復讐者、加減を間違える
ジュライドの東門。
時間は夜になり、ジュライドの街では街灯が点くようになった。
街の明かりでヘルバス山脈の山影が遠くの方には薄っすらと見える。
ジュライドの街はぐるりとなる様に城壁のような壁で守られている。
東西南北に入り口が設けられており、東門では約千人あまりの衛兵と冒険者が軍となり、これから来る魔物の襲撃に備えていた。
後数分もすれば、魔物の軍勢が見えると先遣隊が言っていたのを思い出す。
遠くには無数の足音も聞こえてくる。
「みんな、酒を飲んでいた割には顔がきりっとしていますね」
リョウマはその今回一緒に戦う顔触れを見て、先程まで飲んでいたとは思えない場の緊張感に驚いていた。
「こちらの軍勢は1100です。そして東門へと向かう魔物の総数は1万と聞きます。ゴブリンやウルフが主な魔物の軍勢とはいえ、やはり数の差があります。己の命の危険と思えば、当然ゆるんだ気持ちにはなれませんでしょう」
東門の指揮を任されている犬の獣人の男がリョウマに声を掛ける。
「それに一週間ほどですが、共に祭りを楽しんだ者達が後ろに控えているのです。衛兵全員がこの街の出身の獣人、そして我々獣人は守る者がいれば強くなる種族です。まぁ、そこらへんは人間も変わらないでしょう」
「へぇーなるほど、そんな考えなんだな」
確かに街の人は皆楽しそうに過ごしていた。それは外から来た種族も全員だ。
価値観や文化の違う種族が共に笑顔に祭りを楽しんでいられるのは、街に住む獣人が皆そのように考えているからなのだろう。
よくも悪くも人の考えというのは伝染するのだ。
それで即興の軍の割には切羽詰まっていないのだと知る。
「まぁ、ヴォンロウド全てではないですが、我々は流狼祭の街、共に祭りを楽しみ、盛り上げ、守る。そのためには他種族とも仲良くした方が手っ取り早いんですよ」
宗教とかではなく、ジュライドの文化なのだろうかとリョウマは思う。
お祭りと、お祭りに携わる者を第一とした考え。
「ほんと、この世界って色んなやつがいるからなぁ」
もしもこの街の人に召喚されていたら…とはもう思わない。
考えても無駄だという事はもう理解した。
「しかし…」
すると犬の獣人の男は握り拳を作り、それを見つめた。
よく見ると少し震えている。
「…しかし、ここにいる多くはゴブリンは倒せても、奥の方に配置されているというオークまではすぐには倒せません、それに遠距離攻撃が得意な種猿もいると聞いています…まさかですが魔物共が共闘をするとは…」
種猿は食べた植物の種を蓄える事で口から飛ばしてくる魔物だ。
連射はできないが威力は強く、まともに当たれば腕が吹き飛ぶ程だ。
こいつらの多くはεに該当する。
下から三番目の冒険者ランクだ。
これは一人前を表す称号でもあるが、彼ら一人ではオークは倒せない。
このランクの冒険者でも3人いれば倒せるが、それは3対1の場合。
乱戦でそれは不可能に近い。
「確かに共闘かどうかはともかく軍勢は可笑しいよな…」
そしてそこはリョウマもおかしいと思っていた点だ。
魔物が共闘、軍勢できている点だ。
魔物同士、それも違う種の魔物が軍になって動くなんて魔法かスキルでしか考えられない。
しかし、そのような存在はまだ確認されていない。
それにだ。
そもそも、目的が分からないのだ。
イグルシア帝国が自分を襲うなら、直接自分に攻撃した方が良いに決まっている。
しかし、そうせずに周りを囲むようにして襲い掛かっている。
