復讐者、自覚する事は必ずしも簡単な事ではない
流狼の銅像を見終わったリョウマとレンコ。
時間帯は夕方に差し掛かっていた。
しばらく観光をし、簡単に屋台を見たり食べたりした。
しかし、どこかリョウマの心は晴れていなかった。
(気持ちが湧かないな…)
とぼとぼと…ゆっくり歩きながらリョウマは考えていた。
心の中で何かが溶け切らないような…もどかしい心境。
それを知ってか知らずか、レンコはリョウマに声を掛ける。
「ねぇ?リョウマ?あそこに行ってみない」
右手でその場所を指さすレンコ。
その指をさす方向には丘が見えた。
何の変哲もない丘だが、街を見下ろせる程の高い位置にあり、良い景色が見えそうだった。
「でも、あそこは街の外だぞ?」
リョウマの言う通り、そこは塀の向こう側だ。魔物もいるかもしれない。
「大丈夫よ、私達なら」
にこっと歯を見せながら、レンコはそう言うと…リョウマの腕を取りながら少し先を先導するかのように足を進めた。
断る理由もないので、リョウマは渋々付き添う。
暫く歩き、リョウマとレンコは夕日が照らされた丘の上に到着した。
「わぁ…」
リョウマは思わずそう漏らす。
そこからはジュライドの街が一望できた。
とても幻想的で…綺麗な風景がそこでは出来ていた。
丘から見下ろすに…この街は円を描くように出来ている事が分かる。所々に家から漏れる明かりが見えた。
正直ここまでの景色を見れるとは思っていなかったので、リョウマは呆気にとられた。
「すげーな…」
思わず、言葉が漏れるリョウマ。彼の心が少しだけ緩んだように感じた。
ふと、レンコが言った。
「似ているよね」
「え?何に?」
質問の意味を理解できなかったリョウマはすぐに聞き返した。
「リョウマと流狼よ」
レンコはリョウマの顔を見て言う。
「ねぇ、リョウマ…私が初めて会った時の事、覚えている?」
「…あまり思い出したくない」
「つまり覚えているという事ね」
レンコはリョウマの図星を突く。
そしてそれはリョウマにとって不快なモノだった。
「…お前こそ、あの時の記憶を覚え出させるとか…俺を本気で怒らせたいのか?」
ふと、右の手に平に力が籠る。
空気か夕日に当てられているにもかかわらず、どこか寒さを覚える程に緊張した。
さらに、丘にあった草が風に靡かれるように急に揺れる。
リョウマはこれで彼女なら恐怖に慄くと思った。
王国での一件以来、魔王城に身を置く彼女は対外的にはリョウマの良き友人であり、恋人として周りには認識されている。
しかし、同時に二人自身の関係は主人と奴隷のそれでもある。
あくまでも主導権はリョウマが握っていた。
それはリョウマの実力がレンコよりも上なのと、レンコの裏切った行為から彼女自身がリョウマに対して強く依存しているからだ。
その事はリョウマ自身がよく分かっている。
若いカップルのように喧嘩をするときもあれば、時には夫婦のような意思疎通を見せ、
さらには主人とメイドのようにも違和感なく振舞える。
まるで熟年夫婦と若いカップルを混ぜたような様な関係
そんな関係はやはりどこか歪さを感じざるを得ない。
その歪んだ絆がある以上、対外的に仲良くても、その関係は主人と奴隷なのだ。
そのはずなのだが…
「考えすぎなのよ…リョウマ…いえ、不安なのよね…このままこの世界にいていいのかと思っているから【復讐】もどう使っていいか分からないのね」
すると、レンコは話し続ける。
「実は私、最初はリョウマの事にあまり興味はなかったのよ」
風邪で丘の芝生が強く揺れる。
彼女が最初、リョウマに興味がない事はリョウマには分かっていた。
そうでなければあの死んだケイン侯爵の依頼にのるはずがないのだから。
「王国が召喚した人なんて…どれだけ自由に生きているのかななんて悪い印象も持っていたわ」
