復讐者、街の守り神を見にいく
ジュライドの中心から少しずれた位置にそれはある。
見渡せる程度の面積しかない公園だったが、心なしか獣人が多く見えるような気がする。
さらに気になる点がひとつある。
これまで通ってきた街道には多くの種類の食べ物や飲み物の屋台で賑わっていた。
しかし、この公園にはそれらがない。
それにも関わらず多くの人々がこの公園へと訪れていた。
「それもその流狼の銅像とやらがあるからか?」
「えぇ、どうやらその銅像は獣人の守り神の一つとしてされているみたいよ?」
そういい、人の流れに添いながらリョウマとレンコは歩いている。
円状に作られた公園は白基調に彩られていた。
周囲を綺麗な水でできた池で縁取られており、短い橋を渡って中央の銅像のある広場へと続いていた。
正に祀られているようにその銅像は鎮座していた。
そこへと向かい、リョウマとレンコは歩いてゆく。
すると意外な人物に出くわした。
リョウマは少し緊張しながらその人物に挨拶をする。
「あっ!メ―ウェンさん…」
レオルドの執事であるメ―ウェンさんがいたのだ。
その恰好はいつもと違い、絵本で出てくるような羊のおじいさんの恰好をしていた。
「これはこれは…リョウマさん。こんにちは」
リョウマの挨拶に気が付いて、メ―ウェンは微笑みながら答える。
「あっ!メ―ウェンさん!」
レンコも気が付いて返事をする。
メ―ウェンは一通りリョウマを見て答えた。
「あの…あれから体調の方はよろしいのですか?」
おそらく自らが仕えるレオルドの診断結果に対し、落ち込んでいないのか心配してくれているのだろう。
「えぇ、数日程部屋で休んだので良くなりました、元々自分の中ではどこか薄々分かっていた事ですし…」
と、リョウマはここで少し言い過ぎたのではと思ってしまった。
診断結果(分析結果とレオルドは言うかもしれないが…)を聞きにきたのに「知っていました」では診断してもらった態度として失礼だろう。
まずいという顔も彼に見せてしまった。
しかし、リョウマの心配した様には行かず、メ―ウェンはリョウマの答えを聞いて安心し、答えた
「いえいえ、心の問題というのはそういうものです。それに向き合うのと向き合わないのでは大きく意味が違います。」
ほっとしたリョウマはそのまま会話を続けた。
「メ―ウェンさんこそどうされたのですか?観光という訳ではないですよね?」
「いえいえ、私は半日程のお休みを坊ちゃんから戴いたので買い物に出かけていました。知り合いの八百屋さんにて好物の野菜を買っていたのです。この銅像のある公園は近道としても使えるので、突きって来ました。」
そして彼は持っていた袋は見せた。中には色とりどりの野菜が入っていた。
「このお祭りのおかげで趣味の野菜集めが捗っております。坊っちゃんには心から感謝ですよ」
メ―ウェンは歌でも歌うかの様に笑顔を見せる。
「そういえば、ここにある狼の銅像が流狼祭の象徴なんですよね?」
「えぇ、元々は流狼を祭るために始めた所、レオルド様が地域活性化のために収穫祭のようにしたのです。」
少し離れた所にある銅像を見て三人は話す。
「折角ですから、その狼の伝承の説明も兼ねて一緒に銅像を見ましょう」
するとメ―ウェンはそう提案してきた。
「いいのですか?お仕事に戻らなくて?」
レンコは貴重な休みを自分たちに使っていいのか心配して聞いてみた。
「ははは、大丈夫ですよ。したいと思ってそれに時間を費やすのですから、休日の過ごし方はそういうものでしょう?」
そういい、メ―ウェンは先導するように二人を銅像の側に連れてった。
二人は急な展開に少し驚きながらも、親切心で行動しているメ―ウェンに従ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
銅像の側まで来て、リョウマ達はその立派な姿に息をのんだ。
「どうですか?」
「すごいです。気高さを感じますね。」
銅像の狼は四足ある足で立派に佇んでおり、首を少し曲げて空に向いていた。
昔の職業柄、魔物をよく見るレンコはその出で立ちにある種の尊敬の念を受けた。
戦いたくないと…
一方、リョウマはぼそっとつぶやく。
「自分はどこか寂しさを感じますね」
リョウマは自分の思った感想をそのままいった。
「え?」
リョウマの答えに思わず疑問を返すレンコ。
それに対してメ―ウェンは聞く姿勢を変えなかった。
「いえ、なんとなくだが…俺の今の心情の事もあるから勘違いかも…」
祀ってある銅像にその言い分は失礼だと思い、改めて自らが言った事を訂正するリョウマ。
「いえ、その感想はあながち間違えではないですよ」
メ―ウェンは目を閉じながら、リョウマの言った事に賛成し、感傷に浸るように話始めた。
「この狼の説明ですが…元々は実際した各地を転々とする流れの狼…そして我々獣人はその生き様に流狼と呼んでいました」
「流狼はどこからともなくやってきたそうです。そのため流狼がどこで生まれたかは誰も知りません。昔の冒険者が魔物討伐で討伐に向かう最中に、その討伐対象の魔物がすでに死んでおり、そこに一匹の狼がいた事が最初の発見です」