まるで時間稼ぎをするかのように…
(一体なんの?いや、まだイグルシア帝国と決まったわけではないか…)
邪念を取り払い、とりあえずは前の敵に集中する事に決めるリョウマ。
「なぁ、とりあえずは俺が先陣を切れば大丈夫ですよね」
先程、横にいる指揮官である犬の獣人と決めた事を再度確認する。
「はい、高名な冒険者でありますリョウマ様の範囲攻撃で出来るだけ魔物の数、そして統制を崩して戴くのが最善だと考えます」
(まぁ、それ以外にもこっちの考えで、相手が俺の方に向かってくれるのも狙いだけどね)
少なくともリョウマは目の前の敵を脅威に思っていない。
なので、できるだけ多くの敵の自分に引きつかせるつもりでいる。
「それはどんなのでもいい?」
「…すみません、質問の意味が分からないのですが」
犬の獣人の指揮官はリョウマの広範囲魔法で大打撃を与えると思っていた。
そもそも、軍隊規模の相手をする場合は魔法しかないと考えている。
スキルの多くは個人に対して驚異的だが、軍隊規模を…つまり同時に多勢を相手にするのは難しい。
指揮官の男はリョウマのスキルを聞いている。
【英雄】
人間の起こせる物理的攻撃威力の上限を超えるスキル。
それで多くの大型の魔物を倒してきた。しかし、そのどれもが殴る蹴るなどの直接攻撃。
まだ魔物の先頭は見えない上、そもそもそんな攻撃は遠距離では通じない。
だからこそ、今回のリョウマは広範囲魔法を使うのだと思っていた。
「広範囲魔法を打つのではないのですか?」
「俺、そこまで魔力はないですよ。だから【英雄】を使うつもりです」
これに指揮官は驚いた。
「失礼ですが、【英雄】でそんな事は可能ですか?味方に被害を与えるような事はしませんよね?」
「うーん、多分平気だけど…」
根拠がなさそうな表情…だが眼だけはどこかやる気に満ち溢れているリョウマは言う。
「…もしかしたら北と南門の魔物も一掃するかも」
「…はい?」
指揮官はリョウマの想像を超えた言い分に、思わず聞き返してしまうのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
地響きがジュライドにも届くようになった。
それは魔物の軍勢がすぐ側まで来ているという事だった。
案の定…というか目の前の視界には線を作るかのように魔物の軍勢が合わられた。
月明かりでも分かるその姿。
夜目が聞くのか、松明などは持っていないようだ。
それでもいらないぐらいに月明かりで明るいが…
先頭にはゴブリン、その後ろには中距離攻撃ができる種猿とかいう魔物とウルフ系の魔物。
そして、後ろには人間の倍以上の大きさがあるオークが斧や大剣を携えている。
見るからに強くて、それよりも邪悪さを感じさせる。
正に魔の軍勢が正面にあった。
リョウマはジュライドの軍の先頭に立っていた。
後ろでは指揮官の男が衛兵と冒険者達を鼓舞していた。
「皆の者!聞け!」
男性特有の野太い声が響く。
「敵は我々の数を大きく超える、しかし、決して倒せない敵ではない!ここにいる全ての兵は後ろの街に守るべき存在がいるはずだ!」
「そして、周りを見ろ!我々はこの数日共に祭りを楽しんだ友!食の祭典を楽しんだ仲!共に釜の飯を食べた仲間だ!」
一呼吸をいれて、さらに続ける。
「さらに魔王国三大将軍が一人、リョウマ・フジタ氏が我々と共に戦ってくれる!守るべき仲間、共に過ごした仲間、そして心強き援軍、その三つを心に刻めば我々の負けなければいけない事等決してない!」