リョウマはそれを聞いて、なぜ彼女がそう思ったか察した。
道場の一人娘として育ったレンコは女でありながら道場を継ぐ義務がある。それは彼女の剣の才能があったのも大きい。
それを両親が彼女を早々に後継者として指名したのもある。女だからと指名しないのは良い両親かもしれない。
しかし、早く彼女の両親は他界してしまい、女として、後継者として、そして人としての将来と多くの不安に悩んで生活した。
これは彼女から過去に聞いた事だ。
そんな彼女がリョウマの存在を子供が抱くような勇者として見れるかは難しいだろう。
「結局、あなたを大事に思ったのは、私自身、あなたを裏切った後だった」
彼の平和主義な思想
彼の価値観
彼の雰囲気
理由をいえばいくらでもいえるが、そのどれもが合っていて、違うように感じた。
そういうと、レンコは腕を胸に寄せて震えた。
「でも、あなたを好きになった時の事は覚えているわ。それは…裏切る前よ」
「え?」
突然、耳にした事がない言葉をいうレンコ。
(レンコがを俺を好きになった時?)
考えた事がなかった…というか何故気にした事がなかったのだろうか?
リョウマはレンコの事は昔から好きだった。異性として。
それは彼女の境遇に同情した事から始まり、彼女の行動を見ていく内にどこか好きになってしまった。
それは実に一方通行な物であって、レンコがリョウマをどう思っているかは一度裏切り、王国の件で再会して以来知らなかったし、考えていなかった。
考えると不安だったからだ。
そのままその後の立場もあって、リョウマはてっきり謝罪の意味を込めて自分との関係を維持していると思った。
それを理由に自分はレンコに甘えていた。
まさか、レンコが、自分を好きになった理由が王国にいた時だとは思いもよらなかった。
「あぁ―…えーと」
リョウマは突然のレンコの告白に戸惑う。
「それに…リョウマは王国でたくさんの魔物退治をしていたよね」
すると、リョウマの戸惑いを無視して、話をつづけた。
「あぁ…貴族に依頼されていたからな」
リョウマはレンコの言いたい事が見えなかった。それでも相槌を打つ。
一回目の召喚でスキル【英雄】で物理が特化され、多くの魔物討伐を達成した。
そんな存在のリョウマは貴族の依頼として魔物を多く狩っていた。
ドラゴンに分類される凶悪な魔物
領内を荒らす人食い猪
鳥型の魔物の誘拐などもあった。
それらを討伐しても貴族らの至福を肥やす以外の何物でもなかった。
そんな自分が流狼のような英雄と同じで良い訳がない。
「あれは…」
「貴族の依頼だけど、その魔物達に迷惑していた街の人はいたのよ、そして喜んでいた」
「…」
「皆、あなたが貴族お抱えの人だから声をかけれなかった。私たちの国では貴族と口を聞けないから。でも、かつての道場の娘で…多少地元と交流のあった私は…あなた当てに多くのお礼が来ていたのを知っていたのよ」
「そんな…」
リョウマは初耳だった。
それもそのはず、リョウマに民衆の支持が行かない様にそれらは当時の王国の上層部が止めていたのだ。しかし、それはリョウマの方にも責任がある。彼は魔物を討伐しても、代表者しかとしか話さず、そのまま帰っていた。
恐れたのだ、異界の地で、人間の怖い所を見続ける事に。
それにどんどん依頼を達成しても、彼らの顔は晴れてなどいなかった。
「ごめんなさい、それも含めてリョウマは王国の事を思い出したくないと思って、今までいうか悩んでいたの…でも今告白するわ…あなたはもっと自分を十分周りを助けたのよ。自分で納得のいく結果じゃなくてもそれでも…ランドロセル王国の民は貴方に感謝しているわ」
「嘘だ」
リョウマは拒絶した。
「俺が助けても、あの国の人たちは一向に楽にならなかった。それなのに…俺に感謝するわけないじゃないか」
