復讐者、戦場を鬼の如く美しく舞う
ジュライドの街
北門
北門にいるジュライドの冒険者と衛兵達は目を丸くして目の前の光景に驚いていた。
北門の方も、リョウマの一撃の影響が大きく出ており、全てとはならなかったが、三分の一程の魔物がリョウマの会心の一撃で倒された。
ゴブリンや種猿にウルフ達は東門の方からの攻撃に注意が向いてしまっており、戸惑っているのが分かる。
そして、後ろの方に配置されているオーク達が立ち往生している。
北門の冒険者や衛兵達もこの決戦は勝ち目の薄い戦いと聞いていた。
それぞれが覚悟を決めるも、最後の戦いになるだろうと思っていた者も少なくない。
そんな中、予想を超える光景を目の当たりした北門のジュライドの軍はそれはもう興奮気味にその様子を叫ばずにはいられなかった。
「なんだこれ!!こっちの魔物も切っていたぞ!」
「魔王国三大将軍のリョウマってやつがしたみたいだぞ!!!」
「国家象徴?!!!やべーな!!!やべー!!!」
「なんでも【英雄】のスキルを保持しているとか!」
「おぉぉぉ!!!剣にでも付与したのか?」
「俺!遠くから見ていたのだけど!!!あの人殴ってたぜ!」
「あぁ!俺も見えたぞ!何しているかと思った次の瞬間にドーーーン!!だ!!!」
「はぁ?!殴ってあんな斬撃みたいなのしたのか?!すげーな!!!」
「十倍の数にどうなるかと思ったが、これなら」
「≪英雄の殴打≫、その拳は斬撃を生む…」
「すげー!なんかすげー!」
「東門のやつら攻撃を仕掛けていったぞ!」
「俺らも始めようぜ!しきかーん!!!!!!」
(技名が勝手に…まぁリョウマそういうのにあんまり興味ないから…)
レンコはジュライドの冒険者や衛兵達の驚き様に内心笑いを隠すのに苦労した。
今、彼女は軍の先頭で指揮官の横で待機している。
先程、空中散歩を堪能したレンコは、薄々このような事ならリョウマでも出来ると思っていた。
「あー、さっきのは怖かったわ…」
愛刀を今一度腰に携えて言う。
「口数が多いですね、しかも指揮官を指揮官呼びとか…あの冒険者の顔、覚えました。後で殴りにいきます」
すると横から声がかかる。
東門の指揮を任されている猫の獣人の女性だ。
「冒険者と衛兵の混合軍。緊急事態なので大まかな手段のみをとって、後は乱戦という流れにしましたが…やはり野蛮ですね。それが衛兵にも移っちゃって…はぁ」
冒険者と衛兵ででき、東西南北に配備された軍団は目的は一緒でも、統制はあまりとれていない。
そのため、ここの門で最大攻撃を最初に放ち、乱戦に持ち込むことにした。
「でも、その冒険者の一人が、あれをしたんだよ?」
(すごいなーリョウマ、おかげでこっちが楽できるよ)
猫の獣人の指揮官が少し冒険者に文句をいっていたので、少し注意を含めながら思った事を言うレンコ。
「えぇ、流石ですね…これだけ大きな一撃を噛まされたせいで、相手の次の行動が予測できませんし、素晴らしい作戦だと思います」
「ははははは…」
から笑いをするレンコ。
前もってあんな事をするなら言ってほしかった。
とリョウマ、レンコ、レオルド、ラフロシアの四人の念話でレオルドがリョウマにカンカンに怒っているのをBGMにしながらも指揮官の言い分に内心を肯定するレンコ。
「でも、これが心の問題が解決された時のリョウマの本来の力…スキルが大幅に強くなったのね」
スキルはその保持者の経験と心理状況に強く影響される。
その事が良い方面で活躍されたのを見て、レンコも興奮した。
つまり、それは自分にも該当される事なのだから。
「レンコさん」
猫の獣人の女性指揮官が声をかけてきた。
「こちらは冒険者と衛兵の複数による雷魔法で麻痺させて、乱戦に持ち込む作戦でいいですね?」
「えぇ、雷魔法は私も得意だから力になれるかと」
「心強いです」
先程まで冒険者を小馬鹿にしていた指揮官がレンコには頭を下げる。
「そんな、私は他の3人に比べたら全然、力も弱いし…」
実際、他の門の3人に比べれば、全然有名でもなければ強くもないと思う。
「何をおっしゃいますか?今は無き、王国派ヤギュウ流道場4代目にして、α級の冒険者でありますレンコさんが味方にいるだけで助かります!」
目をきらきらさせて言う指揮官。
「剣と一体になる事を目的にしたヤギュウ流、その王国派は本家とはまた違った剣術が見れるという噂を聞いています」
「ははは、詳しいね。魔王国ではあまりこういう質問はされなかったよ」
レンコは思った、多分そういう方なのだろうと。