この言葉を聞いて、一切の緩んだ緊張感が抜けた。
そして新しく覚悟がそれぞれの心に座るようにして生まれる。
これで魔物の軍勢に委縮する者もいなくなった。
「最初はリョウマ氏が広範囲に魔物の軍勢へと攻撃をして下さる!かなり強大だという。先頭に防護魔法ができる者を配置し、攻撃の余波にそなえろ!!!」
そういい、指揮官は前を向く。
後ろの方では防護魔法が使える者が準備をしていた。
「では、いつでも使って下さい」
指揮官はそうリョウマにいう。
「うまい演説だな、今度自分のために参考にするよ」
「いえいえ滅相もありません。それではご武運を、一撃を噛ませ次第、後方に下がってくださいね」
そういい、少し後ろへと下がる指揮官。
口下手なリョウマには周りを鼓舞できるこの指揮官が素直に凄いと思った。
「後、言った通りにしてくれて有難うございます」
最後の防護魔法の事はリョウマが頼んだことだ。
もしかしたら、これから行い攻撃の事を考えての事だ。
「それも問題ありません、これが私の仕事ですので、リョウマ氏は気にせずに前の敵を殲滅する事に集中してください」
「うん、そうするよ」
そういうと、リョウマは腰を低くする。
「ふぅーーーー」
そして、深呼吸をした。
(どんな攻撃にするかイメージをして…)
イメージはこの空気一帯にスキルの影響を与える拳の刃。
先程、空気を蹴って跳ぶ事ができた事を思い出す。
(あれが出来たという事は…これからする事ももしかしたらできるはず)
しかし、距離はそこまで稼げないはず。
この暗がりで戦闘の姿が明瞭に見えてからこの攻撃は出すつもりだ。
「あの…」
「うん?」
「リョウマ氏から…並々ならぬ…気配を…感じるのですが…」
指揮官は息が苦しそうに言う。
「あっ!少し離れてください!というか防護魔法のあるところまで」
おそらくこの空気一帯に【英雄】の効果を及ばしているため、空気が薄まっているのかもしれないとリョウマは思った。
「分かりました…一撃目宜しくお願いします」
そういい、とぼとぼと防護魔法のある位置まで戻る指揮官。
味方の防護魔法の位置まではリョウマもスキルの影響を与えていないので平気そうだ。
「よしっ」
気を取り直して、拳を振りぬく事に集中する。
(せーの!)
思いっきり…リョウマは降りぬいた。
バリッ…バリバリ
「えっ?」
凄く簡単に、そして素早く拳が出る。
しかし、その音が想像を遥かに超える轟音となって耳に届く。
そして同時に辺りの空気が一気に拳の前へと集まり、玉の形、そしてすぐに刃の形となり出現する。
シュンッ
そのまま、刃の形をしたそれはそのまま魔物の軍勢に向かって飛んでいった。
真っすぐと刃の形をしたそれは魔物の軍勢へと飛んでいき、そして側に着いた瞬間に止まった。
次の瞬間、景色が変わった。
その時にズバンッと音が聞こえたような気がする。
音が聞こえた瞬間、どたばたと倒れる魔物の軍勢。
視界一面のゴブリン、種猿やウルフ系の魔物、そして数体のオークを切っていた。
それで視界の景色が一変した。
立っていた魔物の軍勢のほとんどが倒れていくその様子に。
まるでドミノ倒しの様に先程まで立っていた魔物達が元々の視界から低い位置に倒れる。
その余波がリョウマの元に返って来た時だ。
「えっ?」
ヒュンッ…
強い風となって、衛兵と冒険者の軍の防護魔法へと当たる。
「うわっ!耐えろ!!!」
「やばい!強いぞ!本気で備えろぉぉぉ!!!」
ゴォオオォォオオォオ!!
