復讐者、エンジン全開
ジュライドの街は夕方を迎えていた。
流狼祭の最終日
まだ陽は高く昇っているが、ジュライドの人々は宴を設けていた。
料理の祭典での優勝者が決まり、街の人々は日々料理の振る舞っていた料理人たちの疲れを癒す様にジュライドの料理とおもてなしで盛り上げようと励んでいた。
屋台の人は勿論、食べ物を斡旋してくれた商人を始めとする全ての関係者は町中で行われている宴に参加していた。
そんな幸せな時間の最中に事は起こってしまった。
その知らせは急に来た。
ウゥ――――――――――――ン
けたたましくサイレンの様な物が鳴る。
リョウマ達はその警報のような物をホテルの部屋で聞いていた。
無事にケン達の屋台が優勝し、賞状を授与されて、その疲れを癒そうとした時にそれは起きた。
「なんだ?なんだ?」
当然、リョウマはその音に驚く。
しかし、その警報らしき音は事態の緊急性を物語っているように感じた。
「リョウマ!今ホテルの人から連絡がきて、魔物の大群が四方からこのジュライドに向かっているみたいだ!!」
レンコが自分の部屋へと入ってきた。
どうやら、すぐに受付に駆けつけて、この警報がどういうモノか聞きに来たようだ。
「四方?」
「えぇ、なんでもこの警報は最大警戒警報で街に最大の危機がきたときのためのようだが、ホテルの人も聞くのは初めてみたいで戸惑っていた」
「なるほど、でそれが謎の魔物の襲来だと」
大群という事は当然、知識力の薄い魔物もいるはずだ。
それなのに四方から来ているとの報告があるという事は…
リョウマはある可能性に瞬時に察した。
「まさか、何者か…いや早計か、でも気にした方が良いな」
誰か裏にいるのは確かだ。
それがイグルシア帝国の起こした事かもしれないし、違うかもしれない。
とにかく、リョウマ達はこの世界でも有数の実力者。
自分が何かの力になるには一番情報が集まっていそうな所へと向かう必要がある。
「すぐにレオルドの所に向かうぞ。レンコは部屋にいるみんなに至急戦闘準備で荷物をまとめるように伝えて、後俺の部屋に集合という事も」
「分かった,皆に伝える!」
レンコはそういい、他の部屋へと向かった。
レンコに頼んだ後、リョウマは己の着替えを始めた。
状況を考えるリョウマ。
(確かメグとケンはまだ外だ…、だが、戦闘には参加させるつもりはないから、外の人たちと一緒にそのまま避難民に紛れていくだろう。万が一の時には護衛手段のあるメグが機転を聞かしてくれるはずだ。)
一応の保険をかけて、手のひらを確認するリョウマ
自身のスキル、【英雄】の調子を確認する。
(……)
どこか不思議な感覚を感じるリョウマ。
これまでのように発動するのは間違いないのだが、今回はその力が自分でも把握できていないような気がしてしまう。
(まさかな…【復讐】ならともかく【英雄】は慣れ親しんだスキルだし)
そして、自分の荷造りを数分で済ませて、部屋にいた二人が戻ってくる。
「リョウマ!準備できたよ」
レンコは己の愛刀を携えていた。そして髪は後ろにまとめてポニーテールにしていた。
「緊急事態みたいだな、リョウマ」
ラフロシアも腰に己の攻撃の媒体である種類豊富な種をバックに携えていた。
そして旅のメンバーのみんなの荷物もある。
「よし、じゃあ行くぞ」
リョウマは窓を開けて言う。
外の見ると、案の定パニックになっていた。
まだ情報が定かではないが、四方からきているのなら市役所や強度が強い建物に逃げるしかないのだろう。
そして、当然、そんな中を走れば時間の無駄となる。
今は一秒一秒が勿体ない。
なので、最短の道を掛ける事にした。
「ラフロシアは移動手段があるな!君は荷物と一緒によろしく、先にレオルドの屋敷に向かってくれ」
「分かったわ」
そういい、ラフロシアは己の魔法を発動させた。
≪蔦の大行進≫
たくさんの蔦が飛び出るかの様に発生し、そのまま波の様にして荷物とラフロシアを運んだ。
屋根伝いにラフロシアの出した蔓は彼女を運び、並みの動物よりも早く向かっていった。
「よしっ俺らはいくぞ!」
「きゃっ!…ちょっと!」
そして、リョウマはレンコの了解を得るよりも早く、彼女を抱えた。
お姫様だっこだった。
そしてレンコはリョウマが何をするかを察した…というか考えなくても分かる。
何か言いたそうな顔をするもリョウマはにかっと笑っていう。
「悪い、時間が惜しいから早めにいくぞ」
「お、おんぶでいいよね!なんでこれなんだ!」
学生とかの頃であれば意中の人にはされてみたいと憧れるだろうが、レンコはもう大人と呼ばれる年ごろ。
さらに抱えているのは年下の男性だ。
色々な恥ずかしさがこみ上げてくる。
リョウマは【英雄】の力を発生させた。
レンコを守るために腕には最低限の力と足にどんどん意識を置く。
ひとっ跳びで向かうらしい。
すると、どこかいつもと違うように感じる。
「えっ?軽い?」
「何言っているのよ!」
自分の事だと思い、余計顔を赤くするレンコ。
「いや、違うんだ。なんか前に発動した時よりも全然力の加減がしやすいというか、もっと力が出るというか…まぁいいや、いくぞレンコ…舌噛むなよっ!」
「えっ、わっちょっと!?!」
すると、そのまま窓の外へと跳躍する。
視界が湾曲したかのように霞む。
そして視界に見えるようになった時には…彼らは空にいた。
「え?」
先程まで見えていた向かいの屋根などそこにはなかった。
二人分の重さを考慮して飛んだが、それがあまりにも余った力になってしまったみたいだ。
「ひっ!ひゃぁーーーーーーー!落ちる落ちる!」
なんとリョウマ達は空高く、それこそジュライドの街を一望できるぐらい上がっていた。
あまりの高さにレンコが取り乱している。
「こんなに高く上がれるなんて…」
一方、リョウマは何故か冷静だった。
なんとなく、できると思ったのだ、自分が。
それでもリョウマは驚く。
(これは心の問題が解決したための影響なのだろうか?)