現に、後ろを見渡す様にする猫の獣人の女性指揮官は、再び嫌悪感を露にした顔をする。
そこには野太い声がする。
「レンコさーん!かわいい!」
「この戦い終わったら、是非飲みましょう!俺奢ります!」
「指揮官ちゃーん!俺とも食事いこう!これからの戦いやる気出るから!」
「あっずるい!俺も俺も!」
「私は剣の修行をつけて戴きたい!」
「俺、ここの門からの出兵で良かった!ジュライド唯一の女性指揮官にα級冒険者のレンコさんのダブル美人の指揮なんて男として滾らない者はいないぜぇえぇぇぇぇ!!」
東門の冒険者と衛兵の軍のボルテージは最高に上がっていた。
「ふんっ!やはり野郎なんて下図ばかりですね。まぁある意味士気が高まっていますが…、レンコさん!あんなやつらはほっておいて、是非私と…」
「はははは、別に作戦をいっただけで、指揮はしないのにね、後それはまぁここを生き残ったらで…」
再び、から笑いをするレンコ。
これはさっき聞いたのだが、レンコは厳しいリョウマの元で働く武人で美人な付き人として認知されているみたいだ。
そこは恋人とかにしてほしいのだが、事情が事情だったため、正式には発表していないので、そのような立場に落ち着いたのだろう。
そのため、彼女の横を狙う者は多いようだ。
おかげでリョウマがいれば、「アイドルか」と言われるまでの勢いになった。
リョウマが少し悪者扱いされているのが悲しいと思いながらも、道場時代にはなかった偶像扱いに少し戸惑いと楽しさを覚えていた。
「えへへへ」
「あの、目の前の敵に集中しましょう、レンコさん」
「あっはい!」
「では…、皆の者!大規模雷魔法の準備を!かまえーーーー!」
そういい、戦闘に雷魔法ができる者が出てくる。
「よいか!麻痺を確認次第、一斉に総攻撃だ!東門のやつらに後れを取るな!」
先程のレンコにのみ見せた緩んだ態度はどこへやらと言わんばかりに、厳格に宣言する。
「「「「「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」
野太い声が響く。
そして、発動の準備が整ったのを確認して、指揮官が叫んだ。
「発射!!撃てぇ!!」
剣を高々に掲げて、北門の開戦の合図が放たれた。
レンコも援助とばかりに放つ自身の雷魔法を放つ。
バリバリバリバリ!!!!!
バリバリバリバリ!!!!!
バリバリバリバリ!!!!!
雷特有の轟音が鳴り響く。
約500人の魔法の結晶は魔物の軍勢へと届いた。
ジュライドの北門の軍から共に放たれた個々の雷魔法はやがて十本の線にまとまり、それぞれが強大な一線となって魔物の軍勢に当たる。
ドゴォー―――ン!!!…
あまりの威力に砂塵が舞う。
しばらく様子を見る北門の兵士たち。
「…どうだ?」
猫の獣人の女性指揮官は様子を見る、足りなければもう一発撃つつもりだ。
しかし、そうはならなかった。
「ギッ」
「ギギャ…」
「キキ…キッ」
砂塵が晴れると、先頭にいたゴブリンは麻痺にあったのか、倒れたり足を崩したりとてんやわんやしていた。
見ると種猿もウルフ系の魔物達も麻痺している。
オークも全てではないが、数体が麻痺している。
それを見逃す指揮官はいない。
「よしっ!!初弾成功!皆の者!かかれーーーーーー!!」
「「「「「「「「「おぉぉぉぉ!!!!」」」」」」」」
そうして、北門の軍の冒険者と衛兵は我先にと魔物の軍勢を倒しに向かった。
しかし、北門の一番槍はジュライドの衛兵でも、参加した冒険者達ではなかった。
「あれ?レンコさん?」
猫の獣人の指揮官は横を見る。
周りを見るが、そこに彼女はいなかった。
そばにいたはずのレンコの姿はもうそこにはいなかったのだ。
そのまま、周囲から魔物の軍勢の方へと目を向ける。
すると、探していた人物がいた。
「まさか…」
魔物の軍勢まではまだ100mの距離はあった。
その距離も込みで、危険だが威力がある雷魔法を使ったのだ。
こちらへの被害を考えての距離だった。
なので、麻痺の時間が心配されていたのだ。
大の大人が全力で走っても15-20秒はかかる。
現に、まだ兵士は全然魔物の軍勢までは届いていない。
しかし、何を使ったのか…
指揮官の視界には夜の月明かりに靡く黒髪が見えた。
もうすでに彼女は魔物の軍勢に届いていたのだ。
それだけではない。
すでに彼女は数太刀、魔物達にとどめを刺している。
綺麗に首を一太刀で切り、致命傷を負わせている。
そして、傷からでた血が綺麗に彼女に数滴かかる。
そのあまりの速さ、そして切り口の鮮やかさに指揮官は感動した。