ランドロセル王国を滅ぼした原因でもあるリョウマは、ただただ自分への自信が失いつつあった。
「顔だけに人の想い全てが出る物じゃないのよ、皆、日々の生活で苦しみながら…それでも心の中では感謝しているの」
レンコは下を向いていた顔を今度は真っすぐとリョウマに向ける。
「あなたは周りを助けながらも、その行為の意味に悩んで苦労していた…そして時には怒り、厳しく制裁し、そして今度は自分を傷つけていた…それでもあなたの周りの人はあなたに感謝していたの…それで気が付いたの、私はそんな不器用で優しい所が大好きだって」
レンコは優しい音色と優しそう微笑みを顔に表しながら言う。
それは言葉以外に心で彼に己の思いを表したいがために。
そしてレンコは今のリョウマにとって聞き逃せない言葉をいう。
「私も、この世界の人達も…あなたの存在を認める…だから…もう隠さなくていいよ」
ついにレンコの目線から反らすリョウマ
暫く、ほんの暫くの間、無言の時間が流れた。
そしてリョウマは返事をする。
「なんのことだ?」
それはとても下手な誤魔化し方だと、リョウマは自分で思った。
ずっと逃げてきて、また逃げてるのだという事も。
「…」
いつもはあらゆる事に賛同するレンコ。
これを食べたいと言えば、喜んで一緒に食べ
ここに行こうと言えば、嬉しそうに横に来る。
そんなリョウマに依存しているともいえるレンコは無言でリョウマの顔を見る。
無言による否定
彼女はじっと…リョウマが次に言う言葉を待った。
「…何が分かるんだ?」
それはとても冷たい声だった。
自分の言った声に内心驚きながらもリョウマは続けた。
「…おまえに何が分かるんだ?俺みたいな目にあったのか?…」
次第に語尾が強くなっていく…
小さな水が流れになり、そして濁流になるかのように…
「…俺はさ…俺は今、自分の馬鹿な所に後悔しているんだ!初めてこの世界に来た時に、必要にされたと思って、俺は自分の全力を出そうとした!」
魔王国では多くの意見やスキルでの防衛に力を貸した。それは彼の素質もある。しかし、若い彼は周りに影響されやすい。それ故に進歩もすれば、時には停滞、そして劣化もする。
「でもな…ランドロセル王国に行って気が付いたんだ。俺の力は何も変えられなかったと。俺が前の世界で得た道徳も思想も誰も理解してくれなかった!お前もその現場にいたから分かるだろ!」
王国に転移し、己の素質だけでは超えられなかった王国の社会と文化。
それは強大な組織をたった一人で覆すようなもの。凡人には無理だったが、それを魔王国でできていたリョウマは王国を変えれなかった事を後悔していた。
何よりも、その原因である周りが彼を理解していなければ、己の価値は無に等しいという現実が彼の心を蝕んだ。
強い魔物は倒し、新しい技術は可能な限り教えられる。
だが、それでは人は生きていけない。教えた者の教えを理解し、使役しなければ本当の意味で状況は変わらない。
だからリョウマの王国での目的だった王国全員の人々の暮らしは改善されず、ただ上の者ばかり富はかさんだ。そして目の当たりにした王国の歪な人間性。
それに彼は一種の人間不信を抱えた。
「おまえらへの恨みはきっかけに過ぎないんだ!!「もうどうにでもなれ」…俺はなぁ…そう思ったんだ」
今度は落ち着きながら…そして悲しそうに顔を引きつかせながらリョウマはレンコの顔を見て言う。
夕日が彼の背から流れ込み、綺麗に目の前の美女の顔を美しく照らす。
「するとな、レンコ…気持ちが空っぽになったんだ…俺は今まで何をしてきたんだろうかと…」
おそらくこれまでは“人”への信頼感と連帯感を生きがいにしてきたリョウマ。