適当に答えを考えて、リョウマは次に何をするかを瞬時に決めた。
思いっきり空気を蹴る様に足を出す。
ボスンッ!!
すると、さらに上へと向かった。
「やっぱり!!!」
空気を蹴れる程の力をリョウマの【英雄】は使えるようになっていた。
前まではできなかった事だ。
「すげー!すげー!本当にすげーよ!」
下にはジュライドの街が見える。
己のスキルが加速的に強化されている事に驚きと感動が隠せないリョウマ。
「凄いのは分かったから、どうするの!!!!」
このままでは空中からの命綱無しバンジーだ。レンコはもはや事の顛末をしたリョウマに託すしかない。
「大丈夫だよ、レンコ」
そうレンコを落ち着かせるためにいうが、風のせいで聞こえないのだろう。
まだ涙目で何か叫んでいる。
ふと、四方を見ると何か黒い粒のような物が視界に映る。
それらはじわりじわりとジュライドへと来るのが分かった。
「あれが、魔物の大群か」
一つ一つの魔物が特別大きいようには見えないので強さもそこまでではないように感じる。
レオルドの所へ行く前にいい土産が出来たと思う事にするリョウマ。
「よしっ、今度こそ」
ボスンッ ボスンッ
数回の歩んだ事でコツをつかめた リョウマ。
少年漫画の如く空中を歩けるようになった事をもっと喜びたい気持ちもあるが、今はその時ではない事は年を食ったためか。
「いくぞ!」
目指すは市役所。
レオルドの元へと向かうリョウマ達だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
市役所は過去最大級の問題が起きたという事で大慌てだった。
路上で慌てている民以上のパニックが起きていた。
職員は休みも全員掛けつけている。
避難場所の確保や護衛の手配。
そして最大に注意すべきなのが討伐軍の編成だ。
だが、それには大きな問題があった。
レオルドの部下が先兵に確認をさせにいった時に確認された事を報告をしていた。
ここはレオルドの執務室で、万が一の時のための作戦本部だが、今は彼とその部下だけだった。
領主といえど、様々なタイプがある。
レオルドは言うなら一人で何でもできる領主だった。
そのため多くの民は彼を尊敬し、共に行動してきた。
過去にβ級の魔物ですら個人で退かせ、またそうできたのも彼の周りが援助したためだ。
が、今回は四方から大量の魔物。
「魔物はゴブリン種が数種類に、オーク種も数種類。ガスタウルフそして、種猿がと…」
「おそらくですが、ヘルバス山脈の魔物達が集合したように思われます、発見できた種類から察するにそう強くはないのですが…数が目算で3万はあるかと」
その絶望的な数字に愕然とする。
「…冒険者は?」
「1500人程です。それに町内の衛兵を合わせても5000人程しかいません」
「まずいな」
そう、兵が少ないのだ。
いや、少ない訳ではない。流狼祭で多くの冒険者が護衛できているために冒険者の数も本来よりもずいぶん多い。
だが、その兵の質が高くないのだ。
殆どがε…高くても上から三番目のγだ。
それらを戦力にし、レオルドが前線に出ても3万の魔物に生きて帰れる自信はない。
それでも領民の命を考えれば…正直にいえば五分五分か、むしろ少し悪いぐらいだ。
(最悪は…)
その作戦で行こうと思う。
だが、確認できた魔物だけでこれだ。そして間違いなく指揮している存在がいる。
そのためにも己が前線にでるのはできるだけしたくないが、それ以外に生き残れる可能性も見当たらない。
「推測ですが、これらの魔物はヘルバス山脈で確認されている魔物ばかりです。それがなぜ四方からは不明ですが…」
山脈からの軍勢なら一方向からの襲撃のはずが、なぜか四面全てからの襲撃。
しかし、レオルドはどこからその魔物達が来ているかを聞いて、ある事を思い出す。
「ヘルバス山脈…たしかあの伝説の狼が最後に向かったところだったような」
メ―ウェンから聞いた昔話を思い出すレオルド。
(まさか…この流狼祭の時期にそんな事が起きるのか?)