本人は力がないと言っていた。
なるほどと猫の獣人の女性指揮官は思う。
力がないからこそ、一太刀一太刀を丁寧に致命傷を負わせている。
そして、彼女の剣術ヤギュウ流の教えである剣(彼女は刀だが)と一体の剣術。
正に風の様に、血も彼女を彩る様にかかる。
しかし、その速さで全てが彼女にかかる事はない。
そこで猫の獣人の女性指揮官は先程、彼女に言った事を思い出す。
彼女はリョウマの付き人で、今は無きヤギュウ流道場の後継者、そしてα級冒険者だといった。
しかし、もう一つレンコには有名な要素がある。
実は彼女には肩書がある。
だが、指揮官は彼女を見て、その要素があまりにもなかったので、ここまで誰も彼女をそう呼ばなかった。
しかし、目の前の彼女はそう呼べる
「鬼姫」
鬼の突進が如く、血を浴びつつ切り裂き、姫が舞うが如く、華麗に儚く敵を倒す事から付いた肩書。
王国で一番有名だった冒険者パーティーの最大攻撃力はリョウマ・フジタだ。
しかし、最も魔物を殺したのは誰か。
王国の冒険者は口をそろえて言う。
それはレンコ・ヤギュウだと。
そんな肩書があったからこそ、王国の勇者のパーティに呼ばれたのだ。
沢山魔物を殺していたのは、己の研鑽のために切っていたのだが、そんな事情は当然知られていないのだが、彼女も十分に他の3人に張る程の実績を持っているのだ。
「はぁ!!!」
力を籠めるレンコ。
彼女は今麻痺が薄かったオークの集団と相まみえている。
オークは人間の倍の大きさはあり、己の同じ体格の武器を悠々と振り回す魔物だ。
「ゴァ!!」
人間大の大きさのこん棒をふりかざしたオークの一撃が彼女の頭上へと向かう。
ドゴンッ!!!
オークはレンコを潰したと思い、にやける。
「グァ!!!!」
「ゴァゴァ!!!」
周囲のオーク達もよくやったと言わんばかりに褒めている。
しかし…
「何をしているの?」
上の方から声がする事に気が付くオーク達。
声を出そうと思った時には遅かった。
ただ彼らの最後に移ったのは、空に浮かんだ月を背景に、黒髪が美しい侍が己の首に刀を刺すところだった。
「うわっ…パワーで負ける相手にあのようにして戦うのね」
猫の獣人の女性指揮官は彼女の戦いぶりを見て、安心する。
味方として心強いと。
そう思いながら、自分の指揮官として役割を果たそうとするのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
戦いが始まって数分が経った。
冒険者と衛兵達が様々な場で戦いに興じている。
その中でもレンコはその素早さと適格性のある攻撃で東門で一番に貢献しているのは間違いない。
オーク以上の魔物がいないのも優勢の理由の一つだ。
この魔物は頭が良くないので、工夫をすれば問題ない。
(やっぱり人間相手だと大変だな…私の戦法は)
思い出すのはザッカと戦った時。
あの時はメグとヒカリを人質に取られて、己の戦法が取れなかった。
そして、それはレンコ自身が弱いからだと決める。
(色んな戦いができるようにしなきゃ)
東門でリョウマが新しい可能性を出したように、自分もさらに強くならなければという意思が芽生えるレンコ。
「スキルは…まだ発動しませんね…」
同じく、ザッカの時に感じた違和感。
おそらくスキルなのだろうが、今回は出てこないようだ。
「極限状態じゃないとだめなのかしら?」
あの時も、ぼろぼろで意識が揺らいだ事だけは覚えている。
しかし、今の目の前の敵ではそうする事はできない。
これまで通りの戦法で行くしかない。
「でも。鬼姫って…久しぶりに呼ばれたわ」
ざくっとまたオークを切って、物思いに更ける。
魔王国では乳母兼メイドとして働いているので、その名で呼ばれるような事はなかった。
魔王国も、武ではなく、生活、治安、経済面を重視しているのも相まって、α級冒険者のレンコにはあまり依頼が来なかったのもある。
「あの時みたいに、またリョウマと一緒に戦いたいな」
今は横にいない想い人の事を想うレンコ。
となりの門だが、その距離が煩わしく思う。
「いけない、いけない。どんどん討伐しなきゃ」
そう思いながら、どんどんと狩っていくレンコ。
東門は問題なく魔物の軍勢を対処できるようだった。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
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東屋