「うわぁ!!」
リョウマもその威力に驚いていた。
足を地中に埋めるかのように耐え、両腕で急所の顔を守る。
【英雄】で身体の防御力も格段に上がっているリョウマは驚く程度で済んでいる。
ちらりと後ろを覗く。
防護魔法を強いている味方は大変そうな様子だ。
しばらくして余波の収まる。
「うわぁ…」
(やっべー)
レンコを抱きかかえて時と云い、自分のスキルが自分のスキルではないように感じる。
明らかに東軍に向かってきた魔物の殆ど、そして北と南の軍勢にも大打撃を与えていた。
しかし、リョウマはそれよりも心配している事があった。
それはあまりの威力に東の衛兵と冒険者の軍勢は先程までとは違い、呆気に取られていたのだ。
(やばい…せっかく指揮官が気持ちを一つにしたのに…)
どうするか、自分が作ってしまった静寂をどう対処するか頭でいっぱいだった。
そこで出てきたのは先程の演説だ。
(さっそく参考にします!犬の指揮官)
名前を聞いていなかったのでそう呼ぶことにしたリョウマ。
そして頭に出た事を言う。
「皆の者!釜の飯の仲間達よ!一撃目は成功した!こうして魔物達の多くは致命傷だ!叩くなら今が時!いざ出陣ーーーーーー!!!!」
短く簡潔に、そして仲間だという事を強調していう。
そう声を高々にいい、味方を相手の方に意識させる。
「「「「「「「うぉ…おぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」
そして、現状を理解した東の衛兵と冒険者達が武器を掲げて突進していった。
「うぉーーー!」
「いくぞ!これで臨時報酬ゲットだー!」
「後ろには最近結婚したばかりの嫁がいるんだ!稼ぐぞ!」
どこか不穏な事を言いながらリョウマの横を駆け抜けていく冒険者や衛兵達。
しかし、細かい事は気にせずに鼓舞を続けるリョウマ。
「いけー!いけー!これでお前らでも殲滅できるぞ!!後で俺も行くぞー!」
通り過ぎていく味方の軍勢を横に流しながら、軽い調子で鼓舞していく。
少しハイになっているが、構わない。そうでもしなければやってられないのだ。
そんな元気そうな軍勢を見て、改めて言う。
「よしっ、これで問題ない!」
腰に手を当てて、見栄を張るリョウマ。
「ありますよ、威力を考えてください」
そう突っ込みを入れる指揮官。
後ろからやってきたようだ。
先程とは少し違い、余波による風で土埃が服についている。
そして彼の言い分は当然だ。
防護魔法がなければ、味方にも傷がつく威力だったリョウマの拳撃。
もしかしたらリョウマの一撃で味方が半壊する恐れもあったのだ。
「すみません、思ったより威力が出ました…」
素直に謝るリョウマ。
自分が立場上、上の者とは言え、犬の指揮官はリョウマより年上だ。
間違いは素直に謝ろうとリョウマ心がけている。
「はぁ…まぁいいですよ。正に国家象徴の名に恥じない力かと思いますしね、しかし…」
指揮官は少し笑った。
「え?」
笑うとは思っておらず、つい驚くリョウマ。
「あっ…戦い中にすみません。ただ、リョウマ氏が想像と違かったので少し笑ってしまった。正直、先程まで委縮していましたので」
そういいながら、防護魔法を展開する。
ドン、ズドン!
まだ生きている種猿が種を飛ばしてきている。
抜け目ない魔物だ。
「リョウマ氏って王国を倒した貢献者ですが、同時に住んでいた国すら間違いがあれば滅ぼす実力者という話も聞いていたので…」
「あーなるほどです」
(そりゃ、警戒するよな…)
噂だけなら厳格な支配者のような存在だ。
間違っても味方に当たっちゃいました、なんてこんな天然染みた事をしない。
それにこれまでだったらしなかった事でもある。
「そうですね、前までならそんなイメージで間違っていませんよ?ただ今は無茶をしてもいい、だめをしてもいい仲間に気づけたからですからね」
今度はリョウマが微笑む。
「なるほど、それは実に大切な事を知る事ができて良かったですね」
そういい、指揮官も遠距離から魔法を発動して援護している。
「では、リョウマ氏は様子を見て、手薄な所に攻め込んで下さい。あの一撃のおかげで当分は大丈夫かと思いますが…」
「了解!で今更ですが…名前を聞いてもいいですか?なんかどう呼べばいいか分からなくて…」
「はははッ、本当に今更ですね」
そういい、予想外だが、こうしてジュライドの守る戦いの口火が切られたのだった。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
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東屋