いやな予感がするが、今はとりあえず目の前の問題の対処をする他ない。
次の指令をだそうと思った時に、扉が開かれた。
「レオルドさん!」
黒髪の人間の男が部屋に入ってくる。
そういえば彼を計算に入れ忘れていた。
存外、自分も冷静ではいなかったと悟るレオルド。
「おおっ、リョウマか!」
藁にもすがる思いで、だができるだけそれをひた隠してリョウマに言う。
「来て早々に済まないが頼みがある」
「魔物の事だろう?、俺らも協力するぞ」
レオルドは少しだけこの答えに驚いたが、まずが感謝を述べる事にした。
「…そうか、有難い、てっきりこの街の事は見捨てると思っていたが…」
レオルドの問診に関してまで怒っているとも思っていた。
まだリョウマは若いし、元は他国のそれも種族が違う。
彼の実力なら強行突破すればもしかしたら逃げられるかもしれない。
しかしリョウマはそんなレオルドの意見を否定する。
「何を言っているんだ?まだ俺を襲ったのを気にしてるのか?あれはこの前の屋台で終わりにしただろ、それに数日過ごした街が滅んだら寝覚めが悪い。ここは俺もいっちょ全力を出せてもらうよ!」
「…有難う」
重ねて、レオルドはリョウマにお礼を言う。
(成程、異界の者か)
彼がいるだけで随分と楽になる事をレオルドは感じていた。
【英雄】と【復讐】というスキルを持つ冒険者。
そして、魔王国から冠せられた国家象徴の位はこの世界では伊達ではない。
それが戦列に加わるのは願ってもない事だった。
「それで…その者はどうした?」
そしてリョウマが掲げている人を指を指す。
レンコがなぜかリョウマにしがみついていた。
息もなぜか荒かった。
「あぁ、空を歩いてきたから、その時に怖がってしまってな…腰が抜けたみたい」
ぶるぶると小動物のよう震えるレンコ。
「…それに…寒かった…寒かった」
何かレオルドは分からないが、とにかく気になった単語を拾う。
「空を歩いた?」
「あぁ、なんか心が軽くなったためか、【英雄】の力がこれまで以上に使えるようになってな」
リョウマはとりあえず分かる事を言う。
「…そんな事が」
「消えたと思ったが、そんな事をしてたのか…」
するとラフロシアが部屋に入ってきた。
スキルの権威としてとてつもなく気になるレオルドだったが、今は後でにしようと思う。
レオルドは学者以前にこの街の領主だ。
彼はリョウマ達を入れて対処を考える。
ラフロシア・スチュアートも魔王国の国家象徴。
実に心強い味方だ。
(二人の国家象徴にその忠実な部下、そして私)
そして、すぐに解が出て、それをみんなに提示した。
「ジュライドの東西南北に門があるのを知っているな、俺ら四人…リョウマと付きの二人と俺でそれぞれを死守してほしい」
分散する理由はまだ相手の目標や規模が定かではないからだ。
もしも指導者的ポジションの魔物がどこに出ても、対処ができるようにするためだ。
「各個撃破だ。それぞれが終わり次第、手のかかっている場所へと赴いてくれ。連絡はこの四人専用の念話を構築する」
「丁度いいな、俺はともかくラフは一人で戦った方はいい」
リョウマは拳を握りしめて言う
「そうね、私の魔法には本来味方は不要だしね」
意味深な事を言うラフロシア。
「私としてはリョウマと共闘もしたかったが…昔の様に、昔以上に」
「…それはまた今度だ、今は緊急事態だからさっさと終わらせよう」
そしてそれぞれがどこにいくかというのを決める事になった。
「私は市役所に近い南を担当したい」
レオルドはすぐに部下とも連絡がとれる南を選んだ。
「俺は東を担当するよ、一番魔物の量が多かったし」
するとリョウマがすぐに選んだ。
「じゃあ私は西にしとくわ」
ラフロシアは西に行く事にしたようだ。
「どうして?」
「あなたの反対側が一番私の魔法が効果的そうなのよ」
「なるほど」
これを聞いてレオルドとレンコは良く分からないといった感じに首を傾げた。
「うぅー、北で」
そして残った所をレンコが弱弱しく言う。
「それぞれに兵を等分…いや、一応レンコさんと俺の所は多めに配置する。これは君たち国家象徴の二人を信頼してととらえてほしい」
「全然いいぜ」
「私もかまわないわ」
レオルドの言っている事を了承する二人。
「魔物こちらに着くまでやく一時間というところ、もうそろそろ現場に向かってほしい」
尚、指揮官は別でレオルドが軍師に長けた文官を配置している。
「3人は遊軍という事で味方を気にしつつ、自由に相手を倒してくれ、では武運を祈る!」
「了解!」
「分かったわ」
「うん…」
そういい、それぞれは装備の確認と持ち場の配置へと赴いた。
魔物が来るまであと数時間。
まだ流狼の情報は彼らの元に届いていなかった。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
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東屋