「どうしてそれが流狼だと?」
「それを見届けた観測者がいたからです。」
「詳しいですね…あれでも…」
「どうした?レンコ?」
レンコは目の前にある大理石に記された説明を読んでいた。
「そんな事一切書いてないよリョウマ?あるのは昔に獣人の街であるジュライドを守った守り神としか…」
「ははは、気づきましたか、実はその冒険者が私の祖父なのですよ。だから詳しいのですよ。」
メ―ウェンは笑いながら言う。
「えっ…なんとも奇妙な巡りあわせですね…」
レンコは驚きを言葉にした。
「えぇ、しかも冒険者を引退し、そのまま流狼を追う旅へと出かける始末ですよ…今お話ししている事はそんな私の祖父の昔話です。」
メ―ウェンはそういい、息を整えて再び説明を始めた。
「では、話を続けましょうか…最初に発見されてからも、流狼は各地を転々とし見られるようになりました。祖父も追いはしましたが、その場に着いた時にはもう別の所に向かっていた事もあったそうです。昔は今程に交通の便が良かったわけではありませんからね…」
メ―ウェンは銅像を見上げなら話し続けた。
「それでも祖父は度々見かける事ができました。そして辺りの魔物を倒していき、やがてやがて魔狼へと昇華した瞬間を見届けたそうです。その時にこの銅像のような巨体になったのだとか…」
この世界の動物は魔物へと変異して生まれる。それによりその出で立ちは変わるのだが、動物から魔物に変わるのはそかなりの低い確率でしか生まれない。少なくともリョウマとレンコは見た事がない。
「魔狼になった流狼はそれでも魔物の討伐をやめませんでした…それは何故か分かりません、ただ側で見ていた祖父はこう思いました。まるで自分がいる事の証明するかのようだと」
「証明ですか?」
レンコは不思議そうに聞いた。魔物に人並みの知性があるのは珍しくないが、話を聞くに流狼は元々動物だったと聞く。獣が人間の様な事をするのに疑問を覚えたのだろう。
「本来、狼は番いで 8頭ほどの社会的な群れで暮らしています。群れはそれぞれ縄張りをもち、組織として厳しい自然を生き抜くのです」
そんな疑問を察したのか、狼の生態を話すメ―ウェン。
「そして稀に仲間とうまくコミュニケーションがとれなく、又は群れのリーダーを決める争いに敗れて群れから孤立し、単独で活動しているオオカミもおります。流狼が流狼だった事を察するに孤独だったのでしょう。そのために周囲の魔物を倒し続けていたのだと祖父はいいました。」
説明の間の呼吸を挟んでメ―ウェンは続ける。
「やがて彼はこの土地、ジュライドで目撃したのを最後に祖父は身体の限界を感じました。そして流狼を追う旅をやめたのです。そんな中、住んでいた街まで帰る時にこれまで訪れた流狼が通った地域のある町の人と話をし、気が付いたのです。皆、流狼に感謝していたという事を」
「それは…魔物を討伐してくれたからですか?」
リョウマはこれまでの話を聞いて、自ずとその当時の人々が思った事を口にする。突然やってき、そして迷惑な魔物を倒し、何事もなかったかのように去る。獣だが英雄視するのも頷ける。
「えぇそうです。昔はこの国も魔物達が蔓延っており、我々獣人では手に負えなかったのです。しかし、それを流狼が減らしてくれたおかげで、平和に暮らせるようになったのです。そして、最後に見かけたジュライドの街で流狼に感謝を捧げる祭りを執り行おうと祖父と、そしてそれぞれの街の有志で集まったのがこの流狼祭の原型です。」
「ただの美食の祭典ではないんだな」
簡単な皮肉を言うリョウマ。
「はっははは、まぁ多少の政事のために派手にやるのも肝心ですよ」
そして話を終えて、改めて銅像を見るメ―ウェン。
「災厄の守り神でこの銅像に色はないのでわかりにくいですが、祖父によりますとその毛並みは滑らかで季節によって変わったとか、さらに凛々しい耳で遠くの音を察知し、危険から身を守ったようです…後は鳴き声が特徴的だったと祖父は言っていましたね…」
「鳴き声ですか…立派な遠吠えをしてそうな出で立ちですものね…それは聞いてみたかった」
レンコはそんな英雄的な行動をした流狼に神秘的な物を見るまなざしで見上げた。
(犬好きだっけ?)
そんな見当違いな事もいう。
「…なるほど…」
「もしかしたらまだ生きているかもしれませんね…なんでもリョウマさんの国で大狼の目撃情報があったとか…」
「え?そうなんですか?」
リョウマは知らないとばかりに言う。
「もう10年以上も前の話ですけどね。魔物の中でも魔狼は珍しいので、もしかしたらと思ったのですが…結局それがこの流狼かは分からずじまいでした。」
国も違うので討伐対象として追われたのだとか…とメ―ウェンは口にする。
「それで変な恨みを買っていなければいいですね…」
「えぇ…ホントに…」
そして手元の時計を見て、メ―ウェンは簡単な別れの挨拶をして去っていったのだった。
ここまで読んで戴き、有難うございました。
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東屋