「俺が流狼と似ている?…全然違う、ここの守り神は人を多く助けた、けど俺は…ただ自分勝手なんだ…勝手に信頼して、勝手に見切りをつけて、勝手に自分を見失った」
自分勝手に見限って、ランドロセル王国を終わらせた。
それは元々魔王国を率いるアマンダが王国を攻めたからではない。
ケイン、レンコ、エマ、スフィアに捕縛され、両足を吹き飛ばされながら命からがらに逃げ延びてアマンダの元へ向かったあの状況でアマンダに王国への侵攻を延ばしていたのは他でもないリョウマだ。
つまり、リョウマがアマンダに言えば…武力での制裁は起きなかったのだ。
そして、そうリョウマが決めたのも全て自分の中で王国の評価を決めて、諦めてしまったからだ。
それはその後のリョウマの心をひどく不快にさせるものだった。
「結局、俺は見限ったんだよ…捨てたんだよ…裏切ったんだよ…」
復讐を終えた事で過去を振り返る事になる若人。
裏切られた事で自分もその行為に陥る。
かつてはその民をを救おうとして、しかし自分の都合でその国を滅ぼした結果。
それは彼に停滞をもたらす大きな要因となった。
アマンダのいる魔王国での自分。
ケイン侯爵のいた王国での自分。
その差がリョウマの中でどうすれば埋まるのか分からなくなっていた。
「そんな奴が自信を持っていいはずがない…でもどうすればいいかも分からない…だから…こうして…無気力なんだと思う…こうするしか…思いつかなかったんだ。今も魔王国のために働いているのも償いたいからだよ…それしか思いつかなかった…魔王国にいた頃の事を続けているだけ…」
嫌な書類作業を続けたのも戒めだ。
メグを雇ったのも、教えたのも自分の罪を少しでも和らぐため。
「全部、全部、全部…俺の打算だ。ここで生きていくための努力をして、自分で勝手に後悔して、勝手に憎んでいるだけだ!」
そして自らここで終わりと思うように長々とされた彼の心境は吐露を終えた。
そして今なら理解できる。
何故レンコがこの人気のない丘に連れてきたのかを…
大方吐き出せたのでどこかすっきりもする。
これで終わりだ。リョウマの告白は終わりだ。
「有難うな」
リョウマはそういい、丘を降りようとする。
しかし、すぐにそれは彼の腕を止める
「待って、まだ終えてないよ、いや終わらせないよ。あなたの言いたい本心はまだ出尽くしていない」
レンコは強く言った。
「貴方の言いたい事は本当はそんな事じゃない!」
それを聞いてリョウマは憤りを感じる
「うるさい!もう俺は本心をいったんだよ、これ以上もこれ以下もない。ただ魔王国の自分と王国の自分のとの差に自分の身勝手さに悩んでいたんだ!それが答えだ!なんで他人のお前がどうこう言うんだ!」
そしておそらく…これがリョウマの本心が飛び出る。
「これ以上俺に深いるな!」
「そう、あなたは身勝手よ、だから自分の本心も素直に言えないの」
そしてリョウマはそれを理解し、受け入れたと思えた。
悩みや心に腑に落ちない点がそれだと決めた。
それで彼はアマンダとレンコと共に変わっていけると思えた。
そんな大事な点をレンコに止められたのが不満でしょうがなかった。
そしてこの不満にリョウマは覚えがある。
それは彼の母や妹に一番言われたくない事を言われる前兆のような兆し。
そしてレンコは言った。
「…今までの話を聞いてリョウマはすごくこの世界での自分に囚われているけど…」
「…前の世界の自分についてはどうなの?」
それを聞いた彼の心の中で大きな警笛を鳴らされ、冷や汗が体中から出る。
前の世界、それはリョウマがこの世界で一番聞きたくなかった言葉だった。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
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東屋