムだ。
「今の君ならそのランダムではなくなって、対象の相手の上書き、つまり相手の身体能力とかを上書きできるようになった。さらに重要なのはスキルの上書きだ。これは要するに流狼の【逆襲】が使えるようになるし、自分のは残すかどうかも決めれるよ」
「何それ!めちゃくちゃ強いじゃん!」
相手のスキルを理解でき、かつ身体能力も自分の能力に加算させるのは強い以外の何物でもない。
思わず、机に手を当てて、前へと出るリョウマ。
「まぁ、相変わらず発動のタイミングだけは怒りなんだけどね。後、相手の上書きだからその時に色々流れ込んでくるけど、それはいいか。復讐を自分に与えた君ならなぜ相手の上書きが【復讐】の効果の一部になっているから分かるよ」
意味深な事を言うスキル【復讐】
「それはどういう事だ?」
「さて、僕からの説明は以上だ。まだ話したい気持ちも分かるけど、そろそろ君の実体も危ないから戻すね」
そういい、机と椅子を消すスキル【復讐】
すると、下に今度は紋みたいな物が出てきた。
そしてそれは赤く光りだした。
「あっちょっと!じゃあ!ここには戻れるのか?まだ聞きたい事がたくさんあるんだ!」
このスキルの意思というのはこの世界に生きる上で最重要な存在だと確信するリョウマ。
そのためには色々聞かなきゃいけない事がある。
「うーん、まだ僕が会いたいと思わないと僕には会えないけど、一度だけなら君の意思で僕と会う事を許してあげるよ。質問はその時に用意しときな。後、時間はここでも同程度流れている事を忘れずにね」
床の紋の赤い光が強くなった。
「意識すればさっき言った事はできるから。その時に顔に紋章がでるけど、深くは気にしないでね。スイッチみたいなものだから」
そして、片手で手を振るスキル【復讐】
その表情のない顔には、どこか笑っているように見えた。
「分かった!」
そういい、リョウマは戻ってすぐの戦いに臨んだが、気が付けば、ボロボロにされて、ジュライドの外に出ていたのだ。
「あの…【復讐】め、今度あったらとっちめてやる、つーか、なんかなんか呼びにくいな…」
結局一方的に色々言われただけに終わったスキル【復讐】との初対面。
しかし、その見返りは十分にあったと言える。
「リョウマ、本当に大丈夫なの?」
側にいたレンコが心配そうに言う。
「あぁ、これは【復讐】の新しい力さ」
今、リョウマは相手である流狼に身体能力を自身に上書きしている。
そのため傷もどんどん癒えていく。
回復するにつれて、赤く光った頬の紋章の光が強くなる。
「レンコはここを離れてくれ、巻きこんでしまうから」
「うん、そうするわ、私にできそうな事はなさそうだし」
「あとでな」
「え?」
いつも戦いに臨む時、リョウマこんな事を言わない。
しかし、いま彼が言った事がどういう意味かをレンコは察した
「うん、そうね、またね」
帰ってくるという約束。それは異世界に居場所を作ろうとしなかったこれまでのリョウマにはしなかった事。
レンコは足早にラフロシアの所へと行き、共に門の方へと非難した。
「さて、そろそろいいか?小僧?」
「あれ?待っててくれたの?人の体をさんざんぼろぼろにしておいて」
「フン、我も貴様の強化した事位察せる。それならと、私も本気を出す準備をしていた」
蒼く光った流狼は言う。
「スキル【逆襲】ね」
「何故、貴様の魔力が上がったか分からないが…それも私のスキルなら覆せる」
リョウマの中には流狼の持つスキルの情報も流れ込んできた。
(相手の行動の先読み、相手の身体能力の把握、etc…こいつもチート級に強いな)
まさに【逆襲】、敵を追い込むかのような力を持っている。
しかし、リョウマはさらに気になる物が流れ込んでいる事に気が付いた。
(これは…流狼の記憶?)
明らかにリョウマには覚えのないエピソードの記憶が流れ込んでくる。
そこには日本の森の風景らしき記憶、そして流狼の仲間らしき存在も出てきた。
(でも、これって…)
流狼の記憶から、流狼のこれまでとの言動に大きな齟齬があった。
「おい、流狼…」
「なんだ、人間」
「…」
リョウマは考えた。今から言う事に間違いなく流狼は激怒する。もしくは激情して予想のつかない行動をとるかもしれない。
(だけど、【復讐】は言っていたな)
“復讐を自分に与えた君ならなぜ相手の上書きが【復讐】の効果の一部になっているから分かるよ”
【復讐】はそう言っていた。
(復讐する相手を理解するため、そしてその相手を本当の意味で救うためなんだろうけど…めちゃくちゃ不安だな)
今からする事が果たして流狼を助ける事になるのか?
そもそも、出会って一時間もしていない敵をどうして救いたいと思っているのか。
(はぁ、だから俺って損するんだよ…)
結局、彼は様々な経験をしても、彼は変わる事はできない。
復讐した事、挫折に暴力的な事に目移りするが、どれも考えに考えた結果の行動だ。
例え、相手に傷を与えても、相手を変えようとした行動からだ。
だから言う、流狼に残酷な事をしようとしても。
「お前の復讐、お門違いじゃないか?」
「……!!!!」
流狼の反応を見て、リョウマは確信した。
彼の狼も、自分の中の認識に疑問を持っている事を。
(戦う必要がないかもしれない)
リョウマはそう考え、説得を試みる事にした。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
ブクマ、感想、評価等いただけると大変励みになりますので、もし良かったら宜しくお願い致します!
東屋